わたくしの幼馴染3
今度こそ食べ歩きを楽しもうと、食べ物を売っている屋台を中心に見て回ることにした。
もちろん2人共、猫耳カチューシャは着けたままだ。
テオドールは最初こそ恥ずかしがっていたが、街の中心部に近付くにつれ人がどんどん増えていき、私達の猫耳なんて気にならないぐらいに、周りは派手な人達だらけになった。
「あのクレープはどうかしら?」
「いいね。美味しそう」
わたくし達はクレープの屋台の列の最後尾に並ぶ。
「クレープなら食べ歩きにぴったりよね」
「あとは、串焼きと揚げパンの屋台もあったな」
「串焼き……」
ふと、王都での出来事を思い出した。
「次は串焼きにする?」
「ううん。少し前に王都でも串焼きを食べたこと思い出しちゃって……」
「ああ、オリバーと食べたの?」
「オリバーともう1人、王都で知り合った男の子も一緒に食べたの」
「……誰?」
「それが、よくわからないのよね」
わたくしは順番を待つ間に、王都での出来事を簡単にテオドールに説明した。
「そのレオって子は、最後まで家名を名乗らなかったんだね?」
「ええ、私も家名を名乗らなかったけど。どうやらお忍びで王都に来ているようだったから、レオって名前も偽名かもしれないわ」
「アリアも嘘の名前を教えれば良かったのに」
「私1人ならそうしていたかもね。でも、お兄様が一緒だったから……」
「ああ、それなら仕方ないね……」
テオドールは察してくれた。
オリバーの性格上、嘘や細かい駆け引きなどは期待できない。
「どこかの高位貴族なのは間違いないと思うの。年齢もお兄様と同じくらいだから、もしかしたら王立学園で再会しているかも……」
そんな話をしているうちに注文の順番が回って来た。
甘いクレープも捨てがたかったが、お腹が空いていたので照り焼きチキンと野菜のクレープを注文する。
テオドールもソーセージが入ったボリュームがあるクレープを注文していた。
そして、テオドールがさっと2人分の代金を支払ってくれる。
「さっきは動揺して、払いそこねちゃったから。気にしないで」
「あ、ありがとう」
わたくし達はクレープを受け取ると、歩きながら食べ始める。
(ふふっ。こんなお行儀の悪いことを平気でしているなんて、以前のわたくしでは考えられなかったわ)
こんな姿を厳しい王太子妃教育の先生達が見たら、卒倒してしまいそうだ。
「そういえば、アリアの話し方ってずいぶん違和感がなくなったね?」
「そうかしら?」
「うん。最初の片言に比べたら雲泥の差だよ」
たしかにここ最近は、日常会話なら一拍間を空けることもなく、すらすらと違和感のない話し方が出来るようになった。
アリアに生まれ変わったばかりの幼い頃は、イザベラとして染み付いた言動が強く出ていたが、それが少しずつ消えて、きちんと『アリア』になってきた気がする。
ここでは、相手に不快感を与えない作られた笑顔を貼り付けることも、表情を読まれないように微笑みながら扇子で口元を隠す必要もないからだ。
こうして、イザベラだった頃に培ったものや経験が消えてなくなっていくのかもしれない。
「ふふっ」
テオドールが急に笑いだした。
「何?」
「いや、アリアのあの片言だった喋り方を思い出しちゃって」
失礼な。
わたくしはじろりとテオドールを下から睨みつける。
「ごめんごめん。君が一所懸命頑張ってたのはわかってるんだけど」
「そうよ。喋り方を変えるのって大変なのよ!」
「でも今だから言うけど、僕は変えなくてもいいのにって、ずっと思ってたんだよ」
「え?どうして?だって……変でしょう?」
家族は受け入れてくれていたが、あんな喋り方をする子供なんてちっとも子供らしくないし、違和感しかないはず。
「いや、初めて会った時はびっくりしたけど、変だからびっくりしたんじゃなくて、その、凄いなって思ったんだ。なんていうか、格好いいと思ったよ」
格好いい……。
「だから、えっと、何が言いたいかっていうと……どんな喋り方のアリアも僕は知っているから、僕の前では無理しなくていいよ。アリアのままでいいよってこと」
「……」
「言葉にするの難しいな」
テオドールは困ったように眉毛を下げている。
「ううん。テオの言いたいことちゃんとわかったよ。その……ありがとう」
なんだか胸の奥がじんわりと温かい。
ずっと、イザベラだった頃の自分を消して、アリアらしく生きて行かなければと思っていた。
でもそれは、懸命に努力して手に入れた『公爵令嬢イザベラ』である自分を否定し続けることでもあった。
(仕方のないことだと頭ではわかっていても、辛かったのかもしれないわね)
「テオに格好いいって言ってもらえて嬉しい」
イザベラだった自分を認めてもらえたようで、少し報われた気持ちになった。
◇◇◇◇◇◇
クレープを食べた後は、具がたっぷり入った揚げパンや
フライドポテト、串焼きも食べた。
テオドールはわたくしの倍は食べたんじゃないだろうか。凄い勢いで食べ物が口の中に吸い込まれていった……。
そしてお腹が満たされたので、次は広場へと向かうことにする。
街の中心にある広場では、楽団による演奏や、人形劇など様々な催し物が見られるらしい。
しかし、広場に向かうにつれてさらに人が増えていく。
「はぐれるといけないから」
そう言って、テオドールが右手を差し出してくる。
わたくしがその手を取ると、ぎゅっと握りしめられた。
(こんなにも手が大きくなったのね)
幼い頃の何度も手を繋いで遊んだ記憶より、ずいぶんと大きい。
そして、その掌はひんやりとしていた。
広場へと到着する。
円形の広場をぐるりと階段が囲っており、皆がそこに自由に座って催し物を見物している。
わたくし達は広場近くで飲み物を買い、空いている階段に座った。
「この祭りは夜がメインだから、夜はこの広場で皆がお酒を飲みながら踊るんだって」
「凄く盛り上がりそうね」
さすがにわたくし達が夜の部に参加するのはまだまだ先のことになりそうだ。
そんな風にテオドールとたわいない話をしていると、あっという間に時間は過ぎていく。
「そろそろ馬車に向かおう」
まだまだ祭りを楽しみたいところだが、わたくしは暗くなる前に領地へと帰らなければならない。
そして、当たり前のように差し出された手を握り、2人手を繋いで歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
馬車がグルエフ辺境伯邸へと到着する。
グルエフ夫人が出迎えに来てくれていた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。お祭りはどうだっ……あら、その様子だと楽しめたみたいね」
「はい。とっても楽しかったです。ありがとうございました」
「いいのよぉ。テオドールもとぉっても楽しめたみたいだし」
そう言うと、グルエフ夫人は意味ありげに微笑んだ。
「……?」
テオドールは訝しげな表情を母親に向ける。
「こ・れ」
そう言ってグルエフ夫人は自分の頭を指差す。
「あっ!」
「お揃いの猫耳なんて、可愛らしいわぁ」
自分が猫耳を着けたままなことに気付いたテオドールは、慌てて猫耳カチューシャを外した。
お祭りでは皆が当たり前のように頭に何か飾りを付けていて、わたくし達もすっかり猫耳のことを忘れてしまっていた。
それぐらい猫耳に馴染んでしまっていた。
「あの、これは、違っ」
「猫耳は誰が選んだのかしら?」
「私のはテオドール様が選んで下さって、テオドール様のは私が選んだんです」
「アリアっ!待って、違うんで」
「あらあら〜、テオドールが選んだのねぇ。へぇ〜」
グルエフ夫人はニマニマと笑いをこぼす。
テオドールは耳まで真っ赤になってしまう。
そんな2人のやり取りを見て、わたくしも声を出して笑ってしまった。
「アリアちゃん、気を付けて帰ってね。また、いつでも遊びにいらっしゃい」
「はい。ありがとうございます」
わたくしは、領地へと帰るための馬車に乗り込む。
「アリア、来月また遊びに行くよ」
「ええ。テオが好きそうな本を用意しておくわ」
「楽しみにしてるよ」
──しかし、この約束が守られることはなかった。
私も帰りの電車の中で我に返り、そっとカチューシャを外すタイプです。
※誤字脱字報告ありがとうございます。
付ける→着ける ですね。すみません。