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18 戦闘選手権なんて聞いていません

 食事も終わったので、グレンたちは混雑している食堂から去ろうとした。

 しかし、食堂から出ると知らない男子生徒の集団が寄ってきた。黒モフはそこまで多くないが、少ないとも言い難い、何とも言えない量だ。


(なんだ? レナードか、それともユリウスか?)


 容姿で目立ちまくっているユリウスが、食堂でもヒソヒソずっとされているのは気づいている。ただ寮や教室とは違って近づいてこなかったので無視していただけだ。

 交友関係の広いレナードが、呼び止められることは良くある。今朝の寮のほど絡んでこられたことはないが、それでも大抵近づいてくるのはレナードに用事がある場合が多い。とはいえ、レナードは呼びかけに応じたりはするものの、声をかけてきた相手とどこかに行くということはしない。グレンが気を使って一人で行こうとすると、わざわざ追いかけてくるくらいだ。

 今度はどっちだと思ってグレンが様子を伺っていると、中心人物らしい男子生徒がレナードに向かって声をかけた。


「赤毛の眼鏡、君がソーンダイク君だよな?」

「そうだけど、何か用事かな?」

「いや、君にも声をかけたいところだが、今日は違う……そっちの褐色の肌をした彼がグレン・カースティン君か?」

「ん?」


 男子生徒はユリウスに視線を向けてグレンの名前を告げてきた。レナードとグレンの疑問の声が同時で上がる。ユリウスはよくわかっていない顔をしていた。


「グレン・カースティンはオレだけど?」


 自分の名前が挙がるなんて思っていなかったが、勘違いしている生徒をそのままにしておくわけにもいかず、グレンは手を挙げた。途端に彼らの表情が訝し気に変わる。


「君が……グレン・カースティン?」

「そうだけど?」

「……まさか」


 男子生徒たちはヒソヒソと話し始める。その会話から「本当なのか?」「カースティンなのに地味だぞ?」「こんなチビが?」「さっきまでいたのにも気づかなかった」などとグレンにとっては気分の良くない言葉が聞こえてきて、なんだか苛立ちが募った。折角昼食で盛り上がった気分が台無しだ。


「おい、なんか用事があるんだろ? なんだんだよ、話さないなら行くぞ」

「ああ、待ってくれ! その……もう一度確認だが、君がカースティン君なんだな?」

「……いいえ、って言って欲しいなら言ってやるけど?」


 あまりにもしつこい確認の質問に、グレンの言葉に刺が出てくる。自分がカースティンだと何が都合が悪いのか、意味が分からなかった。


「ええと、……カースティン君、君が昼前の戦闘魔術の授業で、ミルゼ先生から二重丸をもらったというのは本当か?」

「ああ……そういうこと」


 グレンは彼らが声をかけてきた理由が分かった。余計に苛立ちが募った。


(全く、クラスの奴らといい、なんなんだよ……つか、なんで他のクラスにももう知れ渡ってるんだよ)


 戦闘魔術の授業は昼前の事で、今からそれほど前の話ではない。それなのに他のクラスの生徒が知っているのは驚いたが、返す言葉は決まっていた。


「『大会』へのお誘いなら、お断りだ。オレは知らないやつとは組まない」

「ええ!? でも今から知っていけば……」

「オレ、編入生の相手するので忙しいから無理。だろユリウス?」

「〇△■◇×〇△×△■◇」


 話の流れが分かっているのかグレンには不明だったが、タイミング良くユリウスがイティア語で話しかけてくれてた。おかげで彼らは完全に引いていた。

 ユリウスの容姿と堂々とした態度と無表情とイティア語のコンボは、初対面には結構きついだろう。迫力に負けてしまう。本来はこういう利用方法は良くないとは一応分かっているが、助かるのは確かだ。


「け、けど……俺たちと一緒なら」

「オレには特に利点はないよ思うよ。じゃ、それだけなら終わりだよな。行こうぜ二人とも」


 グレンは二人に声をかけて、足早にその場から離れた。

 校舎の裏側にあるベンチまで来て三人で座った。実験棟の裏なので、大きな物置小屋があり、妙が雰囲気が漂っているが、人通りが少なくて静かでゆっくり考え事ができる所だ。なおグレンがこっそり昼食を食べていた場所でもある。


「はぁ、やっと静かになった。……悪かったな、二人とも、巻き込んで」


 ここに来るまで三グループほど、食堂前と同じように声をかけられた。みなグレン・カースティンに用事があるものばかりだ。

 けれどグレンが返す言葉もまるっきり同じである。同じやり取りも四度も繰り返すと、さすが苛立ちよりもうんざりする気持ちが勝ってしまっていた。


「いや、君のせいとは言えないよ。僕も原因だよ」

「はあ? でもあいつら皆オレに用事だったぞ?」

「そうだけど、彼らに君を見つけさせてしまっているのは、僕なのは明らかだからね」

「ああ、そういう……」


 グレンは目立つ容姿をしていないし、編入したばかりで顔もあまり知られていない。単品で歩いていたなら、きっと誰も声をかけてこなかっただろう。しかしグレンの側にいるレナードは、同学年では名前も容姿も伝わっているし元々顔が広い。側にグレンがいると知っていれば、レナードめがけて声をかければ出会える、という話だ。実際声をかけてきたやつらは最初は必ずレナードに注目していた。


「まあ、どちらにせよ、一番の被害者はユリウスだな」

「そうだね。ごめんユリウス」

「◇×〇△×」


 同じ編入生であるユリウスは、毎度グレンと勘違いされて、レナードの次に声をかけられる羽目になっていた。そしてその度にグレンが訂正しつつ、ユリウスがイティア語で話しかけて、相手がビビるという流れだ。無駄に絡まれてビビられていたのはユリウスに違いない。

 そんなユリウスだが、会話を理解しているのかしていないのか、疲れた様子も見せず、呑気に物置小屋見つめていた。


「それにしても、どいつもこいつもなんなんだよ。いままでオレに感心なんて全くなかったくせに」


 グレンがああやって声をかけられたのは、何も他所のクラス生徒の話だけではない。実は戦闘魔術の授業が終わった後から、クラスメイトに次々と話しかけられたのだ。

 最初はグレンの魔術の能力の高さを褒めたり、コツを教えて欲しいと言ってきたりしてきた。いままで空気扱いだったのに、妙におだててきたのだ。そして最終的には皆「一緒に大会に出てくれないか」と言う話になり、グレンが苦い顔をしたのは言うまでもない。


「皆、君の魔術センスの高さに驚かされたんだと思うよ。実際僕も驚いたし」

「別に驚くのはいいけど、だからって、急に親し気に話しかけられたってこっちだって困るっての」


 いままでクラスメイト達はグレンが声をかければ返事をしてくれるが、親しくしようという感じではなかった。どこかよそよそしく、関わろうとしなかった。唯一まともに交流してくれたのはレナードと、面倒見ている(?)ユリウスぐらいだ。


「だからそれはカースティンの名がついてるから……」

「オレがカースティンだと知ってても、レナードは普通だっただろ。立場はそう変わらないだろ」

「それは僕が学級委員長だから世話を……」

「……なんだよ。お前も嫌々相手してたってか?」

「そうじゃないよ。僕には切っ掛けがあったって話。……ともかく落ち着いてくれよ、グレン」


 レナードが困った顔をしているのに気づいて、グレンは込み上げていた怒りを飲み込んだ。怒りの矛先を向ける相手はレナードではない。


「……悪い。別にレナードが悪いんじゃないんだけどさ、ちょっと……いやかなり腹立って」


 グレンが自分にとって利用価値が高いとわかると、急に態度を変えてきたクラスメイト達に腹が立っていた。正直まだ他のクラスの生徒の方が、関りが無かっただけマシな気分になってしまう。もちろん彼らの話に乗ろうとは思わないが。


(良いように利用されるだけなんて、絶対にお断りだ)


 きっと彼らの利用したいという気持ちを逆手にとって、逆に利用してしまえばいいのだろうが、そこまでグレンは大人にはなれなかった。

 それは『黒モフを祓う』という、特殊な能力で商売をしていたことも理由だ。汚い人間は、目には見えないものにお金を払おうとしなかったり、難癖をつけて当初の金額よりも勝手に値引きしようとしたりする。過去にそれで何度かトラブルになったことも原因だった。


「大会があるからね、仕方ないよ。皆必死なんだよきっと」

「まず、そこだよな」

「そこ?」

「……その“大会”って、そもそも何なんだ?」

「は?」


 グレンは授業からずっと疑問に思っていた話題の中心を聞くことにした。


「分かってたんじゃなかったの? 「知らないやつとは組まない」とか言ってたよね?」

「あれは、クラスの奴らの言い分と、大会って響きからして、チームを組んで魔術で戦うんだとは想像できたからだよ。実はそもそも大会がどんなものなのか、よくわかってない」

「それなのにあんなにバッサリ断ってたんだ……」


 レナードは少し呆れた表情を浮かべていた。


「もしかしてこの学園では常識なのか……?」

「いや、常識って程じゃないんだけど。この学園に入ってくる人って大抵その辺りを知ってて入ってくる人ばかりだから、てっきりグレンも知っていると思ってたんだ」

「あーオレは……いきなりこの学園へ入れって言われたからさ。魔術を学べる金持ちの学園って以外は細かいことはあまり知らなくて」

「あっ……そうか。うん、そういうこともあるよね」


 何かを“勝手に”察してくれたレナードは納得した。


「ミルゼ先生やみんなが言っていた“大会”って言うのは、夏休み前に行われる、学年別戦闘選手権のことだよ」

「学年別戦闘選手権? 戦闘ってことは魔術だけじゃないのか?」

「そうだね。魔術だけに縛りがあるものじゃなくて、体術とか、勝つためならなんでも使っていいんだ。でも魔術が得意な方が圧倒的に有利だね」


 ガルディウス魔術学園では二年生から大会への参加資格が与えられる。一年生は見学だけだという。


「なんでもいいって結構危ない話だな」

「ああ、うんそうだよね。でもその辺りはいろいろと学園側が対策を講じているから大丈夫だよ」

「対策……?」

「あ、でももちろん相手の命を奪おうとするのは駄目だよ。あくまでも大会だからね。まあその前に先生方のストップが入るだろうけど」

「怪我は良いのか?」

「良いってわけじゃないけど、多少の怪我はつきものだね。でも大会のために教会から神聖魔術を使える神官を呼んでるから、いままで大事には至ったことはないみたいだよ。何十年も続いている大会だけど今まで死人もなしって言うし」

「へえ」


 大会では五人までのグループを組むことができて、生徒の全員が参加するのが決まりとなっている。勝負方法は勝ち抜き戦。学年別に第三位までのグループを決めて、最終的に表彰されるという。


「表彰か……賞金とかでないのか?」

「賞金って……そういうのはないよ。あくまでも学業だし」

「なんだ」


 いっきにグレンの興味は失せた。だったら面倒くさい大会なんて不戦負でもいい気がする。


「でも、表彰されたメンバーは魔術技術省とか魔術部隊から声が掛るらしいよ。そういった方面に進みたい人には見せ場なんだと思う」

「なるほどね……内申にいいってことか、でも皆そんなに魔術技術省とか入りたいのか?」


 確かに魔術技術省とか魔術部隊は、国内では最も有名であこがれの職業とされるが、みんながみんなそれに就きたい思っているとは思えなかった。この学園にいるのは金持ちの子供たちばかりだ。家の仕事を継ぐ者だって多いだろう。


「そうだね。……みんなの本当の目的はそっちじゃないじゃないと思う」

「え? 他にあるのか?」

「……その、“褒美”の方なんだと思う」

「褒美……」


 グレンは担任のミルゼが同じようなことを言っていたのを思い出した。

 レナードは周囲を伺って声を潜める。


「これは公にされてはいないんだけど……大会で三位までに入ると、コウテイの頭部墓所に入る資格が得れるって噂なんだ。みんなはそれが欲しいんだと思う」

「こうてい……学校の?」

「違う。“皇帝”だよ。この世界の魔術の基礎をつくりだした存在である皇帝・シア王のこと。彼の墓所に入る資格が得られるって噂なんだ」

「皇帝・シア……」


 その名をここで聞くとは思ってもいなかったので、グレンは少し鳥肌が立った。


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