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密談3

(わたくしの望んだ……、それは)


「それは公爵家であっても、ですか?」

「うん。構わないよ」


なんてことのないようにあっさりとルカは頷く。


「どの家門であっても、王家の命には逆らわせないから」

「………っ!」


つまり、わたくしを養子にするよう家門に『王命』を出すということだ。

そしてそれは、テオドールとわたくしの婚約を王家が支持していると表明することでもある。

これならば、どの貴族も表立ってわたくしを嘲ることは出来ない。


思っていた以上の報酬に、自分でも興奮してしまっていることがわかる。


「どの家門にするかは、今すぐ決めなくてもいいよ。そうだな……グルエフ辺境伯夫人に相談してから決めたほうがいいかもね」

「はいっ!そうします」

「他に必要なものはある?」


(必要なもの……)


わたくしは少しの間、思案し……、


「では、教師の手配をお願い出来ますか?」

「教師?」

「はい。私はずっと領地におりましたので、この国の貴族社会には疎いのです。ですので、そちらに詳しい方をご紹介いただければと」

「なるほどね。わかった、手配しておこう。他には?礼儀作法の教師は必要ないの?」

「それは……いえ、お願い致します」


礼儀作法やマナーは前世で嫌という程に叩き込まれた。

だから必要ないと思ったが、この国の高位貴族の作法とは細やかな違いがあるのかもしれないと思い直す。


(あと、必要なもの……)


わたくしは頭の中をフル回転させる。


(まずは婚約について両家で話し合いをして、その時にグルエフ夫人に養子先の相談を……。でも早く決めてしまわないと間に合わないですわね。出来ればデビュタントの夜会では、養子先の当主にエスコートをしていただきたいですし)


この国のデビュタントは16歳だ。

16歳になった貴族の子女は、王城で開かれるデビュタントの夜会に招待される。

その際のエスコートは親族であることがほとんどだった。


わたくしのデビュタントは約1年後。

他の貴族にわたくしの存在を知らしめるのにデビュタントの夜会の場はちょうど良い。


「あとは、1度だけポータルの使用許可をいただけないでしょうか?」

「ポータル?ああ、ここからグルエフ辺境伯領までは遠いね。それなら養子先が決まるまで何度でも使ってくれて構わないよ」

「ありがとうございます!」


まさかわたくしが、オリバーと同じようにポータルの使用許可を願い出ることになるなんて思いもしなかった。

でもこれで、デビュタントには間に合いそうだ。


「報酬はこれで大丈夫そう?じゃあ、君に協力してもらいたいことを説明するよ」




◇◇◇◇◇◇




「囮、ですか?」

「そう。たぶん近いうちにイーサンが君と兄上をどうにかしようと動くはずだから」


ルカの説明によると、レオンハルトの従者であるはずのイーサンが、実はルカの母、つまり側妃と繋がっていて、レオンハルトの情報を流しているそうだ。


そしてルカはそれを把握しながらも、そのまま泳がせていたらしい。


「兄上の計画や、アリア嬢への執着の件も全てイーサンからの情報で知ったことだからね。兄上が何を考えているのかを知るには、イーサンが使える」

「でも裏切り者がわかっているのならば、レオンハルト殿下にもお伝えしたほうがよろしいのでは?」


信頼している従者であり幼馴染に、実は裏切られていると後で知ればショックを受けるのではないだろうか?


「うーん。たぶんだけど、僕の見立てでは、兄上はイーサンが僕の母と繋がっていることに気付いているよ」

「えっ?では、なぜそのままにされているのですか?」

「イーサンは兄上を王太子の地位から降ろそうとしている。だから、王太子の地位を降りたい兄上と、ある意味利害が一致しているんだよ。現に、兄上の計画にイーサンは喜々として協力している」

「なっ………」


それは裏切り者ですら上手く使いこなしていると見做すべきなのだろうか?

それとも……レオンハルトはもう誰も信用していないのかもしれない。


周りの誰も信用出来ずに、独りで望まぬ王太子の重責を背負い続ける……。

果たして、それでも彼は王にならなければいけないのだろうか?


ふと、そんなことを考えてしまい、思わず口から出てしまった。


「なぜルカ様は王位を継がれないのですか?」


言ってしまった後に、しまったと口を閉じる。

気が緩んでしまっていたのか、これは失言だった。


「それは僕のほうが兄上より優秀だから?」

「……はい」


しかし、意外なことにルカは怒るでもなく、凪いだ瞳でわたくしを見た。

今更失言を取り繕うのも無理だと、わたくしは素直に返事をする。


「これが150年前の戦争時代だったら、僕はこの国に相応しい王になっていたと思うよ」

「え?」

「リーダーシップとカリスマ性と、人を惹きつけるらしいこの容姿。民の人気を得るには充分すぎるくらいだ。じゃあ現在、そんな僕を支持する貴族はどんな人達だと思う?」

「それは………」

「それはね、戦争推進派の貴族達だよ」 

「まさかっ!」


この国は隣国との長い戦争を経て、約100年前に停戦協定が結ばれた。

それなのに、再び戦争を望む貴族が居るなんて……。


「何?戦争を望む連中が居ることを知らなかったの?」

「はい」

「君には歴史の教師も必要だね」


そう言ってルカは口の端をつり上げる。


「戦争推進派の貴族のほとんどが、過去の戦争によって富を得た連中だ。軍需産業を生業としている家門や、その材料となる鉱山を所有する家門、あとは純粋に武力によって隣国を制圧すべきだという思想を持つ家門も居るけど」

「………」


わたくしは、この国の貴族社会の事情に衝撃を受ける。


「この国が平和を勝ち取って、やっと100年だ。陛下と兄上もこのままの平和路線を変えるつもりはないと明言している。それにもかかわらず戦争推進派の連中は諦めていない」

「そんな……」

「実際に僕の母に擦り寄っている連中は全て戦争推進派の貴族だよ。兄上ではなく、僕を担ぎ上げてもう1度戦争を起こしたいんだろう」


たしかに、再び戦争が起きたならば、民達の象徴としてルカはうってつけての人物になるだろう。


「君は歴史の教科書に載るような、革命や戦争の勝利をもたらす強き王が、この国に相応しいと思ってる?」

「………」

「僕の考えは違う。今のこの国に相応しいのは、兄上のようなこの平和を維持することのできる王だ。僕はそんな兄上を側で支える存在になりたいと思ってる」


ルカははっきりとそう告げた。


「兄上の為になるなら、僕が王位継承権を放棄してもいいんだけど……僕等にはやっかいな従兄弟殿が居てね。僕が放棄してしまうと、今度はその従兄弟が兄上にちょっかいを出す可能性があるんだ」

「そうだったのですね……」


ただの男爵令嬢でしかない自分には知り得ない、複雑な

事情が王家にはあるようだ。


「それに、兄上を陥れようとする奴は、まず僕か僕の母に近付いて来る。だったらこのままのほうが都合がいい」


(なるほど。ルカ様は自分自身を囮にして、反乱分子を炙り出していらっしゃるのね)


王になる素質がある者が王になる。

どうやらそんな単純な話ではないことはよくわかった。

やはり、国によってそれぞれの事情と問題がある。


「ルカ様は、きちんとこの国のことを考えておられたのですね」

「………」


わたくしの言葉にルカは黙ったまま何も答えない。

しかし、その顔には思わず見惚れてしまうような極上の笑みが浮かんでいた。


その表情に一瞬の違和感を覚える。


しかし、その違和感が何かを確かめる前に、ルカの口から驚くべき言葉が飛び出した。



「それにしても、君は一体何者なんだ?」


(何者?)


ルカの質問の意図することがわからない。


「どういう意味ですか?」

「自分では気付いてないみたいだけど、君はちぐはぐなんだよ」

「ちぐはぐ……?」

「君のことは入学してからずっと見ていた。ねえ、その男爵令嬢らしからぬ美しい所作はどこで学んだの?ずっと領地から出ていないはずの君の立ち回りの上手さの理由は?」


ルカの探るような視線を受けても、わたくしはその問いに答えることは出来ない。


だから代わりに、イザベラの頃のような優雅な笑みを浮かべた。


「わたくしはただの男爵令嬢ですわ」


ルカは全く納得いっていない顔をしていた。


だけど、誰にだって言えない秘密の1つや2つはあるのだから。


そうでしょう?



読んでいただき、ありがとうございます。


次話の投稿は明後日になります。


急に寒くなってきましたね。皆様も体調にお気を付け下さい。

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