13 レナードの友達
レナードの言うように学食は混在のピークだった。人がごった返しており、とても騒がしい状況だ。黒モフもちょっと多めに漂っている。
十分ほど待ってようやく席が空いて、三人は同じテーブルに座った。
「本当にこの時間人が多いんだな」
「皆朝はギリギリまで寝ていたいみたいだから、時間が被るんだよね。でも入れて良かったよ」
「■〇◇〇■◇」
ユリウスも無表情ながらにどこかやっと席に着けたことに安堵しているのが分かる。
「おい、あれ……」
「だれだ?」
そんな声が周囲から聞こえてきて、グレンとレナードは視線を合わせた。そのままそっと周囲を伺うと、間違いなく注目されているのはグレンたちのテーブル――もとい、ユリウスだった。
(まあ、目立つよな)
容姿もさることながら、褐色の肌に、長身、長髪、とくれば男子寮で目立たないわけがない。
昨日は変な時間だったこともあり人が少なくてほとんど注目を浴びなかったが、これだけ人がいる時間帯なら仕方ないだろう。ちなみに、さっき順番待ちしている時も周囲が何か言っているのが聞こえていた。
「あ、朝は、メニューがほとんど決まっているんだよね。で、飲み物とか、どうするユリウス」
「〇◇■◇」
レナードは少し動揺していたが、ユリウスは目立っている本人の自覚があるのか、それともあえて無視しているのか分からないが、平然とした顔でメニューを決めていく。
途中「カースティンさま、今日はパンの追加はいくつにしましょう?」というウェイターの質問に、グレンが戸惑うといった事件があったものの、それ以外は特に問題なく注文を終えた。
レナードは「グレンは食いしん坊」だと思っているので妙なウェイターの質問に何も思わなかったみたいだが、昼食分をくすねていたグレンからすれば、バレるのではないかとヒヤヒヤものである。ちなみに何故かユリウスは無言でグレンを見つめていた。
「じゃ、いただきます~」
「いただきます」
「◇◇〇■」
変な注目はあびていたものの、食事は問題なく運ばれてきた。昨日の夕飯時は無言だったユリウスも、グレンやレナードに質問をしてくる場面もあり、かなり和やかな雰囲気だ。
(今朝は朝からどうなるかと思ったけど、これなら一日無事に済みそうだ……ようやくあっちのことに専念できる)
そう、安堵したのもつかの間だった。
「よう、ソーンダイク」
「……デシャネル、くん」
グレンたちのテーブルに現れた人物に、反射的に眉を潜めた。
(なんだこいつら?)
着崩した制服に、乱れた髪型、装飾品も多く、ピアスどころか、指輪や腕輪までもしている派手な男子生徒達の集団だった。それだけであまり友好的になりたくないタイプだとわかる。いずれも黒モフをそこそこ付けている。
中心に立っている背の高くガタイの良い男はデシャネルと言うらしいが、グレンは名前を聞いたことがないので、別のクラスだ。どう見ても真面目一直線なレナードとは対照的な男たちだが、声の掛け方が親し気だった。
デシャネルがレナードの肩に手を置いた。
「最近、来ねえよな? どした?」
「ああ、今はちょっとね。編入生たちにいろいろと教えているから」
威圧的な男に対して、レナードの返しも素直だった。普通に友人と話しているそのままの雰囲気だ。男もそれを許容しているらしい。
「編入生……? もしかして、こいつら?」
そこで初めて気づいたように、デシャネルの視線がグレンに向けられる。相手は値踏みするようにグレンを見た。
「ああ、コイツが例のカースティンところの隠し子、何番目、って奴か」
「マジ!? このチビが、あのカースティン家の子供かよ!?」
デシャネルの言葉に乗るようにして、横に控えていた男が声を挟んでくる。男は吹き出物の出来た顔をニヤニヤと歪めた。
「なあなあ、マジでカースティン家の子供なのかよ」
「……そうだけど?」
下品な表情をする相手に対してグレンの声も自然と低くなった。チビは自覚しているが、言われると多少はカチンとくる。
「やっべー。な? カースティン家のメイドは、みんな足を広げてくれるとかいう噂は本当か?」
「え、本当かよ!?」
「いいな~楽しみ放題じゃねえか」
吹き出物の男の話に乗るように、後ろで控えていた男たちが、グレンへにやけや面を晒しながら声をかけてくる。
あまりにも低俗すぎる話題に、グレンの表情は一気に歪む。
(なんだこいつら? 朝っぱらから、あほなのか?)
気色悪い男たちのにやけ顔を見ていると食欲がなくなりそうなので、無視して目の前の食事を口に運ぶことにした。
「おい、無視するなよ」
「なんだよ、照れるなよ!」
そういって男の一人が、グレンの頭を叩いた。口にいれようとしていたパンがテーブルに転がり、そのまま床に落ちてしまった。
「あんたな……っ」
大事な食べ物を落としてしまったことも相俟って、苛立ちにグレンが立ちあがろうとすると――それよりも早く隣から大きな声が上がった。
「――う、うわ、ヤメロ!」
椅子を転がす音と、人が倒れる音が響く。
グレンが横を振り向くと、そこには床に這いつくばる男子生徒と、その男に片足を乗り上げ片手に持った椅子を振り上げているユリウスだった。
「――ちょ、ユリウス、待った!」
グレンは慌ててユリウスの振り上げている腕にしがみついた。身長が足らないので羽交い絞めにはできないが、それでも攻撃を止めることができる。案の定動けなくなったユリウスは、しがみ付いたグレンを睨みつけてきた。魔術を少し使おうかと思ったが、さすがに人目がありすぎるのでやめるしかない。
「×△××! ■〇■〇〇××!」
「何言ってるか分からないけど、怒っているのは分かった! 分かったけど落ち着け、それで殴っちゃったらまずいから!」
「■〇■〇〇××!」
「だから、落ち着けって! おいそこのお前っ、何をしたんだよ!」
グレンが転がっている男に問いかければ、男は真っ青な顔をしながら口を開いた。
「な、なにもしてねえよ!」
「何もしてないで、ユリウスがここまで怒るわけないだろ!」
「本当に何もしてねえって! ただちょっと顔が綺麗すぎたから、作り物かなって触ろうとしただけで……」
男曰く、ユリウスの顔を触ろうとして近づいたら、反射的にフォークを目の前に出されたという。驚いてしりもちをついたところ、蹴られたあげく、脚を乗せられ椅子で殴られそうになっているという。
(――沸点が低すぎるだろ!)
しかも未遂じゃないか、と思っても、実際怒っているのだからどうしようもない。余程嫌だったのだろう。
「レナード手貸せ、オレだけじゃ押さえきれないって!」
「ご、ゴメン! ユリウス、ダメだよ! 椅子は駄目!」
「■〇■〇〇××!」
呆然としていたレナードは、グレンの声に現実に戻ってきたらしく、慌てて後ろから押さえてくれた。
力が弱まったところで、グレンはユリウスの手から椅子を引きはがす。ゴトンと大きな音を立てて、椅子が床に転がり落ちた。あんな重い椅子を片手で振り上げていたユリウスに今更ながら驚きを隠せない。
「レナード、このままこいつを食堂から連れ出すぞ」
「分かった」
「■〇■〇〇××!」
ユリウスは暴れようとしていたが、二人で引っ張って何とか食堂から連れ出した。
唖然とする男たちや周囲の生徒たちだったが、あのデシャネルという男だけは薄く笑いながらこちらに――レナードに手を振っていた。
食堂から連れ出してしばらくすれば、ユリウスは暴れるのをやめた。しかし怒りは収まらないのか、ずっと不機嫌な顔をしたままだ。
「少しは落ち着けよ、ユリウス」
「…………■×〇」
文句は言いたげだが、ここで暴れても仕方ないと、あきらめている様子だ。
(クールな奴かと思ったけど、沸点が低いとは意外だった……)
無表情でいられるのも困るが、その細身のどこから出るのか分からないが力もやたらあるので、暴れられるのも困る。対応に悩みが尽きない奴である。
「とりあえず、カバン取ってきて、集まってから校舎へいこうぜ。こいつ放置すると、さっきのやつ見つけて暴れるかもしれないし」
「確かに」
「ユリウス『カバン』だ。持ってこい。『一緒』『校舎』『行く』」
昨日学んだイティア語を使ってたどたどしく話せば、ユリウスはすぐに理解したらしく、再び無表情に戻って階段を上がっていった。
「じゃあ、オレも取ってくる、レナードも――」
「――なんか、ごめん」
「へ?」
突然の謝罪にグレンが首をかしげると、レナードは視線を下げたまま小さな声で話し始める。
「その……デシャネル君たちの事。君たちに不快な思いをさせてしまって。あとでユリウスにも謝っておかなきゃ」
「別にお前が謝ることじゃねえだろ?」
「でも……僕がいたから彼らが近寄ってきたわけだし、本当ごめん。彼らには君たちには関わらないように言っておくから」
レナードの言葉に少し疑問がわいた。「関わらないように言っておくから」ということは、レナードは彼らにそういったことを言っておける程度の関りがあるということになる。接点が全く分からないが、たんなる顔見知りという程度ではないのだろう。
「別に、どうでもいいよ、あいつらはさ。カースティンを名乗っている以上ああいう輩に会うのは覚悟しているし。……けどさ、それを抜きにしても、あんまり雰囲気のいい奴らじゃないよな?」
「……確かにそうだね」
「レナード的には、アイツらは友人って感じなのか?」
「……そんな感じなのかな」
ずいぶん歯切れの悪い言い方をするレナードにグレンは眉を顰める。
「……もしかして、いじめられてるとか、そういうのじゃないよな?」
「違うよ、それはない」
一番最悪な関係性を考えたが、そこはハッキリと否定された。確かに先ほどの様子を見るとデシャネルはレナードに友好的だったので、嘘を言っているわけでもないだろう。揶揄われたり、頭を叩かれたりしたのは、あくまでもグレンとユリウスだけだ。
「ならいいけどさ……」
「心配してくれてありがとう。彼らとは、その……君が来る前から知り合いでね。だから大丈夫だよ」
何が大丈夫なのかさっぱりわからない事を言いながら、レナードは苦笑いする。ただその顔で、なんとなくこれ以上踏み込んでほしくないんだろうな、というのは察せられた。
(うーん)
レナードは人当たりがいいので、いろいろな方向に友人が多いのだろうなというのは想像がつく。けれどなんとなく、彼らと楽しく一緒にいる姿だけは想像できない。だから「距離取っておけよ」とは言いたくなるが、そんなこと言えるほど付き合いが長いわけじゃない。正直グレンだってレナードのことをそこまで知っているわけではない。
(あ……)
口出ししたくなるのを堪えていると、レナードからまたあの半透明の黒い紐が伸びていくのが見えた。
グレンはにっこり笑うと、困った顔をしているレナードの肩を叩いた。
「そっか。ま、クラスも違うし、オレは関わることもないからいいか。忘れるわ」
「うん……」
あからさまにほっとした顔をするレナード。先ほどまで伸びていた黒い紐はすでに消えてた。
そのことにモヤモヤしつつ、互いにカバンを取りに部屋に戻った。
レナードが「君たちは関わらないでいてほしい」と言った言葉は、グレンには聞こえなかった。




