運命の人1(sideルカ)
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話はルカ視点となります。
よろしくお願い致します。
「あっ、……ルカっ!」
緊張した硬い声で名前を呼ばれて振り返る。
「兄上!?」
そこには僕の異母兄のレオンハルトが立っていた。
僕達は同じ王城で暮らしているとはいえ、ここ何年もの間は、公務など必要な時以外はあまり顔を合わせることがなかった。
簡単にいうと、避けられていたのだ。
だから、王城の廊下で兄上から声を掛けられるなんて、何年振りのことだろうか。
「どうされましたか?」
驚きと嬉しさで思わず少し大きな声が出てしまった。
「ああ、その、少し話す時間はあるか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか……」
兄上はここ1ヶ月近く学園も休み、自室に引き籠もっていた。
アリアの訪問の後もまだ籠っていたので、次の対策を講じようかと考えていたが、自分の意思で部屋から出て来れたのならそれが1番いい。
以前よりかなり痩せてしまっているのが気になったが、表情はずっと穏やかなように見えた。
そのまま兄上の部屋へと共に向かった。
「兄上の部屋に入るのは久しぶりですね」
幼い頃はお互いの部屋を行き来するのが当たり前だった。
しかし、いつしか兄上が僕の部屋を訪れることはなくなり、僕がこの部屋を訪れても理由を付けて断られるようになった。それ以来だった。
「そうだな……」
兄上と向かい合ってソファに腰掛ける。
なんだか落ち着かない様子の兄上を見つめると、彼は意を決したように話し出した。
「ルカ。アディール妃のこと、すまなかった」
そう言って兄上は僕に頭を下げる。
「兄上!そんな、兄上が頭を下げる必要はありません!」
「いや、アディール妃があのような行動に出たのは、私が王太子として不甲斐なかったせいだ。それに、お前に実の母を捕まえる真似までさせてしまった……」
兄上はとても辛そうな顔をしていた。
きっと、母を捕まえることになった僕の気持ちを想像して辛くなっているんだろう。
兄上は昔から自分には厳しく、僕には優しい人だった。
(やっぱり兄上は変わらない)
僕は今にも泣き出しそうな顔の兄上を見て、嬉しくなった。
◇◇◇◇◇◇
僕の母であるアディールは、とても美しい人だった。
当時の社交界でも母の美しさは有名で、社交界の華として君臨していた。
そんな母の美しさに惹かれて求婚者は後を絶たなかったらしいが、結局この国の最高権力者である父に見初められ、側妃として輿入れすることとなった。
そしてすぐに身籠り、自分によく似た美しい男児を出産した。
すでに正妃が産んだ第一王子が居たが、きっと母は自分の息子が王太子になる未来を夢見ていたのではないだろうか。
なぜなら、僕が病弱だとわかると途端に興味をなくしたから。
母はすぐに次の子を望んだが、父がこれ以上子を増やすことを望まなかったのか、母に興味をなくしたのかはわからないが、母の望みが叶えられることはなかった。
母は自分が注目されることで自尊心を満たすタイプの人間だった。
歳と共に失われていく美しさ、病弱で王太子どころか王族としての役割すら果たせそうにない息子、自分の息子と違って健康で優秀な第一王子……。
するとそういった鬱憤を幼い僕にぶつけるようになる。
少し運動をするだけで酷く咳き込み、無理をするとすぐに熱を出してしまう僕は、兄上と同じ教育を受けることすら難しかった。
そんな僕を母は酷く詰る。時には手が出ることもあった。
しかし、そうしたところで僕の身体が丈夫になるわけでもなく、そのうち僕の顔を見るのも嫌になったのか、母は僕と顔を合わせることすらしなくなった。
寂しかった。
ベッドに入っても咳はちっとも止まらなくて、ずっと苦しい。
辛かった。
「時間が経てばよくなりますよ」って言われるから、薬を飲んで、苦しいのがなくなるまでただずっと耐えるだけ。
誰かに助けて欲しくて、でも誰に助けてって言えばいいのかわからない。
ただいつも、寂しい、苦しい、辛いを繰り返すだけ。
そんなある日、また咳が出てベッドでじっとしている僕の部屋の扉がノックされた。そして男の子が入って来る。
金の髪に綺麗な空色の瞳をしたその子は僕を見るなり、
「大丈夫か?」と優しく声をかけてくれた。
だけど僕は彼を見つめたまま、閉じた唇にぎゅっと力を入れることしか出来ない。
彼が僕の兄、レオンハルトだということはわかっている。
だけど、今まで挨拶をしたことはあっても、喋ったり遊んだりしたことはなかった。
僕が兄に近付いたり、喋りかけようとすると、その度に母が無言で僕を睨みつけるからだ。
だから、僕は兄と関わってはいけないんだと思っていた。
(どうしよう。どうしよう……)
だけど兄はそんな僕にはお構いなしに喋り続けた。
「咳がいっぱい出るって聞いた。今まで見舞いに来てやれなくてすまなかった」
「………」
「父上から言われたのだ。私達は母は違うが2人だけの兄弟だ。だから力を合わせるようにって」
「………」
「これからは兄弟としてずっと一緒にいよう!」
そう言って笑う兄に、何か返事をしなければと口を開くと、途端に激しい咳き込みが襲ってきた。
「ゴホゴホ!……あ、ゴホッ!」
咳に邪魔をされ、上手く言葉にならない。
「大丈夫か!?」
兄は慌てたように僕に近付き、咳き込み続ける僕の上体を起こして、背中を撫でてくれた。
「ゴホゴホ!ごめんなさ……ゴホッ!」
「なぜ謝る?」
「ゴホゴホ!」
「ああ、喋らなくてもいい。えっと、水、水飲むか?」
僕がコクリと頷くと、兄はベッドの近くにある水差しからコップへと水を注ぎ、僕の手に持たせる。
ゆっくりと水を飲む。
喉に水が流れ込む感覚が気持ちいい。
「ありがとう」
「気にするな。それより、こんなに咳が出ると苦しいだろ?薬は飲んだのか?」
僕はコクリと頷く。
「そうか……薬を飲んでもこんなに咳が出ると、外では遊べないな」
兄はそう言ってなにやら難しい顔で考え込んでいる。
「じゃあ、部屋で遊ぼう。明日は色々持ってくる」
「え?で、でも……僕と遊んでもいいの?」
「ああ!父上がいいと言っているから大丈夫だ。じゃあ、また明日」
そのまま兄は部屋を出て行ってしまった。
そして、翌日からほぼ毎日僕の部屋に顔を出すようになる。
僕がベッドから出なくてもいいように、本を読んでくれたり、僕の調子がいい時にはボードゲームやカードゲームでも遊んだ。
「ルカは凄いな!ルールを覚えるのも早い」
「兄上が教えてくれたから……」
兄上はこんな僕のことをいつも褒めてくれる。
僕は兄上に褒められると、なんだか照れくさくて、でも嬉しくて、もっともっと褒めて欲しくなる。
「ルカはきっと頭がいいんだ。勉強すればどんどん賢くなる」
「あ、でも、ずっと勉強してるとすぐ疲れて、いつも途中で終わっちゃう、から……」
「大丈夫だ!ルカがわからないところは私が教えてやる。私はルカの兄だからな」
「うん!」
武芸も勉学も兄上はなんでも出来た。
「私とルカは2人だけの兄弟だから」
兄上はいつもそう言って、何も出来ない僕にも優しく接してくれる。
咳が出ても熱が出ても、もう寂しくはなかった。
兄上がいつも心配してくれるから。
苦しい時には兄上が背中を撫でて、手を握っててくれるから、もう辛くない。
僕にとって兄上はなくてはならない存在になった。




