1巻発売記念SS オリバーの愉快な学園生活
本日、『断罪された悪役令嬢の次の人生はヒロインのようですが?』1巻(エンジェライト文庫)が各電子書籍サイトで発売になります!
それを記念してSSを投稿しました。
※時系列:オリバーが王立学園に入学してすぐ(本編18話と19話の間)のお話です。
※オリバー視点です。
よろしくお願いいたします。
教員室を出て、窓から差し込む夕日を浴びながら人気のない放課後の廊下を一人とぼとぼと歩く。
「はぁ……」
口から自然と零れる溜息。
教師から呼び出された俺は、このままの成績だと親に連絡をするぞときつく叱られてしまったのだ。
(そんなこと言われてもなぁ……)
俺だって好きで成績が悪いわけじゃない。
なぜだかわからないけれど成績が悪いだけなのだ。
ローレン男爵家の嫡男である俺は、父の跡を継いで領主となるため王立学園の経営学科に在籍している。
しかし、経営学科は座学ばかりで体を動かす機会がほとんどなかった。
クラスメイトの何人かに手合わせを頼んでみるも、「そんなことができるなら騎士科か魔術師科に入っている」と断わられてしまう。
仕方なく一人グラウンドで体を動かしていると、騎士科がグラウンドを使用するから出て行くようにと教師に叱られてしまった。
『経営学科だって同じ学園の生徒なんだからグラウンドを使ってもいいじゃないですか!』
『……君、今は授業中だよ? ちゃんと自分のクラスの授業を受けなさい』
必死に反論するも、結局はそのままグラウンドからつまみ出された。悲しい……。
体を動かせずにストレスが溜まる日々。そんなどん底気分の時に教師からの呼び出し。
悪いことは重なるものだなぁ……と、鬱々とした気持ちで校舎を出て、中庭を通り抜けようとしたその時。
「や、やめてください!」
どこからか女性の声が聞こえ、思わず俺は足を止める。
切羽詰まったその声はどこかで聞いたことがあるもので……。
好奇心に駆られた俺は、急いで声のするほうへ向かう。
すると、中庭の端で一人の女子生徒が三人の男子生徒に囲まれていた。
こちらに背を向けている男子生徒たちの顔は見えないが、制服のデザインから魔術師科だということはわかる。
そして、怯えた様子の女子生徒には見覚えがあった。
(あれは……ノヴァック嬢?)
青銀髪の長い髪に深い海のような瞳を持つエリーヌ・ノヴァックは、経営学科で唯一の女子生徒だ。
そして、先日行われた試験で学年一位を取った才女でもある。
同じ経営学科でもクラスが違うため交流はなかったが、さすがに顔と名前くらいは知っていた。
エリーヌは真っ青な顔で目に涙を浮かべていたが、俺と目が合うと「あっ……」と小さく声を漏らす。
すると、男子生徒たちも俺の存在に気づいたようで、一斉にこちらを振り向いた。
見えたネクタイの色で、彼らも俺と同じ一年生であることを知る。
「なんだお前?」
三人の内の一人、緑髪の男子生徒が俺を睨みつけながら不機嫌な声を出す。
「いや、こんな所で何してんのかなって」
「お前には関係ないだろ。さっさと帰れよ!」
そう言われても、この状況でほいほいと帰れるはずがない。
「もしかして……ナンパ?」
「はあ!?」
「どうせ断られたんだろ? だったら、あんたらこそ諦めて早く帰ったほうがいいよ」
エリーヌのような清楚美人に声をかけたくなる気持ちはわかるが、泣くほど嫌がられているのだから諦めるべきだろう。
「お前……ふざけるなよ! 俺たちは助言をしてやっただけだ!」
「助言?」
「女のくせに経営学科なんて意味がないだろう? そんな無駄なことに時間を費やすより、婚約者を見つける努力をすべきだって話をしていたんだよ」
そう言うと、男子生徒たちはニヤニヤとした笑みを浮かべる。
どうやら、婚約者がいないらしいエリーヌに難癖を付けていたようだ。
この国では王立騎士団と王立魔術師団の人気が凄まじく、学園内でも騎士科と魔術師科の生徒たちは花形として扱われていた。
実際、騎士科と魔術師科に入るにはそれ相応の能力が求められる。
それに比べると経営学科は人気があるとは言い難く、女性が爵位を継ぐことは稀なのでエリーヌのようなタイプは珍しい。
「いくら賢くても、頭でっかちな女は可愛げがないからな」
緑髪の男子生徒の言葉に、エリーヌは唇を固く結んで俯いた。
「そうか? ノヴァック嬢は可愛いと思うけどな」
「なっ……!」
「あ! 美人には綺麗だって言ったほうがいいんだっけ?」
俺は思ったままを口にしたあと、慌てて言葉を付け加える。
女性を褒める時は細心の注意を払えと父に言われていたからだ。
そんな俺をエリーヌはぽかんとした顔で見つめている。
「が、外見の話をしているんじゃない!」
「中身だって優秀なことの何が悪いんだ?」
騎士科や魔術師科と違い、経営学科の試験は実技が一切なく座学のみで成績が決定する。
そんな試験で学年一位を取ることがどれだけ凄いのかわからないのだろうか。
俺なんて最下位なんだぞ。
「つまり、あんたらはノヴァック嬢が好みのタイプじゃないってことだろ? だったら他の女を探しにいけよ」
「違っ! だから、その、優秀な男に好まれるように努力すべきだって話を……」
「それこそ余計なお世話だろ?」
俺は男子生徒の言葉を遮ると、今度はエリーヌに声をかける。
「ノヴァック嬢はもう帰りな」
「えっ? でも……」
エリーヌは迷っているようだったが、「さあ、早く」と急かすと、俺にぺこりと頭を下げて足早に中庭をあとにする。
残された男子生徒たちは俺に向けて怒りを爆発させた。
「お前こそ余計なことしやがって! ヒーロー気取りか?」
「経営学科のくせに!」
「お前に何ができるんだよ!」
歯を剥き出して口々に喚く男子生徒たちを眺めながら、さて、これからどうしようかと思案する。
(このまま退散するのが手っ取り早いけど……)
しかし、それを実行するより先に、三人の中で一番体格のいい紺色髪の男子生徒が大股でこちらに近寄り、俺の胸ぐらを掴んだ。
「文句があるならかかって来い!」
そう吠えると、空いている左手に炎の魔力を纏わせて、これ見よがしに掲げる。
どうやら俺を脅しているつもりらしいが……。
「えっ? いいの?」
「は?」
「かかって来いって言ったから、本当にいいのかなぁって思って」
「おい! 馬鹿にしてるのか?」
「してない、してない」
俺は胸ぐらをつかまれたまま、ぶんぶんと首を横に振る。
正直なところ、魔術師科の生徒たちがどれほど強者なのか興味があった。
それに、ここで俺が暴れたとしても「ノヴァック嬢を助けるためでした!」と言えば、きっと許されるはず……。
(よしっ! やるか!)
俺は右拳に魔力を纏わせると、目の前の男の左頬を力いっぱい殴り飛ばした。
◇◇◇◇◇◇
あの後、帰ったと思っていたエリーヌが教師を連れて中庭に戻って来た。
その時にはもう魔術師科の三人をボコボコにした後だったが、エリーヌの証言により俺はお咎め無しとなる。
しかし、その出来事をきっかけに、平穏だった俺の学園生活が徐々に騒がしいものへと変わっていく。
まず、俺に負けた魔術師科の三人組に呼び出され、「不意打ちの攻撃は卑怯だ。勝負をやり直せ!」などと、意味がわからないことを喚かれた。
無言でいきなり殴り飛ばすのはルール違反だったらしい。
(そもそも三対一の時点で卑怯なんじゃねーの?)
人数はこちらのほうが不利なのだから、相手のルールに合わせる必要はないだろう。
これは勝負でも試合でもない、ただの喧嘩なのだから……。
ということで、三人組をもう一度不意打ちでボコボコにしておいた。
そんな俺の対応が悪かったのだろうか。
次に呼び出されると相手の人数が倍の六人に増えていた。
「魔術師科の面子にかけて、負けっぱなしじゃ終われないんだよ!」
「………」
どうやら、経営学科の俺が魔術師科の連中を負かしたことで、彼らのプライドを傷付けてしまったらしい。
ただ、六人がかりで俺に勝ったとして、彼らの面子が保たれるのかは謎なのだが……。
そんな俺の現状を知ったエリーヌは、自分を助けたせいだと責任を感じているようだった。
「オリバー君……私のせいで、ごめんなさい」
「だから、エリーヌのせいじゃないって」
あの時、お礼がしたいと言ったエリーヌに、「助けてやったんだから課題を手伝ってくれよ」と泣きついた。
それくらい俺は追い込まれていたのだ。
そうして課題をやり終えてからも、エリーヌは宿題やら試験対策やらを手伝ってくれるようになり、いつの間にか名前で呼び合うくらいに親しくなっていた。
「それに、今のところ全戦全勝だからさ。気にすることはねぇよ」
「………」
そんな俺の言葉を聞き、エリーヌは複雑そうな表情になる。
「でも……このまま彼らが黙っているとは思えないわ」
「その時はまたやり返すさ」
しかし、そんなエリーヌの不安は的中してしまう。
◇
その日、またまた呼び出された俺の目の前には、初めて見る顔があった。
橙色の髪に明るい茶色の瞳、制服とネクタイの色を見るに魔術師科の三年生であることはわかる。
「君がオリバー・ローレン君だね?」
「そうですけど……」
先輩なので一応敬語で返事をする。
「僕はアンディ・トリーフォノフ。後輩たちから君のことを聞いて、直接会って話がしたかったんだ」
アンディの後ろには、俺にボコボコにされたことのある魔術師科の生徒たちが勢揃いしていた。
「僕たちが所属する魔術師科には優秀な人材が集まっていてね。これまで何人もの王立魔術師団員を輩出しているんだよ」
そう言いながら、アンディはそばかすの散った顔に笑みを浮かべ、ゆっくりと近付いてくる。
「そんな我らが魔術師科に泥を塗るような行為を見逃すわけにはいかない」
てっきりそのまま攻撃態勢に入るのかと思いきや、アンディは俺の数歩前でぴたりと足を止めた。
「ところでローレン君はどうして経営学科に?」
「え?……父の跡を継いで領主になる予定なので」
いきなりの質問を不審に思いながらも、俺は素直に答える。
「それは立派な志だ。それなのに、君のせいでローレン家が苦境に立たされるだなんて……ねぇ?」
アンディの意味ありげな言葉に、俺は眉根を寄せる。
「どういう意味ですか?」
「君は貴族として自分の立場を考えて行動すべきだった。ローレン男爵家には、魔術師科を代表して我が家から苦情と抗議の申し入れをさせてもらう」
「なっ……!」
予想だにしない展開に俺は青褪める。
そんな俺を見て、アンディも他の魔術師科の生徒たちもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
つまり、魔術では敵わないからと、貴族らしいやり方で攻撃を仕掛けてきたわけだ。
(トリーフォノフって……たしか、侯爵家だったか? まいったな……)
さすがに、たかが学生同士の喧嘩で家に迷惑をかけるわけにはいかない。
なんとかこの場を乗り切ろうと、俺は脳みそをフル回転させる。
そして、辿り着いた答えは実にシンプルなものだった。
「魔術師科の皆さんを叩きのめしてごめんなさい!」
謝罪だ。謝罪しかない。
とりあえず謝って許してもらおう。
「今度からは手加減をしますので許してください!」
そう言いながら頭を下げる。
しかし、目の前のアンディはぷるぷると震えながら俺を睨みつけた。
「君は……そんなふざけた謝罪で許されるとでも思っているのか?」
「え?」
怒りを滲ませたアンディの様子に困惑する。
きちんと謝ったのに、なぜ許してもらえないのかがわからない。
「田舎の男爵子息風情がっ! 調子に乗るなよ!」
「えぇっ!?」
なぜか事態が悪いほうへと転がっていき、俺は慌てふためいた。
「お前もこの学園に通えないようにしてや……」
「あれー? ずいぶんと陳腐な脅しをするんだねー」
「え?」
突然、アンディの言葉を遮るように響いた声。
語尾を伸ばす独特な語り口だが、その姿はどこにも見えない。
「誰だ!? どこにいる!?」
反射的に怒鳴りつけながら、辺りをキョロキョロと見回すアンディ。
すると、何も無い空間に一筋の切れ目のようなものが現れ、その場に居た全員が釘付けになった。
「ちょっとお邪魔するねー」
そんな声とともに、空間に浮かんだ切れ目から人の姿がひょっこり現れ、俺たちは目を見開く。
「なっ!……これは、空間魔法!?」
驚愕の声を上げてアンディは後退りし、俺はまじまじと突然の乱入者を見つめる。
明るい茶色の髪に、開いているのかわからないぐらい糸目の青年。
しかし、王立魔術師団員の証である紋章入りのローブをその身に纏っている。
そのこと気づいたのだろう。
途端にアンディは背筋を伸ばし、右手を胸に当てて一礼しながら口を開いた。
「まさか、ホラーク団長がお見えになるとは……」
王立魔術師団に所属する空間魔法の使い手は一人しかいない。
ジョシュア・ホラーク。
二十代という若さで団長に任命された稀代の天才だ。
そして俺はアンディの変わり身の早さに謎の感銘を受けていた。
性格はちょっとアレだが、さすがは侯爵子息である。
「活きのいい子が経営学科にいるって聞いたから見に来たんだけど……ちょうどいいタイミングだったみたいだねー」
ジョシュアはのんびりとした足取りでアンディに近づく。
「君は魔術師科の子だよねー?」
「は、はい! アンディ・トリーフォノフと申します!」
「アンディ君は王立魔術師団への入団を希望しているのかなー?」
「はい! もちろんです!」
「なら、王立魔術師団の理念は知ってるよねー?」
ジョシュアの言う理念とは、王立魔術師団は完全なる実力主義であるということ。
元平民のジョシュアが、この若さで団長を務めているのがその証拠でもある。
「はい……」
返事をしたアンディの唇がわずかに震える。
「魔術師団員を目指してるなら魔法の実力で相手を黙らせなきゃねー。君、向いてないんじゃないかなー?」
場違いな程に明るく軽やかなジョシュアの声。
だが、アンディが家の権力を行使して俺を排除するつもりだったことを把握し、それを非難しているのは明らかだった。
「あ、あの、僕は………」
アンディの返事を待たず、もうすでに興味はないとばかりにジョシュアはくるっとこちらに顔を向ける。
「君がオリバー君かなー?」
「はあ、そうですけど……」
アンディを放置したジョシュアが、今度は俺の真正面に立つ。
「ねぇ、学園を卒業したらうちの魔術師団に入らないー?」
その言葉に、アンディを含む魔術師科の生徒たちが一斉に息を呑む。
「いや、無理っすね」
あっさりと断る俺。
「えー! なんでー? 王立魔術師団だよー? お給料もいいし、モテモテにもなれちゃうんだよー?」
食い下がるジョシュア。
「や、俺は父親の跡継いで領主になるつもりなんです」
「でも、オリバー君には妹さんがいるでしょー?」
暗に、妹のアリアに婿を取らせればいいと言われる。
なんで家族構成を知っているんだと思いつつ、俺は再び口を開いた。
「妹にはもう相手がいるんで」
幼い頃から一途にアリアを想い続ける幼馴染の顔が俺の頭に浮かぶ。
「あれ? 妹さんに婚約者はいないはずだよねー?」
「…………」
どうして知っているんだと思いながら、仕方なく俺はジョシュアの説得にかかる。
「今、俺の弟分が必死に妹を口説いてるんですよ」
「でも、婚約者がいないのは事実だよねー? 婿入りしてくれる有能な男を僕が紹介することもできるんだよー?」
「いや、俺の弟分の邪魔しないでもらえます?」
「だって、そうすれば君が領主になる必要はなくなるよねー?」
「だから困りますって」
「魔術師団長の権限を行使しても……ダメかなー?」
ふざけた語尾を伸ばす口調も、声のトーンも変わらない。
だけど、ジョシュアの目がうっすらと開き、意味ありげな視線を寄越した。
その瞬間、俺は悟る。
(あー、こいつも潰さないとダメかぁ……)
口で言ってもわからない相手には、実力行使でいいだろうというのが俺の持論だった。
それは王立魔術師団の理念にも反していないはず。
つまり、ジョシュアをボコボコにすれば万事解決するというわけで……。
「ふふっ、冗談だからそんな怖い顔をしないでー。いくら何でもグルエフ辺境伯家の庇護下に置かれている相手に手出し口出しするつもりはないよー」
だから、なんで知って……もう、いいや。
ジョシュアの言葉に、俺は全身からスッと力を抜いた。
「でも……真面目な話、オリバー君は領主よりも魔術師団員のほうが向いていると思うけどねー」
「…………」
そんなことは自分でもとっくにわかっている。
俺は再び幼馴染であり弟分であるテオドールの顔を思い浮かべる。
幼い頃から鈍くさい奴だった。
俺のあとをいつも追いかけてきて、よく転んで泣いていた。
走るよりも本を読むのが好きで、戦いごっこよりもおままごとが好きで、弱虫で泣き虫で……。
そんなテオドールが必死になって鍛えて、鍛えて、いつのまにか俺と肩を並べるくらいに強くなって……今では立派に辺境伯子息としての役割を果たそうとしている。
その根底にはアリアへの強い想いがあるからだ。
(だから俺が領主になって、あの二人をくっつけてやらないとな)
そして、将来はテオドールに『お義兄さま』と呼ばせたい。
「向いてなくても俺は領主になるんです。なので、魔術師団員の勧誘は他の奴を当たってください」
俺はもう一度はっきりとジョシュアに宣言する。
「えー……残念。振られちゃったー」
そう言って、今度こそジョシュアは引き下がった……かのように見えたのだが……。
それからは学園内で爵位を笠に着て脅されるようなことはなくなった。
どうやらジョシュアが俺の後ろ盾になってくれているらしい。
(まだ諦めてないのかよ……)
その代わり、俺を倒せば王立魔術師団への推薦が手に入るという噂がどこからか流れて、喧嘩を吹っ掛けてくる魔術師科の連中が後を絶たず、彼等と楽しく遊ぶ日々が続くのだった。
◇◇◇◇◇◇
「……っていうことがあってさぁ」
王立学園に入学してから一年が経ち、俺はなんとか進級することができた。
本当にギリッギリの戦いだった。エリーヌの助けがなければ危なかった。
そして、新たに入学してきたテオドールと一年振りに学園で再会し、これまでの学園生活のあれこれを聞かせてやっていたのだが……。
「なんでそんなことになってるの……?」
なぜかドン引きした様子のテオドール。
中庭の芝生に二人並んで座り込み、昔のように気安い会話を続ける。
「でも、最近は相手になりそうな奴がいねぇんだよなぁ。だからさ、テオが相手してくれよ」
「やだよ!」
「そんなつれないこと言うなよぉ!」
「無理だって!」
騎士科に在籍している身として私闘は禁じられているやら何やら、テオドールは言い訳ばかりを口にする。
「そんなこと言って……どうせアリアが見てないからだろ?」
「なっ!?」
アリアの名前を出した途端に、露骨に狼狽え始めるテオドール。
「ち、違うから! アリアは関係なくて……!」
入学前は、いつ誘っても手合わせに付き合ってくれていた。
その理由が、『アリアにいいところを見せたい』『アリアにカッコいいと思われたい』というものだと、俺はとっくに気がついている。
「そういや、アリアと上手くいってんのか? デートくらいはしたんだろうな?」
「デートっていうか……」
顔を真っ赤にしながらも、テオドールはアリアと二人でグルエフ領の祭りに参加したことを話してくれた。
「じゃあ、キスもしたのか?」
「なんてこと聞くんだ!」
「なぁんだ。相変わらずのヘタレか」
「でも、その、手は繋げたんだけど……」
その時のことを思い出したのか、テオドールは照れくさそうにしながらも笑みを浮かべている。
「そんなに嬉しいもん?」
「そりゃあ、ずっと繋いだままでいたくなるっていうか……離したくないっていうか……」
「ふーん」
「オリバーだって好きな子ができればわかるよ」
気の無い返事をする俺に、テオドールは笑いながら立ち上がる。
「もう行くのか?」
「うん。それとさっきの話なんだけど……」
どの話だと思いながらテオドールを見上げる。
「僕も、オリバーは魔術師団のほうが向いてると思う」
「何言ってんだよ。それだとテオとアリアが……」
「アリアのことは僕が自分で何とかするよ。方法だって探せばきっと見つかる。だから、オリバーらしい道を選んでほしい」
そう言って、テオドールは「またね」と軽く片手を上げて立ち去った。
その背中をぼんやりと眺めながら、テオドールの言葉を反芻する。
(王立魔術師団かぁ……)
地位や名誉が欲しいというより、単純に「飽きなさそうだな」とは思ってしまう。
思いきり魔法をぶっ放したらスカッとするだろうし、実力者と手合わせするのも楽しそうだ。
あと、給料がいいのと女の子にモテるっていうのも魅力的で……。
「あ、いた! オリバー君!」
そこへ、自身の名前を呼ぶ聞き慣れた声。
「もう! 提出期限が今日までの課題が出てないって先生が怒ってましたよ!」
眉根を寄せながら、俺を見下ろす深い海のような瞳。
「げ……忘れてた」
「あの先生、課題の提出に厳しいって有名なのに」
「エリーヌ!」
俺は彼女の名を呼びながら、パチンッと両手を合わせて姿勢を正す。
「頼む、手伝ってくれ!」
「またですか……?」
「俺にはエリーヌしかいないんだ! エリーヌのおかげで進級できたから最後まで面倒見てくるとめちゃくちゃ嬉しいし助かる!」
「…………」
呆れたような表情のエリーヌに、俺は声高らかに本気の懇願をする。
「はぁ……教室でいいですか?」
「お願いしまっす!」
溜息を吐きながらも了承してくれたエリーヌに、俺はがばっと頭を下げる。
「それじゃあ、いきましょう」
そして、俺に向けて自然に差し伸べられたエリーヌの手。
深く考えずにその手を掴むと、ぐいっと引っ張り上げられ、その勢いのまま俺は立ち上がる。
(お……?)
俺と手を繋いだまま歩き出したエリーヌ。
しかし、数歩進んだあとピタリと足を止め、俺と繋がれている手をまじまじと見つめた。
「私ったら……ごめんなさい」
おそらく、エリーヌにとって無意識の行動だったのだろう。
呟くような謝罪とともに、するりとエリーヌの手が離されそうになる。
それを逃さないよう、俺は彼女の手をしっかりと繋ぎ直した。
「え?」
「このままでいーじゃん」
そして、今度は俺がエリーヌを引っ張るように歩き出す。
『そりゃあ、ずっと繋いだままでいたくなるっていうか……離したくないっていうか……』
聞いたばかりのテオドールの言葉が頭に甦り、俺は内心深く頷いた。
(まあ、たしかに……)
ちらりと隣を窺うと、恥ずかしそうに俯いたエリーヌの顔が真っ赤になっている。
そんな彼女を可愛いなぁと思いながら、俺はエリーヌと二人きりの時間を過ごすべく、並んで教室へと向かうのだった。




