受難の日(sideアイザック)
読んでいただき、ありがとうございます。
※今回は初登場のアイザック視点になります。
よろしくお願い致します。
「んーっ」
座りっぱなしの授業で凝り固まってしまった身体を伸ばしながら、校門に向かって歩いて行く。
俺はワグナー男爵家という、元は商家の新興貴族の次男だ。
うちが経営するワグナー商会は、祖父さんの代から商品開発に力を注ぎ、親父が貴族を顧客に取り込み、今や王都に店を構えるぐらいの規模になっている。
そんな我が家は皆、貴族よりも商人としての気質が強い。
今日の放課後は、街でとある伯爵令嬢と待ち合わせをしていた。
といっても、今日は食事だけのつもりだった。
やっと約束を取り付けた高位貴族の令嬢とのデート。あまり事を性急に進めるのもよくないだろう。
(さてと、どんなコースにするかなぁ……)
今まで遊んできた女の子達は、下位貴族や、俺と同じ新興貴族の令嬢ばかりだ。
(だからって高級店に連れて行くっていうのも、ちょっと芸が無いよなぁ……)
俺は頭の中に何パターンかのプランを思い浮かべていく。
「あのっ!すみません」
突然後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには、薄桃色の髪に大きな翠の瞳をした、小柄な女子生徒が息を切らせ立っていた。
「えーっと、俺?」
周りには他に誰もいないので、たぶん俺だとは思ったが、念の為に確認する。
「はい。あの、失礼ですが、アイザック・ワグナー先輩でしょうか?」
彼女は魔術師科の制服を着ていた。
俺のことを先輩と呼ぶということは、入学したばかりの1年生なのだろう。
「そうだけど……君は?」
「私は魔術師科1年のアリア・ローレンと申します」
「ローレン?」
俺は彼女と同じ薄桃色の髪に翠の瞳をした、男にしては可愛らしい顔立ちの凶暴な先輩を思い出す。
「もしかして、あのオリバー・ローレンの!?」
「はい。そのオリバー・ローレンの妹です」
彼女は少し苦笑いを浮かべて答える。
オリバー・ローレンは俺が1年の時に、同じ経営学科の3年だった人だ。
経営学科なのになぜか魔術師科の生徒よりも強いことで有名な先輩だった。
「君もやっぱり強いの?魔術師科だし」
「いえ、私は兄と違って攻撃系の魔法ではないので」
「ふーん。そっかぁ」
それを聞いてちょっと安心する。
「で、その妹ちゃんが俺になんの用?」
「あの、噂でワグナー先輩は凄く女性に人気だと聞きまして」
「ああ、まあ……」
否定はしない。
この容姿に、俺のような性格が女の子にウケがいいのは本当のことだし、俺自身もかわいい女の子も気持ちのいいことも大好きだからだ。
「それで、その、恋愛について先輩に直接色々教えていただきたくって……駄目でしょうか?」
そう言って、不安気な表情をしたアリアが上目遣いでこちらを見つめてくる。
(恋愛について直接教える?それはつまり……手取り足取り的な?)
ローレン家は田舎の男爵家だが、彼女の兄のオリバーは王立魔術師団だし、彼女もオリバーのように才能があるのかもしれない。
それなら縁を結んでおくのも……。
なんて、それらしい理由を並べてみるが、実際はただ小動物のように愛らしい顔立ちと、小柄ながら出るとこは出ているアリアが好みのタイプなのだ。
「いや、まあ、俺で良ければ……」
「本当ですか?ありがとうございます!」
そう言ってアリアはにこにこと嬉しそうに笑う。
(いや、でも、俺の勘違いの可能性もあるな)
「で、いつ、どこで教えればいいの?」
「あっ、今日はまだ私の準備が出来ていませんので、明日の放課後はいかがですか?」
(準備……)
「ああ、俺は大丈夫」
「では、明日の放課後に芸術科の校舎の入口で待ち合わせで」
「え?芸術科?」
(学校でやるの?)
「はい。誰かに聞かれたら恥ずかしいので、芸術科にある練習室に案内しようかと。あそこなら防音ですから」
「………」
(防音……)
「では、明日よろしくお願いします」
「ああ、うん、よろしく」
そしてアリアはぺこりと頭を下げると、急ぎ足で魔術師科の校舎の方向へ去っていった。
(見かけによらず、積極的なんだな……)
俺は胸をドキドキさせながら、彼女の後ろ姿を見送った。
◇◇◇◇◇◇
翌日の放課後、芸術科の校舎の入口にはすでにアリアが待っていた。
俺を見つけると、嬉しそうに手を振る姿がかわいい。
「おまたせ」
「いえ、来ていただけて嬉しいです」
そしてそのまま、慣れた足取りの彼女に練習室のあるフロアへと案内される。
「こちらの部屋です」
なぜか、その練習室の扉をコンコンとノックをする。
それから扉を開けて、彼女に促されるまま俺は練習室へと足を踏み入れた。
が、そこにはすでに3人の女子生徒が椅子に座り、こちらを興味深そうに見ている。
(え?)
一瞬、「この人数を相手にすんの?俺、体力持つかな?」なんて、馬鹿な考えが頭をよぎる。
だが、女子生徒のうちの1人の顔を見て、すぐにそんな状況ではないことに気が付いた。
「あの、妹ちゃん……ちょっといいかな?」
「なんですか?」
俺はそのまま回れ右をして、アリアと共に練習室の前の廊下に出て扉を閉める。
「ねえ?これ、どういうこと?」
「どうって……昨日お願いしたじゃないですか。恋愛について教えて欲しいって」
「いや、でも、クレメント嬢がいるよね?王太子の婚約者の!」
「ええ。彼女の希望です」
「はあ?」
するとアリアは小声で、ことの経緯を説明してくれた。
「いや、でもさ、俺には荷が重いっていうか……」
(そもそもそんなつもりで来てないっていうか……)
「そうですか?」
アリアは不思議そうに首を傾げている。
そんな仕草もかわいらしいが、今はそれどころじゃない。
「だって王族に関係することだろ?もし、失敗したら不敬罪とかさぁ……」
「………」
俯きながら話す俺をアリアは黙って見つめている。
「だから、今回の話はなかったことに」
「ワグナー先輩ってもっと野心家だと思ってました」
「え?」
俺が顔を上げると、そこには微笑む彼女がいた。
でも、それは笑っているはずなのに、なぜか感情が全く読めない。
「だって、ローズ様は先輩が……いえ、ワグナー商会がずっと縁を欲していた高位貴族の御令嬢ですよ?」
「………」
そう。彼女の言うとおり、ワグナー商会は高位貴族との縁を求めている。
いくらワグナー商会が大きくなり、王都に店を構えようとも、所詮は貴族相手の商会としては新参者だ。
王族や高位貴族が相手にするのは老舗の商会ばかりで、ワグナー商会がそこに取って代わるのは難しいことだった。
しかし、いずれ高位貴族達も代替わりをする。
その時に新たなトップになるのが、この学園に通うような若い貴族の子息・子女達だ。
だからうちは今、化粧品などの若い女性向けの商品の開発に力を入れている。
だって、かわいい恋人や妻、そして娘に強請られれば、どんな貴族男性もうちの商品を買わざるを得ないだろ?
そして俺は、そんな女性向け商品を売り込むきっかけを作ろうと、個人的に仲良くなった貴族の令嬢達に宣伝をしていた。
だけど、ここでも高位貴族の壁は高かった。
高位貴族の令嬢達はすでに婚約者が居たり、そうでなくともガードが固く、お近づきになる機会が少なすぎたのだ。
「しかもローズ様はただの高位貴族じゃありません。先輩のアドバイスの成果が出れば、未来の王太子妃。つまりは王族になります」
そう、ローズがもしワグナー商会の商品を気に入り購入を続けることになれば、うちは高位貴族だけでなく、一気に王室御用達の称号を得ることも夢ではなくなるのだ。
「そんなローズ様とお近づきになれる、またとない機会をふいにするんですか?」
アリアは、俺がいろんな貴族令嬢と遊んでいる理由がわかっていたようだ。
まあ、俺が女の子が大好きなのは事実だから、趣味と実益を兼ねているところはあるんだけど……。
「はぁ……わかったよ」
「さすが先輩です。私の経験上、野心のない商会はすぐに駄目になってしまいますからね」
年下のはずの彼女からそんなアドバイスを受ける。
「あと、これは余計なお世話かもしれませんが、先輩のところで扱っている商品に興味を示しそうなのは、ローズ様よりマデリン様だと思います」
「えーっと、栗色の髪の方だよな?」
「はい。先にマデリン様に商品を紹介して、それを彼女が気に入れば自然とローズ様の耳にも入るんじゃないかと……」
「なるほど。参考にさせてもらうよ」
俺は最初の可愛らしい印象を持てなくなってしまったアリアをチラリと見た後、覚悟を決めて練習室の扉を開けた。
◇◇◇◇◇◇
「はい。それではご紹介します。恋愛アドバイザーのアイザック・ワグナー様です」
「えっと、経営学科2年のアイザック・ワグナーです。よろしくお願いします」
どうしていいのかわからず、とりあえずアリアの進行に合わせてみる。
「ワグナー先輩はあのワグナー商会のご子息なんですよ」
「ワグナー商会の名前は聞いたことがありますわ」
「最近は若い女性向けの化粧品なども人気だそうです」
「まあ!どのようなものでしょう?」
しっかりとワグナー商会を宣伝してくれているアリアに心の中で感謝をしながら、化粧品に興味を持った様子の栗色の髪の令嬢に視線を向ける。
「俺で良ければ、後で何点かご紹介しましょうか?」
「よろしいのですか?」
「まだ店舗には置いていない、新作の色味を試していただける方を探していたので。俺としてもお願いできればと」
店舗に置いていない新作と聞いて、マデリンの目がキラキラと輝いた。
「はい!わたくしでよろしければ」
「では後ほどお持ちします」
アリアのおかげで簡単にマデリンが釣れ……もとい、興味を持ってくれて、幸先のよいスタートが切れた。
「では、ワグナー先輩に恋愛について教えていただきたいと思います」
「その前に、この方はわたくし達にアドバイスできる程の技術と経験をお持ちなのかしら?」
ローズが俺を疑わし気な目で見つめる。
「それはもちろんです。ワグナー先輩はどのランキングでも1位なんですから」
「ランキング?」
俺もローズ達も不思議そうな表情を浮かべる。
なんのことだかさっぱりわからない。
「それはですね……」
アリアはローズ達の元へと近付くと、ゴニョゴニョと耳元で彼女達3人だけに聞こえるように何かを話して聞かせている。
すると、話を聞き終えた3人は真っ赤な顔で俺を見ながら、口々に騒ぎ始めた。
「そんな……ケ、ケダモノですわ!」
「ローズ様、彼に近付いてはいけません!妊娠してしまうかもしれませんわ!」
ローズは無言で自分の身体を抱きしめながら、ぷるぷると震えている。
「いやいや、なんのランキングだよ!?」
ランキングによる俺への風評被害がえげつない。
「すみません。なんのランキングかは私の口からはちょっと……」
「今さっき3人には言ってたよな?」
「では、先輩。そろそろ恋愛指南をお願いします」
「………」
どうやら俺にそのランキングの内容を教えてくれる気はないらしい。
(誰がなんのランキングに協力したんだよ……)
俺は心の中で溜息をつき、気持ちを切り替えて恋愛指南とやらをするためにローズ達に向き合った。
しかし、頭の中には今まで遊んだ女の子達の顔がぐるぐると回っていた。
そろそろツッコミ役が欲しくなったので……。
次話はアリアに置き去りにされたテオドール視点を予定しております。




