03 目的の人物は星貴族様
星貴族というのはガルディウス魔術学園特有の一握りの生徒に対する特別な名前らしい。
彼らは、古くから代々伝わる名門貴族の家系がほとんどで、最近多くできた新興貴族たちとは格が違うため特別に敬われているという。現在の星貴族たちは幼いころからの知り合いらしく、徒党を組んでいる。その中に入っていけるような猛者は滅多にいないようだ。
無理にでも近づこうとすると――。
「ああなるよ」
レナードが指さす方向には、星貴族から距離を取っている衆人を抜け出して、近寄る者が見えた。レナードよると、彼は最近商売で名を上げて貴族の名前を貰った家の者だという。何か良からぬことを考えているのか、その生徒にも黒モフは多めにくっついていた。
しかし、彼は星貴族たちの黒モフにも近づけず止まることになる。
「そこまでだ」
近づいていた生徒の前に現れたのは、体格のいい生徒たちだった。黒モフはあまりついていないが、顔が厳つくて同年代とは思えないほどの迫力がある者ばかりだ。特に顔の恐い一番前に立っていた生徒は、近づこうとしていた生徒の首根っこを掴むと、集まっている生徒達を掻き分けながら、有無を言わせず遠くへ引きずっていった。
「……あれは?」
「星貴族専属の親衛隊って感じかな? あくまでも“自主的”に星貴族メンバーを警備を行っている。ほぼ騎士家系の人たちで出来ている集団だから腕っぷしでは敵わないよ……彼もあの後どうなることか」
レナードは同情する目をしていた。
グレンも渋い顔をしていたが、それは連れていかれた生徒を思ってのことではない。
(どうなっているんだ?)
目の前で起きている状況が理解できなくて、グレンはレナードに質問することにした。
「……ところでさ、あの星貴族の人たちってさ、その……普通の人?」
グレンがいままで診てきた経験からするに、あれほど黒モフが大きくなると、まともな精神でいる方が難しいはずだ。心がおかしくなって廃人同然となるか、はたまた周囲を傷つけまくり発狂するか、倫理観が壊れて連続殺人犯になるか――そんな、“普通”ではいられない状態のはずだ。
それなのに今見た限り彼らはこの学園に当たり前のように存在していて、注目を浴びながらも特に変な様子はなかった。
いままでならならありえないことだ。
「星貴族である時点で“普通”ではないと思うけど」
「ええと、そうじゃなくて。すごい目立つことをしていたりするのかな~って」
「目立つこと? 特にはないかな。確かに彼らは成績優秀だし、運動や戦闘魔術でも他よりいい成績らしいけど、でも歴代の星貴族の人たちもそうだったみたいだし……」
レナードの様子からして本当に激しく目立つような行動はしていないのだろう。廃人になっていたり、発狂していたりしたら、噂どころでは済まないのだから当然だ。
(本当に一体どうなっているんだ?)
何故あれほどの黒モフが取り付いていて、無事な精神を保っている理由が分からなかった。
(まだオレが知らない黒モフの影響があるってことか……?)
今までの経験ではありえなかった事態が起きている。少し黒モフに対して慎重にならなければいけないのかもしれない。
「……ああ、アリスさんが加わったときはちょっと不思議だったかな?」
「アリス?」
「うん。新興の子爵の家の令嬢なんだけど、星貴族のメンバーに好かれていてね」
一年程前目立つことのない普通の子爵令嬢のアリスという女子生徒が、星貴族たちに近寄ったことで一部でもめ事が起きたらしいが――結果的に言うと彼女はメンバーに受け入れられ、現在も共にいるところを度々目撃されているという。
「当時は大騒ぎだったけど、星貴族メンバーが正式に彼女を庇ったことで、誰も何も言わなくなったんだ。口出しすると彼らからの制裁を受けるかもしれないからね」
「フーン……」
確かに変わったことが起きているが、黒モフとの関連も見えないし、正直グレンにはどうでもいい話だった。
「疲れた?」
「あ? ……まあな」
「外からくるとそうなるよね。僕はもう一年もいたから慣れたけど、最初は同じようにきいて……ちょっとげんなりしたよ」
「確かに」
レナードの苦笑いにグレンは頷いた。今までの常識とは違う物に出会うとやはり違和感をぬぐえないので、聞いてて疲れてしまう。
「見ていても仕方ないし、教室に戻ろうか」
グレンたち以外は星貴族を見るのに忙しいらしく、今も人は増え続けている。レナード曰く、星貴族がああやって人前に出てくるのはそう多くないので、一目見ようと、もしくは彼らの目に止まらないかと、みな真剣らしい。
(金持ちも大変だな)
庶民寄りのグレンにはよくわからない世界だなと思った。
二人で屋上から出て教室に向かおうとするが、中庭に生徒が集まっているせいで通れなかったので、遠回りをすることにした。教員室などがある人通りの少ない廊下を進んでいく。
「……けどよ、レナードはいいのか?」
「いいって?」
「目に止まりたいとか思わねえの?」
そう言うとレナードは苦笑いをする。
「目に止まって良い地位についても、実力がないと意味がないから。僕が将来欲しいのはただの肩書じゃないからね」
「……お前、若いのにしっかりしてるな。偉いよ」
グレンは素直に感心してしまった。ここの生徒はどこかいつも浮ついていて、あまり将来のこととか真剣に考えていないと思っていたが、レナードはそうではないようだ。ただ頭がいいだけではなく、賢い人間なのだろう。
「はは、グレンは時々同じ年とは思えないこと言うね」
「うん? ……そうか、な」
レナードは照れ臭そうに笑ったが、グレンは内心冷や汗をかいていた。
(言葉に気を付けないと、苗字どころか年齢までも偽っているのがバレるな……)
レナードはわりと鋭い気がするので、用心するに越したことはない。
(それにしても聞いていた話とだいぶ違うな……あと星貴族だとか、親衛隊だとか……んなこともきいてねえぞ、おっさん)
依頼者が事を荒立てたくないとのことで、わざわざ苗字を偽り入学してまでここにきたのに、もっと大きな問題があることがわかってしまった。こんな状況では「知り合いになって近づく」といった普通の方法が、最も難しいことだというのは考えなくても分かる。そんなことをしたら先ほどの生徒の二の舞だ。
(学園に入って、目的の人物さえ見つけてしまえば、早く終わると思ったのに……)
目的の人物は見つけた(?)。どういった集団なのかもわかった。――でも正攻法では近づくことすらできない。
黒モフの異常も気になるため、深いため息が口から出てしまう。
「ソーンダイク」
教員室の前を歩いていると、レナードが担任のミルゼに呼び止められた。ミルゼは眼鏡をかけた背の高い女性教師だが、地味な見た目に反して戦闘狂――もとい担当教科が戦闘魔術ということで、わりと体育会系だったりする。
黒モフは比較的付いていないタイプだ。悪だくみや悩みとは無縁そうなのは見た目通りなので、納得はできる。
ミルゼに呼び止められたレナードだけではなく、一応グレンも止まって振り向いた。
「丁度よかった。お前に話があったんだ……隣にいるのはカースティンか。入学してあまり経たないが仲良くなったのか?」
「はい。彼とは馬が合うのか、一緒にいると気持ちが落ち着くんですよ」
素直に答えるレナードに、本来ならグレンはむず痒い気分になるだろう。だが、実際のところグレンと一緒にいると黒モフは近づいてこないので、取り付かれやすい体質の彼にとっては確かに落ち着くはずだ。そう思うと特に否定もできない。むしろ感想としては「だろうな」だった。
「よし、仲良いことはいいことだ。お前に任せて正解だったな。――そこでついでと言ってはなんだが、もう一人頼めるか」
「え?」
「は?」
驚く二人にミルゼは良い笑顔を浮かべる。
「うん、思った通りの反応だな。よし、カースティン共々こっちにこい」
引きずられるようにして教員室に入ると、端っこにあるソファーセットに座らされた。まったく邪気のない良い笑顔のミルゼが二人の前に座る。
「……あの、ミルゼ先生『もうひとり』ってどういうことですか?」
「その言葉の通りだ。もう一人、編入生が明日来る」
「またですか」
「ああ、“また”だ。しかもカースティン以上に厄介な相手だ」
「オレ、厄介者だったんですか」
「馬鹿を言うな。家の力に物を言わせて二年に編入してくる奴が、厄介でないわけないだろう」
確かに、とグレンは納得してしまう。
ただ本当はもっと厄介な事情を抱えているのだが、そこは言う必要がないので黙っていた。グレンの事情は教師だって誰も知らないからだ。
「グレン……カースティンくんよりも厄介となると、どんな人物なのでしょうか?」
「イティア連邦国の大商人の息子だ」
「イティア連邦国って、カドレニア王国の国と同盟組んでいる海向かいの国の?」
「よく勉強しているなカースティン。そうだ。イティア連邦国では知る人ぞ知る大商人ラーシャ家の息子だ。なんでもウチの魔術を学びたいとかで、編入してくるらしい」
「けれど魔術を学ぶならガルディウスじゃなくてもいい気がするんですが……」
機密情報とまではいわないが、将来の国の中心を担う人物達が生活している学園に来させていいのか、ということをレナードは言いたいようだ。一応国内には魔術学校は他にもある。
「イティア連邦国との親睦も兼ねて、特別留学生という名目さ。あちらの国では大商人は権力があるからな」
イティア連邦国では、大統領制をとっている。国王や貴族が存在せず、商人や政治家が力を持っている経済・貿易大国なので、基本的な考え方がグレンたちの国・カドレニア王国とは違う。そしてカドレニアは、貿易のためにも大国であるイティア連邦国にはいい顔をしておきたい。だれにもこの話を断ることはできないのだとミルゼは言う。
「そういうことですか……」
「まあ、変なことは起きないと思うが、こちらの常識を知らない厄介な相手には違いない。ソーンダイク、頼めるか?」
「……わかりました」
レナードは苦笑いしながら頷いた。
またしても面倒くさいことに巻き込まれているなとレナードを見つめていると、ミルゼの視線がグレンを捉えた。
「カースティンも、いいか?」
「え!? オレ!?」
「一緒にいるんだからお前にも話を振っているに決まっているだろ。それで頼めるか?」
質問形式ではあるが、ミルゼのセリフはノーを許さない圧があった。彼女の背後にクロヒョウの牙が見えたような気がする。
「いいいいい、いや、いや無理です。オレ、入学五日目ですよ!? 人の面倒なんてみられるわけがないじゃないですか! オレ自身が知らないことだらけなのに!」
だがそんなミルゼに、グレンは屈してしまうわけにはいかない。
本当の目的(依頼)のこともあるし、他人の面倒を見るなんてことに構っていられるわけがない。ただでさえ星貴族問題で頭をかかえているのだ。グレンは思いっきり拒否した。
「そう言うな、カースティン。編入生同士のほうが話が合うかもしれないだろ?」
「イティア連邦国の人ですよね? 接点ほとんどないですよ!」
「そこは見つけ出して上手くやればいい、他国交流は楽しいぞ」
「楽しさよりも勉学が優先でしょう、学校なんですから! オレ授業についてくのが大変なんですよ!」
「まあ、なんていうか、そこはなぁ、ほら――」
「――ミルゼ先生」
必死に拒否するグレンに対し、ミルゼがなんとか「うん」と言わせようとしていると、黙っていたレナードが割って入ってきた。
「あまり、カースティンくんに無理は言わないであげてください。編入生で本当に大変だと思うので」
「だが、ひとりで他国の生徒相手だと何かと不便だろう。二人でいた方が何かあったときにカバーができる」
「その辺は頑張ってどうにかします。僕ならひとりでも大丈夫ですから」
レナードがそういって少し寂しそうに笑った瞬間、グレンの良心が痛んだ。
(オレって最悪な奴……?)
ミルゼが何を言っても受け入れる気などなかったのに、この時初めて頑なに拒否した自分が人でなしではないかと気づいてしまう。散々レナードに世話になっているのに、面倒くさいことが起きると一人で逃げようとする恩知らずになっていると思った。
「……え、レナード……そのオレ」
「気にしないでカースティンくん。それより君のことを気に掛けられなくなってしまうかもしれないけど、ごめん」
レナードは教師の前だからそう呼んでいるのだろうが、『グレン』ではなく『カースティンくん』と呼ばれたことに、急に距離を取られたような気がした。何も言えなくなってしまう。
「先生、それで編入生は明日の朝からでいいんですね?」
「あ? ……ああ、そうだが……」
何故か歯切れ悪く答えるミルゼは、少し黙ると急にポケットに漁り始めた。そしてよくわからない紙切れを沢山取り出すと、その中から紐に括られ束になっている物をローテーブルの上に置いた。
「カースティン、それにソーンダイク。何も今回はタダでとは言わない、厄介な相手だからな。私としても心苦しいし、そこでやってくれるならこれをやろう」
「なんですかこれは?」
「教師用の食券だ。生徒とはちょっと違った特別な食事が食べられるぞ。ここに六日分ある。“二人が”受けてくれるならくれてやる。どうする? 欲しいだろう?」
ニッコリ笑うミルゼの視線はレナードではなく、グレンに向いていた。