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動き出す者7

「テオ?」


なぜテオドールがここに?


「寮に行ったらまだ帰ってないって言われて……」


それで魔術師科まで会いに来てくれたようだ。


そういえば、10日程前にも同じようにこの場所でテオドールがわたくしを待っていた。

しかし、あの時とは違ってわたくしの横にはルカが居る。王族のルカに対して挨拶が無いのは問題だった。


だが、わたくしがルカを紹介するより早く


「やあ!テオドール。久しぶりだね」

「……お久し振りです。殿下」


(あっ!)


そうだった。この2人は親戚関係であったことを思い出す。きっと面識もあるはずだ。


「殿下はこんな時間にアリアと何を?」


しかしなぜだかテオドールは不機嫌そうに、挨拶もそこそこにルカに質問をぶつける。


「彼女と課題をこなしていたら遅くなってしまってね。今から寮まで送ろうとしていたんだよ」

「そうですか……」

「テオドールはアリア嬢に何か用があったの?」

「はい。大切な話があって会いに来たんです」


そう答えるテオドールを見たルカは薄く笑うと「ふぅん」と小さく呟いた。


「じゃあ彼女のことはテオドールに任せようかな。寮まで送ってあげて」

「はい」

「じゃあ、僕は行くね」


ルカはそう勝手に決めてしまうと、わたくしとテオドールを置いてさっさと歩き出す。

わたくしは慌てて頭を下げた。


「あっ!そうそう……」


途中で立ち止まったルカが、くるりとこちらに振り向く。


「アリア嬢。さっきの話の続きは明日の放課後に。いい返事を期待しているよ」

「え?」


そして踵を返すと、すたすたと歩いて行ってしまった。


(いい返事って、まさか先程の婚約の話かしら?)


またやっかいなことになってしまった。明日の放課後に、改めて断らなければ。


ふと、テオドールを見上げると、眉間にシワを寄せて思い詰めたような顔をしている。

さっきの不機嫌な様子といい、いつも穏やかな彼にしては珍しい。


「テオ、どうしたの?何かあった?」

「うん。アリアに聞いてほしい話があるんだ」



◇◇◇◇◇◇



わたくしとテオドールは近くのベンチに座る。

あんな思い詰めた顔をするくらいだから、大事な話であることはわかった。


「さあ、話して。ちゃんと聞くから」

「その前にさ、さっきルカ殿下との会話が聞こえちゃったんだけど……アリアはルカ殿下と婚約するの?」

「え?」


どうやらルカと話していた婚約どうこうの話がテオドールに聞かれてしまっていたらしい。


「あれは、違うのよ」

「どう違うの?レオンハルト殿下に言い寄られたって話は聞いたけど、どうして今度はルカ殿下と?」

「それは、ルカ様の一方的な提案で……」

「その提案をアリアは受けるつもりなの?うちの家とは釣り合わないって言ってたのに、どうして王家とならいいんだっ!」


テオドールはそう感情的に捲し立てる。しかし、その顔は今にも泣き出しそうだった。


「テオ?」

「どうして?アリアは僕じゃ駄目なの?」

「それはどういう……」

「ずっとずっと好きだったんだ。アリアと婚約したくて、その為に後継者として認めてもらえるように頑張ってきたんだ。アリアにふさわしい男になれるようにって」


テオドールの声は震えていた。


「でも私は男爵家で」

「それはいいんだ!そんなことは初めからわかっているよ。僕が君の側に居たいんだ」

「テオ……」

「だからお願いだよアリア。僕を選んで欲しい」


それは、懇願だった。


テオドールの顔はくしゃりと歪み、でもその灰色の瞳は熱が籠もったまま、わたくしを見つめている。

まるでその熱が移ってしまったかのように、わたくしの胸の奥が高鳴っていく。


──テオドールが自分を望んでくれている。


その事実に喜びが後から後から湧いてくる。


(嬉しい。嬉しい。嬉しい)


その瞬間、家格の差やこれからの問題……全て忘れ去ってしまっていた。

ただ、思いのままに言葉を紡ぐ。


「ありがとう。テオ。嬉しい……凄く嬉しい」

「じゃあ、僕を選んでくれるの?」


わたくしの言葉に、テオドールの表情が驚きに変わる。


「ほんとに?アリアが僕の婚約者になってくれるの?」


わたくしはこくりと頷いた。


「やった!良かった!ありがとうアリア」


さっきまでの泣き出しそうな顔は何処かに消えてしまい、テオドールはまるで子供のように喜んだ。



◇◇◇◇◇◇




少し落ち着くと、頭が冷静になってくる。

でもまだふわふわとした心地は消えていない。

テオドールは機嫌が良さそうにニコニコとしている。


「でも、ほんとに私で大丈夫なの?テオはグルエフ辺境伯家の後継者なのよ?」


テオドールの気持ちを受け入れたものの、だからといって家格の差の問題はなくならない。


「さっきも言ったけど、家格のことは問題ないんだ。ちゃんと両親にも認めてもらっているよ」

「うちじゃ何の力にもなってあげられないのよ?」

「大丈夫だよ。もうすでに我が家には王家の血筋が混じっているんだから、これ以上は必要ない」


きっぱりと言い切るテオドールに、頼もしさを覚える。


そして、わたくしがグルエフ辺境伯家の庇護下に入った時に婚約を望んだが、グルエフ夫人に甘いと一刀両断されたこと。それからはわたくしを婚約者にするために、後継者として認められるように必死だったことなどを話してくれた。


そんなにずっと前から変わらず想ってくれていたことを知り、再び胸の奥から気持ちが溢れて、頰まで熱くなってしまう。



「それよりも、僕はさっきのルカ殿下のことが気になるんだけど?」


テオドールから頼もしさが消えて、また捨てられた子犬のような表情になってしまった。


「あれは本当に違うのよ。その、レオンハルト殿下がこれ以上私に近付かないようにって、ルカ様が考えた提案だったの」

「………」


わたくしの説明にテオドールは難しい顔で考え込んでいる。


「それなら、ルカ殿下じゃなくて僕との婚約を利用してほしい。王太子といえどもグルエフ辺境伯家を敵に回したくはないはずだ」


テオドールの提案に驚くと同時に、それはなかなかいい案だと思った。


──そう、思ってしまった。


こんなに長く想ってくれている相手に対して、わたくしはなんて打算的で可愛げがないのだろう。

そんな自分が、つくづく嫌になる。


「はぁ……私は駄目ね」

「どうして?」

「たしかに、とてもいい案だと思う。でも、テオとの婚約を一瞬でも『使える』と思ってしまった自分の打算的なところにうんざりしたの」


すると、テオドールは一瞬驚いたように目を見開いた。


「いいじゃないか。打算的で何が悪いの?君が賢く、頭の回転が速い人だってことは出会った頃から知ってる。僕はそんなアリアが好きなんだ」


テオドールはどんなわたくしでも大丈夫だと、言外に甘やかしてくる。


「それに僕はアリアと何がなんでも婚約したかったんだ。例えそれが打算によるものだったとしても、僕は何も損はしてないし、得ばっかりだよ!ほら、僕だって打算的じゃないかな?」


そう言って優しく笑うテオドールを見て、わたくしもつられて笑ってしまっていた。

彼の隣はとても心地良く、幸せな気持ちになれた。



だからこの時、わたくし達の様子を見ている人物が居ることに、気が付かなかった。





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