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20 魔術の練習

 その日の授業が終わり、教師が去ると教室内は騒がしくなった。

 グレンはまたクラスメイトに声をかけられてはたまらないと、さっさと退散しようと急いで廊下に出たが、その前に人が立ちはだかる。


「グレン」

「ユリウス?」


 目の前にいたのはユリウスだった。既にカバンの支度は終えているらしく、いつもの無表情で立ち尽くしている。


「なんだよユリウス? 一通りもう分かるよな、後は――」

「オネガイ」

「え?」

「レ、練習、いっしょ、魔しゅつ……まじゅつ」


ユリウスはたどたどしい共通語で意思を伝えてくる。


(オネガイ……お、『お願い』?)


 グレンが普段のユリウスから想像できない、『お願い』という言葉を理解するのに時間がかかって立ち尽くしていると、ポンと肩を叩かれる。


「ユリウス、君に魔術の練習に付き合ってほしいみたいだね」

「は?」


 後ろを見るとレナードがいた。彼はにこやかに笑っていた。


「『お願い』なんて可愛らしい言い方で似合わないけど、必死なのは伝わってくるね。グレンは忙しいの?」

「え、いやその……」

「オネガイ……オ願い」

「ええ……」


 ユリウスは無表情のままだが、何度も繰り返される言葉に、彼が本気で頼んでいるのは理解できた。言葉遣いが妙なのは、勉強している共通語の教科書のせいもあるだろうが、それを覚えてわざわざグレンに話しかけている努力もうかがえる。


(でもオレは、調査を……)


 正直言えば、他人の魔術の練習に付き合っている暇はない。グレンは依頼をこなすために動きたいのだ。


「オ願い」


 だけれど真面目な顔で何度も言われると、「嫌だ」「ダメだ」も言いにくい。


「レ、レナードは?」

「ごめん、僕は今日ちょっと用事があって、そっちに行きたいんんだ。このところ忙しかったから、そっちが後手になってしまってて」

「ああ……そうだよな」


 レナードはハッキリと言わなかったが、『忙しかった』の理由は間違いなくグレンとユリウスである。彼が二人のために自分の時間を裂いて相手していてくれたのは分かっているので、これ以上頼むのは流石に気が引ける。


「オ願い……お願い」

「……」


 繰り返される言葉に負けたのはグレンだった。


------------


「本当に練習用に開放してるんだな」

「……△■◇×」


 グレンたちが教員室に許可を取りに行ってから、第二校庭に着くと、既に練習に励む生徒たちが既にいた。ほとんどが二年だった。三年は第一校庭に行っているらしい。そのせいか第一校庭は人気で、枠がいっぱいで許可がもらえなかった。

 ロッカー室で綺麗に洗濯されていた服に着替えてから、魔術の教科書を読み直しているユリウスを置いて先に校庭に出る。そのまま人のいない隅の方へ歩いて行くと、何故か近くにいた生徒たちが何故か寄ってきた。


「カースティンじゃないか、まさか君も練習?」

「え、まあ、そんなところ」


 近づいてきたのは同じクラスの男子生徒だった。グレンの記憶がただしければ、授業後に何度か話しかけてきた奴らだ。黒モフがちょっと多めについてて、グレンからすればあまり関わり合いたくないタイプ。

 面倒くさそうな雰囲気を感じてグレンは距離を取ろうとしたが、彼らはおかまいなく側に寄ってきた。


「君に練習が必要だと思えないけど。真面目なんだね」

「……あ、そうだ! ここにいるなら俺に教えてくれよ」

「ああ、それいい! 俺、宙に浮かべて出すのが苦手でさ、コツとかさ」

「距離を離して展開するときってさ」


 グレンは「教えてやるよ」とは一言も言っていないのに、彼らはお構いなしに勝手に質問を始めた。あまりの身勝手さにグレンが顔を引きつらせているのも理解していない様子だ。


「あー悪いけど、オレ教えなきゃいけない奴いるから、そっちの相手は無理」

「はあ? そんなこと言うなよ」

「お前、得意なんだろ。一人も二人も変わらないだろ」

「ケチくせえな」

「教えろよ」


 彼らはグレンの背か少しばかり小さいことをいいことに、わざと全員で近づいてきて威圧するように見下ろしてきた。言葉遣いも最初と違って少し尊大だ。ひとに物を頼む態度とはとても思えない。たぶんこちらが本性なのだろう。


(脅せばどうにでもなると思ってるんだな……)


 小柄なので見くびられるのには慣れている。グレンはなんとも思っていないが、相手はこちらがビビッていると勘違いしたらしく、ニヤニヤと笑い始めた。


「……だから、何度も言うけど、無理。勝手にそっちでやれよ」

「はあ? そんな言い方して言いわけ?」

「ちょっと魔術ができるからって、何威張ってんの?」

「優しく頼んでんじゃねえか、言うこと聞けよ」


 グレンは後ろから強く背中を押された。そのまま前にいた奴にぶつかると、そいつからも強くどつかれる。他のふたりも手を伸ばして、グレンの頭や肩を叩いた。

 ニヤニヤニヤニヤ――彼らの笑みは一層濃くなった。


(向こうから先に手を出したんだし……これは反撃してもいいよな?)


 一応年上として、手は出さずに大人しくしていたのだが、ここまでやられたら反撃してもこちらが悪いということにはならないだろう。周りで見ている生徒もいるし、正当防衛だと説明も可能だ。


(さて、どんな感じでやり返してやるか――)


 いかに騒ぎをおさえつつ、正当防衛性を主張できる範囲で反撃するか――そんなことを考えてグレンが少し楽しくなってきた時だった。

 目の前にいた一人が突然視界から消えた。


「うわぁ!」

「え?」

「は?」


 突然消えた仲間に他の奴らが騒ぐ。周囲を見渡すと、グレンたちから少し離れた場所にそいつは転がっていた。投げられた、といった感じた。


「お、お前!? 何すんだよ、ラーシャ」


 一人を投げたのはロッカールームから出てきたユリウスだった。


「――ジャマ」


 カタコトの共通語、しかもたった一言だったが、グレンの周りにいた奴らが、ビクリと身体を震わせたのが分かった。

 相変わらずの無表情だが、身長が高いせいか、見下ろしてくる視線が冷たく感じるせいもある。


「は? ふざけんな、このまともに魔術もできなカ――うわぁあ!」


 また一人がユリウスに投げられる。

 それなりに身長も体重もある男子生徒を、ポイっと軽々しく、しかも片手で投げる様子は、ユリウスの無表情も相まって不気味に見えた。


「ジャマ」

「このっ――うぇあ」

「ジャマ」

「ま、まて――」


 全員を遠くに投げ終えて、ユリウスは汚いものを触ったかのように手をハンカチでしっかりと拭う。


「ジャマ××△。グレン、まじゅつ、練習、〇△■◇」


 言語が混ざっていて分かりにくかったが、「邪魔者はいなくなったから、魔術の練習しよう」とユリウスは言いたいのだろう。

 周囲のポカンとした様子も全く気にしないマイペースぶりに、グレンは苦笑いを浮かべた。


(こいつほんとに……変わった奴だな)


 折角の反撃の場だったが、もういいかと思えた。そもそも彼らがグレンを囲って何をやっていたのかも、ユリウスは理解していない可能性が高い。ただ本当に邪魔だったから投げ捨てたに違いない。


「確かにすっきりしたな、じゃ、やるか!」

「〇△■◇!」

「いいか、まずお前はだな――」

「――ふざけんなよ、お前ら!」


 投げられた四人が「うわあ!」と声を揚げながら、グレンたちへ一斉に向かってきた。

 ユリウスが視線を鋭くして身体をそちらへ向けようとしたが、向かってくるうちの一人がこっそり魔方陣を描いているのを見て、グレンは咄嗟に陣を描いた。


「――風よ」

「ぎゃああ!」


 グレンの正面から爆発的な風の渦が巻きおこり、四人は校庭の端にまで飛ばされた。風の力を失い地面にボトッと落とされた四人が、痛みに声を上げながら身体を起こすのが見えた。


「何いまの!?」

「風魔術、か?」

「風の魔術ってあんなに人が飛ぶの!?」


 周りの生徒たちがざわめくのが聞こえて、グレンは少しだけ困った顔をする。


「あー! 悪い! 魔術展開に”失敗して”巻き込んじまった! ごめんな!」


 グレンはわざとらしく大声で彼らに声をかける。そのまま笑顔でユリウスに向き直ると、同じ音量で――ざわついている周囲に聞こえるように、説明をはじめる。


「いいかユリウス、魔術はああやって“失敗する”こともあるから気をつけろよ。だから近づいてやったらいけないんだけど、アイツらは“たまたま”近づいてきたから運が悪いな~」


 自分でもわざとらしいとは分かっていた。否、この校庭で様子を見ている全員が、グレンの言動を「わざとらしい」と認識しているはずだ。

 でもあくまでグレンは偶然、たまたま、故意はなく、を口にする。そもそもこんな早く喋ってもユリウスに伝わるわけがないのは分かっている。

 学園内で生徒同士の魔術を使っての喧嘩は処分の対象になる。そうならないための言い訳だ。わざとらしくてもグレンはこの言い訳を押し通す。


「ふ、ふざけ……」


 しかしそれに納得できないのは飛ばされた四人だろう。何とか起き上がると、グレンたちを睨みつけた。

 そんな彼らに視線を少し向けながら、グレンはそのままユリウスへ説明を続ける。


「今のは風系魔術だったからいいけど、“火炎系の魔術で失敗したら”吹き飛ばすじゃ済まないからな。まあ、外套があれば“何やっても”大丈夫だろうけどな」


 暗に「次向かって来たら火炎系をぶち込むぞ、外套があるから手加減しない」を口にすれば、グレンの脅しが通じたのか、彼らは足を止めた。


「みなさんすみません。少し距離を取っていただけると助かります。なにせ練習だから、どこへ魔術が飛ぶかわかりませんし~」


 もう近寄ってくるなよ、と牽制すれば、あの四人は悔しそうな顔をしながら校庭から去っていった。


(これで大丈夫そうだな)


 彼らはもうグレンやユリウスに絡んでこないだろうし、いまいる周囲の生徒も近づいては来ないに違いない。

 グレンが本格的に練習を始めようかと思って振り向くと、その前にガシリと肩を掴まれた。


「〇〇△〇〇〇■◇〇■〇!」

「え、は!?」

「〇■◇〇■〇! 〇〇〇■◇〇〇△!!」

「ちょ、やめろ、酔う、酔うから!」


 ユリウスにガクガクと揺さぶられ、グレンはストップをかけるが、相手は言うことをきかない。めずらしくユリウスの目が輝いていた。

 やっと離してもらえて様子を伺っていると、ユリウスはグレンが書いた魔方陣を真似しようとしていた。もちろん上手く書けなくて失敗しているが。


「……お前、もしかして結構魔術好きなの?」

「?」

「あー、魔術、『好き』?」


 ユリウスに合わせて単語を強調しつつ、知っているイティア語を交えて質問すれば、相手からは強い頷きが返ってきた。目もキラキラとしている。


(へえ、意外だな……)


 いつも無表情なので、何事にも冷めているのかと思ったが、魔術が大好きらしい。確かに戦闘魔術の授業も積極的に行動していたし、レナードに話を聞こうとしていた。グレンと意志疎通を図るため『お願い』なんて単語を使ったのも今日がはじめてだ。他の物事とは感心の度合いが違うようだ。


「魔術、学ぶ、くもちみ」

「くもちみ?」

「……しのしみ?」

「しのしみ?」

「た……しみ……?」

「楽しみ?」

「〇〇! 楽しみ! まじゅ……魔術、学ぶ、楽しみ! 『好き』〇■〇〇■〇■◇!」


 ユリウスがいつもの顔を少しだけ緩ませて鼻息荒くまくし立てた。今までにないほど興奮しているのがわかる。懐から魔術の教科書を取り出すと、一つ一つ指差しながら情熱を伝えてくる。きっとその魔術がどんなふうに発動するのか、見たくてたまらないのだろう。

 よく見ると手に持っている教科書には付箋や折り目やアンダーラインがいっぱいついていた。まだ編入して間もないというのに、必死に読み漁って勉強していたのがわかる。今日貰ったはずの戦闘魔術の教科書も既にアンダーラインが引かれていた。


(はは、これは……)


 少しばかり面倒だなと思っていたユリウスの練習相手だが、なんだかここまで楽し気にされると、グレンも悪い気がしなくなった。いつも無表情を浮かべていた、あのユリウスだからこそなおさらだ。

 授業を見る限りあまりユリウスは魔術が得意ではないが、教科書に載っているものを次々とできるようになったら、どんなふうに喜ぶのだろうと考えると、勝手に楽しい気分になってしまう。


「よし、みっちり教えてやるからな、ちゃんとついて来いよ?」

「魔術、学ぶ、ゆんがる」

「ゆんがる……『頑張る』な?」

「がんはる?」

「頑張る」

「がんばる」


 いつもの無表情に戻って両手を上げながら「頑張る」と唸るものだから、シュール過ぎて思わず笑いが洩れてしまった。

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