新たな人生
━━誰かの声が聞こえる。
わたくしは目を開けると、見覚えのない天井がぼんやりと見えた。
(ここは……?)
どこだろうか?
どうやらベッドに寝かせられているようだ。
「あら、起きちゃった?」
優しげな声と共に、薄桃色の髪に翠の瞳の女性がわたくしの顔を覗き込んだ。
(この方が助けてくださったのね。お礼を言わなければ……)
「あうあう、あぐぅ」
(……!)
自分の口から有り得ない音が溢れる。
「あらあら、お喋りが上手ね〜」
そう言いながら、わたくしは軽々とその女性に抱き上げられてしまう。
その時に気付いてしまった。
(これは……)
わたくしの身体はすっかり縮んでしまい、赤ん坊のサイズになってしまっていることに。
◇◇◇◇◇◇
身体の異変に気付いてから数日が経った。
どうやら、わたくしが縮んでしまったのではなく、イザベラではない全く別の赤ん坊に生まれ変わってしまったようだ。
わたくしの今の名前は、アリア・ローレン。
そして、最初に見た女性が今のわたくしの母親で、今のわたくしの外見は母親と同じ薄桃色の髪に翠の瞳だ。
薄桃色の髪があの男爵令嬢を思い出してしまい、少し気に入らない。
今のわたくしがいるこの場所は、イザベラとして暮らしていたモンフォール王国から、海を挟み遠く離れたミズノワール王国。
モンフォール王国とは国交はあるが、それほど親密な関係でもない国だ。
そして、ここはミズノワール王国のローレン男爵家の領地にある邸宅。
家族は父と母、そして3歳上の兄がいる。
そんな家族に愛情をたっぷりと注がれて、わたくしはアリア・ローレンとしてすくすくと成長した。
◇◇◇◇◇◇
わたくしは3歳になった。
赤ん坊として目覚めた時はかなり戸惑ったが、今はアリアとしてこの身体にも馴染んでいる。
もう立って歩くことも、走ることも、まだ舌っ足らずだが喋ることも出来るようになった。
そんなわたくしには大きな問題があった。
「おかーしゃま、おきゃくしゃまがいらしたようですわ。わたくしはじゃまにならないよう、へやにもどりますわね」
そう、3歳なのに前世で培われた言葉遣いと所作が抜けないのだ。
前世でわたくしは、10年間厳しい王太子妃教育を受けた。
そこでは完璧を求められる。
わたくしは少しの隙も見せないよう、常に完璧に振る舞えるよう努力した。
努力し過ぎた。
その結果、わたくしはオンとオフを切り替えることが出来なくなってしまったのだ。
家でも外でも、どこでも誰とでも、常に完璧な言葉遣いと所作が出てしまう。
「アリアはきっと高貴な尊き方の生まれ変わりなのよ」
おおらかな両親はそう言って、こんなわたくしも受け入れてくれた。
本当は断罪され貴族籍を剥奪された方の生まれ変わりなのに、申し訳なく思う。
そして、そのまま月日はさらに流れ、わたくしは5歳の誕生日を迎えた。
「おとうさま、おはようございます」
「おはよう、アリア!今日で5歳だな。誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「5歳のアリアはさらにかわいいな」
目尻を下げて、デレデレした顔で父が言う。
今世のわたくしの父は、娘が可愛くて仕方ないようで、いつもデロデロに甘やかしてくる。
「あなた、もうすぐ朝食ができますよ。新聞はその後に読んで下さいね」
「ああ、わかった。もうすぐ向かうよ」
そう言いながらも、父は新聞のページを捲る。
その時、懐かしい国の名前が目に飛び込んできた。
新聞の国際面のページに、モンフォール王国と書かれた見出しを見つける。
『ついにモンフォール王国の王太子が決まる』