密談1
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話は、イーサンに襲われる数日前のルカとの話し合い(動き出す者8前半)の続きになります。
よろしくお願い致します。
「さて、今から僕の話を聞いてしまえば、君を僕の計画に巻き込むことになるけれど、覚悟はいいかな?」
空き教室でルカと向かい合う。
「もうすでに巻き込まれてしまっておりますので、今更ですね」
わたくしは思わず苦笑いになってしまう。
「それもそうだな。じゃあまずは、兄上の話をしよう。アリア嬢は読書は好き?」
「え?読書ですか?好きですけど……」
いきなりなんの話だろう?
唐突な質問に戸惑うわたくしを気にせずに、ルカは続ける。
「兄上も子供の頃から読書が好きでね。僕も昔は兄上によく読んでもらってたんだ」
今はあまり仲が良いようには見えなかったが、幼い頃の2人は違ったようだ。
「そして王太子教育が始まると、兄上にとって読書は息抜きになっていた。忙しい時間の合間に読書をすることが兄上の楽しみの1つだったんだ。だけど、いつしかそれが現実逃避の道具になってしまってね」
「現実逃避、ですか?」
「君も幼い頃に、物語の主人公になりきった経験はない?自分が物語の登場人物になる空想をしたことは?」
「それは、経験がありますね」
もし自分がこの物語の主人公だったなら、わたくしならこうしてたああしてたなどの空想をしたことがある。
「そう。それくらいなら誰しも経験があることなんだ。でも兄上の場合はそれが深刻でね。苦しい現実に耐えられなくて物語の世界に逃げ込んでしまった」
「苦しい現実……王太子教育が辛かったんでしょうか?」
「いや、僕のような人間を弟に持ってしまったことが兄上にとっての苦しい現実だよ」
そう言って、ルカは自嘲気味に笑った。
(ルカ様のような人間……)
類を見ないような美しい容姿に、文武両道で膨大な魔力量、そして王族にふさわしいカリスマ性。
そんな人物が弟としてずっと側にいれば、きっとことあるごとに比べられるのだろう。
それは、王城の中だけでなく、この国のありとあらゆる場所で見ず知らずの大勢の人々に……。
そして自分より王にふさわしい人物が側にいるのに、正妃の子で第一子であるという理由で王にならなければならない現実……。
たしかに、それは目を逸らして逃避してしまいたくなるぐらい苦しい現実だ。
「兄上がもっと、誰がなんと言おうと自分が王太子だと開き直ってくれたら良かったんだけどね。それか、僕を憎んでくれても良かった……。だけど真面目な兄上は自分の出来が悪いせいだと、自分ばかりを責めてしまったんだ」
「そうだったんですね……」
真面目だからこそ、自身を追い込んでしまったのだろうか。
「まあ、そんなこともあって、兄上はどんどん物語の世界に没頭した。だけど現実は物語のように上手くはいかない。兄上もそれはわかっていた。わかっていたはずなのに、君に出会ってしまったんだ」
「私、ですか?」
「そう。君と兄上は学園に入る前にすでに出会っていた。そうだね?」
「はい。ただ、その時のレオンハルト殿下は髪と瞳の色を変えて、名前も愛称を名乗られていて……ですので、私があの時に出会ったのがレオンハルト殿下だと知ったのはつい最近です」
「やっぱりただの偶然か……」
「あの、偶然以外に何があるのでしょうか?」
街中でお忍び中の王太子に出会うなんて出来事はなかなかあることではない。
そのことはよくわかっているのだが、あの時のレオンハルトと知り合うきっかけになったのは明らかにオリバーのせいだったし、わたくしは巻き込まれてしまっただけだと思う。
「君にとってはただの偶然でも、兄上にとっては運命だったんだよ」
運命……そういえば、レオンハルトが言っていた。『私と君との出会いは運命なんだよ』と。
「あの、やっぱり意味がよくわかりません」
「まあ、普通はそうだろうね」
そう言うと、ルカは自分のカバンの中から1冊の本を取り出した。
「この本に見覚えは?」
ルカが手に持っている本は、深緑色の表紙に手を取り合う男女の絵が描かれているが、全体的に色褪せてしまっている。
新品ではなさそうなその本のタイトル部分には『真実の愛の物語』と書かれていた。
表紙の絵とタイトルからして、内容は恋物語だと推察されるが、わたくしはこの本に見覚えはなかった。
「ありません」
素直にそう答える。
「じゃあ、君はモンフォール王国という国を知ってる?」
「え?」
まさかの国の名がルカの口から出たことに驚く。
知っているも何も、前世で暮らし、王太子妃となる予定だった国だ。
「この国からは離れているし、あまり馴染みがない国かもしれないが、その国で昔流行っていた物語があってね。それがこれなんだけど、まあ読んでみて」
アリアは渡された本を、パラパラと捲り中身に目を通す
「これは……」
王子ブラドが学園で光魔法を持つ少女リリアナと出会うところから物語は始まる。
そして互いに惹かれ合った2人は、身分差を越えて恋に落ちていく……。
さらに読み進めると、そこに王子の婚約者イザベルが現れ、2人の邪魔を始める。卑劣なイザベルの罪は暴かれ、断罪されたイザベルは北の修道院へと送られる。
──そして2人は真実の愛で結ばれた。
ページを捲る手が怒りで震える。
名前こそ微妙に変えているが、これはブラッドとリリー、そしてわたくしの物語だ。
(どうしてこんなものが……)
「これは僕達が産まれる前に、モンフォール王国で実際に起きた出来事らしい。まあ、多少脚色はしてあるだろうけどね。この物語のモデルになった当時の王太子がこの本を作り、それが民に広がったそうだよ」
ルカの言葉に衝撃が走る。
(つまり、この本はわたくしが死んだ後にブラッドが作った物?そして、それを民に広げた?)
全身の血の気が引いていく。
「兄上はこの物語のヒロインと君を混同してしまっているんだ」
「ヒロイン……」
わたくしが?
このわたくしがリリーだと?
あのような女とわたくしを混同するなんて、侮蔑以外の何者でもない。
「それならローズ嬢が悪役令嬢ということになるんだろうけどね」
「悪役令嬢?」
「この物語に出てくるイザベルのことを指す、民が考えた造語のようだよ」
(悪役令嬢……)
今のわたくしはアリア・ローレン。
もうイザベラ・トゥールーズとしての生を終えたことは頭では理解している。
しかしイザベラの、わたくしの魂は叫んでいる。
──ふざけるなっ!
わたくしは自分の行いに責任を取り、婚約破棄と修道院行きを受け入れた。そして、死すらも……。
それなのに、死んだ後までもわたくしを面白おかしく物語に登場させて嘲るの?
それほどまでにわたくしは罪を犯したの?
『真実の愛』などとのたまい、先にわたくしを裏切ったのはブラッドではないか!
頭が酷く痛み、視界が歪む。
わたくしの思考はぐちゃぐちゃだ。
忘れたいはずの出来事が次々と頭の中に流れ込んで来る。
何度も学園で見かけたブラッドとリリーの逢瀬、苦言を呈するわたくしを見るブラッドの冷たい視線、婚約者を奪われたとわたくしを陰で嘲る者達の歪んだ笑顔。
そして、北の修道院行きを言い渡されたあの卒業パーティ……。
怒りが胸の奥から次から次へと溢れ出てくる。しかし、その出口が見つからず、自身の内側で渦巻いている。
「どうした?顔色が悪いぞ」
わたくしは訝しげなルカの声に我に返る。そして、その美しい青紫色の瞳を見つめた。
またまた家族が発熱の為、次話の投稿が明日14時より遅くなるかもしれません。すみません。
(10日に1回のペースで病院に行ってる気がします……)
よろしくお願い致します。




