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受難の日々1

「はぁ…」


教室の席に座りながら、思わず深い溜息が出てしまう。


理由であり原因であるのは、この国の王太子であるレオンハルト。

入学式にわたくしを道案内して下さったのは、まあ、新入生に対する親切心ということで納得した。


問題はその後だった……。

 



レオンハルトに部室棟へと案内してもらい、「ではここで大丈夫です」と、切り上げようとしたその時


「殿下、こちらでしたか」


長い黒髪を一つに結い、ヘーゼルの瞳を持つ長身の男子生徒が早足でやって来た。


「イーサン!何かあったか?」

「いえ、殿下がどちらにいらっしゃるかの確認です」


その後、イーサンと呼ばれた男子生徒がわたくしの顔をまじまじと見つめる。


「ああ、彼女はアリア・ローレン。新入生で道に迷っていたようだから、私が案内を申し出たんだ」


(わたくしは一度も道に迷ったなどと発言した覚えはないのだけれど……)


むしろ、わたくしは地図を見て覚えるのは得意だ。

この学園の案内図も先程見て、すでに頭に入っている。


「そうでしたか。殿下はお優しいですね」


ニコニコと人の良さそうな笑みでそう返すイーサンに、わたくしは何も言えない。

まあ、案内をしてもらったのは事実なので、ここは変に口を挟まないほうがいいだろう。


「はじめまして、私はレオンハルト殿下の従者をしております。イーサン・テイラーと申します」


イーサンはそう言って笑顔のまま、わたくしに丁寧に礼をする。


「はじめましてテイラー様。私はアリア・ローレンと申します」

「イーサンは私の乳母の息子でな。幼馴染のようなものなのだ」

「そうなのですね」


相槌を打ちながら、どうにか会話を切り上げるタイミングを見計らう。


「殿下はどちらを案内されたのですか?」

「まだ中庭からこの部室棟に連れて来ただけだ」

「そうですか……。では、食堂やカフェなどこれからよく使う施設も案内されてはいかがでしょう?」


(なっ……なんてことを言い出すの!)


「そんな、殿下にお手間を取らせるわけには参りません!私はここまでで大丈夫です」


わたくしは慌てて口を挟む。


「そうか……たしかにイーサンの言うとおりだな。では他の施設も案内しよう」

「いえ、でも、」

「良かったですね、ローレン嬢。殿下に案内していただけるなんて」

「………」


関わりたくない。心底、関わりたくはない。

しかし、今のわたくしはただの男爵令嬢、この状況ではやはり断りにくい。


「で、では、よろしくお願い致します」


結局その後もレオンハルトに案内役を務めてもらうことになってしまった。



レオンハルトは穏やかな人柄で親しみやすく、わたくしに対しても丁寧に接してくれている。


(なんというか、あまり王族らしくない方なのよね)


まだ今日出会ったばかりだが、わたくしがレオンハルトに抱いた感想はそれだった。



しかし、そうはいっても王族は王族。

レオンハルトがわたくしと歩いていると、周りからの視線を感じる。

レオンハルトは慣れているようで全く気にする素振りはないが、わたくしはそうはいかない。


『王太子殿下の隣に居る女子生徒は一体誰だ?』


声は聞こえなくとも、その視線の意味を察する。


今日入学したばかりのわたくしのことを知る生徒は、ほぼ居ないのがせめてもの救いだ。

わたくしは長い時間、好奇の視線に耐えながら笑顔を貼り付けて学園内をレオンハルトと共に練り歩いた。



◇◇◇◇◇◇


 

入学式から1ヶ月が経った。


「今日も食堂には行かないの?」


わたくしの顔を覗き込んだエミリーに声をかけられる。


彼女はエミリー・カールソン。

カールソン子爵家の令嬢で、わたくしのクラスメイトだ。背がすらりと高く、切れ長な榛色の瞳で、明るい茶色の髪は後頭部に一つにまとめて垂らしてある。


この学園で心配していたことの1つが友人作りだった。

前世でのわたくしは、たくさんの友人に囲まれていた。

しかし、それは幼い頃からお茶会で交流を深めた高位貴族の令嬢達で、お互いにメリットと家同士の付き合いも含めた友人だった。

曰く、派閥というやつだ。


しかし、ローレン家のような王都にタウンハウスも持たない田舎の貴族は、お茶会を開くことも招かれることもほとんどなく、あったとしても近くの交流がある領地の貴族くらいだ。

我が家の場合はそれがグルエフ辺境伯家だった。

だからわたくしには友人はテオドールしかいない。


そんなわたくしが学園でいきなり友人が出来るのかと不安に思っていたのだけれど……。



エミリーは入学式の次の日に、わたくしに声を掛けてきた。なんと彼女は、わたくしの兄オリバーのファンだと言う。


エミリーにはオリバーと同い年の兄が居て、その兄から学園でのオリバーの武勇伝を聞いてファンになってしまったそうだ。

オリバーと同じ風魔法を使うエミリーはオリバーの凄さがよく理解できるらしく、そんなオリバーの妹であるわたくしにも興味を持ち、声を掛けたのだそう。



「やっぱり殿下に遭遇するのが心配?」

「ええ。なるべく会いたくないの」


入学式の日以降、なぜか学園の様々な場所でレオンハルトに遭遇する。

というより、レオンハルトがわたくしを見つけてわざわざ声を掛けてくる。というのが正しい。


意味がわからない。


特に昼休みの食堂や、放課後のカフェや図書館での遭遇率が高い。

もちろん周りには他の生徒達も居る。

わたくしとエミリーはよく一緒に行動しているので、エミリーも当然知っている。


「流石にちょっと噂になってきてるもんね」

「………やっぱり?」


そう。レオンハルトとそんな謎の交流を続けるうちに、ヒソヒソと周りから囁かれるようになってきたのだ。


これが非常に困る。


田舎の男爵令嬢が王太子とよからぬ噂を立てられるなんて、わたくしにとっていいことなんて1つもない。

しかし、王太子から声を掛けられてしまえば無視することも、怒ることも出来ない……。

なぜか魔術師科の校舎内では遭遇しないので、最近のわたくしは引き籠もり気味だ。


下位貴族という立場が枷となる。



ふと、前世のブラッドと男爵令嬢を思い出す。

わたくしはあの時、男爵令嬢の分際で王太子の側に侍るなんて恥知らずだと思っていた。

でも、彼女も王太子であるブラッドから声を掛けられて断われなかったのだとしたら?


わたくしが男爵令嬢を排除しようと動き出した時には、我が物顔でブラッドの隣で腕を絡めたりしていたので、その頃は嫌々ではなかったように思う。

しかし、最初はどうだったのだろう?

ブラッドから声を掛けられて、側に居るよう請われれば断われなかったのではないだろうか……。


今となってはどうでもいいことかもしれないが、自分が相手と同じ立場になってみて、初めてわかることもある。


そして、前世のわたくしのように、王太子と男爵令嬢のよからぬ噂を聞きつけて動き出す人物が居るということも……。



「あなたがアリア・ローレンさん?ちょっとお時間よろしいかしら?」



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