21 休日の魔術練習
その後、校庭の使用可能時間ギリギリまで練習を続けた。
グレンはなるべくわかりやすく伝えたが、言葉の伝達が不自由なのと、ユリウス自身が魔術の構築が苦手なことも相まって、進みは悪かった。ユリウスの展開する魔術はどうも素直ではない。物によっては発動さえしてくれないのだ。
その事をレナードに相談すると、翌日は彼もユリウスの練習に参加してくれることになった。
「ここまで、ユリウスが魔術に情熱を持っているなんて意外だったよ」
「だろ?」
魔力が枯渇するまで必死に魔術を展開する姿を見て、レナードも感心していた。
その日は進展のないまま終えたが、翌日――学校が休みの朝、グレンの部屋をレナードが尋ねてきた。
「休日なのにごめん、ちょっといいかな? ユリウスのことでさ」
休みにも関わらず、レナードはわざわざ図書館から子供用の魔術書を借りてきたという。これなら単語は簡単だし、もっとわかりやすく書いているため、ユリウスも覚えやすいだろうということだ。
思った以上にひたむきなユリウスを見て、レナードはジッとしていられなかったらしい。
(こいつも大概いい奴だよな……しゃーないオレも付き合うか)
折角の休日だが、レナードの好意と、ユリウスの熱意を考えて、グレンも動くことにした。人のいない学校で何したって、依頼の件が進展するとは思えないし、たまにはいいはずだ。
そのまま二人でユリウスの部屋を尋ねると、連日の魔術練習で疲れていたのか起きたばかりだった。
「入って平気か……?」
「……△△◇■」
いつも以上にテンションが低く無表情なユリウスに部屋に上げてもらってソファー前のローテーブルに持ってきた本を並べた。
「学校が休みの日は午後まで校庭が使えないけど、座学だったら午前中でもできるかなと思って。どうするユリウス?」
広げられた魔術の教科書に、寝起きで寝ぼけていたユリウスの目が、一気に輝いたのは言うまでもない。
「魔術、マナブ」
「よし、良く言った」
「グレン、レナード。お願い」
「もちろん。本は共通語で書かれているしあまり読めないだろうから、僕らも手伝うよ。最初は――」
「ちょっと待て」
早速本を開いて話を始めようとするレナードをグレンは遮った。
「どうしたんだい、グレン?」
「ユリウス、オレたちに頼むのは良いが、ひとつだけやってほしいことがある「お願い」だ」
「お願い?」
「そう、それをやめろ」
「え?」
グレンの発言にレナードの方が不審な表情になった。
「変な意味じゃないぞ「お願い」って言葉を使うのをやめろって話だ、むず痒くなる……」
ここ数日ユリウスが頼んでくるので慣れてきてはいたが、やはりあの顔で『お願い』と言われるとむず痒くて仕方ない。意味が分かったレナードも「確かに」といいつつ苦笑いを浮かべた。
「ユリウス、”お願い”はオレたちに使ったら『ダメ』だ。お願い『ダメ』言うなら“頼む”にしろ。頼む」
「……お願い『ダメ』……ら、ら、らのむ?」
「頼む」
「たのむ」
「そうそう、頼む、だ。そっちの方が合ってる」
「頼む」
「うん、綺麗に発音できてるよ……ええと“頼む”はイティア語で『頼む』かな? “お願い”は『どうかお願いします』が近いかな?」
レナードが持っていた本で“頼む”と”お願い”の違いを教えたおかげか、半信半疑だったユリウスも何故グレンが訂正したのか納得出来た。
「こいつの共通語も変だったら少し訂正してやった方がいいのかもしれないな」
「そうだね。教科書って堅苦しかったりやたら丁寧な言葉を教えたりするかから、年齢とか立場に合わない可能性もあるし……まあ、僕らもイティア語を使っている時は同じことが言えるけど」
あまりユリウスの言葉遣いには口出す気はなかったが、こうやって頻繁に会話するなら世話をやいてもいいはずだ。あの顔で「本日の食事は特別食の提供をお願いしたいと思います」とか「グレンさんご一緒に魔術の練習をお願いしてもよろしいでしょうか?」なんて言い出したら鳥肌では済まない。被害を受けるのはグレンたちなのだ。
「グレン、レナード、魔術、学ぶ、頼む」
「よし、始めようぜ」
三人は、魔術の教科書と、イティア語の教科書と、共通語の教科書の三つを並べて勉強を始めた。
グレンは魔術の概念を、図を掻きながらかなりかみ砕いで教えることにした。一般的な教科書は言葉遣いがかなり難しい。ミルゼが渡した教科書も、ユリウス用にいくらイティア語に訳してもらっているとはいえ、元は普通の教科書である。一般の生徒でも理解しにくいことが書いているのに、語学にハンデあるユリウスが正しい意味で認識するのは困難だからだ。グレンの話は隣で聞いていたレナードも関心の声を上げていた。
そしてレナードはグレンの共通語を上手くイティア語に直してくれていた。教科書を参考に、となるとレナードは強かった。難しい単語をうまい具合にユリウスに教えていく。レナードがいなかったら、魔術を深掘りするのは難しい作業だったに違いない。
そんな風にしばらくやってると昼になった。
寮の食堂が開く時間になると、三人は人のいない時間が良いと急いで席に座った。昼食の間も話題は魔術のことだが、たとたどしくもユリウスが会話に必死に参加するので不思議と盛り上がった。
「午後は校庭の予約を取ったから、練習しにいこうか」
休日まで魔術練習をする生徒はあまりいないためか、校庭に人はほとんどいなかった。それでも第一校庭は空いてなくて、第二校庭になってしまったが、これならちょっと派手なことをやっても問題にはならないだろう。
「いいか、ユリウス、じっくりやって手本を見せるからな? 見てろ?」
「見る」
「いいよ、グレン」
グレンが魔術をゆっくり展開し、それを見ながらレナードがどこに力が向かっているのかユリウスに解説する。ユリウスは教えてもらったことを必死にメモっていた。感覚的なことを口で説明するのは難しいが、見ながらならそれなりに理解しやすいはずだ。
「イティア連邦国って学校で魔術を教えていないどころか、あまり使える人がいないのかもね……」
「そうだな」
ユリウスの理解が鈍いのも、幼い頃から周りに魔術を使う人間がいなかったことが原因に違いない。
カドレニア王国では庶民の学校でもある程度の魔術のことは教えるし、一般人も使って当たり前な部分がある。魔術の代替品である魔機の値段もそれなりにするので、結局魔術で行っているからだ。
でもそんな環境でなければ、魔術の流れなどを自然に理解することができず、ある程度の年齢に達してもユリウスのように上手く扱えなくても仕方ないだろう。
(もしかしてこいつが学園に来たのって、魔術を学ぶためだったのかな?)
担任のミルゼは国際交流だなんて言ってはいたが、その可能性は否定できない。
けれどこれだけ熱心に勉強しようとするなら、悪い気は全然しない。むしろその情熱だけで、言葉が喋れない他国にやってくるユリウスに感心してしまう。
「おお、真っすぐ出たぞ」
「ユリウス、やったね!」
「氷柱!」
空に浮かぶ陽が赤くなった頃、ユリウスの氷柱を出す術は、ようやく垂直に上を向くようになった。大きさは膝丈にも満たない程度だが、いままでの氷柱とは言い難い物体とは大違いだ。向こうが芸術的なオブジェだとしたら、こちらは間違いなく魔術の生成物である。
「今日はここまでにするか~」
「そうだね。さすがに疲れたし」
グレンとレナードは二人そろって達成感に安堵しながら地面に座る。術など大して出していないが、ずっと手を変え品を変えて説明していたので疲れていた。
ユリウスはというと、自分で作った氷柱の柱が消えていくのを黙って見送っていた。
術の種類にもよるが、基本的な氷柱に関しては、彼の魔力量では生成物が存在できるのはせいぜい十秒程度が限界だ。そのせいかあっという間に消えてしまって、その背中は少し寂しそうにも見える。
「グレン、レナード」
けれど振り向いたユリウスの顔は今までにないほど明るかった。
「魔術、練習、『ありがと』……ありが、とう」
イティア語の感謝の言葉でもグレンたちには通じたが、わざわざ言い直したところにユリウスの本気が伺えた。よほどうれしかったのだろう。
(……なんか照れるな……)
レナードは「どういたしまして」と爽やかに返しているが、グレンはあのユリウスに素直に感謝されてムズムズしてしまいその場から立ち上がった。
「オレちょっと顔洗ってくる、先ロッカールーム行っててくれ」
二人から離れて一人校庭の端にある水場に向かうことにした。




