受難の日々3
その日の放課後、わたくしはさっそくローズ達と一緒に過ごすことにした。
カフェの前で待ち合わせをし、注文を済ませて共に席につく。
そんなわたくし達を周りは驚きと好奇心に満ちた目でチラチラと見てくる。
やはり、わたくしとレオンハルトの噂はそれなりに広がっていたようだ。
ローズとその友人達……ライラとマデリンにも、なるべく周りに仲良さげに映るよう、楽しくお喋りする演技をお願いしておいた。
2人は共に伯爵令嬢で、ローズとは幼い頃からの友人らしい。
打ち合わせ通りローズから話しかけてくる。
「アリアはいつもどんなメニューを注文するのかしら?」
「そうですね。私はサンドイッチが好きでよく注文します」
ローズがわたくしを名前呼びしたことで周りはざわめく。
「そう。……では好きな色は何色かしら?」
「そうですね。黒や深い緑が好きです」
「そう。……では好きな動物は?」
「そうですね。猫が好きです」
「そう。……では好きな教科は?」
「………」
下手くそだ。
わたくしはライラとマデリンに視線を送り、助けを求める。
「ローズ様は火魔法を使われるのですよ。先日も実技の授業で先生からお褒めの言葉をいただいていて」
「あれは素晴らしかったですわね。さすがローズ様でしたわ」
会話の内容はローズを褒め倒しているだけだが、ローズの演技よりは遥かにマシだ。
「そうなのですね。一度見てみたいです」
昼休みに見たけど。
「ライラ様とマデリン様はどんな魔法を?」
「わたくしは水魔法を使えますの。ローズ様と違って魔力量はあまり多くはありませんが……」
「何を言うの?ライラの水魔法の操作性はすばらしいわ!」
ライラはローズの言葉にはにかむように微笑む。
「わたくしは幻影魔法使いです。あまり役に立つ魔法ではないのですが……」
「そんなことはないわ!あなたの魔法は然るべき場所で非常に役に立つものなのよ」
そう言うローズを見ながらマデリンは嬉しそうに笑っている。
(本当に仲が良いのね)
てっきり、王太子の婚約者であるローズに媚を売って、側に侍っているのかと思っていたが、幼い頃からの友人というのは本当のようだった。
その時、カフェの入口がにわかにざわつく。
チラリとそちらに視線をやれば、レオンハルトが従者のイーサンと共にカフェの入口に立ち、中をキョロキョロと見渡している。
と、わたくしと目が合うとレオンハルトは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
(来たわね……)
レオンハルトはそのままこちらに近付き、同じテーブルにローズ達が居ることに気付く。
驚いた表情のままのレオンハルトにローズから声をかけた。
「殿下、偶然でもお会いできて嬉しいですわ」
「やあ、ローズ。君も来てたんだね。その、ローレン嬢とは知り合いだったのかい?」
わたくしとローズ、交互に視線を動かしながらレオンハルトは不思議そうに尋ねる。
「ええ。最近友人になりましたの。学年は違えど同じ魔術師科ですので、色々と話も合いまして」
「ローズ様には魔術師科の先輩として、たくさんお話を聞かせていただいているんです」
わたくしもここぞとばかりにローズとの仲を強調する。
「……そうなのか。ああ、会話の邪魔をしてすまなかった。楽しんでくれ」
そう言うと、レオンハルトはそそくさとカフェから立ち去ってしまった。
一体何をしに来たの?とは思ったが、わたくしの目論見通りレオンハルトはローズの前では何も出来ない。
わたくしは自分の作戦が上手くいったことに満足していた。
しかし、ローズはなぜか浮かない表情をしている。
「ローズ様?どうかされましたか?」
「……ねぇ、アリア。あなたは様々なことに詳しいけれど、その、恋愛にも詳しかったりするのかしら?」
「え?」
思わぬ質問に面食らう。
「えっと、とりあえず場所を移動しましょうか?」
なんとなく、人に聞かれては良くない話のような気がした。
◇◇◇◇◇◇
わたくし達はカフェを出て、すぐ近くにある芸術学科の校舎へと向かった。
この国は隣国と休戦協定を結んでから、自国の芸術の発展にも力を注ぐようになった。
そしてそれはこの学園でも例外ではなく、音楽や美術など様々な芸術分野の才能を持つ者を支援するための設備が整っている。
そしてそれらは芸術学科以外の生徒が使用することも認められていた。
わたくしは校舎の中にある練習室へとローズ達を案内する。
たくさんの練習室のうち適当に空いている部屋へと入り扉と鍵を閉めた。
そこは完全防音された部屋でグランドピアノが1台置かれていた。
わたくし達は部屋の端に積まれてあった椅子を人数分並べ、そこに座る。
「ここならば他の誰にも話を聞かれないでしょう」
「こんな所があったのですわね」
ローズ達は部屋の中を物珍しげに眺めている。
魔術師科である彼女達には芸術学科の校舎はあまり馴染みがないようだ。
わたくしは入学してすぐの頃、学園内を見て回った時に、この練習室は防音で学園の生徒なら誰でも申請せず自由に使えることから、密談に向いていると思っていたのだ。
まさか本当に密談に使用する日が来るとは思わなかったが……。
「あの、ローズ様。話の続きなのですが……」
「ええ、そうね。先程のカフェでの殿下を見て思いましたの、わたくしはあんな嬉しそうな、愛しげな表情の殿下を見たことがないと……」
そう言ってローズは悲しそうに目を伏せる。
「今まで婚約者として、殿下はわたくしを尊重し、大切にしてくれてはいました。しかし、それは義務であって、愛情ではないことには気付いていましたし、それでも長い時間を共に過ごせば、関係もいずれ変わると思っていましたの」
ローズは思い詰めた表情で語り続ける。
「でも、いつまでたっても殿下はわたくしを見てくれない。そこにアリア、あなたが現れた。そのまま殿下を奪われてしまうんじゃないかと焦ってしまったの……みっともないでしょう?」
そう言って自嘲気味に微笑むローズは、まるで泣いているように見えた。
そんなローズを見て、わたくしは気付いてしまう。
彼女はレオンハルトを慕っている。
だからあんな、稚拙な呼び出しをしたのだと。
わたくしとレオンハルトの噂を聞いて、居ても立っても居られなかったのだと。
「それでも、わたくしは殿下の婚約者を降りるわけにはいかないのよ。だから、殿下に愛されるようになりたいの」
ローズの想いの強さに驚かされる。
わたくしは前世で、国は違えどローズと同じ王太子の婚約者という立場だった。
幼い頃に婚約が結ばれ、その頃はまだブラッドとも仲良く遊んでいたように思う。
しかし王太子妃教育が始まり、成長していくにつれて、わたくしはブラッドにも王太子としての責任や能力を求めるようになった。
そんなわたくしをブラッドは徐々に鬱陶しがるようになり……結果はご覧の通りだ。
相性が悪かった。と言えばその通りなのだけれど、わたくしはブラッドに愛情を求めたことなどなかった。
政略結婚なので、お互いが政治の駒の1つだと思い、その中で駒としての役割を果たそうとしていただけだった。
──わたくしが愛情を求め、相手にも愛情を与えていれば、何か変わっていたのかしら?
ローズを見ているとそんな考えが浮び、胸がざわつく。
「それでね、アリアなら恋愛についても詳しいのではないかと思って聞きましたの」
ローズの言葉に我に返る。
もう終わったことだと記憶に蓋をし、改めてローズに向き合う。
「残念ながら私は恋愛経験は皆無でして、今も婚約相手を探している状態なんです」
「まあっ!そうなの?……意外ね」
ローズからわたくしはどんな風に見えているんだろう?
「ライラ様とマデリン様はいかがでしょう?」
「すみません。わたくしもまだ婚約相手が居ないですし、恋愛経験もありません」
「あの、わたくしもです……」
皆が皆、同じような恋愛経験値だった……。
「もっと恋愛経験が豊富な方にアドバイスをいただけたら、状況は変わるかもしれないですね」
わたくしはそう言って考え込んだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
次話は明日投稿予定です。
(まだ書けていないので14時過ぎてしまうかもしれません)
よろしくお願い致します。




