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17 運動後の食事は美味い

「うーん。最後までついてこれたのは五名、丸がついたものに至ってはソーンダイクとカースティンの二人だけか……ま、最初の授業ならこんなものか」


 最初の氷柱は楽なものだったが、授業の難易度は直ぐに上がっていた。目の前の目印に魔術を出現させることから、遠くの場所へ出現させるやり方へグレードアップし、続いて地面ではなく宙に浮かび上がらせて出現させる方法、さらには走りながら魔術を放つ方法まで一気に教わることになった。

 担任のミルゼは魔方陣の書き方や制御のコツは教えてくれるものの、授業にクラスの大半がついて行けず、最後までやりきれたのはグレンとレナードを含めた五名だけだ。 グレンも今度は魔力をもっとさげ、コントロールを不安定にさせたおかげで、それほど目立たなかったはずだ。しかも今度は黒モフも飛び込んでは来なかった。おかげで魔力と黒モフの関係はよくわからないままだが。


「俺、最後の走る奴ができなかったよ……」

「私なんて、その前の宙に出すやつの時点でだめよ……」

「最後まで丸もらったやつって何なの? 化け物?」


 そんなふうに周囲の声が聞こえてくる。

 グレンも本当なら周りの生徒に合わせて途中で脱落したかった。目立ちたくないならそうする必要があっただろう。

 しかし、先ほどあれほど褒められたのに下手に手を抜きすぎると調整しているのがバレてしまいそうで、手を抜きつつもミルゼが納得できるレベルでやり遂げる羽目になってしまった。もうここまできたら『成績はそこそこ良く、手がかからない生徒』を目指すしかない。


「いきなり授業のペース上がったよな?」

「去年まではゆっくりだったのに……」


 そんな風にブツブツと文句を言い出す生徒も現れる。話を聞くところによると一年の時は座学がほとんどで、実技は一年間の終盤でしか行わず、それもかなりじっくり基礎をやっていたようで、こんなに一度に教えられることはなかったらしい。


「おい、聞こえているぞ―」


 そんな生徒たちの話を聴いていたミルゼが、ため息をつきながら声を上げる。クラスメイトの愚痴は直ぐに止まった。


「私は一年の時に基礎だけはしっかりやっておけと言っていたはずだ。基礎制御ができていれば応用は難しくない。魔方陣に少し改変を加える程度だからな。実際何人かは最後までやり遂げている。絶対に無理だ、ということはないはずだ」


 ミルゼの言葉に不満げな表情を浮かべる者は何名かいたが、それでも声を上げる生徒はいなかった。本当にミルゼからは何度も「基礎をきちんと繰り返せ」と教えられていたのだろうなとグレンは思った。

 実際、魔術制御は基礎の完成度の高さによって、応用できるレベルが変わってきてしまう。ミルゼの授業が悪いとも一概には言えない。今日の授業ペースも特別早いとは思わなかった。


「それに、お前たちには初となる“大会”が数か月後に迫っている。一年時と同じようにのんびりと教えていたら、棒立ちで魔術を放つ役立たずしか生まれない。大会で上位を目指すなら、動いて魔術を放てるようにならないと話にならんぞ? 去年の三年の大会決勝戦は見ているだろ?」

 ミルゼに言われて『去年の三年の大会決勝戦』を思い出したのか、皆渋い顔をした。

「あのレベルにならないといけないのかよ」「できるのかな?」「無理だよ」「自信ない」などの声が上がってくる。

 グレンはその大会決勝戦とやらをみてはいないが、彼らが渋い顔をする程度の激しい魔術合戦があったに違いない。


(そういえばあの女子生徒は魔術が上手かったな……ってことは上の学年だったのかな?)


 数日前森の入り口で出会ったロープを持った女子生徒。学年も名前も知ることはなかったが、土と炎の混合魔術を使っていた。クラスメイトの様子を見る限り混合魔術なんて遠い話に思えるので、三年生である可能性は高いだろう。


「おい、いまからそんなことを言っていてどうする? お前たちは“褒美”が欲しくないのか?」


 ミルゼの意味深な『褒美』の言葉に、クラスメイトの騒めきは収まった。グレンとユリウスだけが意味が分からないという顔をしている。

 しかし皆の不安げな表情は変わらない。ミルゼはそんなクラスメイトたちを見ると、小さくため息をつきながら、少しだけ表情を緩めた。


「安心しろ。今の三年だって去年はボロボロだったが、今ではそこそこ魔術が使える奴らばかりだ。意識して真面目にやればちゃんと上達する。これは私のそこそこ長い教師経験に元づく話だ。信用しろ。大丈夫だ、努力を怠らなければお前たちならできる!」


 ミルゼの言葉にクラスメイト達の顔色は少し良くなった。


「練習場は放課後開放している、使いたい者は許可を取ればいくらでも使えるから、不安な者は練習に励め。それと一応言っておくが、練習場以外で魔術を使ったら停学だからな、そこだけは気をつけろよ。じゃ授業は終わりだ。ソーンダイク」


 レナードの号令でミルゼに挨拶して、その日の授業は終わった。

 グレンたちは着替えを終えると急いで食堂にやってきた。

 遅くなったせいで混雑している食堂内は、とても騒がしく注目されているのを感じたが、食欲の方が勝っていたので気にならなかった。そもそも注目の原因はユリウスだと分かっているので、無視するのに限る。気にすれば朝食の二の舞いだ。

 十分ほど待ってからようやく席に通されて、グレンたちは食事が届くのを待った。身体を動かした後の食事は何よりも楽しみで仕方ない。


「腹減った~」

「本当お腹空いたね、今日は特別食のかつ丼にしたんだ! 楽しみだよ!」


 親子丼がマイブームになっていたレナードも、今日は分厚い肉の誘惑に勝てなかったという。ユリウスはレナードに食券の買い方を教わって何枚か買っていた。食券販売所には食事のイラストが描かれているメニュー表があるので、寮食よりも選びやすかったのか直ぐに決めていた。一枚だけではないことを考えると、よほどお腹が空いていたのだとわかる。

 ――しかし、何枚も食券を買っていた男はいま。


「おい、ユリウス。そんなに凹むなよ」

「……」

「……食券買ってるときは元気だったんだけど……また元に戻ってしまったね」


 二人してテーブルに突っ伏しているユリウスに視線を向ける。


(こいつ、魔術が苦手なんだな……)


 ユリウスは先ほどの授業にほとんどついていけなかった。それでも最初の方はレナードやグレンに質問をしてやる気を見せていたのだが、宙に浮かび上がらせて魔術を出す頃から全くついていけなくなった。授業終盤辺りには魔力切れを起こしてしまい、ミルゼに「見学してろ」と言われてしまっていた。魔力量が少ないと魔力切れを起こしやすく、完全に魔力が切れてしまうと術が使えないだけではなく、大きな疲労感が襲って気を失う可能性もあるからだ。

 そして、授業が終わった後にグレンたちが座っているユリウスを迎えに行くと、膝を抱えて座ってなかなか動かなかった。グレンが「また無視かよ」と思って、無理矢理立たせようとすると、普段の無表情に深い影が落ちていてあからさまに凹んでいるのが分かったのだった。そのあと励ましながら食堂に連れていくのが大変だった。


「イティア連邦国って、もしかして魔術の授業とかねえのかな?」

「ああ、その可能性は高いね。あちらはウチより魔機マキが発展しているから、その分個人魔術が必要とされていないわけだし……」

「なるほどね……」


 魔機マキ――魔術原理を利用した便利な物質ことを指す。魔法付箋、魔法ポット、魔法写真機――と基本的に「魔法」と名前がつくのがそれに当たる。

 この、二十年前から大きく発展した技術は、個人の能力の差に依存していた魔術の力を、魔術が組み込まれた物質によって平等に誰でも扱えるようにした。おかげで様々な国が発展し、結果的に世界を大きく豊かにした。しかしその分、人から魔術を遠ざけ、個人の魔術能力は大きく下がってしまったという。

 グレンたちの住むカドレニア王国は、魔術がもともと非常に発展していたため、魔機もそれなりに入ってきているが、魔術も疎かにはしていない。おかげで国の防衛機関である騎士団の中に魔術部隊が存在する。

 しかし国によっては魔機の技術革新のため、魔術の訓練そのものを無駄とみて国としてやめてしまっているところもある。ユリウスのいるイティア連邦国もその可能性は高い。


「でもさ、魔力は使うほどに大きくなるし、お前も今は授業でさえ魔力切れを起こしているけど、やってれば上手くなるし伸びるよ」

「……?」

「って、通じないか」

「もどかしいね。僕らじゃそこまで難しいイティア語は話せないし……」


 こういう時に言葉が通じないと不便だ。励ましてやりたいのだが、言ったことが伝わらない。下手な言葉で伝えようとすると、余計にへこませたり怒りに触れる可能性だってある。


(今朝はあれだけ暴走していたのに、こうも凹まれると……調子狂うな……)


 無表情でクールな雰囲気をしている男が、顔からテーブルに突っ伏している姿はシュールですらあって少し笑えるのだが、本気で凹んでいると思うと流石に笑えない。

 二人で凹んでいるユリウスをどうするか悩んでいると、丁度食事が運ばれてきた。

 レナードが凹んでいるユリウスに声をかけて顔を上げさせるとテーブルに昼食が並べられた。


「きたきた~」

「美味しそう」

「……」


 グレンの教員食セットと、レナードのかつ丼とサイドメニューで頼んだ野菜たっぷりのスープと小さいケーキがいくつか乗ったお洒落なデザート、ユリウスのナポリタン(大盛)とオムライス(大盛)とから揚げ(大盛)が所狭しとテーブルに並ぶ。ユリウスの食事量に少し呆れながらも、三人で同時に食べ始めた。


(あ~腹に染みる……)


 お腹が空いていたせいか、更に食事が美味しく感じられた。空腹は最高の調味料とは言ったものである。

 隣を見るとレナードもフォークとスプーンを上手く使ってかつ丼を幸せそうに食べていた。「こういう厚手のお肉も美味しいな」と上機嫌だ。


(ユリウスは……うーん)


 ユリウスもすごい勢いでオムライスを食べてはいるが、無表情に影が差したままになっている。手の動きと表情の合わなさ具合がまたシュールだ。


(……そうだな)


 グレンは教員食の一つである、肉と野菜を使ったサラダ的なものをユリウスの近くへ持って行った。


「ほら、これも食べて元気出せ。あと野菜は食べた方がいいぞ」

「?」


 ユリウスは意味が分からなそうな顔をしたが、グレンがジェスチャーで食べろと勧めると理解できたのか、無表情ながらも素直にうなずいてフォークを伸ばしてきた。もぐもぐと口を動かしてサラダを食べ始める。

 気がまぎれたのかその横顔から少し影が消えたのに気付いてほっとしていると、レナードが「この間と違うじゃないか」と不満げな声を上げてきた。


「グレン……前に僕が君にあげた時は嫌がったじゃないか、自分はいいのかい?」

「あれは、お前がわざわざ買って寄こしたからだろ?」


 グレンが「わざわざ買って渡されるのと、御裾分けされるのは違う」と説明したが、レナードはいまいち意味が分からないようだった。グレン的には全く違うのだが、買っている人は同じなのでレナード的には微妙らしい。


「あと、値段的に違う。クッキーとかビスケットならまだしも、あのデザートわりと高かったし」

「値段? そんなに変わらないよ」


 十倍以上の値段の差はレナード的には「そんなに変わらない」らしい。さすが金持ちである。でも庶民感覚のグレンには無理だ。


「お前には同じでも、オレには変わるの」

「難しいなぁ……」


 レナードは「御裾分けなんて発想がなかったけど……」と言いながらデザートの乗った皿を持ち上げると、テーブルの中央に置いた。小さいケーキがいくつか乗っている可愛らしいデザートである。レナードは昼食時にはよくこれを注文している。


「けど、これならいいんだね? ならひとつあげるよ、ユリウス」

「?」

「ひとつ取っていいよ。戦闘魔術の練習で疲れただろ? 糖分は魔力疲労に効くよ。嫌いでなければどうぞ」


 言葉は分からなかったが、ジェスチャーで一つとって良いということは分かったらしく、ユリウスは不思議そうな表情をしながらケーキの一つにフォークを指して自分の元に持って行った。そのまま二口で、もぐもぐと食べてしまう。甘いものも嫌いではないらしい。表情がさらに緩んできた。


「はい、グレンもひとつ」

「え? いいよ、悪いからさ」

「君に合わせて納得したんだから、ひとつ貰ってよ。じゃないと納得できないからまた君の分を買うよ?」

「……なんだよその脅し……じゃあ貰う」


 妙に強引なレナードにため息をつきながらも、取らないと本当にやりそうなので、グレンはひとつ貰うことにした。


(うま……)


 それほど甘いものは好きではないが、一流のコックが作ってることもあり、素材の味が生きていて普通に美味しい。グレンの教員食に付いているデザートは、教員用のためか少し味気ない。レナードから貰ったケーキはしっかりとした甘みがあって脳に効いた。

 糖分は魔力疲労に効く、実は本当なのかもしれない。


「美味い、ありがと」

「だろう? お気に入りなんだよ、このケーキ。いろいろな味が楽しめるし。……ただし、グレンの取った緑のは少し苦手なんだよね」

「レナード……お前もしかして苦手なのをオレに食べさせようとしてたのか?」

「そういうわけじゃないよ。きっと」

「“きっと”ってな……」

「――ん」


 グレンとレナードがケーキの話をしていると、二人の前にから揚げが乗った皿が出てきた。


「……え?」

「ん」


 グレンが戸惑った声を上げると、再び皿がずいっと前に出される。

 皿を出してきたのは、から揚げ(大盛)を頼んだユリウスだ。さきほどまでどんよりしていた彼の周囲の空気も、いつの間にか晴れやかになり、いつもの何も感じてなさそうな無表情に戻っている。どうやら立ち直ったらしい。


「くれるのか?」

「いいの?」

「ヤー」


 ユリウスは頭を上下に振った。グレンたちの言葉が分かっての行動なのか判断はつかないが、一つ取れとジェスチャーで伝えようとしているのは分かった。


「別にお前と交換のつもりであげたわけじゃないんだけど……ま、いいや、もらう。あんがと」

「あはは、ありがとう。もらうね」


 二人が皿からから揚げを取ると、ユリウスは少し嬉しそうに口の端を上げた。そのまま自ら残ったから揚げを頬張る。

 グレンも自然と口に入れた。肉を噛みしめたとたん頬が緩んだ。


(うまい……分かってるな~この厨房のコックは)


 から揚げはまさに”から揚げ”だった。“上品に味付けをした肉を揚げた料理”ではなく、”ジャンキーな庶民の味のから揚げ”だった。もちろん肉の質からして庶民のから揚げとは根本的に違っているのは分かるが、ちゃんと庶民の味付けに寄せているのがわかる。


(特別食……舐めてたな)


 てっきり真似っこしただけの料理かと思ったが、学食のコックは思った以上にプロだった。これは上流階級の学生たちも特別食にはまってしまうのも分かる気がした。グレンも「もっとガッツリ食べたい」という欲求がこみ上げてきたが――現実を思い出して頭を抱えた。


「から揚げも美味しいね。今度から揚げ定食頼んでみようかな。……って、どうしたのグレン、まずかったのかい?」

「いや違う、美味い。……すごく美味しい」

「確かに美味しいけど……頭を抱えるほど?」

「■◇×?」


 しかし悲しいことに、この美味しいメニューを、グレンは自ら注文できないのだった。

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