動き出す者4
課題の目的は自分とは異なる魔法を理解すること。
その為にどのようなプロセスを辿るのかは、それぞれのペアに任されている。
もちろん、そのプロセス部分も評価対象だ。
ペアを組んだ初日にお互いの魔法を確認し合ったわたくし達は、足りない部分を指摘し合いながら改善していくことで、互いの魔法の理解を深めていくことに決めた。
長所を伸ばすという案もあったが、ルカの魔法の長所がすでに伸ばすところが無いくらいだったので、棄却された。
ルカの足りない部分は、魔力操作。
魔力が膨大過ぎるせいか、大した魔力操作をせずとも魔法の効果が大きく出るので、今まで必要がなかったようだ。
対して、わたくしの足りない部分はルカに比べると有り過ぎるくらいなのだが、ルカからの指摘は根本的なことだった。
「君は珍しい光魔法を持っていて、魔術師科に所属しているにもかかわらず、自分の魔法を向上させようとする意欲が1番足りてないね」
この辛辣ながら、核心を抉るお言葉が胸に突き刺さる。
魔法の基本的な扱い方は学んでいたし、問題なく発動は出来る。
ただ、わたくしは自分の魔法を高め、磨くような努力はほとんどしていなかった。
理由は簡単、どうしても光魔法が好きになれないから。
前世では、学園のあらゆる場所でブラッドとあの男爵令嬢が光魔法を見せびらかし、ブラッドにはよくわたくしの拙い氷魔法と比べられ蔑まれたりもした。
前世は前世だと割り切れればいいのだが、どうしてもあの頃の記憶が邪魔をしてしまう。
それに、わたくしは学園に何も言われなければ普通科に所属するつもりだったし、エミリーのように王立魔術師団を目指しているわけでもない。
そんなことを言い訳にして、ずるずるとそのままにしてきたのだ。
「普通は魔法に目覚めたら、どんな能力が自分にあるのか、調べたり試したりするもんだよ?」
「はい……」
「しかも君は、5歳で目覚めたんだろ?この10年間、一体領地で何をしてたの?」
「はい……」
なぜ、そんなことまで知っているのだろう?
まさか、第二王子とペアを組む相手だからと、王家に経歴を調べられたのだろうか?
しかし、どちらの疑問もルカに尋ねられるような雰囲気ではなかった。
これ以上怒られたくはない。
わたくしはルカに言われるがまま、自身の魔力の向上に取り組んだ。
そして、ルカとペアを組んでから1週間が過ぎた。
その間にルカの見た目と中身のギャップにはすっかり慣れた。いや、見た目はいつ見ても目が醒めるような美貌なので、中身にだけ慣れた。
課題もやっと終盤に差し掛かり、今は放課後の実験室に残って最後のまとめをしているところだ。
この1週間、ルカは休日も魔力操作の訓練を続け、初日は歪な星型だった氷も、今では大きさは掌サイズだが美しい星型が作れるようになっていた。
そして、まさかのクマにまで挑戦していたのだ。
「ふぅ……まあ、こんなものだね」
そこにはやはり掌サイズのクマの顔が氷で作られていた。
ただ、星に比べてクマは難易度が高いのだろう。まるで子供の落書きのようなクマだった。
「やはりクマは難しいのですね」
「まあ、まだクマの体まで作るのは厳しいね」
「え?まずはクマの顔をきちんと作れるようになってから、体に挑戦されたほうがいいですよ」
「は?何を言ってるの?クマの顔はもうマスター出来ているじゃないか」
ルカが不機嫌そうに眉間にシワを寄せている。
わたくしはルカの作った落書きのような氷のクマを見つめる。………もう1度見つめる。
「あの、ルカ様が作ろうと思っていたクマの顔を描いてみて下さい」
「え?なんで?」
「いいから描いてみて下さい。あっ!完成した氷のクマは見ずに描いて下さいね」
わたくしは何も書いていないノートのページを開いて、ルカの前に置く。そして、クマの氷が見えないように両手で隠した。
ルカは不機嫌そうな顔のまま、渋々ノートにクマの顔を描き始めた。
「ほら、描けたよ」
「はい。ありがとうございます」
ノートを受け取り、ルカの描いたクマの顔を確認する。
(うん。氷のクマの顔とそっくりですわね)
そこには子供の落書きのようなクマの顔が書かれていた。
どうやらルカの魔力操作が足りないわけではなく、芸術センスが足りていないだけのようだ。
「ねえ、なんでそんな生温かい目で見るの?」
「いえ、なんでもありません。クマの顔も成功でしたね」
ルカの意外な一面を知ってしまい、心に余裕が生まれ笑顔が溢れる。やはり、完璧な人間なんて居ないのだと。
「その顔やめてくれない?なんでか腹立つんだけど」
◇◇◇◇◇◇
「では、提出して来ますね。お疲れ様でした」
無事に課題が終わり、あとは教師に提出するのみである。思ったより時間がかかり、実験室にはわたくしとルカしか残っていなかった。
わたくしは寮住まいなのですぐに帰宅できるが、王城暮らしのルカは時間がかかるだろう。
教師への提出はわたくしが請け負うことにした。
ルカと別れ、職員室へと向かう。
この1週間は緊張の連続だったが、なんとか無事に乗り切ることが出来た。
これでルカとは元のクラスメイトの距離に戻り、周りからの視線もなくなるだろう。
(それにしても、王族らしい方でしたわね)
それがこの1週間で感じたルカへの感想だった。
見目麗しく、文武両道で魔力量も凄まじい。
この噂に嘘はなかった。しかし、それだけが王太子よりルカが話題に上がる要因ではないだろう。
ルカには周囲の人間を惹きつけ、尚且つ人の上に立つ才能がある。カリスマ性とでもいうのだろうか。
だから皆がルカを目で追ってしまうし、彼の言動が気になる。そして、そんな周りの反応が当たり前かのような堂々たる振る舞い。
きっと生まれ持った才能なのだろう。
残念ながら王太子であるレオンハルトにも、前世のブラッドにもそれを感じることはなかった。
そんなことを考えているうちに職員室に着いたわたくしは無事に課題を提出し、教師と帰りの挨拶を交わすと校舎の出口へと向かう。
日が傾き、他に生徒が見当たらない廊下を歩いて行く。
「ローレン嬢!」
後ろから呼び掛けられ振り向くと、そこには魔術師科の校舎には現れないはずのレオンハルトが、なぜか微笑みを浮かべながら立っていた。
「っ!………殿下、どうされましたか?」
驚きで思わず小さな悲鳴を漏らしそうになるのを、根性で押し留めて冷静を装う。
(なぜ、この校舎に!?)
これまでレオンハルトに魔術師科の校舎内で声を掛けられたことはなかった。そもそも魔術師科の校舎には現れたことがなかった。
だからわたくしは安心して昼休みは引き籠もって居られたのに……。
予想外な出来事に内心慌てながらも、わたくしは周りをさりげなく確認する。
(他の生徒はもう残ってませんわね)
幸か不幸か、わたくし達以外には他の生徒は居ない。
「君と色々話したいことがあったんだ。でも、なかなか君と会うことも話すことも出来なくて……」
(そうなるよう動いていましたから)
しかし、王太子であるレオンハルトに面と向かい話があると言われてしまっては断ることは出来ない。
だからこそ、そもそも出会わないように気を遣っていたのだ。
「そうでしたか。私にお話とはなんでしょうか?」
結局、笑顔で応えるしかなかった。
2022.9.26 15:43 改稿しました。




