完遂者の見る夢は2
読んでいただき、ありがとうございます。
本日2回目の投稿です。最終話です。
※今話もルカ視点になります。
※少し過激な表現がありますので、気を付けてお読み下さい。
よろしくお願い致します。
1年前のクーデターはアルバートが起こしたものだが、実際にその舞台を整えたのはセオドアだという。
どれだけの時間をかけ、用意周到に根回しや準備をしたのだろうか……。
国王であったサイラスを王城の内部で討ち取り、わずか1年で国政を一気に塗り替えてしまった手腕は見事なものだった。
だが、僕が彼の名前を知ったのはクーデターよりずっと以前のことだ。
「ルカ・ミズノワール第二王子殿下ですね。たしかに散歩をするにはいい夜です」
穏やかな口調には、恐ろしさは微塵も感じられなかった。むしろ、あまり気力が無いようにさえ感じる。
「はい。あの、この星型の氷は宰相閣下が?」
「ああ、たくさん作り過ぎてしまいましたね。もしや氷に当たってしまいましたか?」
「いえ、実は僕も氷魔法の使い手でして……」
僕は右手に魔力を込め、星型の氷を作り出す。やはりというか掌サイズの氷が現れた。
「これは素晴らしいですね。私と同じように氷の形を変化させる方に初めて出会いましたよ」
「僕もです。でも、僕はこの大きさにするのが精一杯で、宰相閣下は魔力操作がお上手なんですね」
「いえいえ、私も何年もかけて必死に練習しました」
「それは、やはり魔力操作の訓練でですか?」
すると、セオドアはその紫の瞳を少しだけ伏せる。
「いえ、ずっと昔に、母を早くに亡くした幼い妹を喜ばせたくて星型の氷を作ってみたんです。そうしたら、思いのほか喜んでくれましてね」
「………」
「あれも作って欲しい、これも作って欲しいとせがまれてしまって。気付けば必死になってしまいました」
セオドアの声には懐かしさが込められている。
(妹………)
「おや?その反応は、もしや殿下は私の妹のことをご存知でしたか?」
そう問いかけるセオドアの声は穏やかなままだった。
しかし、その紫の瞳に仄暗さが見え隠れする。
「はい。あの、『真実の愛の物語』を読みました」
「そうでしたか。まさか他国の王族にまで出回っていたとは……」
そう、兄上があの物語にのめり込んだ時に、僕も本を取り寄せ、物語について詳しく調べたのだ。
そしてあの物語の登場人物が、モンフォール王国の実在する人物をモデルにしていることを知った。
『真実の愛の物語』に登場する悪役令嬢イザベル……実際はイザベラ・トゥールーズ公爵令嬢。
──セオドアはイザベラの兄だった。
「申し訳ありません」
「殿下が謝る必要はありませんよ」
「でも……」
実の妹があのように面白おかしく物語に登場させられるのは、耐え難い屈辱だろう。それにもうすでにイザベラは……。
「僕にも兄がいます。誰よりも何よりも大切な兄です。だから……」
あなたの気持ちがわかります。とは言えなかった。
だって兄上はまだ生きている。
「ありがとうございます。お兄様を大切になさって下さいね。失ってからでは、何をどうやっても、もう全てが手遅れですから……」
「………」
セオドアの口調はひどく投げやりのような、そんな想いを感じさせた。
「あの、なぜクーデターを?」
気が付けば、そのような言葉が口から出ていた。
国のトップを討ち取るクーデターを起こすということは、生半可な覚悟と労力では行えない。
しかし目の前のセオドアからは、そうまでして国を自在に操れる立場になったのに、まるでもう興味が無いように感じたのだ。
この国のこれからに関わる、大切な外交の場である夜会会場に居ないことこそが、その証拠だった。
「サイラス・モンフォールを殺したかったからですよ」
セオドアは抑揚の無い声で告げる。
「殺したかった……?」
「ええ」
「それだけですか?」
「ええ、ただそれだけです」
「それは、なぜ?」
セオドアは抑揚の無い声のまま、しかしその瞳は危うく輝く。
「あの男が私の大切な妹を殺したからです」
(殺した?つまり、イザベラ嬢はサイラスに殺された?)
「それは、その、本当に……?」
「本当ですよ。馬車の転落事故に見せかけて。ただ、証拠となる物証のようなものは何も残されておりませんでしたが」
「なんの為に?」
「妹は当時の王太子の婚約者で……ああ、それはあの物語の通りですよ。そして婚約破棄された妹を葬ることでブラッドの政治基盤をなくし、王位継承権をひっくり返そうとした」
「それでサイラスは、王太子に?」
「ええ、あの男の思惑通りになりましたね。ただ、その頃の私はまだ父から爵位も継いでいない、ただの若造でしかなかった……何も出来ませんでした」
「………」
「それからは妹を手にかけた実行犯をなんとか探り当て、サイラスの名に辿り着いた頃には、すでにあの男は王太子でした」
「それで、クーデターを?」
「はい。あの男が頂点に立ち、優越感を味わっている瞬間に地獄へ叩き落とそうと、確実にあの男をこの手で殺すために……。かなり時間がかかってしまいましたがね」
セオドアはふっと息を吐いた。
「クーデターの後は、この国をより良きものにしていきたいという気持ちもあったのです。妹はこの国を、民を愛していましたから」
セオドアは伏し目がちに俯く。
「しかし、私が支え、守りたかったのは、イザベラが王妃として立つこの国でした。結局、あの子の居ないこの国には何の興味も湧きませんでした」
セオドアはそう言い切り、顔を上げる。
「どうして僕にこの話を?」
「殿下から聞いてこられたのでは?」
僕の問いに、セオドアは不思議そうに聞き返す。
「いえ、そうなのですが。初対面の僕にこんなに素直に答えていただけるとは思わなくて」
「まあ、もう全て終わったことですし。それに……殿下も私と同じだと、そう思ったものですから」
「………」
(同じ……僕と?)
「違っていたら、申し訳ありません」
セオドアはそう付け足す。
──もし、兄上がイザベラと同じ目にあったら?その時、僕は………?
そう考えた時に、自ずと答えは出てくる。
「そうですね。僕もあなたと同じだ」
僕はきっと兄上に危害を加えた者、それに加担した者達を全て見つけ出し、1人残らず葬り去るだろう。
僕の言葉にセオドアは軽く頷くと、右手に魔力を纏わせる。
すると、可愛らしい氷のクマが現れた。そのまま、次は氷のウサギが現れる。
それらは顔だけではなく、きちんと全身が作られていた。
そして、氷のクマとウサギが動き出す。
「うわぁ、これは、凄いですね!」
僕は思わず声をあげる。
「色々作っているうちに、こんなことまで出来るようになってしまいました」
セオドアは苦笑いを浮かべながらも、氷のクマとウサギはまるでダンスのような動きをしている。
その時、ふと、今はもう遠く辺境の地に嫁いだ、薄桃色の髪の女の声が脳裏に浮かぶ。
『えーっと、昔、実際に氷魔法で作って見せてもらったことがあるんです』
『星型の氷を?』
『はい。あとはクマやウサギなんかも作ってくれましたよ』
『幼い頃のことなので誰かはよく覚えてないんです。ただ、私を喜ばせるために作ってくれただけで……』
僕はなぜか彼女とのそんな会話を思い出していた。
「宰相閣下は我が国にいらしたことはありますか?」
「ミズノワール王国に?……残念ながらまだ訪れたことはありません」
「そうですか……」
僕の勘違いだろうか?……でも、
「良ければ一度我が国に遊びにいらっしゃいませんか?外交としてではなく、個人的にでも構いません」
僕の言葉にセオドアは驚いたような表情をする。
(あの女にこの氷のクマとウサギを見せれば、きっと驚くだろうな)
そんなくだらないことを僕は考えていた。
これにて完結となります。
読んでいただいた皆様のおかげです。感想やいいね、ブックマーク登録もとても励みになりました。
本当にありがとうございました。
近いうちに、リクエストいただいた前作の番外編や、年内にもう1作品書けたらなぁと、思っております。
また決まりましたら活動報告にて告知致します。




