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16 魔力の制御はしたんですよ。

「まずはラーシャだ。私が見ていてやるから、氷の柱を出してみろ、教科書の三ページ目に書いていたやつだ。覚えているか?」


 ミルゼが指で「三」を指でつくって、ユリウスに説明する。分かっているのか分からないのか、相変わらずの表情で頷いたユリウスは魔方陣を書き始めた。意味は理解していたようで、氷の柱を構成しているのが魔方陣を見て分かった。

 そして――。


「×△△!」


 ユリウスの魔方陣の完成と共に、円の中心に氷の柱が現れた。


「こ、これはっ。……ずいぶんひん曲がっているな」

「っ……!」


 しっかり柱は現れたものの、その柱は歪だった。地面に接している平面部は円の中になんとか収まっているものの、本来なら垂直に柱となる部分は雷の軌道を描いたように折れ曲がっていて、最終的に頂点は右斜めに曲がりくねっていた。大きさはレナードが出したものよりかなり小さいが、見た目の個性はかなり強いと言わざるを得ない。


「まあ、初めてだろうしな。円の中に納まっていることは褒めてもいいだろう。……これも個性と言えば個性だし、垂直でない分、敵に対して推測されない攻撃手段としては使えなくもないか、当てるのも難しそうだが……」


 ミルゼはいささか迷った風だったが、最終的に大きさと円部分に収まっていることから『まあ、初回なので合格で』という評価を与えた。タイヤ付きの大きな採点ボードに三角を付ける。三角も合格ラインというわけだ。ちなみにその上に書かれたレナードの丸は大きなまるだった。

 ユリウスは言葉の意味が分かったのか、それとも採点ボードの図を見て理解したのか分からないが、プライドが傷ついた顔をすると、レナードを振り向いた。


「×△×■◇〇〇?」

「え?」

「×△×■◇〇〇? ◇×!? 〇△■!?」

「あの、ユリウス。何を言ってるのか分からないんだけど」


 ユリウスは不満げな表情をしながらレナードに何度も話しかけはじめた。最初は怒っているのかと思っていたが、手では魔方陣の絵を何度も描いているのに気づいた。


「レナード。たぶん、ユリウスはどうやったらそんなうまく魔術が出せるのか聞いてるんじゃないかな? 手で魔方陣書いているし」

「あ、そういうこと? ええと、それは……」


 レナードが丁寧に手振り身振りを添えてユリウスに教え始めた。ユリウスもいつになく真面目に聞いているようだ。


「カースティン、お前も人の世話を焼いている場合じゃないぞ」

「え?」

「お前の番だ」

「あ、はい」


 ミルゼがグレン用の丸を二人から少し離れた場所へ書いたので移動する。


「……そうそう、カースティン。お前、入学前の魔力検査では、十五段階中“九”の数値を叩きだしたんだってな?」

「え? は、はぁ……まあ」


 入学の際に魔力検査がある。ガルディウス魔術学園にも一応魔力の合格基準というのがあって、それを超えないと入学は出来ないといわれているので検査が必要だった。とはいえ、お金さえ払えばその数値も改竄できるともっぱらの噂だが。


「九も出したとは驚きだ。学習は周りから一年遅れとはいえ、魔力は使えば上がる可能性が高いからな、卒業の際にもっと上がっていれば、魔術部隊や魔術技術省へ入る道もある。期待しているぞ!」


 ミルゼの目が期待に満ちているのが分かった。


(あれ、九じゃまずかったかな?)


 グレンは目立つつもりがなかったので、魔力を抑えめにして検査を受けていた。

 何故なら自分が魔術に関する知識や魔力量が多いことは、幼い頃から父親と訓練をしているため知っていたからだ。あの父親が教える滅茶苦茶な魔術訓練や実験が、一般的なものだとはとても思えなかった。普通はそんなものに触れる機会などないに違いない。依頼の仕事をして他の家庭に関わることも多かったが、そんな話など聞いたこともなかったのも理由だった。

 しかし、合格の最低ラインも分からなかったし、二年時からの編入ということである程度の力を見せないと不合格と言われるかもしれないと、測定数値の真ん中よりやや上程度の魔力が計測できるように調整したのだが――それが仇になったようだ。


「ええと、九って良いんですか?」

「かなりいい方だな、新入生の平均が三だからな」

「三!?」


 平均が三だと聞いて、グレンはしまったと内心汗を流した。そこまで低いとは想定外だった。


「優等生のソーンダイクでも入学時で五、進級時の検査で七になったぐらいだ。……内緒だが、この学年だと魔力ではお前はトップスリーに入る。頑張れよ!」


 ミルゼが良い笑顔を浮かべているが、グレンは苦笑いしかできない。


(やばい、これってもしかしなくても、最初からミルゼ先生はオレに期待してたってことか?)


 一年時の授業をまとめた冊子を作ってくれて、やけに親切だなと思っていた。それ以外にもレナードと共に編入生に世話に回されたりと、なんだかミルゼと関りをもつことが多いなと思ったが、そういう事情もあったに違いない。彼女が担任になったのも、そういった意図があった可能性もある。


(クラスの生徒その一程度でいいのに……)


 注目されるのはあまりよろしくない。あれこれ調べたり、何かしたりする際に、足かせになりかねない。今から星貴族にも会わなくてはいけないのに、これ以上の注目はごめんだった。ならやることはひとつ。


「え、ええ。そうなんだ~。あ、あの時はとっても調子が良かったので、いつも同じ力が出せるかわかりませんけど、頑張ります!」

「おお、頑張れよ。じゃあ、さっそくだ。ソーンダイクと同じように氷の柱を出してみろ」


 グレンは魔力を練る。


(いつもよりずっと抑えて作ろう。でも、あまりにも小さいとそれはそれで不審がられるから、ユリウスみたいに曲げるとか……いやそれは危ないから、円の中心からずらすか。制御が“ド下手くそ”って感じでいこう)


 グレンは、たっぷり時間をかけつつ魔方陣を描いて、中心点をずらして魔術を発動することにした。それなら期待に満ちているミルゼの評価も下がるだろう。

 教科書通りの魔方陣を魔力量を調整し描く――しかし、魔方陣を書き終えたとたん異変が起きる。


(黒モフ!?)


 少し離れた場所にいた黒モフたちが、「ミー」と声を上げながら急にその魔方陣に飛び込んできた。グレンが止める間もなく、魔方陣に飛び込んだ黒モフたちは瞬時にその姿を消していく。それと同時に、魔方陣が光り放ち、魔術が構成され、目的の物質が出現した。


「なっ」

「げっ」


 グレンの魔術は狙い通り発動した。――大きさ以外は。


『うおおおっ!?』

『うわっでけー』


 クラスメイトからの注目が集まるのを感じた。

 グレンが魔術で出した円錐は、地面に描いた円から中心こそ外れているものの、円の半径が直径を超えてしまっているため、“中心がどう”とかいう範疇を超えてしまっている。その上高さもグレンの身長の三倍は近く出来上がっていた。


「すばらしいぞ、カースティン!」


 ミルゼ先生が、より目を輝かせて褒める声が柱の向こうから聞こえた。採点ボードに二重丸がつく。だが、グレンはそれどころではなかった。


(まてまておかしいぞ。いつもより制御していたから、レナードのより小さいのができるはずだったんだ。なのになんだよこれ!?)


 レナードほどの精密性はないが、それでもグレンは制御がわりと得意なので、魔力量の調節ができる。父親に夜中になるまでやらされていたこともあるので自信があった。それなのに、完全にグレンの予想の範囲を超えて魔術は展開していた。


(もしかして、今の黒モフが原因か?)


 グレンは自分の掌を見た。けれど、特に変わった様子はない。力が漲っているとか、特別いつもよりも調子がいいとかもない。そうなると、原因は魔方陣に飛び込んできた黒モフとしか思えない。


(でも、なんで黒モフが……?)


 いままで黒モフが自主的にグレンの魔術に介入してくることはなかった。近くでグレンの魔術を見ていることは多々あったが、父親から学んだ”魔術を喰らう魔術”以外では、干渉してくることはなかったのだ。


(黒モフは魔術を喰らうだけではなく、増幅もできるのか?)


 いつか調べてみる必要はありそうだ。


「うん。表面の削りも荒々しくて攻撃性も申し分ない。若干位置調整と魔方陣を描くのに時間がかかっているが、それは努力次第でどうにでもなろう。皆よく見ろよ、攻撃魔術の氷柱とはこういった形が望ましいんだ」


 ミルゼは評価ボードの二重丸部分を叩きながら、クラスメイト達に見るように声をかける。その声で、黒モフと魔術の関連性を考えていたグレンは意識を現実に戻した。


「カースティンって、魔術できるんだ」

「すげえ……ミルゼ先生があんなに褒めてるなんて」

「あいつ二年の編入だろ……なんかやってるんじゃないか?」


 注目を浴びていることに気づいてグレンは頬を引き攣らせた。

 素直な驚きや感心ならまだしも、編入生ということもあり本来なら他生徒より遅れているはずが、教師に褒められてしまい妬みやひがみに近い声も聞こえる。正直どう言われても構わないが、意図せずに注目を浴びてしまい、グレンは苦笑いを浮かべるしかない。


「グレン、すごいね! 君もしかして学園ここに来る前に、どこかで魔術を習っていたの?」

「え? あー」

「〇〇〇! ■◇×〇!」

「いや、あの、な」


 レナードとユリウスにも興奮気味に話しかけられて、なんと答えていいのか分からずグレンは頭の中が真っ白になった。必死に笑顔だけを浮かべて取り繕う。


「何も習わずしてこんな完璧な氷柱は出来ないだろう。魔方陣も丁寧に描いているし、少し勉強した程度ではこうはいかない」


 レナードとユリウスを掻き分けてミルゼまでが、興奮気味に話しかけてくる。


「カースティン伯爵はそこまで魔術が得意ではないと聞いていたが、よもや息子の一人にこんな才能があったとはな。一体どんな師を付けてもらったんだ?」


 戦闘魔術に関しては妥協を許さないミルゼに、単純な好奇心いっぱいの視線を向けられて、グレンは頭の中で必死に答えを探していた。

 本当の師である父の名は出せない。なぜなら彼は業界では“有名過ぎて”指導されたとなるとちょっと問題になるからだ。

 散々考えあぐねた結果――グレンは少し寂しそうな顔をすることにした。


「その、師ではなく、“育ての父”に学んだんです……」

「そ、育て……?」

「はい。魔術が大好きな“育ての父”でし“た”……いつも熱心で……う……」

「……」


 言葉を詰まらせ口元を抑えるグレンに、三人(正しくはユリウスを抜いた二人)の勢いは止まった。

 カースティン伯爵の噂、“育ての父”というグレンの発言、過去形で語られる父親の話、現在のグレンの苗字――その要素を組み合わせれば、勝手に“グレンの可哀相な過去”を頭の中で想像してくれるに違いない。そしてそんなグレンに、それ以上突っ込んで聞くこともできないだろうと、分かったうえでの発言だった。

 実際のところグレンの父はグレンを育てて(?)くれたし、魔術馬鹿であることは確かなので、嘘は一個もついていない。勝手に彼らが想像しているだけだ。


「そ、そうか……いい親父さんだったんだな。教えられたことをこれからも大事にしろよ」

「はい」

「よーし、みんな。もう一度氷柱をだしてみろ、自信のあるやつは手を上げろ。採点するぞ」


 ミルゼはさらっと話を終わりにして、他の生徒の元へ歩いて行った。ああいうさっぱりしたところは助かる。


「〇〇〇! ■◇×〇!」

「ユリウス、いまは……」

「〇△△!? ■◇×〇!?」

「いや、だからね……空気を、空気を読んで!」

「■◇×〇!?」


 一人何も理解していないユリウスだけが、ひたすらグレンに話しかけようとしていたが、いろいろと”察してくれた”レナードは必死に止めようとしてくれた。

 グレンは友人思いのレナードの親切心にまかせて、この話を有耶無耶にすることにした。

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