受難の日3(sideテオドール)
読んでいただき、ありがとうございます。
今日は投稿が遅くなってしまい、申し訳ありません。
※今話がテオドール視点の最後です。短めです。
よろしくお願い致します。
「ちっとも帰って来ないと思ってたら、帰る時は急なんだもの……びっくりしちゃうじゃない」
先触れもなく突然ポータルで帰って来た息子に、母は呆れたような口調で言った。
「すみません母上。緊急だったもので……」
「まあ、元気そうなあなたの顔を見られて良かっ……そうでもないわね?」
「はい、ちょっと色々ありまして……」
「あら?どうしたの?」
「アリアのことです」
僕の言葉に母は少しからかうような笑みを浮かべる。
「アリアちゃんがどうしたの?まさか、もう他の男に取られちゃったとでも言うんじゃないでしょうね?」
「その……まだ取られた訳では……」
「……どういうことかしら?つい最近まで我が家の庇護下に置かれていたのだから、王族でもない限りすぐに手を出す家は居ないと思うのだけれど?」
アリアが入学してまだ数ヶ月も経っていないのだ。母がそう思うのも無理はない。
僕だってそう思っていた。
「その王族が手を出そうとしてるといいますか、アリア自身が動いているといいますか……」
僕の言葉に、母はその青い瞳をすっと細める。
「テオドール……詳しく聞かせてくれる?」
僕はアリアが入学してからのことを母に説明した。
母は僕の話を最後まで黙って聞いていたが、話が進むにつれてその眉間にはシワが刻まれていく。
「はぁ……状況はよくわかったわ」
そして右手でこめかみを押さえながら、深く溜息をついた。
「まずは、殿下に対するアリアちゃんの判断と立ち回りはさすがね。昔から賢い子だとは思っていたけれど……。それに引き換え、殿下は何を考えていらっしゃるのかしら」
「きっとアリアの魅力に夢中なんだと思います」
苦々しげに答える僕を、母が残念なものを見るような目で見てくる。
「ま、まあ、アリアちゃんが魅力的なのはわかるのだけれどね。殿下は理性的な方だと思っていたから驚いたのよ」
「それは仕方ないと思います。アリアの魅力に抗うのは難しいですから」
「そ、そうね……」
母は軽く咳払いをすると、話題を変える。
「で、一番の問題はあなたね、テオドール。あなたは一体どうしたいの?」
「それは、もちろんアリアと婚約を結びたいと思っています」
当たり前だ。そのために努力してきたんだ。
「母上も、僕がグルエフ辺境伯家の後継者として認められるようになれば、アリアを婚約者として迎え入れてもいいと約束して下さったじゃないですか」
「ええ、そうね」
「じゃあ、なぜアリアの庇護を解いた後は何も音沙汰がないんです?やはり、アリアとの婚約は認められないということでしょうか?」
「はぁ……」
母は先程よりもさらに大きな溜息をついた。
「アリアちゃんがあなたの婚約者になることに異論はないわ。ただ、どうしてアリアちゃんを婚約者にするために親である私達が動かなければならないの?」
「それは、貴族の婚姻は家同士の契約でもあるので」
「ええ、そうね。でもそれは政略結婚の場合よ?婚姻によって家同士が繋がることで利益を得る……ここまではわかるわね?」
「はい」
僕はコクリと頷く。
「じゃあ、はっきり言うわね。我が家がローレン家と縁を結んで得られる利益はないわ。つまり、政略結婚としてはローレン男爵家は対象外なのよ」
「それはっ……」
「ローレン家もアリアちゃんも、それをわかっているから、我が家と婚姻を結びたいなんて言って来るはずがないの」
「………」
「それでも、アリアちゃんと婚約したいのは誰なの?」
「………」
「婚約を一番に願う者が何もせずに、叶うはずがないでしょう?」
母の言葉にぐうの音も出ない。
「全く、どうしてこう父親の駄目な所ばかり似るのかしら……」
「えっ?」
僕の父はいつも堂々と自信に溢れ、武芸にも優れ、当主としても父としても尊敬している。
そんな父が、僕のように駄目駄目なはずがない。
「あの人は仕事はできるのだけれどね。恋愛になるともう、奥手で奥手で……結局は痺れを切らした私が動くしかなかったのよ!」
「………」
尊敬する父のイメージが少し崩れてしまった。
「ともかく、当時の私は公爵令嬢で陛下の姪という血統も権力も持っていた。でも、アリアちゃんは違うでしょう?」
「……はい」
「アリアちゃんは賢いから自分の立場をきちんと理解しているわ。だからこそ、彼女と婚約を結びたいのならばあなたが動かなければいけないのよ」
「はい!」
僕は間違えてしまっていた。
でも、手遅れになる前に間違いに気付けた。
(きちんとアリアに僕の気持ちを伝えよう)
明日から2日間は騎士科だけが休日だ。その後は遠征訓練に参加することになっている。
遠征訓練から帰ったらアリアと話をしよう。
僕はやるべきことがわかって、すっきりとした気持ちと、早く気持ちを伝えたくて焦る気持ちがない交ぜになる。
「母上、ありがとうございました。では、これで失礼致します」
「テオドール……久しぶりに帰ったのだから、夕食ぐらいは食べて行きなさい」
母は呆れた顔で、しかし優しい声でそう言った。
本当はテオドール視点の1〜3は1話にまとめるつもりだったのですが、書く時間が取れずに3話に分けて書きました。すみません。




