受難の日々4
読んでいただき、ありがとうございます。
なんとか間に合いました。書けました。
『恋愛経験が豊富で口が堅い女性』
なかなかに難しい条件だ。
そもそも、学生で恋愛経験が豊富な女性は見つからない気がする。
前世でも、わたくしの耳に入るくらい恋愛に奔放だと有名な女性が居たが、それは人妻だったり未亡人だったり……つまりは、成人女性だった。
(恋愛経験が豊富……異性にモテる女子生徒を探せばいいのよね)
少し方向性を学生らしい内容に変更して、さっそく探し始めたが……。
普通科の3年生にそれらしき女子生徒を見つけた。
その外見はアリアと2歳しか変わらないとは思えない程大人びており、スタイルも良く、異性から人気があるのも頷ける。
しかし、どうやら異性とのあれこれを自分から吹聴して回っている節があり、口が堅いタイプとは言い難かった。
(この方にアドバイスを求めるのはちょっと違う気がしますわね)
さて、どうしようかしら?と悩んでいた時、やっとエミリーが熱から回復し、登校して来た。
休み時間、欠席していた間の授業のノートを写しているエミリーに声をかけてみる。
「ねぇ、ちょっと聞きたいのだけれど、エミリーは恋愛経験ってあるの?」
エミリーはスタイルも良く、美人で明るい性格だ。そして男女問わず誰とでも仲良くなれるタイプでもある。
しかし、知り合ってから恋愛の話をした記憶はなかった。
「あー、恋愛はあんまり興味ないのよね。今は魔法のことでいっぱいいっぱいだし」
エミリーはオリバーに憧れて、王立魔術師団を目指している。
「そう……」
「私よりアリアのほうがそういうのは詳しいでしょ?」
「詳しくないわよ」
「そうなの?……意外ね」
エミリーにもわたくしはどんな風に見えているのだろう?
「この学園で恋愛経験が豊富な人って誰か知らない?」
「なんでそんな人を探してるの?」
「ちょっと恋愛についてアドバイスをお願いしたいのよ」
「うーん。それって女性じゃないと駄目なの?」
「え?」
それは盲点だった。
たしかに、恋愛経験が豊富なのは女性だけではない。男性なら男性目線のアドバイスが貰えそうだ。
「経営学科の先輩に、凄いモテる人が居るっていうのは聞いたことあるわよ」
「へぇ、どんな人なの?」
「ワグナー商会って知ってる?そこの子息なんだけど、女性から凄い人気で、どのランキングでも1位なのよ」
「ランキング?」
「あっ……えーっとね」
エミリーは周りをキョロキョロと見渡すと、わたくしの耳元に口を寄せ、ゴニョゴニョとランキングの内容を教えてくれた。
「まあっ!」
(そんなランキングがあったなんて……)
大きな声ではちょっと言えないそのランキングを、誰がどんな風に集計しているのか気になるところではある。
「婚約者も居ないらしいから、相手も気兼ねなく誘えるんだろうけどね」
「なるほど……」
エミリーが教えてくれたのは、経営学科2年のアイザック・ワグナー。
ワグナーは男爵家だが、元々は商家で、ワグナー商会の功績が認められ爵位を与えられた新興貴族だ。
ワグナー商会といえば、元は平民向けの生活用品が主流の商会だったが、先代の手腕により様々な商品を開発。そして顧客に貴族を取り入れて、今では王都にも大きな店を構える程となった。
最近では女性向けの商品開発にも力を入れているらしい。
(同じ男爵家でも我が家とは大違いですわね)
血統でいえば、生粋の貴族であるローレン家のほうが上なのだろうが、実際は財力も人脈もワグナー家には遠く及ばない。
とりあえず、アイザック・ワグナーについてもう少し調べてみることにした。
◇◇◇◇◇◇
あれから数日、アイザックについて調べてみた。
と、いっても、わたくしには噂話を聞くことくらいしか出来なかったのだけれど……。
それでも噂話の内容や彼の立場を考えると、恋愛アドバイザーとしてなかなか理想的な人物に思える。
(あとは本人に直接交渉するしかありませんわね)
わたくしはその日の放課後に、アイザックに会ってみるべく経営学科へと向かうことにした。
授業が終わり帰り支度を済ませると、急いで魔術師科の校舎を出る。
と、そこにはなぜかテオドールが立っていた。
「アリア!」
「テオ?どうしたの?」
なぜこんな所にテオドールが居るのだろう?
「会えて良かった。今日は午後からずっと自主練だったから、ちょっと抜けて君に会いに来たんだ」
「私に?」
「うん。あのさ、アリアに聞きたいことがあって……」
テオドールはもじもじと言いにくそうにしている。
このままここで立ち話も他の生徒の邪魔になりそうなので、わたくしは経営学科に向かう途中にあるベンチまでテオドールを連れ出し、そこに座りゆっくり話を聞くことにする。
「テオ、話ってなあに?」
「その、君がレオンハルト殿下と噂になってるってフィンに聞いたんだ」
「そう……」
「それで、その噂のせいでアリアが嫌な思いとかをしてるんじゃないかって心配になって……」
テオドールはゆっくりと言葉を選びながら話している。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。殿下の婚約者のローズ様に事情を説明して、今は対策をしているところだから」
「それならいいんだけど……。どうしてレオンハルト殿下とそんな噂が?」
「それが、私にもよくわからなくて困っているのよ」
わたくしは、入学式でレオンハルトに道案内をされてから今までのことを話した。
「それって、入学式の時に殿下がアリアに一目惚れしたんじゃない?」
「は?……それは、無いんじゃないかしら?」
「いや、絶対にそうだよ。だから、アリアを見かける度に声をかけたりするんだ」
なぜか確信を持つようにテオドールはそんなことを言う。
わたくしは一目惚れをしたことが無いのでよくわからないが、そんなややこしい事態はごめんなので、違うと思いたい。
「仮にそうだとしても、殿下にこんなことをされるのは正直迷惑だわ」
「そ、そうだよね!迷惑だよね!……良かった」
何が良かったのかはわからないが、テオドールは嬉しそうに目を輝かせた。
「殿下と変な噂が立つと、私の婚約者探しにも支障をきたしてしまうもの」
「え?」
「なるべく在学中に見つけたいの」
「え?え?ちょっと待って。アリアは婚約者を探してるの?」
「そうよ」
「どうして?」
テオドールは何を言っているのだろう?
もしかしたら、グルエフ辺境伯家の庇護下から抜けたことを知らないのだろうか?
「どうしてって……もう私も15歳になったからグルエフ辺境伯家の庇護から解かれたのよ?だから自分で婚約者を見つけないと」
「………」
なぜかテオドールは青い顔をして黙ってしまった。
「テオは知らなかったの?」
「いや、庇護が解かれることは知ってた……」
じゃあ、何が気になるのだろう?
「あっ!入学前にグルエフ辺境伯家にはちゃんとご挨拶に伺ったわよ」
「その時にうちの母は何か言ってなかった?」
「テオがちっとも領地に帰って来ないから、たまには帰るようにって」
「いや、違うっ!そうじゃなくって、その、婚約者のこととか何か言ってなかった?」
「ああ、えっと……アリアちゃんさえ良ければテオの婚約者にって言って下さったわ。お世辞でも嬉しかった」
「お世辞?」
「ふふっ。だってうちは田舎の男爵家よ?国防の要となるグルエフ辺境伯家とは釣り合わないもの」
「………」
テオドールはまた黙ってしまう。
この空気をどうしたものかしら?と思ったその時、経営学科の校舎の方向から、腕を高く上げて伸びをしながら歩いて来る、赤茶色の髪の男子生徒が目に入る。
赤茶色とはいえ、その色はかなり赤みが強く、肩近くまで伸びたその髪を後ろでひとつに緩く結んである。
そして背が高くしなやかな身体に少し釣り上がったトパーズのような金の瞳は、まるで猫をイメージさせる。
(あっ!彼だわ!)
それはわたくしが聞いていたアイザックの外見の特徴だった。
「ごめんなさいテオ、ちょっと用事があるの。また今度ゆっくり話しましょう」
「え?アリア?」
「またね!」
わたくしはこのチャンスを逃すまいと、急いでアイザックのもとへと向かった。




