動き出す者6
「ルカ……?」
呆然としたようなレオンハルトの声と同時に、わたくしの左手首を掴んでいたその手の力が抜ける。
そのままぼんやりとしていたわたくしは、ルカの強い視線に気付き、慌ててレオンハルトと距離を取った。
「ちょうど帰ろうとした時に、兄上が魔術師科の校舎に入って行くのが見えたのです」
にこにこと笑みを浮かべ、こちらに近付きながらルカが続ける。
「てっきり僕と一緒に帰ろうと迎えに来てくれたのかと思ったのですが……違ったようですね?」
「いや、それは……」
レオンハルトはバツが悪そうに視線を逸している。
「兄上には婚約者がいらっしゃるのですから、このような得体の知れない女子生徒と2人きりになると、あらぬ誤解を受けますよ」
(……失礼ですわね)
ルカの言う事は至極真っ当なのだが、わたくしへの当たりが強い。
「ああ……しかし」
「それと、イーサンが兄上を探していましたよ。そちらに向かわれた方がいいのでは?」
「………わかった」
レオンハルトはわたくしのほうをチラリと見る。
「ローレン嬢、また会いに来る」
「………」
わたくしは黙って礼をとることしかできなかった。
レオンハルトはそんなわたくしに名残惜しそうな視線を向けた後、この場を立ち去った。
◇◇◇◇◇◇
廊下にはわたくしとルカが残された。
さて、ルカにはなんと説明するべきか……。
もしかしたら、わたくしがレオンハルトを誑かしたと思われているかもしれない。
あらぬ誤解は早めに解いたほうがいいと、わたくしが口を開こうとした、その時
「兄上がすまなかった」
「え?」
なんとルカが頭を下げている。
王族である彼に頭を下げさせるなんて、心臓に悪過ぎた。
「そんな、頭を上げて下さい!」
慌てたわたくしの言葉で、頭を上げたルカが続ける。
「大丈夫か?顔色も悪いし、手も……怖かっただろう?」
ルカの言葉を聞いて、わたくしは震える自分の手に気付いた。
(そう……わたくしは怖かったのね)
以前、オリバーと待ち合わせしていた街の広場で、知らない男性に手首を急に掴まれたことがあった。
その時はなんて失礼なのかと、怒りで手を振り払おうとしたが、今回は怒りよりも得体の知れない恐怖で全く動くことが出来なかった。
「あの、レオンハルト殿下はどうしてあんなことを?」
気付けばルカにそう尋ねていた。
先程の状況を見て、わたくしが誑かしたのではないことをすぐに理解したのは、ルカがレオンハルトについて何か知っているのではないかと思ったのだ。
「……兄上は君に何か言ってた?」
「その、運命だとか、物語だとか、よくわからないことを仰っていて……」
「そう……」
ルカは少し考えるような仕草をする。
「うん。君には事情を説明したほうがよさそうだね」
やっとまともな話が聞けそうだ。
「ただ、少し考えをまとめる時間が欲しい。明日の放課後でもいい?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ明日に。今日は帰ってゆっくり休んだほうがいい。僕が寮まで送ろう」
「そんな、すぐ近くですから」
「近くなら別にかまわないだろ?」
「……はい」
ルカに寮まで送ってもらう姿を誰かに見られてしまうことに不安があったが、心配してくれている気持ちを無下にはできない。
わたくし達は並んで歩きながら出口へと向かう。
「ずっと気になっていたんですけど……」
「何?」
「課題のペアの相手に私を選んだのって、レオンハルト殿下のことと何か関係あります?」
「うん」
(やっぱり……)
「兄上が君のことを気に掛けていたのは知っていたからね。どんな人物か知りたかったんだよ」
「そうですか……」
ルカはどこまで事情を知っているのだろう?
3年前のレオンハルトとの出会いのことも把握しているのかどうか……。
この辺りのことは明日ゆっくり聞くべきだろうか。
「このまま兄上が君を諦めないようなら、君を僕の婚約者にしてしまうことも考えていたからね」
「は?」
「変な顔になってるよ」
何か恐ろしい言葉が聞こえた。
「じょ、冗談ですよね?」
「さあ?これからの状況次第かな」
「………」
こんなにも王家に関わりたくないと思って行動しているのに、全く以て上手くいかない。
「あの、私は男爵家なので……」
そう言って、遠回りにお断りしようとしたその時
「アリア!」
魔術師科の校舎の出口に、なぜか青い顔で焦った様子のテオドールが立っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次話は、テオドールのターンです。




