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22 美少女再び

 既に校庭にはグレンたち以外の生徒はいなかった。ロッカールームも水場も人などいないので、すんなり利用できるだろう。


(運動したし、夕食が楽しみだ)


 きっと今日の夕食は特別美味しいに違いないと、グレンは心を躍らせていたが、水場の屋根の下に行くと――誰かが地面に座り込んでいるのが分かった。

 予想していなかった人の気配に、グレンは思わず足を止める。


(なんだ……女子生徒、か?)


 後ろを向いているし、屋根の関係で姿が見え辛い。けれど、髪は短くとも、スカートを履いているので女子生徒だと分かった。それより問題なのは――。


(黒モフがちょっと多いな……)


 頭を覆うほどではないものの、首筋辺りに黒モフが連なっている。影響を受けやすいタイプなら、あの程度でも調子を悪くする人間もいる。膝をついてしゃがみ込んでることから、彼女がまさにその状況であることは間違いないだろう。


(仕方ない、祓ってやるか)


 通り過ぎていく見知らぬ他人ならほおっておくが、目の前で膝をついて苦しんでいるのに、さすがに無視してはおけない。黒モフが見えなくとも、それをしたら冷血漢と非難されても仕方ないのも分かっているからだ。


(ここに来てから、お金にならない仕事が多いな……)


 以前は依頼された貴族相手だけに対応すればよかったのに、ここに来てから何度無料奉仕をしたか分からない。家に住んでいた頃はこんなに黒モフに苦しんでいる人が身近にはいなかったので、学園には本当に黒モフが多いのだなと実感した。


「あのー大丈夫ですか?」

「っ」


 声をかけると、彼女はビクリと背中を揺らした。グレンはわざと足音を立てて、側に近づいて行く。


「体調悪いんですか? それとも足が痛いとか?」


 一応黒モフが原因なのかも確認しておく。これで足に怪我していて、黒モフが全く関係なかったら、無駄に祓うことになってしまう。女子生徒はなるべく余計に触れたくはない。


「……しいの」

「え?」

「苦しいの……喉が、絞められ、ているみたいに……さっき、から……急に、いき、が……っ、ゲホッ!」


 以前の森で会った女子生徒の時のように遠ざけられるかと思ったが、彼女は素直にグレンの声に返事をした。しかし急激にせき込み始めて、それどころではないのだろうと察する。

 慌てて彼女の正面に回り込んで、同じように膝を付いた。女子生徒はうつむいていて顔は分からなかったが、苦しそうに「ヒューヒュー」と呼吸を繰り返している。


「だ、大丈夫ですか?」

「の……のど、が……っ」

「喉が痛いんですね、……様子見るために、ちょっと触りますよ? いいですね?」


 あまりにも微妙な位置のため、勝手に触るのは流石に難しい。グレンは彼女が頷くのを見てから、集まっている黒モフめがけて首元に触れた。


「っ……ぁ」


 ブファ――と、彼女の喉元に集中していた黒モフが一気に消えていく。グレンが思ったより数が集まっていた。稀に頭部ではなく、変な部位に集中して集まり、その部分に悪影響を与えることもあるので、黒モフの性質はよくわからない。


「っ……はっ……はっ」


 首の周りに何もいなくなると、彼女の呼吸がいっきに落ち着いた。荒く揺れていた肩が落ち着き、ゆっくりとその顔がグレンの方へ上がる。


(こ……これはまた美少女……)


 真っ黒な黒髪を短く切っていて、それが凛とした雰囲気を醸し出している綺麗な女子生徒だった。大きな黒い瞳と、意志の強そうなきりっとした眉をしているが、さきほどまで苦しかったせいか、涙がこぼれて少し眉が下がっている。でもそんな表情も可愛らしいほどの綺麗な女の子だった。


(この間会ったナタリーさんも綺麗な子だったけど、この子は方向性が真逆の綺麗な子だな……)


 グレンの実家周辺の街にはこんな子はいなかったな、などと思いながら感心していると、彼女はグレンを見あげて呟いた。


「男子……」


 彼女はグレンが首元を置いている手に触れてきた。彼女に指先を触られて、自分がまだ手を首元に置いてることにグレンは気づいた。


「わわわ、ごめん!」


 慌てて手を離して、彼女との距離を取る。この間みたいに急に悲鳴を上げられるのではないかと思って、急いで誤解を解こうと話しかけた。


「あ、あの、手を離すのを忘れていただけで、変な意味で触っていたわけじゃないから! ほんと! 本当に心配していただけだから! ……だから、その……悲鳴とか止めてほしいな、と……」


 グレンは真っ青になって言い訳をした。逆にその行動自体が怪しいと思われてもおかしくないと理解できていないほど焦っていた。

 だが、対照的に彼女はどこかぼんやりとしてた。グレンが必死に話しかけても、ボーっとしながら見つめてくるだけだ。どこか夢うつつな雰囲気に、少しだけ心配になる。


「あの……で、大丈夫? まだどこか調子悪かったりする?」


 グレンが伺うように首を傾げれば、彼女の頬は何故か赤く染まった。


「……いいえ、大丈夫、です」

「そうか、なら良かった」


 立ち上がった女子生徒に合わせてグレンも立ちあがる。

 彼女は背が高かった。

 グレンが背が低いというのもあるが、相手の方が高い。同じことを思っているのか、向こうもジッとグレンを見つめてきていた。

 彼女は魔術の訓練をしていたのか、戦闘用の制服を着ていたが、研ぎ澄まされた空気を放っているように見えた。魔術師というよりは、騎士っぽい雰囲気を放っていると言った方がいいか。


「えーっと……あ、あの?」

「……」


 彼女は口元を両手で覆いながら、じっとグレンを見つめてくる。しかし、あまりにも長く見つめられて、グレンは段々居心地が悪くなった。


(美少女の視線は心臓に悪いよ……怒ってるわけじゃなさそうだけど、なんかしたかな……?)


 会話の切り上げどころが分からなくなり、戸惑いつつも話題を探して、ポケットに手を突っ込んだ。


「あ、そうだ。これ、つかっていいよ」

「ハンカチ……?」

「水道もあるし、顔を拭いていきなよ。泥ついちゃってるから」

「泥っ、嘘……あ、ありがとうございます」


 彼女は慌てて顔に触れて、頬を赤くした。その可愛らしく素直な反応に、ようやく安堵してグレンは笑った。黒モフのせいで後遺症が残ったとかではないらしい。


「もう大丈夫そうだね。じゃあオレ――」

「――グレン」


 その場から去ろうと良したグレンの元へやってきたのは、既に私服に着替えていたユリウスだった。きっとグレンがいつまでも戻ってこないので、様子を見に来てくれたのだろう。

 しかしグレンより早くユリウスに反応したのは、女子生徒の方だった。


「っ――男子!」


 彼女はクルっと振り返りユリウスを向くと、警戒を顕わにして睨みつけた。まるで会いたくない人物に会ってしまったような反応だ。けれど編入して数日のユリウスと彼女が知り合いだとは思えない。


「ええと……ユリウスと知り合いじゃないよね?」

「ユリウス? はい……そこの男子とは知り合いではありません、が…………っ」


 彼女はグレンが声をかけると、先ほどまでの柔らかい表情に戻る。しかしユリウスが一歩近づくと再び睨みつけた。まるで動物が毛を逆立てて威嚇するかのような様子に、グレンが戸惑っていると、女子生徒は悔し気な顔をしながら振り向いた。


「あの、本当にありがとうございました。ハンカチ今度絶対にお返し致します。……今日はさようなら」


 女子生徒はそう言うと、反対側へ走っていってしまった。


「グレン?」


 ユリウスが去っていく女子生徒を指差して首を傾げる。『誰』と尋ねているのだろう。


「ええと、知らない子なんだけど……なんていえばいいんだ?」


 難しい言葉になると互いに意思疎通ができなくなる。

 結局グレンは「知らない子が体調悪そうだったので声をかけた」ということをレナードと共に訳すことになり、難しい言葉のニュアンスに悩んだせいで、彼女にハンカチを渡したことをすっかり忘れてしまったのだった。

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