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23 チームメイト

 戦闘魔術の授業以来、グレンは嬉しくのない人気者の状態が続いていた。ここ数日の放課後練習の事もどうやって伝わったのか、妙な尾ひれがついているらしく、余計に声をかけられることが増えた。とはいえさすがに先日までの練習中に水を差してくる馬鹿はいなかったが。


(でも、四六時中見張られてるみたいで、自由に動けないんだよな……)


 勧誘してくる同級生はグレンの事情などお構いなしだ。寮でも学校でも食堂でも声をかけてくる。おかげで常に人の目があることを意識してしまい、依頼関係の調査が全く進まない。レナードとユリウスの三人でいるときが一番落ち着いていられるとか変な話だ。


(星貴族の誰かとか、それに近い奴が声をかけてくれればオレも乗るんだけど……そういうわけじゃないしな)


 グレンに声をかけてくるのは、自分の能力では大会を勝ち進めていけなさそうな、魔力も低いし成績も普通な奴らばかりだ。グレンの魔術技術の高さに乗っかりたいのだろう。つまり彼らと仲良くなったり一緒に大会に出ても何の得も得られないのである。そんなの組む意味がない。

 そして極めつけは、週末の休み明け――今朝のホームルームの時間だ。


「大会のエントリーシートを各自に配っておく。チームが決まっている奴は、リーダーのエントリーシートに名前を書け。その場合自分のは使わずに捨てていいからな」


 提出締め切りは一カ月後だと告げてミルゼは去っていった。

 その後からはグレンの周りは人だかりができてる。皆エントリーシートを持ってきて、名前を書いてほしいとのお願いだ。中にはグレンの紙に書きたいという人もいる。

 当然グレンは全部断っている。だけれど誰も話を聞きやしない。


「ああ、もうマジでどうしよう……」


 おかげで情けないことにトイレの個室まで逃げてくる羽目になってしまった。ここぐらいしか学校では静かに考え事ができる場所が無いのだ。


(誰かとチームは組まないといけないんだよな……)


 二三年は絶対参加が決められている。例外はなく、どんな事情があろうと、どこかのチームに所属している必要があった。けれどそれをゆっくり考えている時間すらない。

 大会の優勝に興味のないグレンの理想は、星貴族と繋ぎができる関係者とのチーム、もしくは一回戦で負けても文句言わないチームだ。だけれど皆が優勝を望んでいる現状を考えるとどちらも難しそうである。あくまでもグレンのわがままでしかない。


(はぁ……大会なんて面倒くさい……)


 トイレの個室に入って壁に寄りかかりため息をついている時だった。

 男子生徒の声がトイレの中に響いてきた。


「なあ、決まった? 大会のメンバー」

「まだだよ。誰を誘おうか悩んでてさ」

「俺もだよ。あーソーンダイクとか噂のカースティンとか仲間にしてえな、声かけたら何とかなりそうなのってアイツらぐらいだよな~」

「お前それ、アイツら頼りの編成にする気満々だろ?」

「あたり前だろ? あの二人が前出てくれれば、俺何もしなくて優勝できそうだし」

「馬鹿言え、他にも優勝候補はいるだろうが」

「まあ、そうだけどさ~」


 トイレから出ようと思ったグレンだったが、会話の内容を聞いて気配を消すことにした。今下手に出ていくと声をかけられそうだと思ったからだ。


「それより、“カス”がどこに入ろうとするかが問題だな」


(……“カス”? なんのことだ?)


 聞き馴染みのない単語が出てきて、グレンは今後どうするか考えて飛ばしていた意識を現実に戻す。


「確かに。絶対にアイツらとはチーム組みたくねえもん」

「組んだら最後、アイツらがお荷物になるのは確実だしな」

「そういえばうちのクラスの”カス”は、周りから距離取られて半べそかいてたな」

「うちもだ。ったくカス同士で組めばいいのによ」

「カスの癖にプライドはあるから嫌なんだろ。馬鹿だよな」


 彼らのいう“カス”というのが、大会では役に立たないと言われている――ようは戦闘が苦手な生徒だというのは直ぐに分かった。チーム制で全員参加必須となれば、そういった人物達もどこかのチームに入らなければならない。彼らを入れたチームは、他チームに比べて全体的な能力が下がってしまうのは明らかだ。優勝を目指しているのなら嫌がるのも理解できなくはない。


(あ、そういったメンバー集めてチームを組むっていうのもアリだな、そしたら一回戦敗退でも誰も怪しまないし、楽だな)


 噂の人物達が誰なのかグレンは聞き耳を立てることにした。


「……それより聞いたか一番ヤベエ“カス”」

「ああ、転校生のラーシャだろ、“カス魔術”の」


しかし、丁度意識を向けたとたん出てきた名前に、グレンのワクワクしていた気分は一気に萎えた。


「そうそう、まともに術が発動しない奴。噂聞いたけど、やっべえよな、氷柱でさえ縦に伸びないなんてよ」


 男子生徒二人の笑い声がトイレの中に響いた。


(ユリウスのやつ、そんな風に言われてたのか……)


 確かにユリウスの魔術はお世辞にもいい出来とはいえなかった。正直グレンが見た限りでもクラスで最下位だろう。休日練習しても上達が僅かであったのは確かだ。現状を考え得ると、彼らのような大会で優勝したい奴らに、邪魔者扱いされてしまうのも仕方ないのかもしれない。


「あの顔で、笑えるよな」

「そうそう。顔がいいから余計に滑稽だよな。授業後凹んでたらしいぜ」

「他国の金持ちだろうが魔術だけはどうにもならないもんな。はは、ざまあみろ」

「一回戦でボコボコにされて、泣きべそかきながらさっさと国に帰ればいいんだよ」

「それいいな~。一回戦で相手チームとして当たりてえ。あの顔面に魔術ぶち込みてえ」


 再び大きな笑い声が響いた。


(――なんかムカつくな。本当にどいつもこいつも!)


 彼らのユリウスに対する魔術の評価は間違ってはいない。間違ってはいないのだと頭では分かっているのだが――腹の底がフツフツと燃え滾るのを感じた。

 グレンは大きく音を立ててトイレのドアを出た。小便器の前に立っていた男子生徒二人が音に気づいて振り向く。


「え、あ!」

「どうした?」

「あいつ、カースティンだよ! 噂の!」

「マジか!? あの小さいのが!?」


 グレンは二人の会話を無視して手を洗っていると、二人はニコニコと笑みを浮かべながら寄ってきた。


「なあ、お前カースティンだろ? 俺とさチームを」

「まてよ。何先に勧誘してるんだ俺が――」

「――悪いけど」


 グレンはハンカチで手を拭きながら二人を見上げた。グレンを見て彼らの表情が引き攣った。


「あんたらと組むつもりは、まっっったくない。……というか、もうチーム組む相手決まってるから」

「え?」


グレンは二人の脇を抜けると、トイレのドアを開けた。最後にまだ呆然としている二人を振り向いた。顔をしっかりと覚えるために。


「あと、大会で当たったら顔面ボッコボコにしてやるから、覚悟しておけよな?」


 グレンは足早にトイレを立ち去った。

 廊下を大股で歩いて行く。近くにいた生徒たちが気づいて声をかけようとしてきたが、みなグレンが苛立ちのまま睨みつけると後ろを向いてしまった。それをいいことに急いで教室まで戻る。


(我ながら大人げない……)


 トイレの陰口を笑い飛ばせない己を恥じたが、その程度では込み上げてくる苛立ちは収まりそうになかった。

 足早に教室まで戻ってくると、ざわついている教室内を見渡した。エントリーシートを渡された関係で、いくつものグループが出来上がり、いつもよりもずっと騒がしかった。


(ユリウスは……ひとりだな)


 初日であれほど持て囃されていたのに、ユリウスの周りにはひとっこひとりいなかった。そういえばグレンやレナードに話しかけてくる奴らはいても、一緒にいるユリウスだけは完全無視していた。言葉が通じないからかと思っていたが、別の理由だったらしい。ちなみにレナードは教室に今いないようだ。


「あ、戻ってきた」

「カースティンくん」


グレンは近寄ってくるクラスメイトを無視して、そのまま真っすぐユリウスの元へ向かった。


「おい、ユリウス」


 ユリウスは声をかけるといつもの無表情で座ったまま見上げてきた。相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない。


「お前、エント――むぶ」


 だが何かを喋ろうとすると、突然グレンの口を掴んできた。そのままぐにゅりと寄せられて、グレンの顔は縦につぶれる。


「な、にずん、だおまへ」

「顔、△■◇×」

「かお、を、つかむ、な、この、やめろ!」


 グレンが腕を掴んで引っ張ると、ユリウスの手はあっさりとはがれた。顔に掴まれていた感覚がのこり、グレンは手でもみほぐすように頬を撫でた。


「お前な、何すんだよ!」

「〇〇■◇△■◇」

「ああ、聞いたオレが馬鹿だった。もういいよ……」


 聞いたって分からないし、向こうだってグレンが言っていることを百パーセント理解しているかは分からない。言葉で問い詰めたって無駄なのである。ユリウスに必要なのは分かりやすい行動だ。


(こいつの許可なり取ってからにしようかと思ったけど、知るか。オレは勝手にやる)


 ユリウスが大人しく嫌なことを受け入れるタイプではないのは、この数日で呆れるほど分かっていた。だからこそ勝手ができる。

 グレンは大きくため息をつくと、改めてユリウスの手元を見た。彼はエントリーシートを持っていた。もちろん本人の名前以外は何も記入されていない。


「ユリウス、それ、貸してくれ」

「?」

「エントリーシートだ。それ」


 ユリウスの持っていたエントリーシートを奪うと、勝手にペンを借りてそこに自分の名前を書いた。了解なんて取る気はない。だいたい言葉で聞いたって分からないのだから、書いてしまった方がグレンの言いたいことが分かりやすいに決まっている。


「よし。これでオレのチームは決まった。いいなユリウス」

「……」


 ユリウスは少しだけ呆然としながらエントリーシートをみていたが、やがてゆっくりと頷いた。相変わらず何を考えてるかさっぱりと分からない無表情だ。

 グレンは少し遠くで様子を伺っていたクラスメイトに向けて、エントリーシートを見せる。


「オレはユリウスのチームに入った。一緒にやりたきゃ、ユリウスに入れてもらえ。以上だ」

『――うぇええええ!?』


 一瞬の間の後、クラスメイトたちが次々と叫んだ。「なんで」「どうして」なんて疑問の声も聞こえるが、そんなのに答える義理はない。


「いいね、それ。じゃあ僕も入れてもらおうかな?」

「ん? レナード?」


 いつの間にか教室に戻ってきていたレナードは、グレンの横に立っていた。


「ユリウス、シートを貸してもらってもいい?」

「……ヤー」


一瞬の間を置いてから、ユリウスはレナードにシートを渡した。レナードはにっこりと笑うと、自分の名前をさらさらと書いていく。


「よし、これで僕も決まりだね。よろしくリーダー・ユリウス」


 再びユリウスは頭を上下に揺らした。


「うそー!?」

「ソーンダイクまで!?」

「ごめんねー。でもみんなも早く決めた方がいいよ」


 教室内に再び叫び声が上がる。三人でそれをまるっと無視して煩い教室を出た。クラスの騒ぎを聞いて、他のクラスの生徒が集まってくるのを後ろに見ながら、グレンたちは階段を下りる。


「レナード、お前、良かったのかよ? オレ別に優勝目指してないぞ」

「言っただろ、僕も興味ないって。それよりあんなに決めるの渋ってたのに、突然どういう心境の変化?」

「あー」


 グレンは拳と掌をパチンと合わせて悪い笑み浮かべた。


「ユリウスの魔術を馬鹿にしていた奴らを、こいつの魔術でボッコボコにしたいっていう野望ができた」

「あー……それ、すごく面白そうだね」


 どうやらレナードもユリウスに対する陰口を既に知っていたらしい。グレンの話をきいて笑顔が輝いていた。グレンたちには何も言わないでいたが、レナードも頭に来ていたのだろう。

 あっさり決まってさっぱりしたグレンたちは、教員室にエントリーシートを提出に向かったのだった。


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