24 強襲
「却下だ」
「ええ!? なんで!」
勢いのままで職員室に来て、エントリーシートを提出しようと思ったグレンたちだが、一秒で担任のミルゼから突き返された。
「お前たち話をちゃんと聞いてなかったのか? エントリーできるのは四人以上五人未満のチームだ。それと必ず男女混合にすること。紙にも書いてあるだろ」
ミルゼの言う通り、エントリーシートの隅には彼女の言った参加の最低条件が書いてあった。
「でも、一番下に一部特例アリと書いてますが……?」
「それは、根本的に人数が足りなくなった場合の時だ。一番に提出してきた奴らが言うセリフじゃない」
基本的な条件は変わらないが、最後の方になるとチームに出来る人数が足らなくなる場合も発生する。そういったときには、同性だけのチームにしたり、他のチームに無理やり入れてもらって六人になるとか、三人になるとかもあるらしい。
でもそれはあくまでも救済用であり通常は適用されないという。
「ともかくお前たちは却下だ。ちゃんと期限内にチームメンバーを集めてこい。ちなみにちゃんとチームを組めないと補修で夏休みは潰れるからな、覚悟しておけ」
そのままグレンたちは教員室を追い出された。仕方なく教室に戻ることにする。
「これで終わったと思ったのに、なんだよその条件は!」
「残念。無理だったか」
「残念って……分かってたのかよ。レナード」
「書いていたからね。でも特例アリってあるから、押し通せるかと。ほら、編入生二人だし」
グレンたちを条件に、押し通すつもりだったと聞いて少し呆れた。真面目なくせに、ときどき変化球を投げてくるのがレナードという男だ。
「グレン、◇××■■?」
「あ? エントリーシートは受付できないってさ」
「ユリウス、駄目だったんだ。『ダメ』わかる?」
状況が掴めていなかったユリウスだが、ジェスチャーと突き返された用紙を見て理解したらしい。少しばかり不服そうな顔をしていた。
「あと最低一人か、どうしよう?」
「それよりも問題は女子ってことだろ……なあレナード、誰かいないのか?」
グレンもユリウスも編入したてで、学園に友人と呼べる人間はほとんどいない。その上異性となれば話はより難しくなる。クラスメイトに女子生徒はもちろんいるが、正直ほとんど話したこともない。頼れるのは一年前から学園にいて、顔も広いレナードなのだが――。
「知り合いはいなくもないけど……」
「おお、じゃその女子生徒で!」
「止めた方がいいと思うんだ。グレンもユリウスも、彼女たちの好奇心の餌食になると思うし……正直僕も社交界で交流する程度ならいいけど、チームメンバーとしてはちょと……そこまで深い付き合いでもない子ばかりだし」
同学年でとなると、レナードが自信を持ってチームに誘える女子生徒は知り合いではいないという。社交的ではあるが、お喋りや噂話が好きでプライドが高く、扱いが難しいタイプばかりのようだ。そんな彼女たちを自分たちのチームに誘ったら、もめ事が起こるのは目に見えているという。
「それでもよければ声かけてみるけど……」
「うーん」
依頼で貴族から仕事を受けている身ではあるが、ほとんどの貴族が「友だちになりたくないな」と思うタイプばかりだ。仕事だから付き合っていけるだけで、彼らとチームを組んで何かをやれ、と言われたらお断りである。
「やめとこ」
結局どうするか決まらないまま教室に戻ることになった。
「なあ、もう提出したって本当か、カースティン」
教室に三人で戻ると、クラスメイト達がこぞって確認してきた。興味のないふりをして距離を取っている生徒も、こちらの言葉に耳を傾けているのが良くわかった。
「ああ、もちろん。一番だって言われたよ」
「え、グレン?」
レナードは何か言いたそうにしていたが、グレンは笑顔で視線を向けて「黙ってくれ」と合図した。察しの良いレナードはそれで分かったらしい。ユリウスは当然だが分かっていないが、無言なのはいつものことなので問題ない。
「そんなぁ」
「うそー」
「ええっ」
クラスメイト達はグレンのその一言で、熱を失ったように散っていった。そして再び周囲のクラスメイトとチーム集めを再開しだす。もうグレンたちに興味がないのは良く分かった。
「……あんなこと言ってよかったの? まだ人数足りてないのに」
「面倒くさいのが減るから、この方がいいよ」
別にクラスメイトでなければチームに出来ないわけではない。このクラスの人間に相手にされなくても、他のクラスからチームメイトを選べばいいだけだ。
(そうだ、アイツらが他に噂していた生徒たちを呼ぶのはどうかな? 女子生徒もいるかもしれない)
昼食時にでもレナードに相談しようとグレンは考えていた。
しかし、グレン予想に反して、彼らがチームを決めたという噂は、あっという間に広がった。
そしてより厄介な問題を引っ張ってきた。
「グレン・カースティンだな?」
「誰?」
「ちょっと話があるんだ、こいよ」
「いや、遠慮する。オレはトイレに……」
「いいから来いって」
そこそこ体格のいい男子生徒数人にガシリと肩を上から掴まれて、グレンは無理矢理に階段の下へ連れていかれる。体格差からこうなるとあまり抵抗ができない。もちろん魔術を使えば可能だが、校舎内でやるのは流石にまずい。
人通りが少なく静かな階段は、いかにも、という感じだった。
グレンは見下ろされながら囲まれる。
(他クラスの奴みたいだし、また勧誘か……?)
昼食前に一人でトイレに立って廊下に出た瞬間に捕まったことを考えると、このタイミングを狙っていたとしか思えない。
クラスメイト達はすっかりグレンたちに興味を失くし、ほっといてくれたので安心してしまっていた。
「悪いけど、大会のチームは……」
「もう決めたんだろ、秀才のソーンダイクとラーシャとか言うカスの編入生」
「え、知ってるのか?」
「とっくにな」
思ったより噂が広がるのが早かったのを実感した。
そして同時に三人ではエントリーできないことに、誰も気づいていないことも。みんなちゃんと用紙を読んでないらしい。
「じゃあ、何の用だよ? もう同じチームには慣れないんだし、関係ないだろ」
「そうだ。同じチームには慣れない。だから用事がある」
「は?」
「お前、学校辞める気はないか?」
「はぁ?」
思ってもなかった質問に、グレンの口から間抜けな声がでた。
(辞めるわけないだろ、依頼も終わってないのに……)
何を言っているんだと思ったが、生徒たちを見る限り、本気でグレンに問いかけているらしいと分かった。
「ないね。全くない」
「そうか。じゃあ病気になる予定は?」
「は……ないよ。って予定って何だよ?」
「そうか、それは残念だ」
男子生徒たちはそう言うと、上着を脱いで、拳を慣らし始めた。そこそこ体格に恵まれている彼らがやると、それなりに迫力がある。
周りにいる黒モフたちが、ゆっくりと彼らに纏わりついていくのが見えた。「ミーミー、ミーミー」と怪しい声を響かせだす。
(あ、そういうこと……)
このときようやく彼らが何故グレンをこんなところに引っ張ってきたか理解できた。
「あー、一応聞くけど、もしかしてこれって脅し?」
「いいや、脅しじゃないぜ。ただグレン・カースティンには怪我をしてもらおうかとおもってな」
「大会に出させないために?」
「そういうこと」
あっさり理由を話してくれる彼らは、よほどグレンを黙らせるのに自信があるらしい。
「あのさ、他にも強い奴いるって噂だから、オレが出れなくても、アンタたちが優勝できるなんて思えないけど……」
正直、彼らは優勝候補にはどう考えても見えない。グレンが見た限り魔力もそこそこで、ユリウスよりは得意かもしれないが、レナードの足元にも及ばないのは分かった。
けれどそんなグレンの言葉を彼らは笑った。
「俺たちは優勝が無理だなんて分かってるよ。でも、こうする必要があってさ」
「あーなるほど。誰から依頼を受けたってことだね? 優勝に近い誰か、から」
「…………お前は、あまり深くは気にしなくていい」
彼らにははぐらかされたが、図星なのだというのは今の会話だけでも十分に分かった。
グレンを脅威とみなした優勝候補の誰かが、表沙汰にはできない手段を使って、なんとしてでも出場を辞めさせようとしているのだ。
(そこまでして優勝したいかね)
グレンには分からない心境である。感心すらしてしまう――してはしまうが、このまま殴られる気もない。
小さくため息をつくと、正面の男子生徒の後ろを指差して、大声を上げる。
「うわ、ユリウス、それはやめろ! ヤバいって!」
「――!?」
彼らがグレンの声に反応して背後を振り向く。――しかし背後にはユリウスどころか誰もいない。
一瞬呆けている彼らの隙を見て、グレンは脇をすり抜けて駆けだした。
「あ、このやろ!」
「待て!」
グレンはそのまま校舎を出て走る。脚にこっそり魔術をかけて、彼らを段々と引き離した。そして校舎の裏手に回ると、今度は違う術をかける。
「よっ!」
ジャンプして校舎の壁に足をかけ、そのまま垂直に壁を登る。校舎の二階の開いている窓に手をかけると、周囲を伺ってから中へ入った。
「どこいった!?」
「あっちじゃねえか」
バタバタと足音を立てながら、追いかけていた男子生徒が過ぎ去っていくのを、グレンは二階の窓からこっそり見下ろした。十分姿が見えなくなったところで魔術を解除して、校舎内を何食わぬ顔をして歩き出す。
(なんか余計に厄介なことになっちゃったなぁ……)
チームメンバーを決めてしまえば終わる話だと思ったが、それだけでは終わる問題ではなかったらしい。グレンが考えていたより、大会を大事に思っている生徒がいるのは確かだ。
どうしたものかと再びため息がこぼれた。




