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08 星貴族、その一と対面!?

 教室のある校舎と寮の通学路の途中に脇道がある。グレンたちはその脇道を進んだ。


「近場で見ると余計にでかいな~」

「国内では一番の蔵書量があるらしいよ、王宮に勤める人たちも時々利用しているみたいだし」

「はあ、すげーな」


 校舎も寮も大きく華やかでお金がかかっているなとは思ったが、図書館も普通ではなかった。一見するとお屋敷のように豪華で、入り口には警備員まで立っている始末だ。

生徒である証明を見せると、警備員は普通に通してくれた。


「希少価値のある高い本も多いらしくて、だから警備員が立っているんだろうね」

「なるほどね」


 中に入ると一階と二階が吹き抜けになっていて、壁一面に本棚が備え付けられていた。中央には椅子と大きめのテーブルが等間隔に並んでいるが、生徒の姿は全くと言っていいほど見当たらない。

 それなのに多少は黒モフがいて『ミー』と鳴きながら楽しそうに遊んでいる姿が見えた。誰もいない場所で遊んでいる黒モフは、見つけても安心できるものだ。

 入って右側にはカウンターがあり、そこには白髪で眼鏡をかけた老婆が、本を読みながら安楽椅子に座っていた。彼女はこちらを見ると目を丸くする。黒モフの付着率は平均的だ。


「あぁら、ソーンダイク君だったわよね? お久しぶりね~」

「お久しぶりです。アデルさん。……ずいぶん前に来たはずですが、僕の名前をよく覚えてますね」

「一度でも来た子は覚えているわよ~。だってそもそも学生さんはほとんど図書館に来ないもの」

「あはは……」


 ひ孫に久しぶりに会ったようにニコニコと話す老婆の司書――アデルは、レナードと挨拶を交わすと、横にいるグレンに視線を向けてきた。


「それで、その隣の子は? 初めてよね」

「あ、どうもこんにちは。レナード……ソーンダイクの友人のグレン・カースティンです。よろしくお願いします」

「カースティン! ああ、二年生に編入してきたっていう変わった子ね。どう学校は慣れた?」

「はい、まあ。はは……」


 厄介者だの、変わり者だのいろいろと言われているな、と思いながらグレンは乾いた笑い声をあげた。


「それで、今日はどうしたのかしら? お勉強? 探し物?」

「実は……」


 レナードが教師から教えてもらった本をアデルに伝えると、彼女は分厚い手帳を開きながら話し始める。


「最初の二冊は三階の奥にあるわ。でも困ったわ、残りの一冊は五階の特別室ね」

「許可も貰っているんですが、僕らでは入れない感じですか?」

「いいえ、許可を貰っているなら誰でも入れるわ。あそこを制限する権限は私にはないもの……そうよね、許可があるのですし。問題ないわね」


 アデルは少しだけ悩んだが、やがて笑顔になるとレナードへ大きな鍵を渡してきた。特別室用の鍵だ。

 鍵は特別な魔術が掛っており、開けるために一度使うと自動的にアデルの元へ戻るので、返却の必要はない。また部屋の外に出たら鍵も勝手に閉まるため、もう一度入るには再び鍵を貸してもらう必要があるという。


「……えっと特別室に僕らが入ると、何か問題が?」

「いいえ、全く問題はないわ。ただ先客がいるだけよ、図書館なら他にも生徒がいても当然なのだし、それも気にしなくていいわ」


 アデルはそう言いながらグレンとレナードを見送った。


「一二階は吹き抜け、三階はまた雰囲気が変わるな」


 三階は地理関係の書物が多いせいか、壁に世界地図が描かれており、大きな世界儀がディスプレイされていた。また窓には巨大な望遠鏡が置いてあって、自由に見ることができる。


「四階も、五階の特別室も雰囲気が全く違って面白いよ」

「その口ぶりだと、前に特別室に行った事があるのか?」

「何度かね。先生に頼まれてお使いをしたんだよ」

「はは……お前本当に……いい奴だよな」

「そうでもないよ?」


 グレンは同情の視線を向けたが、当の本人は特別室に行けたことが嬉しいらしいので、使いっ走りでもいいという。なんでも特別室は教師の許可がない限り、一般生徒が入れることは滅多にないからだ。


「そうだ、グレンが特別室に行きなよ。僕は三階の本を探しているから」

「いいのか?」

「構わないよ。一緒に探しても仕方ないしね。手分けして探そう」


 レナードの提案通り鍵を受け取ったグレンは、五階の特別室へ向かった。鍵を開けて中に入ると、眩しい光に目を閉じた。


「……青空?」


 五階の特別室は天井がなかった。青空に浮かぶ白い雲と共に、眩しいほどの太陽の光が降り注ぐ。奥には、階段を上がる屋根付きのウッドデッキといくつかのベンチがあり、その周りには背の高い緑の植物が生えているのも見える。

 そんな眩しいほどの爽やかな場所に、本棚がいくつも並んでいた。まるで森の近くの草原に、本棚が直接置かれているように見える。不自然には違いないのだが、自然を感じるためか妙に落ち着く空間だった。


(本って陽の光に当てない方がいいという話を親父から聞いたけど、こんなに当たってて大丈夫なんだろうか……いや、まて。そもそもこんな昼間のような青空が今出てるはずがないか)


 グレンたちが図書館にやってきたのは授業が全て終わった後の夕方、図書館を背景に通路を歩いていた時も、背後に赤く染まる夕日が見えていた。つまりこの場所は現実の外とは違っていることになる。


(魔術で昼間の外を演出しているってことか……変な所に凝っているんだな)


 この光も太陽の光ではなく、本にやさしい光なのだろう。金持ちの道楽に違いない。

 グレンはそんな特別室に呆れ半分、感心半分抱きながら、目的の本を探した。


「あった、あった!」


 アデルがあらかじめどのあたりに置いてあるか教えてくれていたため、目的の本は直ぐに見つかった。それはカドレニア人がイティア人と交流をしようとして、イティア語を研究した本だった。後に作られた教科書に比べれば難しく書いてあるが、どういう言葉がどういう派生になり何と結びついているのか書かれているので、より言語を理解しやすい内容になっている。


「確かに教科書よりも、理解が深まるかも。ただ分厚いな……」


 普通の本の三倍の厚さのある本――研究書は、魔術でコーティングされているものの、古くて字が細かい。読み切るだけでも数週間、理解するとなるといったいどれほどかかるか分からない。


(本気で学びたいわけじゃないんだけど……仕方ないな)


 特別室にわざわざ入れてもらったのだから、持ち帰らないわけにはいかないだろう。無理そうなら無理そうで教師には「オレには早かった」と正直に答えればいい。

 グレンが本を持ってふたたび歩き出した時だった。


「――誰!? ここに誰かいるの!?」


 部屋の中央からそんな生徒――声の感じからして女子生徒の声が聞こえた。司書のアデルが「先客がいる」と言っていたので、きっとその人物だ。滅多に人が来ない場所に、他の人間の気配がするので驚かせてしまったかと思い、声の方へ寄っていった。


「あ、すみません。オレは――」


 状況を説明しようかと思って棚から顔出して覗いたとたん、言葉に詰まった。


(――ほ……星貴族っ)


 声の主は中央奥にある屋根付きのウッドデッキからこちらを見下ろしているようだった――ようだったというのは、その相手が全身黒モフに覆われており、顔や身体の向きもどんな服を着ているのかもわからなかったからだ。唯一声だけが女子生徒の物だとわかる程度だ。

 そんな姿の人物をグレンは一度だけ見かけている。屋上で星貴族たちを見た時だ。全身が覆われるほどの黒モフにとりつかれているのは、この学園には彼らしかいない。


「え!? 学生!? なんでここに!? 誰に許可もらったのよ!」

「え、いや!?」


 グレンも驚いていたが、女子生徒はもっと驚いていたようだった。悲鳴に近い声を上げてくる。顔を見なくてもかなり興奮して――怒っているのが伺えた。


「勝手に本を持ち出さないで、通報するわよ!」

「きょ、教師から許可は貰ってます!」

「教師!? ふざけないで、ここは私の場所よ! 勝手に入らないで!」

「いや、でも、図書館はみんなのもので」

「違うわ! ここは私の物よ! 私の場所なの、だれも入ってきていいわけ――キャア!」


 興奮気味に怒鳴っていた女子生徒の声が裏返った。同時に黒モフたちが大きく揺れて、不自然に前へ偏る。――姿は見えなかったが、手すりから身を乗り出し過ぎて脚を滑らせたのだと咄嗟に気づいた。

 グレンは考えるよりも早く、反射的に彼女の元へ駆け寄った。


(間に合え!)


 スライディングをする要領で、落ちてくる女子生徒の下に身体を滑りこませる。

 足先がデッキの柱に着いたのを感じたとたん、ドンと身体の上に重たいものが落ちてきた。

 ――瞬間、ぶふわっっと、煙が広がるようにして女子生徒に付いていた黒モフが離れていく。意図せずともグレンが黒モフに触れたため、女子生徒に付いていたものが祓われたのだ。


(え!?)


 しかし、いつもなら一瞬にして消えていく黒モフたちは、何故か渦を巻き、竜巻のように大きく広がった。


(なんだ!? なんだこれ!?)


 グレンから見た周囲が黒モフに包まれる。否、黒モフがグレンを包んでいた。

 普段ならすぐさま消えていく彼らは、まるで踊り狂うようにグレンの周りを回っているしている。そして――。


【――が、戻ってきた】


 そんな声が後ろから聞こえた。低く古めかしい感じのする声。聞いたことはないはずだが、何故か覚えているような感覚をえる響き。

 その瞬間、黒モフたちは『ミー!』と悲鳴とも歓声とも言えない声を上げながら、シュワワっと空気に消えていった。

 広がっていた大量の黒モフが一瞬にして消えて、一気に辺りが静かになる。


「いたた……」


 今までにない黒モフの消え方に呆然としていたグレンだが、女子生徒の声に気づいて現実に戻ってきた。直ぐに「大丈夫ですか?」と声をかけようとしたが、彼女にみぞおちを思いっきり押されて、口からは「ぐっえ」という変な声が漏れてしまう。

 そこで初めて女子生徒は顔を上げた。


『……』


 女子生徒は綺麗な金色の髪を腰まで伸ばしていた。瞳は紫で知的な雰囲気があり、派手さはないものの、しっとりとした雰囲気のある美少女だ。これは星貴族という特別な立場でなくて注目を浴びる存在だろう。グレンも一瞬言葉に詰まったほどだ。さらに言うなら――先ほどの悲鳴染みた怒りの声は想像できない顔立ちだ。

 だが、紫色の瞳がグレンを捉えた瞬間、その頬が赤く染まる。表情がゆるまり、わなわなと震えた。


「き……」

「き?」

「――きゃぁああああああ!」


 突然甲高い悲鳴を大声であげられて、グレンは「ヒイ!?」と情けない声を上げてしまった。咄嗟に彼女を自分の上から退かして、尻を地面に付けたまま後ずさる。


「いやーー! 誰か! 誰かぁ!」

「ちょ」

「誰かきて!」

「え、いや――ご、ごめんなさいっ!!」


 わざわざ身体を呈して助けたはずなのに、彼女はまるで痴漢に会ったような悲鳴を上げてくる。そんな彼女が一気に恐くなったグレンは、咄嗟に立ちあがってその場から逃げ出して扉を閉めた。

 分厚い扉を背に付けて、バクバクと鳴る心臓を鎮めようとしたが、静かな廊下に微かな声が聞こえてい来るのに気付いた。


(ま、まだ、叫んでるっ)


 ドアを隔てているおかげで、音はだいぶ遮断されたが、それでも誰かが叫んでいるのがうっすら聞こえてきていた。この声が彼女のものなのは確実だ。特別室とはいえ、完全防音ではないらしい。そのせいでグレンの混乱は治まらなかった。


(む、無理っ)


 いつまでも収まらない悲鳴に、恐怖と混乱でその場にいられなくなったグレンは、勢いのままに階段を下りた。


「あ、グレン、どうだった本は――」

「――帰るぞ、レナード!」

「ええ!?」


 丁度階段を上がろうとしていたレナードを発見し、グレンは急いで腕を引っ張って走る。

 カウンターにいたアデルに「あざました!」と適当に挨拶をしつつ。そのままダッシュで寮までの道を走り抜けた。

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