密談2
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
なんとか投稿間に合いました。
よろしくお願い致します。
「大丈夫、です。少し驚いてしまって」
「そう。それならいいんだけど……」
ルカの瞳を見つめながら、なんとか笑顔を貼り付ける。
(今はルカ様との話が先よ)
こんなことでルカとの話し合いを中断させるわけにはいかない。
(切り替えなければ……。今はこの感情に蓋をして、大丈夫、落ち着いて)
怒りに支配され拳を振り上げたところで、わたくしにはもうその拳を振り下ろす相手がいないのだ。
ブラッドはきっと死ぬまで表舞台に出てくることはないだろう。そして、それはきっと彼の側近達やリリーも……。
全てが過ぎ去ったこと。
過去よりも、生きている今のほうが大切なのだから。
わたくしは軽く息を吸い込み、意識をルカに向ける。
「それで、この物語のヒロインと私を混同したというのは、私が光魔法の使い手だからでしょうか?」
そしてわたくしは何事もなかったように、話を元に戻した。
「たぶんね。髪色も同じみたいだし」
表紙や挿し絵のヒロインの髪色は実際のリリーと同じ薄桃色だった。ただ、彼女の瞳は茶色で、わたくしは翠色なので全く同じではないのだけれど。
「まあ、本当の理由は兄上にしかわからない。ただ、兄上は初めて君に出会った時に、好意を持ったのは確かなんだ。そして学園で再会した君と、物語と同じような恋愛をしようとした」
「……そうだったんですね」
「僕はそんな兄上の目を覚まさせたい。物語の世界から抜け出してほしい」
そう言ったルカの声は切実だった。
わたくしはやっとレオンハルトの行動の意味が理解出来た。
まさかブラッドとリリーのようになりたいとは、予想もつかない理由だったが……。
(あっ!)
「あの、この物語の通りの恋愛をしてしまうと、レオンハルト殿下の立場が危うくなるのではないでしょうか?この物語の王子も、実際には王太子の地位を失っていますよね?」
物語の最後は「真実の愛で結ばれた」で終わり、その後のことには何も触れられてはいない。
しかし、実際にはこの「真実の愛」のせいでブラッドは蟄居し、王太子の地位も王位継承権も失っている。
「へぇ?よく知っているね?」
ルカが目を細めて、薄い笑みを浮かべた。
「以前に新聞の記事で読んだことがあったんです。それを思い出しまして……」
わたくしは慌てて理由を付け加える。
父が読んでいた新聞の記事でブラッドのその後を知ったので、嘘ではない。
「ふぅん……まあ、いいや。君の言う通りだよ」
「では、そのことをレオンハルト殿下にお伝えすれば良いのではないでしょうか?」
そうすれば、物語と現実の違いに気付くだろうし、わたくしと恋愛する気も失せるだろう。
「すでに兄上はこの物語の本当の結末を知っているよ」
「は?」
(知っている?つまり、わたくしと恋愛をした後には破滅が待っていることをわかっている?)
「知っているのに、なぜ……?」
「兄上にとってはこの物語の展開が理想なんだ。いや、この物語のシナリオが兄上にとって都合が良いと言ったほうがわかりやすいかな?」
「都合がいい?」
「つまり、兄上はこの物語の本当の結末のように、王太子の地位を返上したいんだよ。それが兄上の本当の目的だ」
「そんな……」
つまり、レオンハルトは王太子の重責に耐え切れず、この物語のように愛する人と結ばれて王太子の地位を失いたいと思っている。それこそが彼の理想だった。
そして、わたくしとヒロインを混同し、その願いを遂げようとしていると……。
「あの、こんなことをせずとも、王太子の地位を返上するだけではいけないのでしょうか?」
「一国の王を継ぐ地位だよ?そんなに簡単なことじゃない。周りから見放されるようなよっぽどの醜聞でも起こさない限りね」
それで、実際に王太子の地位を剥奪されたブラッドを見本にしたということかしら?
「それに兄上はもう何年も前から……君に出会ってしまった日から、君とこの物語を再現することに囚われてしまっている。僕や周りが今更何を言っても、きっと兄上には届かない」
「………」
ふと、先日のレオンハルトを思い出す。
彼の美しいはずの空色のその瞳がひどく虚ろであったことを……。
──ああ、あれは狂気だったのか。
◇◇◇◇◇◇
「そこで、兄上の目を覚まさせる為に君に協力してほしいんだ。兄上が執着している君の言葉なら届くはずだから」
まさか、前世の因縁にこんな形で巻き込まれてしまうとは……。
再び怒りが溢れそうになるのを必死に飲み込む。
「もちろん、君にはそれ相応の報酬を用意する」
「報酬、ですか?」
ルカからそんな言葉が出たことに驚く。
そんなことをせずとも、王族である彼にわたくしは逆らうことなど出来ないのに。
「ああ、今回は僕からの頼みとはいえ、王族である兄上を相手にするリスクを君に負ってもらうんだ。当たり前だろ?」
そう言ってルカは口元に笑みを浮かべた。
「君が今1番必要としているものを用意するよ」
「必要としているもの、ですか?」
「君はローレン男爵令嬢のまま、グルエフ辺境伯家へと嫁ぐつもり?」
(まさか……)
「それとも、もう養子先は見つかったのかな?」
わたくしはルカのその言葉に思わず目を見開いた。
彼はそんなわたくしの反応を楽しんでいるように見える。
「それは、私の養子先を用意して下さるという意味ですか?」
「うん。テオドールの婚約者になる君には必要なことだろ?」
「………」
テオドールの気持ちを聞いた時、舞い上がってしまったわたくしは家格の差など忘れて、自分の思いのままに受け入れてしまった。
でも現実はそんなに簡単ではないことは、わたくしが1番よくわかっている。
きっとテオドールの婚約者になったわたくしが男爵家の出身だという理由で、嘲る連中が出てくるだろう。
王族の血に連なる、元公爵令嬢のグルエフ夫人が目を光らせている間は黙っていても、テオドールが正式に当主になった後は?わたくし達の子供が産まれたら?
だからわたくしに今必要なのは高位貴族の地位。
(だけど、わたくしには高位貴族のツテがない。グルエフ夫人に養子先を探してもらえないか相談するつもりでしたけれど……)
「あの、どちらの家門をご紹介していただけるのでしょう?」
「どちらでも、君の望んだ養子先を用意してあげるよ」
※補足になりますが、アリアが婚約者になるのなら、養子先を探すことをグルエフ夫人は考えていました。
ただ、この話の時点では、グルエフ夫人はアリアが婚約を承諾した事をまだ知りませんし、アリアもグルエフ夫人の考えを知りません。
テオドールはアリアと婚約できることに浮かれて、何も考えていません。




