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動き出す者9

「でも、ルカ様は自分が王になることを望んでいらっしゃいません」


私の言葉に、イーサンの表情が曇る。


「そう、それが問題なんです。なぜかルカ殿下は王位に興味を持たれていない。ならば、レオンハルトを廃して、ルカ殿下に王太子になっていただくしかない」


(やはり、狙いはそこでしたのね)


わたくしがレオンハルトと2人で男子寮の部屋から出て来る、もしくは誰かに発見されるようなことがあれば、いくら王族でもかなりの醜聞となるだろう。

そうなれば、レオンハルトとローズの婚約も危うくなる。


しかも、レオンハルトがテオドールと婚約予定のわたくしに手を出したとなれば、グルエフ辺境伯家も黙ってはいないはず。

王家はクレメント侯爵家とグルエフ辺境伯家を敵に回すくらいなら、醜聞にまみれたレオンハルトを切ることを選ぶだろう。

そしてただの田舎の男爵令嬢であるわたくしは、レオンハルトと共に切り捨てられる。


「さて、お喋りはこのくらいにして、そろそろ殿下の元へ向かいましょう」


イーサンは小さな香水の瓶のようなものを取り出すと、それを手にこちらに近付いて来る。


(よし、今ですわ!)


わたくしは、土の手に拘束される前にイーサンと会話をしながらこっそりポケットから取り出し、右手に握りしめていた小さな魔道具の感触を指で確かめる。


そして掌の中の魔道具の起動スイッチを押した。


「…………」


──何も起こらない。


(ちょっと、どうしてっ!どうして何も起こらないの!?)


わたくしは焦りながら何度も起動スイッチを押す。

しかし、何度押しても魔道具が起動した様子はない。

 

この魔道具があったから、わたくしは土の手に拘束されようとも動じずにイーサンと対峙していられたのだ。


(もしかして壊れてるの?それとも……)


まさか騙されたのかと血の気が引く。それと同時に、この魔道具を渡して来た美し過ぎる顔が脳裏に浮かぶ。


「少し眠っていただきますね」

「こ、来ないでっ!」


焦りで、自分でも驚く程の震えた声が出る。


「そんなに怯えなくて大丈夫です。目覚めた時には全てが終わっていますから」


そしてイーサンはわたくしの顔に手を伸ばす。

わたくしは必死に顔を背けたが、片手で口元を鷲掴みにされ、正面を向かされる。


「や、やめて!誰かっ!」


その瞬間、わたくしの目の前に居たはずのイーサンに何かが猛スピードでぶつかり、イーサンは吹き飛ばされる。


「なっ………」


突然の出来事に、わたくしは呆然とするしか出来ない。


「アリア!大丈夫か?」


声のする方に顔を向けると、うつ伏せに倒れたイーサンの上に乗りかかり膝で押さえ込むテオドールが居た。


「テオ?」


テオドールがここに居るなんて、聞いていない。



◇◇◇◇◇◇



「おいっ!テオドール!勝手に先に行くんじゃねぇよ」


よく通る大きな声と共にフィンがこちらに走って来る。

そしてフィンの後ろには、騎士科の制服を着た十数名の生徒が居た。


「だって、アリアが危なかったんだ。間に合わなかったらどうするんだよ!」


テオドールも負けじと言い返している。


そして、フィンがテオドールの元に駆け寄ると、イーサンを押さえつける役目を交代し、テオドールがわたくしの元へと駆け寄る。


「怪我はない?」


イーサンがテオドールによって吹っ飛ばされた時に、わたくしを捕らえていた土の手は跡形もなく消え去っていた。

気付けばわたくしは、その場に座り込んでいて立ち上がることも出来ない。


「ど、して、テオが……?」


口の中はカラカラで、上手く舌が回らない。


「実はイーサンを数日前からずっと見張ってたんだ」

「えっ?」

「でもまさかイーサンがアリアを巻き込むつもりだったなんて思わなくて……。本当はもっと早く助け出したかったんだけど、イーサンが確実な行動に出るまで動くなって上から命令されてて」

「上……」


(まさか……)


そこに涼しい顔をしたルカが魔術師科の制服を着た生徒十数名を引き連れて現れた。


「やあ、アリア嬢。巻き込まれて災難だったね?大丈夫?」


わたくしは、どういうことだ話が違う!という意味を込めて、その美しい顔を無言で睨みつける。

しかし、そんなわたくしの視線をものともせずに、ルカは優雅な仕草でその長い人差し指を自身の口にそっと当てて、わたくしに視線を送り返す。


どうやら「そのまま黙っておけ」ということらしい。



「テオドール。大切な婚約者の危機に焦る気持ちはわかるけど、こちらの指示を無視するのはよくないよ」

「………申し訳ありません」

「君が殊更に婚約者を大事にしていることは知っているから、気持ちはわかるんだけどね」

「はい。アリアを傷付けさせるわけにはいきませんから」

「本当にアリア嬢が大切なんだね」

「はい。アリアの為ならなんでも出来ます」


ちょっとルカとテオドールの会話がおかしくないだろうか?やたら「婚約者」やら「大切」をルカが強調している気がする。

それに対するテオドールの真剣な返答に、羞恥でまた身悶えそうになる。


「えっ?テオドール!お前、アリアちゃんと婚約したのか?」


そこにフィンの大きな声が響き渡り、この場にいる誰もが、わたくしとテオドールの関係を知ることとなった。



◇◇◇◇◇◇



「さてと……ジョシュア!居るんだろ?」


ルカがそう呼び掛ける。

すると、ルカの右隣の何もない空間に切れ目のようなものが浮かび上がった。

そしてその切れ目からひょっこりと明るい茶色の髪に、開いているのか閉じているのかわからないぐらい糸目の青年が顔を出す。


「はいはーい。レオンハルト殿下はご無事でしたよー。男子寮の空き部屋のベッドで眠らされておりましたー。詳しい検査はまだですが、おそらく睡眠薬の類を飲まされたみたいですねー」

「そうか、良かった」


ルカがほっとした様子で答える。


「ただ、部屋には怪しげな興奮剤……夜の営み用のやつですねー。そういう物も用意してあったので、無理矢理に既成事実を作らせようとした可能性が高いですねー」


さらりと恐ろしい事を言われてわたくしは震え上がる。


「おや?レディの前で失礼しましたー。君は、オリバー君の妹さんですねー。僕は王立魔術師団の団長をしておりますー」

「あ、兄がお世話になっております」


独特な喋り方のこの方が、王立魔術師団の団長……。

つまり、この切れ目は空間魔法ということだ。


「ち、違います!ルカ殿下!薬も部屋も全てレオンハルト殿下に指示されて用意したものです!」


フィンにうつ伏せで地面に押さえつけられているイーサンが、顔だけを捻り、必死に訴えている。

フィンが黙らせようとするのを、ルカが片手を上げて制す。


「じゃあなぜ、兄上は睡眠薬で眠らされている?」

「いや、それは……」

「くだらない言い訳だね。そもそも王族に薬を盛った時点で重罪だ」

「しかし、それは全てルカ殿下の為に!」

「だから、頼んでないって」


ルカは苛立ちながら、吐き捨てるように言う。


「この際だからはっきりと言おう。他の者達もよく聞いておけ。この国の王になるのは兄上、レオンハルト王太子殿下だ。僕はそんな兄上を支える為に、兄上の剣となり盾となることを誓う。兄上を害そうとする輩には、僕が直々にそれ相応の報いをくれてやる」


ルカの青紫色の瞳は怒りに満ち、全身からは底冷えするような威圧を放っている。

その美しくも恐ろしい姿に、誰もが息を呑み目を離すことができない。


「ジョシュア、イーサンを連れて行け。どうせ裏で母上と繋がっている。吐かせろ」

「よろしいのですかー?」

「構わない。側妃である自分の立場も弁えず、欲ばかりかく女は王家には必要ない」


自分の母ですら、ばっさりと切り捨てる。

そんな冷酷なルカの姿を見て、わたくしは確信する。


(ルカ様の目的はこれでしたのね)


そう、これはきっと、見せしめ。


王家の継承権に、口出し手出しをした者がどうなるのかをわからせる為の見せしめ。


では、誰に対しての見せしめなのか?


それは、この場に集められた数十人の騎士科と魔術師科の生徒達。

イーサンを捕縛する為という名目で集められたのだろうが、それにしてはちょっと人数が多い。


彼等はきっと、将来有望な次世代の担い手。

テオドールのような有力家門の後継者や、王立騎士団や王立魔術師団に所属し活躍するであろう人材。


レオンハルトが王位に就く頃、重要なポジションに就いた彼等がイーサンのような愚かな考えをおこさないよう、余計な芽が出る前に潰しておきたかったのだろう。


「それじゃあ、後始末は任せたよ。次はアリア嬢、少し話を聞かせてくれる?」




◇◇◇◇◇◇




「聞いていたお話と随分違うんですけど」


あの後、イーサンは捕縛されたままジョシュアが空間魔法で作った切れ目に放り込んでいた。

そして、わたくしは調書を取る為という名目で、空き教室でルカと向かい合っている。


「見事な囮役だったよ」


全くそうは思っていないだろう表情と声で返される。


実は、数日前のルカとの話し合いの場で、囮役を頼まれていたのだ。

だからわたくしはイーサンが手を出しやすいように、わざと連日放課後は遅くまで残り、1人で寮まで帰宅する日々を送っていた。


「他の皆様には私の囮役のことは話していなかったんですか?」

「うん。言ったらテオドールに猛反対されるのが目に見えていたからね」

「そうですか」


助けに来てくれたテオドールや、他の生徒達の様子でそうじゃないかとは思っていた。

ジョシュアだけは知っていたような感じもしたが……。


「どうして私には、テオや他の皆様が居ることを教えて下さらなかったんですか?」


そう、わたくしが囮役として頼まれていたのは、イーサンがわたくしを攫おうとした時に魔道具を起動させることだった。そうすればイーサンは捕縛され、わたくしの身は守られると。


それなのに魔道具は起動せず、本当に攫われてしまうのではと焦ってしまった。


「だって言ってたら、君は助けがすぐ来ると思って怖がらないだろ?」

「え?」

「普通の令嬢はね、土魔法で急に拘束されて攫われそうになったら恐怖に怯えるものなんだよ?それなのに、君ときたら魔道具があるからと平然としちゃって……。あれじゃあ、イーサンにも他の生徒達にも君が囮だと気付かれる可能性があった」

「じゃあ、魔道具が起動しなかったのは……」

「そう、敢えてだね。おかげで恐怖に怯える令嬢が出来上がっただろ?」


ちっとも悪びれる様子のないルカに、怒りよりも脱力感が襲う。


(まあ、ルカ様はこういう人ですものね……)


ルカは目的を遂行するためには、手段を選ばない。

わたくしの恐怖心など、彼には気に留める程のものではないのだろう。


「あとは兄上だけだ……期待してるよ」


ルカがそう言って、極上の笑みを浮かべた。




読んでいただき、ありがとうございます。


今日は書く時間が取れず、次話は明後日になります。すみません。

ルカとアリアの話し合いの内容を書く予定です。

よろしくお願い致します。


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― 新着の感想 ―
[一言] アリアは物分かりが良すぎますね。もっと怒っていいのに。 前世王妃となるべく最高の教育を受けたはずのアリアが活躍するどころか、現在はただ地頭がいいだけで、田舎の男爵令嬢と上位者達から侮られてい…
[一言] アリアちゃんはルカを殴って良いと思います!!!
2022/10/02 15:16 退会済み
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