兄と婚約者1
テオドールとお祭りに行った5日後に、隣国の軍隊の一部が我が国との国境を越えた。
事前に隣国の情報を得ていたグルエフ辺境伯が、すでに私設騎士団を国境近くに配備しており、事なきを得たが、国王陛下が王都から王立騎士団をグルエフ辺境伯領へと派遣し、両国間の緊張は一気に高まった。
幸いなことに隣国との戦争へと発展することはなかったが、派遣された王立騎士団はグルエフ辺境伯領に滞在したまま、隣国との睨み合いがしばらく続いた。
この件でグルエフ辺境伯の次期後継者であるテオドールは父親の側で補佐をすることとなり、領地から離れられなくなってしまったのだ。
そんな状態のテオドールの元へ、こちらから会いに行ける訳もなく……。
そしてそのまま1年近くが経過し、隣国との緊張が解かれ王立騎士団が王都へと帰る頃には、テオドールの王立学園の入学の時期になっていた。
結局そのままテオドールと会うことはできなかった。
ただ、手紙のやり取りだけはテオドールが学園に入学した後も続いている。
「はぁ……」
自然と溜息がこぼれる。
わたくしは今日も1人で書庫に籠もり、テオドールから届いた手紙を読んでいた。
オリバーもテオドールも居ない日々は、静かで穏やかだがどこか物足りない。
テオドールからの手紙によると、学園でオリバーとは再会を果たしたようだ。
オリバーは学園でも相変わらずのようで、オリバーの名前を知らない生徒は居ないくらい、とても有名で目立つ存在なんだとか……。
(お兄様は一体何をやらかしたのかしら?)
オリバーは経営学科に入学したはず……。
騎士科や魔術師科と違って授業に実技はなく、座学ばかりのクラスだ。
有名になるほど成績が良かったのだろうか?それとも……。
(きっと成績が悪いほうで有名なのね)
わたくしはそう決めつけた。
オリバーからはほとんど連絡はない。
長期休暇も『面倒くさいから帰らない』とだけ書いた手紙が届いただけで、こちらからの手紙には全く返信を寄越さない。
(一体どんな学園生活を送っているのかしら?)
◇◇◇◇◇◇
「はあ?王立魔術師団!?」
父の声が部屋に響いた。
あれからさらに2年が経ち、オリバーが無事に卒業して、我が家へと帰って来た。
「お前は領主になるための勉強をしに学園に行ってたんじゃなかったのか?」
「いやぁ、なんか成り行きでさ」
「なんで成り行きで王立魔術師団に就職することになるんだ?」
父が頭を抱える。
3年振りに会ったオリバーは、見た目は垢抜けてすっかり大人びていたが、中身はオリバーのままだった。
この国は長く戦争を続けていた歴史もあり、王立騎士団と王立魔術師団は実力者揃いのエリート集団だ。
しかも、貴族や平民といった身分にはとらわれない、完全実力主義だと言われている。
そんな王立魔術師団に就職が決まったのは、大変栄誉なことで喜ぶべきことなのだが、問題はオリバーがローレン家の後継者で、卒業後は父に付いて領主の仕事を学ぶ予定だったことだ。
「お前が王都に行ったら、うちの後継者はどうするんだ!」
(……これは、わたくしが婿養子に来てくれる人を探さなければいけないのかしら)
わたくしも頭を抱える。
「大丈夫、大丈夫。領主の仕事は俺の婚約者がやってくれることになったから」
「は?」
オリバー以外の全員の動きが止まる。
「なぁオリバー、頼むからきちんと順を追って説明してくれ……」
オリバーの話によると、学園で王立魔術師団の団長から目を付けられ、しつこく勧誘されていたがずっと断り続けていたらしい。
それを見かねた同じ経営学科の女子生徒が、「じゃあ私が代わりにあなたの家の領主の仕事をやってあげます」と名乗りを上げてくれて、その女子生徒と婚約することになったそうだ。
「だから、俺が王立魔術師団で働いて、彼女がこの領地で父さんの仕事を学んで後継いでいきたいってこと」
「………」
「将来は一応俺が名前だけ領主ってことにして、実際は彼女が領地経営することになるって感じだな」
「………」
昔からオリバーは破天荒なことをする人だと思っていたが、その婚約者さんもなかなか規格外の人物のようだ。
「で、あなたの婚約者になるのはどこのお嬢さんなの?」
沈黙を破ったのは母だった。
「婚約者の名前はエリーヌ・ノヴァック。ノヴァック伯爵家の四女だよ」
「な、ノヴァック伯爵家ですって!?」
ノヴァック伯爵家とは、代々優秀な文官を輩出していることで有名な家門だ。
現当主のノヴァック伯爵も文官として王城に勤務しており、非常に優秀な人物らしい。
「まさかそんな由緒ある家門のお嬢さんだなんて……」
「とりあえず、ノヴァック伯爵家にはこちらから使いを出して、婚約について両家で話し合いの場をもとう」
両親が何とか段取りを考えている。
「エリーヌの父親にはもう婚約の件は認めてもらってるから大丈夫」
「は?」
「王都を出発する前に、ノヴァック伯爵邸に挨拶に行って来たんだけど、なんかすげー喜んでくれてた」
「な、挨拶って、お前はまた勝手なことを……」
「だって婚約するのは俺達なんだから、先に俺から直接挨拶するのが筋かなって。彼女も近いうちにここに挨拶に来たいって言ってる」
なるほど、オリバーらしい。
「ノヴァック伯爵はなぜお兄様との婚約を喜んでくれたの?」
オリバーは王立魔術師団に就職が決まったが、貴族としてはただの田舎の男爵家で家格も釣り合わない。
「あー、なんか伯爵は子供の頃から王立魔術師団に憧れてたらしくって、でも自分には才能がなくて諦めて文官になったって言ってた。だからじゃねぇかな?」
(へぇ、それでお兄様との婚約を認められたのね。家格より職業で選ばれるなんて、面白い方ね)
「まあ、それなら婚約はすぐに整うだろう。はぁ、それにしてもお前が王立魔術師団か……。昔から突拍子もないことばかりする奴だとは思ってたが……」
「まあ、それがオリバーですからね……」
両親は嬉しさよりも、驚きの連続にぐったりしていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
思ったより長くなってしまったので、ここで区切りました。
続きは明日に投稿予定です。
よろしくお願い致します。
※さらに1年が経ち→2年が経ち
修正しました。すみません。




