15 二年生の戦闘魔術の実技
空気の悪い二時間目の授業が終わり、午前中の最終授業である「戦闘魔術」の時間になった。ガルディウス魔術学園の一番メインともいえる教科だ。
今朝担任のミルゼが言っていたように、今日は校庭での実技となるため、移動が必要だった。グレンもまだ座学しか受けていなかったので、実技となると少し気持ちが高ぶってくる。
クラスメイト達は、次々と第二校庭近くのロッカールームへ向かい始めた。
ユリウスの側では、あんな騒ぎがあったのにも関わらず、声をかけようかと悩んでいたクラスメイトも数人いた。
だが、本人は何の迷いもない様子でグレンの側に寄ってきた。
「次、授業、場所」
単語区切りで話していたので分かりにくかったが、次の授業の場所に連れていけという意味は通じた。
そもそも世界共通語でユリウスから話しかけてくることがいままでなかったので、グレンは少し驚いた。楽しみにしているのかもしれない。
「分かってるよ。オレが連れていくよ」
先ほどの騒ぎのなど全くなかったかのように、朝と変わらぬ表情のユリウスに小さくため息が出た。だが、もともと担任のミルゼにも頼まれていたことだ。グレンたちが案内するしかないだろう。
グレンとユリウスの様子をみてか、心配してくれていたクラスメイト達も、教室を出ることにしていた。悪いなとおもいつつも、目を離すと何をやるのか分からないので、ユリウスを他の生徒に任せるのも躊躇ってしまう。
「とはいえ、オレも第二校庭側のロッカールームって知らないんだよな。レナード案内頼んでもいいか?」
「もちろんだよ。さあ、行こうか」
レナードも最初からそのつもりだったらしく、二人に手招きをしてくる。
第二校庭は校舎からかなり離れている。この学校の授業の合間はかなり猶予時間があるとはいえ、着替え時間も含めると、早めに行った方がいいだろうとのことだ。
レナードについて行くと、やがて校舎の奥にある広々とした場所に連れていかれた。
地面は土だがきっちりと整備されていて、草や石などもほとんど転がっていない。端の方には屋根付きのベンチがあり、休憩できるような水場も用意されている。そして校庭の隅には校舎の高さほどもある円柱状の柱が四本立っていて、その天辺には魔方陣が描かれた板が付けられていた。
「ここは第二校庭だから、少し簡素だけど。設備はしっかりしているから安心していいよ」
「設備?」
「ああ、えっと魔術が暴発した時とかに備えた魔術展開がされてるってこと。事故が起こらないようにね」
「へえ」
生徒の放った魔術が外に飛んで行かないように、または内部で爆発などが起きようとした際も瞬時に異常に反応して打ち消すような、特殊な魔術が校庭に施されているという。
(流石金持ち)
グレンが父親に魔術を教わったときなど、家の庭で失敗したあげくに水道設備を壊して、しこたま怒られた。しかしこの校庭ではそういった心配はしないでいいという。
校庭の隅に設置されたロッカールームに入ると、既にクラスメイト達は着替えを始めていた。
「そういえば服に着替えろって話だけど……何も持ってきてないけど良いのか」
「ああ、大丈夫だよ。どこでもいいからロッカー開けてみて」
レナードに言われて、グレンが使用ランプの付いていない近場のロッカーを開けると、中には綺麗に畳まれた服が置いてあった。
服を取り出してみると、背の低いグレンにピッタリなサイズだった。
「どうなってるんだ、これ?」
「仕組みは詳しく知らないけど、開けたロッカーに本人の戦闘着が配布されるように魔術でされているみたい。魔術技術省ではすでに標準化されている設備って噂だよ。ちなみにロッカーに戻しておけば、洗濯もしてくれて、次に使うときは綺麗になってるよ」
「マジかよ……」
無駄に高いレベルの魔術が掛っていることに感心してしまう。ユリウスも同様だったらしく、いくつかのロッカーを開けて、自分の服が毎度入っているか確認しては、関心の声を上げていた。
(てか、何してんだあいつは)
子供のように調べまくっているユリウスを止めて、さっさと着替えろとジェスチャーで伝えると、不満げな顔をしながらもようやく着替え始める。
(デザインとかは基本的には制服に近いな)
“戦闘着”というので、どんなダサい恰好をするのかと思っていたが、着てみた服は制服のデザインとほぼ変わりなかった。けれども高そうなボタンは全てファスナーに置き換えられ、小さな装飾は凹凸のない刺繍に変わっていた。布地も肩の張った高そうな生地ではなく、余裕をもちつつ伸縮性に優れていて身体を動かしやすい。大きな違いと言えば腰に付けたベルトと、手袋に靴だった。靴は、革には違いなく、より足にフィットしやすい足首まである紐靴になっただけだ。ベルトは剣やポーチなどをを装備できるようになっていた。
無事着替え終えて、手袋をはめるとロッカールームを出ようとした。けれどその前にレナードから声がかかる。
「グレン、外套忘れてるよ」
「外套? この暖かいのに?」
「ああ、その外套は防寒の意味よりも、魔術が暴発した際の事故防止を防ぐためなんだ。せめて持って行かないとミルゼ先生に怒られるよ」
「…………なるほど」
袖のない膝下まである外套は、布の表面に沢山の魔方陣が施してあるのが見て取れた。
(そうだよな、魔術って危ないんだからな)
グレンは熱いの日差しの下で短パン一枚になって父親と魔術の練習をしていたことを思い出す。今更ながらにかなり危ないことをしていたのだと思った。
外に出ると既に女子生徒もだいぶ集まっていた。
女子生徒の服は、基本的には男子とは変わらない。ただ普段の制服のスカート丈が短くなり、代わりにズボンのような物を下に着用していた。ブーツもロングブーツに変わっている。
集まっている生徒たちの奥では、戦闘魔術の担当であるミルゼが校庭の中心に立っていた。
(黒モフ……やっぱりちょっと集まっているな)
黒モフは魔術が好きなのか、グレンが家で練習している時も良く集まっていた。いつもみたいに遊んでいたりするのではなく、まさに“見学”といった感じで、魔術を扱うグレンをジッと見ているのだ。校庭の周りにいる黒モフたちもそういったものだろう。
ミルゼは普段の地味な装いとは違い、きちんとした黒と青の衣服を身にまとっているせいか、なんだか迫力が増していた。他の生徒たちもそれを感じているのか、自然とミルゼの前に整列してしまう。
「さっさと来い!」
最後にロッカールームからダラダラと出てきたクラスメイトが、ミルゼのそんな怒号におびえて駆け寄ってくる。全員が整列すると、レナードがミルゼに揃ったことを教える。
ミルゼは胸の高さまである杖を地面に強く叩きつけると、クラスの全員を見渡した。
「今日から戦闘魔術の授業はほぼ実技に入る。一年の時も多少実技は行っていたが、二年ではそれとは段違いの技術を教えることになる。いいか絶対にふざけて行うな! 魔術の扱いを間違えれば怪我人だけではなく、死人も出るんだからな! 忘れるな!」
ミルゼの迫力のある言葉に、クラス全員が緊張したように唾を飲み込んだ。
この学園の教師は、相手が貴族であるため、生徒相手にも丁寧に言葉を掛けることが多い。けれどミルゼは普段からどの生徒にも態度を変えず、すこし高圧的な物言いをしていた。きっと彼女の受け持つ戦闘魔術という教科が特殊で、生徒が言うことを聞かないといった事態になると、最悪の問題が起きるためなのだ。おかげで今ではおしゃべりする生徒はだれもおらず、みなミルゼの言葉に集中している。
「緊張したか? それでいい。十分緊張しろ。……だが一応安心できることも教えてやる。お前たちの外套には、魔法防御の魔術がこれでもかとかかっている。魔術技術省の努力の結晶といっても過言ではない。それを装備できるのは騎士団の魔術部隊とほんの一部の連中と、お前たちガルディウス魔術学園の生徒だけだ」
魔術部隊の外套とは多少差はあるものの、魔法防御に関しては遜色ない造りをしているという。しかも、入学金の半分以上がその外套の購入費用にかけられているとミルゼが言えば、お金の感覚がグレンと違う生徒たちも流石に顔色を変えた。
グレンも金の賭け方を間違っているだろうと思いつつも、同時にある疑問がわいた。
(なんでそんなものをガルディウス魔術学園の生徒に持たせてるんだ?)
確かに戦闘魔術の訓練にこれがあれば貴族の子供たちに怪我を負わせずに済むだろうが、それにしてはいくらなんでも金を掛け過ぎてはないかと思わなくもない。学園を去れば必要にならなくなるものなのに。
「おっと余計な話はこれくらいにしておこう。……ラーシャ、お前にはこれを渡しておく、よく読んでおくように」
ユリウスが渡された紙をグレンとレナードは覗き込んだ。そこには見知らぬ文字がずらっと書かれていた。ときどき赤で強調したようにアンダーラインが引かれている。
「たぶんイティア語で書いた注意事項じゃないかな。語学の先生につくってもらったんじゃないかと」
「なるほど」
そうやってミルゼは問題を解決することにしたらしい。ユリウスは真面目な――もとい、いつも通りの無表情で文字を目で追っていた。
「それでは今日は、編入生が二名もいることから、一年時の復習からはじめる。お前たち、習った魔方陣はちゃんと覚えているな」
『はい!』
「見本にそうだな……ソーンダイク、前に来い」
レナードはミルゼに呼ばれて皆の前に出ていった。
「初歩術のおさらいだ。この円の中に氷属性の柱を出す魔術を展開してみろ」
「はい」
レナードはミルゼが地面に描いた円を見ながら、魔方陣を浮かび上がらせる。
(特に魔術合成されてない、シンプルな魔方陣だな。学園では本当に初歩術から教えているんだな)
魔方陣から術の構成を分析しつつ、グレンは周りと一緒に様子を見守った。
直ぐにレナードの魔術が完成して、地面の円の内側に氷の柱を出現させる。
『おお!』
『でけえ!』
クラスメイト達から感嘆の声が上がる。
「うん。さすがはソーンダイク。大きさは申し分ない」
「ありがとうございます」
地面からレナードの身長の高さまで伸びてきた氷の柱は、綺麗な円錐形を描いていた。直系の大きさも、ミルゼが地面に描いた円とピッタリ合っていて、寸分の狂いもない。
(レナードは細かい制御が得意なんだな……いや、もしかしてここの生徒はみんなこんな感じなのか?)
魔術を出す時の造形技術は、術者本人の制御にかかっている。あれだけ整った円錐形を出すには相当な技術が必要になるはずだ。グレンは早く術を放つことは得意だが、造形にはそれほど力をいれていないので、いつも歪な氷の柱しか出したことがなかった。
「だが、お前は技術に寄りすぎて、少し魔方陣を描くのに時間がかかりすぎだ。もうすこし雑にやるように心がけろ」
「あ……はい。すみません」
「皆はここまで綺麗に作る必要はない。否、作れないだろうから気にしなくていい。……ともかく円の中心に魔術を展開させることを心がけろ。互いに十分に距離を取ってからやれ。始めろ!」
『はい!』
ミルゼの号令によって生徒は各自距離を取って、地面に自ら円を描いて魔方陣を作り始めた。
彼らの様子を見る限り、比較的綺麗な氷の柱を出せているクラスメイトはそこそこいるのものの、円から大きくはみ出したり、かなり小さかったりしている生徒もいた。
(レナードはやっぱ優等生なんだな)
てっきりクラスメイト全員が、レナードのような円錐を描いて魔術を出すのかと思っていたが、そうではないようでグレンは少しほっとした。
「カースティンとラーシャ、こっちにこい!」
グレンも“皆と同じように”やろうかと思って地面に円を描いているとミルゼに呼ばれた。ユリウスと共に前に行くと、レナードもミルゼの隣に並んでいた。
「お前たちは一年の授業を受けていないわけだが……編入時に渡したテキストは読んだか?」
「ああ、はい」
戦闘魔術の基礎が書かれている冊子は、一年生で習う範囲をまとめたもので「よく読んでおけ」と言われていた。一応目は既に通しているが、本当に基本的なことで、既に父親から魔術を習っていたグレンからすれば今更覚えることもないことばかりだった。
「カースティンは平気そうだな。ラーシャも……目を通しているな。本来なら一年の基礎座学を受けずに二年時の実技に入るなんてもっての他だが、……大会もあるし、そうも言っていられんからな」
(ん? 大会……?)
グレンは耳慣れない言葉がミルゼの口から出てきて内心首をかしげたが、険しい表情をしている相手に口を挟むことができず、黙っていることにした。
「今からだとお前たちには大会に参加はキツイ状況だろうが、ウチに編入したからには、覚悟あってのことだろう。一応優先的に気に掛けておいてやるが、お前たちも死ぬ気で喰らいついてこい、いいな?」
「は、……はあ?」
「返事は“はい”か”いいえ”にしろ。どっちなんだ?」
「はい!」
「ヤー!」
ミルゼの口から変な言葉が次々と出てきてレナードは思わず生返事をしてしまったが、迫力に負けて言い直す。あのユリウスも同じだった。
しかし不安は膨らむばかりだ。
(オレが知らない学園の情報がある……)
普通に学校生活を送りながら依頼をこなす予定だったが、「大会」という聞きなれない単語まで出てきていて、グレンの嫌な予感は止まらない。でも今は聞ける様子ではない。
後で絶対にレナードに確認しなければと思った。




