王都へ3
「店主、この肉の串焼きをもらおう」
レオはそう言うと、少し緊張した様子で金貨を1枚差し出した。
「いや、これ金貨じゃねぇか!……悪いがこれじゃあ釣りが出せねぇよ」
「え?」
レオは戸惑っている。
このような屋台で自分でお金を支払うことも初めてなのだろう。
屋台での支払いは銅貨を用意しておくのが暗黙のルールだった。
「仕方ねぇな、俺が出しといてやるよ」
そう言うと、オリバーがさっと銅貨を差し出した。
この串焼きは1本が銅貨5枚。正直なところ、少し高い値段だとは思う。
きっと王都だからだろう。
「オリバー、すまない……」
「いいよ、気にすんな」
少ししょげた様子で、レオはオリバーに謝っている。
自分が世間知らずだと自覚するのは、なんとも情けない気分になる。
そんなレオの気持ちが、前世で高位貴族だったアリアにはよくわかった。
◇◇◇◇◇◇
「おっ!これ美味いな!」
オリバーが、スパイスで味付けされた肉の串焼きを齧り、喜びの声をあげた。
わたくし達は屋台で買った串焼きを、広場のベンチで並んで食べている。
わたくしは海鮮の串焼き。レオはタレのかかった肉の串焼きを選んだ。
レオは串焼きを食べるのも初めてらしく、横で串焼きに齧り付くオリバーをちらちらと観察している。
そして、おもむろにタレのかかった肉に齧り付いた。
「ああ、たしかにこれは美味い」
レオはその瞳をキラキラさせて、満足気にうなずいた。
わたくしも初めて串焼きを食べた時は、レオのようにオリバーを見本にして食べていた。
まるで少し前の自分を見ているようだった。
(そんなことよりも……)
レオが着ているシャツは真っ白だ。
しかもかなりの高級品のはず。
そんな真っ白なシャツにタレのかかった串焼きなんて、嫌な予感しかしない。
なぜ、串焼き初心者なのにタレを選んだのか……。
以前のわたくしなら、どんな高級な服やドレスでも、まるで消耗品のような感覚があったが、今は違う。
(大丈夫かしら?)
レオは慎重に齧り付いているが、すでに口の周りにはタレがベタベタと付いてしまっている。
わたくしは自分の串焼きを食べながら、レオがタレを服にこぼさないかが心配で、その横顔を何度も盗み見る。
しかし、嫌な予感は当たってしまい、肉を伝ったタレがシャツの襟にポタリと落ちた。
「あっ」
わたくしが小さく声をあげると、レオが不思議そうにこちらを見る。
「レオ様、少し待ってて」
わたくしは慌ててハンカチを取り出すと、周りをキョロキョロと見渡す。
そして広場の中央にある噴水に急いで向かい、その吹き上げる水に手を伸ばしてハンカチを少しだけ濡らすと、またレオ達が座るベンチへと戻った。
「じっとしてて」
わたくしはそう言うとレオの隣にもう1度座り、彼のシャツの襟を少し引っ張り、タレで汚れた部分を濡れたハンカチに移し取る。
オリバーが服に食べ汚しをつけてしまった時に、母がいつもこうやって汚れを取っていた。
「な、何を……」
レオの少し上擦った声が頭のすぐ上から聞こえる。
「汚れはすぐに取らないといけないから」
わたくしは襟の汚れ落としに集中する。
食べ汚しにはスピード勝負だ。
なんとか見た目ほとんどわからないくらいには落ちた。
わたくしは安心して、襟から手を離して俯いていた顔をあげた。
すると、戸惑った表情をしたレオがこちらを見つめている。
(あら、口元にもたくさん……)
どうせハンカチは汚れてしまったのだからと、ついでにそのままハンカチの綺麗な部分で、レオの口元に付いていたタレを拭った。
「なっ……」
「口元にもたくさん付いてたから」
すると、レオの顔がみるみる赤くなっていく。
(少し子供扱いし過ぎたかしら?)
「……勝手なことしてごめんね?」
「いや、違っ……その、大丈夫だ」
レオは顔を真っ赤にしながら、口元を右手で覆った。
どうやら怒っている訳ではなさそうで、わたくしは安心する。
その後は、レオの希望で商業エリアを散策することになった。
母との待ち合わせの広場からあまり離れたくはないので、広場の周りにある露店を見て回る。
食べ物だけではなく様々なものが売られていた。
(かわいい……)
わたくしは、たくさんの雑貨が売られている露店の前で足を止める。
そこはまさに女の子の夢が詰め込まれたようなお店だった。
小さな手乗りサイズのぬいぐるみに、パステルカラーのキャンドル、アクセサリーやリボンもある。
「お前こういうのほんと好きだよな」
オリバーが呆れたように言っているが、それを無視して商品を眺める。
かわいいものは見ているだけで楽しい。
「アリアはこういったものが好みなのか?」
「ああ、こいつの部屋なんて甘ったるいものでいっぱいなんだぜ」
失礼な。かわいいものをコツコツと集めて、部屋に飾っているだけだ。
お小遣いではあまり買えないから、ほとんどがテオドールからのお土産だけれど。
テオドールはいつも、わたくし好みのものをお土産で持って来てくれるのだ。
「アリア、よければ私が何か買ってやろう」
「え?」
「いや、その、今日付き合わせた礼がしたいのだ」
「……」
レオはなぜかもじもじとしながら言う。
お礼をしたいという気持ちは有り難かったが……
(だからあなたは金貨しか持っていないじゃない!)
先程の串焼きの件をもう忘れてしまったのだろうか。
もちろん、このお店も銅貨で支払うのがルールだ。
しかし、正直に伝えてまたレオに恥をかかす訳にもいかない。
「今日はお小遣いをたくさん持って来たから大丈夫だよ」
「いや、でも……」
「じゃあ、レオ様が選んでくれる?」
「選ぶ?」
「うん。このリボンの中でどれが私に似合うと思う?種類がたくさんあるから迷っちゃって」
「俺が選んでやろうか?」
「お兄様は黙ってて!」
レオはわたくしの言葉を聞くと、真剣な顔でリボンを選び始めた。
どのリボンも銅貨数枚で買える値段なので、飾りなどは付いておらず、刺繍が施されているだけだ。
「このリボンはどうだろう?」
レオが選んだのは、空色に金の刺繍が施されたリボンだった。
「素敵!」
「その、気に入ってもらえただろうか?」
「うん。とっても綺麗な色ね」
「そ、そうか」
レオは、はにかんだ笑みを浮かべる。
わたくしは店主に銅貨を渡し、品物を包んでもらう。
「アリア、次に会う時にはそのリボンを」
「レオ様!!」
その時、叫ぶような男性の声が聞こえた。
振り向くと、汗だくで必死の形相をした若い青年がこちらに向かって走って来る。
「レオ様、探したんですよ!どうして自分から居なくなるんですか!」
どうやらこの青年がレオの護衛のようだ。
「すまない。しかし私は……」
「話は後でゆっくり伺いましょう」
青年はわたくし達をちらりと見ると、声のトーンを落とした。
どうやらお別れの時間が来たようだ。
「私達もそろそろお母様と合流するね。レオ様、今日はご一緒できて楽しかったです」
「アリア……」
レオは縋るような目でこちらを見る。
「そうだ!母さんのこと忘れてた。やばいな……。じゃあ、レオまたな!行くぞアリア」
オリバーはわたくしの手を掴むと、さっさとその場から駆け出した。
オリバーの頭には別れを惜しむという言葉がないようだ。
無事にレオを護衛に引き渡したわたくしは、この出会いが数年後の自分の身に降りかかるトラブルに繋がるなんて思いもしていなかった。




