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06 もう一人の編入生

 翌日、朝のホームルームが終わると担任のミルゼに昼食後に職員室へ迎えに来いと言われた。どうやら編入生は到着が遅れているらしく、午前中には間に合わないとのことだった。


「そういえば、編入してくる奴って言語は大丈夫なのかな?」

「イティア連邦国の母国語はイティア語だけど。世界公用語を習うって聞いたから、その辺は問題ないんじゃないかな?」


 イティア連邦国には独自の言語がある。それはグレンたちの言葉とは違う言語だ。しかし貿易大国ということもあり、イティア連邦国では幼いころから母国語と、グレンたちが既に喋っている世界公用語の両方を学ぶという。大商人の息子だというのなら、将来を見据えているだろうし、余計にその心配はいらないだろうとレナードは言う。


「お前、そういうこと詳しいんだな」

「歴史とか、世界史とか好きなんだよね。ついついいろいろ本を読んでしまって」

「オレその辺苦手だから、マジでレナードいると頼もしいわ。ノートも分かりやすいし助かってる」

「それなら良かった」


 例のノートは昨日さっそく開いてみたが、綺麗にまとまり、要点が分かりやすく絞ってあった。ある意味、教科書より分かりやすかった。一年遅れがあるといってもこれなら頑張ればついて行けるのではないかと思った。


(…………いや、何考えてんだオレは。目的はそっちじゃないだろ。そんなことより、どうやってアイツに近づくか考えないと)


 グレンはもっと考えなければならないことがあるのを思い出した。本来の目的である依頼の件だ。

 太っ腹なことに、今回の依頼に関して期限はわりと長く設定されている。目的の人物が学園を卒業するまでで、最長で二年ということだ。どちらかといえば“依頼があった”ことがバレることが問題らしく、時間がかかってもいいから不自然がないように対応してほしいと言われた。


(とはいえ、自然にっていうのが、一番難しいんだよな)


 強引に近寄って、相手が警戒を顕わにしている中で黒モフを祓う――そんな強盗のような真似は出来なくはないが、大ごとになるのは目に見えている。それでは依頼達成とはならないだろう。下手すれば契約違反だとかで処罰されかねない。相手はグレンを問答無用で処罰できる立場の人間だ。

 だったら、学園に入り込んで友人を作って輪を広げていき、相手と近しい人間に紹介してもらって仲良くなって素知らぬ顔をして祓う――というのが考えられる手立てだ。

 しかし、現実はなかなかに難しかった。

 そもそも相手は特別学級にいるため校舎すら分かれていて、合同授業なども滅多にないため接点がほぼない。


(おっさんも特別学級にいれるのは流石に無理だって話だったしな……)


 編入の際にそちらへ入れてもらえればもっと簡単に事は片付いたはずだが、特別学級は星貴族レベルの特に高貴な立場の人間で構成されているらしく、一学年に一組で生徒も十人程度しかいない。当然身元もはっきりしている必要がある。そこに無理やりねじ込むのは、家も年齢も偽らざる負えないグレンには難しいとのことだった。


(しかも、アレじゃなぁ……)


 昨日の光景を思い出してため息がこぼれた。

 星貴族という特殊な立場、親衛隊を名乗る生徒たち、他生徒からの憧れの眼差し――昨日の様子を見る限り、特別学級で無かったとしても、近づくのは容易ではない。


「うーん……」

「どうしたんだい?」

「あ、いや……今日の魚料理も美味いなと」

「グレン、本当に気に入ったんだね。教員食」


 朗らかに笑うレナードに合わせて、グレンも必死に笑みを作る。ちなみにレナードは昨日力説してた特別食の親子丼を上品にスプーンで食べている。

 担任のミルゼに貰った食券があるため、今日もレナードと共に食堂に来ていた。別に一緒に食べようと言ったわけではないのだが、授業後に話をしていて、気づいたら食堂に一緒に来て同じテーブルに座っていた。


(あまりにも自然過ぎて「一人で食べる」とか言えなかったんだよな……)


 むしろ席に着いてから「あれ、一人で食べた方が色々と考えられたのでは?」と気づいたほどである。レナードの自然な空気に引っ張られたと言っても過言ではない。


(こいつとは話が合うし、ただ素直で真面目なだけではないところが好感が持てるし、黒モフのこともあるから、一緒にいて楽しいんだけど…………一緒にいるとつい依頼の事忘れそうになるんだよな)


 依頼のために仲良くなったはずなのに、依頼を忘れそうになる――本末転倒である。

 普通に学園生活を満喫してしまいそうになり、度々自分を叱咤して現実に意識を戻す必要があった。そして少し虚しさと嘘をついている申し訳なさを感じる。


(いや何考えてるんだ。あいつ等を食わせなきゃいけないんだし、仕方ないんだ)


 可愛い弟妹たちのことを思い出して、罪悪感を消し去った。この依頼を達成した暁にはかなりの額のお金が入る。そうすれば弟妹たちにもっといい食事と良い授業を受けさせてやれる。そのためにこんな面倒くさい依頼を受けているのだ。

 内心、気合を入れて腕を高くに掲げていると、テーブルの端に小さな皿が置かれる。皿の上には可愛らしいティラミスが美しく乗っていた。教員食のデザートとは別物だ。頼んだ覚えのない品を見て、ウエイターに「間違っていますよ」と言おうとしたが、レナードが制止するように手を伸ばした。


「僕が頼んだんだ。良かったら一緒に食べてよ」

「は? え、な、なんで?」

「いや、彼が言っていた「限定のティラミス」というのがどんなものか食べてみたくてさ。でも一人だけ頼むのも恥ずかしかったし」


 レナードの言う「彼」というのは、昨日荷物を押し付けたあの生徒のことだろう。確かにティラミスの話をしていたとは聞いている。


「確かに限定とは書いてあったけど、遅くに来ても十分に買えたけどね」


 予想通り買えなくなるというのは嘘だったらしい。レナードが薄い笑みを浮かべて「うん、普通に美味しいね」と感想を述べている。


「いや、でも、悪いし……か、金払うよ」


 ものすごく高そうな限定ティラミスの値段がいくらなのか分からなくて心臓がバクバクしていたが、友人に意味もなく奢ってもらうわけにはいかない。そういう理由のないお金のやり取りはなしにしたい。特に友人とは。


「そんなのいらないよ。一人で食べるのが恥ずかしかっただけだし……それに、今日も荷物を一緒に運んでもらったから、そのお礼だと思って」

「別に友達の荷物運びを手伝うくらい普通だろ。そういうのは礼を言うか、せいぜい安い菓子ぐらいでいいんだよ。……こんな高そうなケーキ貰えないよ」


 今日も今日でレナードは教師の荷物運びをさせられていた。昨日の魔法生物学の教師はまだいい方で、レナードしか指名しない教師もいる。他の奴に頼んでも結局はレナードが持ってくるからと、依頼すらしないのだ。そういうのにイライラしつつも荷物運びを手伝った。それは対価を求めてじゃなく、グレンが手伝いたいと思ったからやっただけだ。


「……そっか」


 レナードは少し驚いた表情を浮かべたが、次の瞬間嬉しそうに微笑んだ。


「でも今日は食べて欲しいな、二つは食べられないし。僕を助けると思ってさ」

「わかった。今回はもらうよ。あ……その、ありがとうな、気遣い自体は嬉しいと思ってるから! ただちょっと、これ……高そうだし……その、そこまでしてもらうようなことしてないし」


 生粋の金持ち貴族であるレナードにとってはたいしたものではなくても、貧乏貴族であるグレンにとっては高価すぎる。ポンと貰ったら動揺せずにはいられない。


「うん、分かったよ。次から気をつける」

「つうか本当ならオレがお前に何か礼しないといけないよな。ノートとかも世話になっているし」

「それくらいは……」


 ――ざわり。

 急に周囲に漂う黒モフが騒いだ。


(なんだ?)


 黒モフはグレンが側に来ると遠くに逃げる。動きも比較的おとなしい。それなのに急にざわざわと騒ぎ始めた。いつもの遊んでいる感じではなく、どこか警戒した様子だ。


(誰か来たのか?)


 グレンは周囲を見渡すが、誰かが食堂に入ってきた様子はない。おかしな行動を起こしている人も見当たらない。


「どうかしたのかい、グレン?」


 会話の途中で急にキョロキョロと周囲を見始めたグレンに、レナードが眉をひそめた。


「……いや、なんでもない」


 黒モフの騒めきは直ぐに治まった。

 結局何が理由か分からないまま、グレンたちは食堂を後にした。


「おお、来たか。こっちだ! 編入生も到着している」


 教員室の側までくると、ミルゼが手を振って、部屋に入るように促した。

 通されたのは応接間だった。昨日グレンたちが入った場所より調度品が整っている部屋で、本来はお偉いさんを案内する場所だろう。そこに転入生を案内しているという状況が、教員たちの緊張が伺える。大国イティア連邦国の大商人の息子となると、そうなってしまうのかもしれない。


「失礼します」

「失礼しますー」


 レナードに続いて部屋に入り、ミルゼに視線をやったあと、問題の転入生の姿を探した。


(ん?)


 目の前の人物が転入生なのだろうが、一瞬脳が思考を止めてしまった。直後妙な疑問が浮かび上がる。


(……に、人形?)


 そこにいたのは薄紫色の髪をした人形――もとい、人形のように整った顔立ちをした生徒がいた。背中にまで届く長い薄紫の髪は後ろでひとまとめにし、褐色の肌に長いまつ毛と、顔だけ見ると性別が不明になるが、背は高く、筋肉の付き方から男子だとはっきりと分かった。

 ただし目を閉じているので、生きてないような感覚を覚える。


(――あ、こいつ、黒モフが全くついてないんだ)


 グレンが彼を人と認識し辛くなる理由はそれだと分かった。

 いままで黒モフを全く付けていない人は見たことがない。優しい両親も、真面目な兄も、おっとりした姉も、可愛い弟妹達も、少なくともひとつやふたつは付けている。一番下の弟が生まれたばかりの頃は付いていなかったが、四歳になった今はしっかりとついている。

 なのにこの編入生には見渡す限り一つも付いていなかった。不気味なくらいに。


「ラーシャ、彼らが君をサポートしてくれるクラスメイトだ」


 ミルゼがその男子生徒に声をかけると、彼はグレンたちを振り向いた。

 生物ではないと認識していた物が動き出したような奇妙な違和感を覚えたが、その感覚はすぐに彼の瞳によって消える。


(目力つよっ、圧がつよっ)


 雄々しいわけでもなく、どちらかといえば儚い印象のある男子生徒――ラーシャの瞳の強さに圧倒された。灰色の瞳は朱色など入っていないのに、燃えているようにすら感じて鳥肌が立った。

 こんな人物を目の前にするのは初めてだった。


(レナードもちょっと固まってるな)


 ラーシャに驚いたのが自分だけではないことに少しだけホッとする。目力で怖気ついたのが自分だけなんて笑えない。


「互いに、自己紹介をしてくれ、ソーンダイクから」

「は、はい。初めまして。ソーンダイク伯爵家次男の、レナードと申します。学園のことは詳しいので何でも聞いてください、後で校内を案内します」


 ラーシャはレナードに視線を向けると、その言葉に静かに頷いた。ただ頷いただけなのに「よきにはからえ」といった副音声が聞こえてくる気がした。

 ミルゼの視線が自分に向いているのに気付いて、グレンは軽く咳払いをする。


「えっと、同じクラスの、グレン・カースティンです。実はオレも転入したばかりで、教えられることはあまりないかと思うけど……同じ転入生ってことで、何か役立つかもしれないからよろしく」


 クラスメイトになるというのに、空気に飲まれたレナードはやけにかしこまって自己紹介をしたので、グレンは意識して砕けて話しかけた。目力に動揺させられたと悟られたくないという意地もあっただろう。

 ラーシャはグレンの言葉に無反応なまま視線を寄こし――何故か眉を潜めた。


(あ?)


 レナードに視線を送ったときは無反応だったのに、何故かしかめっ面をされてグレンは動揺した。

 思わず変な格好しているかとか、顔にソースが着いたままか、など気になったが、そういうわけではなさそうだ。そもそもそうならミルゼが事前に教えてくれただろう。

 しかしラーシャは怪訝な表情を浮かべたまま、グレンをじっと見つめ――睨みつけてきた。


「ははは、ラーシャ、カースティンが気になるか? そうかそうか、あとでゆっくり話せばいい。だがその前に自己紹介をしてくれ」


 妙な沈黙を切ったのはミルゼだった。ラーシャの鋭い視線に気づいていないのか、気づいていてあえて茶化したのか知らないが、笑いながら手て「早くしろ」と急かしてくる。

 黙っていたラーシャが口を開いた。


「ユリウス・ラーシャ■▽〇×▲」

「え?」

「■※■〇ユリウス・ラーシャ■▽〇×▲!」


 聞き取れない言語がラーシャから告げられ、グレンとレナードは思わず顔を見合わせる。そして気まずそうに視線を逸らすミルゼに、説明を求めるように見つめた。


「あー、ラーシャは世界公用語が得意じゃないらしくてな……聞き取りもあまり……らしい。………………許せ」


 『許せ』の一言に集約されたこれからの問題に、二人して「嘘だろ」と叫ばずにはいられなかった。

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