兄と婚約者3
話し合いは続く。
「それで、お前が王都で働いている間、ノヴァック嬢はどうするんだ?」
「エリーヌはここで暮らしながら、父さんの領主の仕事を側で見て勉強したいんだって」
「いや、それは構わないが……いいのか?婚約したばかりなのに離れ離れは寂しいんじゃないか?」
ここから王都までは馬車で片道1週間はかかる。
オリバーも入団して働き始めれば、そう頻繁には帰って来られない距離だ。
それに誰も知り合いの居ない、慣れない土地で暮らすのは辛くないのだろうか?
「それなら大丈夫。1ヶ月に1回、王城にあるポータルを使って、ここの近くまで帰れるように許可をもらったから」
「は?ポータルを!?なんでそんなことが……」
「俺が王立魔術師団に就職する条件にしたから」
驚き狼狽える父とは対照的に、オリバーは何でもないことのように話している。
ポータルとは、一瞬で長距離を移動できる空間魔法の増幅装置のことだ。
ただし、どこにでも移動出来るものではなく、ポータルが置かれている場所同士を繋げて使う。
なので、この国のポータルが設置されている主要都市へならば、王都から一瞬で移動することが出来る。
しかし、ポータルは大変貴重な装置で、誰もが簡単に使用できるものではない。
そもそも、ポータルを起動できる空間魔法の使い手そのものが希少で、この国の王城ですら2名しか在籍していないと聞いたことがある。
「そんな条件をよく呑んでもらえましたわね」
わたくしもあまりのことに驚いてしまった。
「ははっ!お前、昔の喋り方に戻ってるぞ」
うるさい。それくらい驚いたのだ。
わたくしがイザベラだった頃でもポータルを使った経験はない。
「だって団長が空間魔法使いだからさ」
「え?」
「『入団する代わりにポータル月1で使わせてくれ』って頼んでみたら『いいよー』って」
「………」
この国のポータルの許可はそんな軽い感じで下りるものなのだろうか?
「あの、お兄様ってそんなに強いの?」
「ん?」
「だってまだ入団もしてないのにそんな特別待遇……」
「まあ、強いんじゃないか?さすがに団長とはまだ戦ったことないからわかんねぇけど」
いきなりトップの団長と比べる辺りがオリバーだな、と思う。
テオドールと手合わせをしている姿はよく見ていたが、いつも引き分けだったのでそんなに強いなんて知らなかったのだ。
代わりにわたくしの疑問に答えてくれたのはエリーヌだった。
「私が学園で見た感想なんですけど……ルールのある試合ならば、オリバー君と互角の生徒もそれなりに居ると思うんです。でも、ルール無用の喧嘩になると、オリバー君に勝てる人はそうそう居ないと思いますよ」
エリーヌの説明によると、学園の授業ではルールのある1対1の試合形式で強さを競う。
授業で生徒に大きな怪我をさせるわけにはいかないので、それは仕方がないことだろう。
しかし、オリバーは魔術師科ではないので、からんできた相手を黙らせたのは試合ではなく、喧嘩。
しかも、1対1ではなく、オリバー対複数人。
そうすると、オリバーは勝つためにはなんでも利用する。
曰く、卑怯だと言われそうな手段だって使うし、試合では狙われない急所だって容赦なく攻撃する。
その戦い方が実戦に強いと団長に判断され、気に入られたのではないかということだった。
(たしかに、実戦になれば1対1でルールを守って戦う人なんていないですものね)
だからこの国の騎士団と魔術師団は平民も受け入れているそうだ。
貴族の『強い』が『実戦に強い』とは限らないから。
「だからテオも強いんだな」
「そうなの?」
「あいつは毎日領地の騎士達にしごかれてたんだぜ?」
そうか、グルエフ騎士団ほど実戦経験がある騎士団は他にない。
「ねえ、テオとは学園でもよく会ってたの?」
テオドールの話が出たのでつい、聞いてしまう。
「なになに〜?テオのことが気になっちゃう感じ〜?」
「………うざい」
「はははっ、今度は口悪ぃな。テオは元気そうだったぞ。早くアリアに会いたがってた」
「そ、そう」
わたくしはその言葉に、なんだか嬉しいと同時にこそばゆい気持ちになってしまう。
「まあ、そういうことだから、俺は月に1度は必ずエリーヌの顔を見に帰れる。あとは、エリーヌの住む場所を用意してやってくれよ」
両親との話し合いの結果、今はほぼ使われていない、この邸宅の離れを改装してエリーヌに使ってもらうことになった。
◇◇◇◇◇◇
「じゃあなアリア!また王都で」
「よければうちのタウンハウスにも遊びに来て下さいね」
オリバーとエリーヌは2人で馬車に乗り、王都へと帰って行った。
離れの改装が終わり次第、エリーヌだけこの領地へと戻って来るそうだ。
離れの改装に、両家の挨拶も含めた婚約の準備……両親はこれから一気に忙しくなる。
(わたくしもそろそろ入学の準備をしなければいけないわね)
──王立学園の入学式まであと少し。
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