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断罪2

ガタガタと車輪から伝わる振動がさらに大きくなったことでイザベラは馬車が舗装されていない道に入ったことを知る。


卒業パーティでブラッドからの婚約破棄を了承し、会場を出てすぐに、北の修道院へ向かうというこの馬車に有無を言わさず押し込められた。

家門の紋章も装飾もない、質素な馬車だ。

表向きの理由は、逃亡を図らないようすみやかに修道院へ連れて行く為とのことだが……


(どこの手の者の馬車かしらね……)


王都を出た頃はまだ夕焼けの光が馬車の窓から入ってきていたが、どんどんと空は暗くなり、街からも外れたのだろう、今は深い闇が広がっている。


王太子から婚約破棄と、貴族籍の剥奪を宣言されたイザベラはその瞬間から王家の庇護から外された。

まだ父や兄が居れば良かったが、あいにく3日前から国王夫妻の外交に伴って隣国へ向かった為に不在だ。

帰国は1週間後の予定で、どう考えても間に合わない。


(陛下や父がいないこのタイミングをブラッドは狙ったのでしょうけど)


陛下が不在の今、王太子の宣言を覆す者はおらず、今のイザベラを守るものは何もない。

そして他の者もこの絶好のチャンスを逃さないだろう。


深い溜息が知らずにこぼれる。

この10年間、王太子の婚約者として、公爵家の娘として、この国の平穏の為に精一杯努力し、尽くしてきたつもりだった。


ブラッドがあの男爵令嬢に惚れていることには気が付いていた。

でもまさか正妃にしようとするとは思わなかった。


イザベラは何度もブラッドに苦言を呈したが、その度に「醜い嫉妬はやめろ」だの、「そんなに王太子妃の座が欲しいのか、浅ましい奴だ」などと聞く耳も持たず、逆効果になるばかりだった。

本来それらを諌めるはずの側近達も何を考えているのか、ブラッドの味方になり男爵令嬢を褒めそやすばかり。

ならば(くだん)の男爵令嬢に諦めてもらうしかない、と行動するしかなかったのだ。



学園ではブラッドやその側近達が、まるで学園という名の国のトップのように振る舞っていた。

だがそれは学園の中だからだ。

ひとたび彼らが(まつりごと)の世界に足を踏み入れれば、その地位も立場も盤石ではない。


前国王陛下、つまりブラッドの祖父にあたる人物はかなりの好色家で、現国王陛下には腹違いの兄弟が多数存在する。

そのせいで王位継承権を巡って政治も国も乱れた過去がある。

現国王陛下はその苦い経験から側妃は娶らず、第一王子であるブラッドを王太子にする為に、幼いうちにイザベラとの婚約をもって、トゥールーズ公爵家の後ろ盾を得た。

そうしてブラッドを立太子させたのだ。国の安定の為に。

言い換えればトゥールーズ公爵家の後ろ盾を失えば、ブラッドの王太子としての立場はすぐに危ういものとなる。



ブラッドは第一王位継承者などという肩書きだけで王太子になったと本気で思っているのだろうか?

ブラッドと歳の近い、優秀だと噂の末の王弟殿下や、第二王子殿下も居るというのに……。


それに宰相・騎士団長・魔術師団長の地位に至っては世襲制ですらない。

ブラッドが国王として即位すれば、側近である彼らも父親と同じ地位に就ける可能性はあるが……。


(この婚約破棄をもって、王位継承権を巡って内乱が起きますわね。政治が乱れれば国が乱れ、民にも影響を及ぼす……わたくしは防げなかった)


対応が後手に回ってしまった結果がこれだ。

後悔と自責の念が胸に渦巻く。

しかし、いくら後悔したところで、舞台から降ろされてしまったイザベラにできることはもう何もない。


その時、甲高い馬の嘶きが聞こえた。

そして、イザベラを乗せた馬車はガタガタと大きく揺れながらどんどんスピードを上げて行く。


(このまま無事に修道院に連れて行ってはくれませんのね)


このタイミングでイザベラが命を落とせば、父であるトゥールーズ公爵はブラッドを決して許しはしないだろう。

もしかしたら、ブラッドの父である現国王を支持することすらやめてしまうかもしれない。


(ここでわたくしを亡き者にしたほうが、王位継承権を覆すチャンスを狙う者にとっては都合が良いのでしょう)


その間も、馬車のスピードはどんどんと早くなり、揺れも激しくなってくる。

もう座っていることすら困難で、身を屈め、扉の把手に必死にしがみつく。

恐怖に身体は縮こまり、噛み締めた奥歯がカチカチと音をたてる。


(怖い!誰か助けて!死にたくない!死にたくない!)


涙が次から次へと溢れ、それを拭うこともできずに必死で耐える。


どれぐらいの時間恐怖と闘っていたのだろう。

ただひたすらに震えて、縮こまりながら耐えるしかなかったイザベラの身体が、ふわっという一瞬の浮遊感を感じた。

その刹那……


━━落ちるっ!


そのまま意識は暗転し、昏い昏い底へと落ちてゆく。


この日、イザベラ・トゥールーズは短い人生の幕を下ろした。



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