王都へ2
「ううっ……気持ち悪い……」
少年が顔色を悪くし、ベンチにうずくまっている。
どうやら、あのスピードに酔ってしまったようだ。
「これくらい逃げ回ればもう大丈夫だろ?」
オリバーは少年を気にすることなく、とても満足気にしている。
この風魔法は、オリバーが魔法を覚えたての頃に、わたくしを巻き込んでよく使っていたものだ。
凄いスピードでめちゃくちゃな動きをするので、わたくしは一度本気で怒ったことがある。
オリバーはただ、妹に風魔法のスピードを体感させてあげようとしただけらしいが……。
今は、母と待ち合わせた広場の隅にある、ベンチに座っている。
てっきり、どこか遠くまで逃げるのかと思っていたが、オリバーは路地をはちゃめちゃに駆け抜けて、街をぐるりと周り、結局は少年が指差していた方……つまりは、少年が逃げて来た方向にある広場に行き着いた。
オリバー曰く、きっと少年を探している人達はすでにこの広場を探した後だろうから、しばらくはここには探しに来ないだろうと。
「あの……大丈夫?」
わたくしは、涙目になっている少年に声を掛けた。
「気持ち悪い……」
「えっと……うちの兄がごめんね?」
「背中をさすってくれ」
「え?……ええ」
(ず、ずいぶん甘えて来るのね……)
初対面なのに、わたくしよりたぶん年上なのに……とは思ったが、少年は兄であるオリバーの被害者なので、仕方なく彼の背中を優しくさすった。
(あら?これは……)
少年の着ている服は、一見するとシンプルなシャツとズボンだ。
しかし、近くで見て触れてみると、生地はかなり上質なものだった。
まず、普通の平民が着れるようなものではない。
(きっとどこかの貴族の子息ね。そしてたぶん……高位貴族だわ)
ということは、この少年を追っていたのは、彼の護衛ではないだろうか?
逃げる前に彼も「家のものが過保護で……」と、オリバーに言っていた気がする。
「あの……もしかしたら、あなたの護衛から逃げてたの?」
「……」
背中をさすりながら聞いてみるが、少年はばつが悪そうな顔をしながらも、何も答えない。
「なんだよ。悪い奴らに命を狙われてる〜とかじゃなかったのかよ」
何かを期待していたオリバーはつまらなそうだ。
というか、逃げる前の少年の話を聞いてなかったんだろう。
「足が痛い……」
「お前、さっきから軟弱だよな」
「お兄様は黙ってて!」
わたくし達より爵位が高い貴族の子息を、護衛から引き離してしまったのだ。
もし、彼の身に何かあれば、わたくし達……つまり、ローレン家が責任を取らされる可能性がある。
「……足のどこが痛いの?」
「……ここだ」
彼は、右足のズボンの裾を捲り上げる。
すると、右足の膝を擦りむいていた。
どうやらわたくしとぶつかり、転んだ時に出来た傷のようだ。
「……傷を治すから、少しだけじっとしてて」
わたくしは集中し、両手の掌に魔力を纏わせる。
そうして現れたたくさんの小さな光の粒が、彼の擦り傷を覆う。
彼は驚いて、光の粒が触れた瞬間びくっと右足を動かしたが、その後は興味深そうに、わたくしと自分の右足を交互に見ていた。
たいした傷ではなかったので、治療はすぐに終わった。
「驚いたな……光魔法か」
「すげーだろ?アリアの魔法は珍しいからな」
「アリア……君の名前はアリアというのか?」
「はい……こちらは兄のオリバーです。あなたは?」
兄が何か言う前に自己紹介を終える。あえて家名は名乗らない。
「私は……レオだ。足の痛みはなくなった。アリア、感謝する」
「俺には?逃げるの手伝ってやっただろ?」
「ああ、オリバーも、助かったよ」
そう言ったレオの顔色は、幾分かマシになっていた。
「それで、なんで護衛から逃げてたんだ?」
「その、1人で好きに見て回りたかったんだ。護衛が過保護で、せっかく街まで来たのに、何もさせてもらえなくてな」
護衛がそれだけ過保護になるのは、親からの指示なのか。それとも、過保護にならざるを得ないくらい高位な貴族の子息なのか……。
どちらにしても、あまり関わりたくはない。
このまま広場で護衛の方に引き渡したほうが良さそうだ。
「よし、じゃあ一緒に街を見て回ろうぜ」
「お兄様っ!」
オリバーはすぐに事態をややこしくする。
「いいのか?」
「ああ。俺強いから、護衛代わりになってやるよ」
「お兄様!」
オリバーはなぜかいつも自信満々だ。
「それは頼もしいな。よろしく頼む」
「おう!で、どこから見て回る?」
「屋台の物を食べてみたいのだが、おすすめはあるか?」
「んじゃあ、さっきの串焼きもう1回並ぶかー」
「お兄様……」
そして、やはりオリバーはいつもわたくしの声など全く聞こえていないのだ。
誤字報告ありがとうございます。
膝が擦りむいて→膝を擦りむいて
修正致しました。すみません。