目覚め3
わたくしの光魔法が発現してから数ヶ月が経った。
その間、どこから聞きつけたのか、5歳のわたくしに縁談が次々と舞い込むようになった。
きっとあの豊かなお髭の神殿関係者から情報が漏れたのだろう。
機密情報ではないのだろうか?
「うーん。たしかに本当は機密情報なんだけど、うちじゃあ、たいした口止めは出来ないからなぁ。向こうもそれをわかってるんだろ」
困った顔で、頭をガシガシ掻きながら父に言われる。
「それにしても、機密情報なんて難しい言葉知ってるなんて、アリアはやっぱり賢いなぁ」
デレデレした父に頭を撫でられながら、わたくしはイザベラの頃との爵位の違いを今更ながらに実感していた。
これがトゥールーズ公爵家ならば、いくら神殿といえどその娘の情報を口外するなんて有り得ない。
(まさかこのまま婚約者が決まってしまうのかしら?)
今はまだ断れる相手からの縁談しか来ていないようだが、このままでは高位貴族からの縁談も時間の問題のような気がする。
母の言うとおりモテモテだった……。
すると、意外なところからフォローが入った。
グルエフ辺境伯がわたくしの婚約に待ったをかけたのだ。
◇◇◇◇◇◇
「だって、アリアちゃんがこんな早くに光魔法に目覚めちゃったのは、うちのテオドールのせいでしょ?それなら我が家が責任を負うのが筋ですもの」
目の前のグルエフ夫人はそう言いながら、優雅な仕草で紅茶を飲んでいる。
今日はグルエフ辺境伯に招待を受け、ローレン家は揃ってグルエフ辺境伯邸にやって来ていた。
その邸宅はローレン家とは比べものにならないぐらいに広く、それはトゥールーズ公爵邸にも引けを取らない程だった。
「アリアちゃんはテオドールの命の恩人だからね。これくらいのことはさせてくれ」
そう言うのは、グルエフ辺境伯その人。
黒髪に灰色の瞳はテオドールそっくりだった。
どうやらテオドールは父親似らしい。
「あの、ひとつおききしてもよろしいでしょうか?」
「うん?なんだい?」
「つまり、わたくしはテオドールさまのこんやくしゃになるということでまちがいないでしょうか?」
「ゴホッゴホッ!」
わたくしの発言にテオドールが驚き、顔を真っ赤にしてむせている。
貴族たるもの、何の利益もなしに恩義だけでこのようなことをするとは思えなかったのだ。
「はははっ。たった5歳とは思えないな。聡い子だ」
「そうだろう?アリアはかわいいだけじゃなくて、賢いんだ」
「父親に似なくて良かったじゃないか」
父親達は気さくに軽口を叩き合っている。
「アリアちゃんがお嫁に来てくれるなら、私は大歓迎よ。でも、まだ5歳だからね。そんなに急いで結婚相手を見つけなくてもいいと思ったのよ」
そう言ってグルエフ夫人はわたくしに優しく微笑む。
(なるほど。まだ様子見といったところかしら)
わたくしの光魔法は魅力的だけれど、家格としては低い。
だから、言い方は悪いがキープといったところだろう。
もちろん、家同士の付き合いも長いので、その中に純粋な善意も少なからず入っていることはわかっている。
「わかりました」
「それに、テオドールをもっと鍛えないとね。アリアちゃんをしっかり守れるくらいにならないと」
その言葉にテオドールは少し考え込むような表情をする。
「とにかく、これでアリアちゃんへの縁談は一旦は落ち着くはずよ。それでも無理を言って来るような相手がいたら、こちらに任せてちょうだい」
そう言い切ったグルエフ夫人の美しい笑顔を見つめながら、グルエフ辺境伯の影響力の強さに驚く。
帰宅してから両親に疑問をぶつけたところ、その意味を知ることとなった。
なんと、グルエフ夫人は前国王陛下の姪で、現国王陛下の従妹に当たるそうだ。
まさか、王家の血筋に連なる方だったとは……。
モンフォール王国は数百年もの間、大きな戦争もなく、近隣諸国との関係も良好な国だった。
しかし、ミズノワール王国は隣国との関係はもう長い間ずっと膠着状態が続いている。
百年程前に休戦協定が結ばれ、戦争こそ起きてはいないものの、小さな小競り合いは未だに続いている。
そして、そんな隣国との国境を守っているのが、グルエフ辺境伯家だ。
つまり、ミズノワール王国にとって、グルエフ辺境伯家は国防の要を担っている重要な家門ということになる。
(きっと王家との関係を強固にするために、グルエフ夫人は嫁がれたのね)
イザベラだった頃は、王太子妃教育の一環で、国内の貴族の家系はほぼ全て頭に入っていた。
しかし、今のアリアはただの5歳の男爵令嬢。
この国の貴族のことはまだまだわからないことばかりだった。
◇◇◇◇◇◇
グルエフ夫人の言ったとおり、わたくしへの縁談の申し込みはぴたりと止んだ。
やはりグルエフ辺境伯家の名前は伊達ではないようだ。
そして、わたくしは6歳になった。
喋る言葉も滑らかになり、わたくしはついにある計画を実行することにした。
「イラッシャイ、テオドールサマ」
「え?アリアどうしたの?」
グルエフ辺境伯邸に招待を受けた日から、テオドールは頻繁にローレン家に遊びに来るようになった。
最近では夫人の付き添いなく、テオドール1人だけで遊びにやって来る。
「ドウモシテナイヨ」
「いや、喋り方変だよ?いつものアリアじゃないよ?」
そこにゲラゲラと笑いながらオリバーが階段から降りて来た。
「よう!来たかテオ!」
「オリバー!アリアはどうしちゃったの?」
「いやぁ、なんか喋り方を変える練習してるんだってさ」
「え?」
そう、わたくしはイザベラだった頃の癖が抜けない喋り方を、男爵令嬢らしい砕けた喋り方に変えようと、家族を参考にしながら奮闘しているのだ。
しかし、これがなかなかに難しく、どうしても片言になってしまう。
「ソウナノ、コレカラハコノシャベリカタナノ」
「ぎゃはははっ!」
笑い転げるオリバーをわたくしは睨みつける。
「お、オリバー、そんなに笑っちゃ、だ、駄目だよ」
そう言うテオドールの肩も震えている。
そんなテオドールをわたくしはジト目で見つめる。
すると、テオドールはバツの悪そうな顔をしながらも、なぜか顔を赤らめている。
「あのさ、アリア。喋り方を変えたいなら、僕の呼び方も変えてみるのはどうかな?」
「ヨビカタ……?」
「えっと、オリバーみたいに僕のことを愛称で呼んでみるとか……」
「テオサマ?」
「ううん。様はいらないよ」
「テオ?」
「うん!」
テオドールはとても嬉しそうに笑った。
(なるほど。呼び方を変えるだけで砕けた印象になりますのね)
「じゃあさ、俺は?俺の呼び方どうすんの?」
笑い過ぎて目に涙を浮かべたオリバーが面白がるように聞いてくる。
「ダマレクソアニキ」
「ぎゃはははっ!」
「アリア、さすがにそれは駄目だと思うよ……」
まだまだ前途多難なようだ。
妹は兄の悪い言葉を真似しちゃいがち。
あ、うちだけですかね……。