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10 ラーシャと食事

 いくつもソファーが並んでいる談話室でしばらくイティア語の勉強をしていると、まもなく夕食の時間になった。約束通りラーシャを迎えに行くことになり、階段を上がっていく。五階から階が上がるごとに内装が豪華になる様子に驚きを隠せない。でも相変わらず黒モフはそこら中にいる。むしろ上の階にあがるほど多くなっている気がした。


「あいつ、何階に部屋があるんだ?」

「八階だよ」

「八……流石、大商人の息子だな。ちなみにレナードは?」

「僕は三階だよ」


 レナードも「八階」だと言われたらどうしようかと思ったが、割と低い階でなんだかすごく安心した。といってもグレンとは比べ物にならないほどの金持ちであることには変わりないが。

 ちなみに九階と十階は特別なセキュリティと通路があるらしく、認証された者でないと上がることもできないという。


(あーはいはい。金持ち仕様ね)


 段々慣れてきたグレンだった。


「ラーシャ君、迎えに来たよ、一緒に夕食に行こう」


 レナードがドアをノックしながら扉越しに話しかける。けれど扉は開かず、中からも反応がなかった。二人は視線を合わせる。


「予想通りだな」

「だね」

「仕方ない」


 今度はグレンが前に出て、扉をノックした。


『ラーシャ、食事、来い』


 先ほど談話室で覚えたばかりのイティア語で扉越しに声をかける。ちなみに覚えたのは食事に関係ありそうな数単語だけなので、当然不通に喋れるわけでもないし、同じ単語以外の聞き取りはできない。


「……ソーンダイク、カースティン?」


 だが、ラーシャの態度を崩すには十分だったようだ。

 彼は二人の名前を呼ぶと、ゆっくりと扉を開けた。扉の隙間から整った顔立ちが疑うようにしてこちらを見つめてくる。

 グレンとレナードは顔を出したラーシャを見て視線を合わせると緩く笑った。作戦が成功して嬉しかったのだ。そして今度は二人同時に『食事、来い』と繰り返した。


「…………〇△■◇××」


何か一言呟くとラーシャは再び扉を閉じてしまう。失敗したかと思えたが、少しすると今度はしっかりと扉を開けて外に出てきた。


「……食事×〇×〇△◇」


 同じ単語が聞こえてきたことで、彼が食事に行くことを了解したと分かった。


(よし、上手くいった!)


 声には出さなかったが、グレンは内心拳を握りしめていた。横を見ればレナードもとても嬉しそうに笑っている。二人して小さく拳を合わせた。


「…………」


 そんな二人をラーシャは黙ってみていたが、それには気づかず、彼らは三人で食堂に向かった。

 寮の食堂は校舎の食堂に比べると比較的地味な雰囲気の場所だ。男子寮ということで女子生徒もいないせいか、みな寛いで食事をしている。そのせいか黒モフもグッと少ない。

 ただ食堂とはいうものの相変わらずレストラン形式で、三人は四人掛けの席に案内された。校舎の食堂との違いは食券がなく、席での注文式であることだ。当然タダ――寮費に含まれているので会計はない。

 早めの時間に来たためか、目立つであろうラーシャの存在に気づく者は少なかった。遠巻きに見ている視線は感じていたが、数も少なくテーブルも離れているので問題は起きないだろう。


「ラーシャ君、ここから選ぶんだ。何がいい?」


 レナードがメニューを見せるが、全て世界共通語で書かれているので、ラーシャは渋い顔をしていた。読めないらしい。絵があるわけでもないので、何がでてくるのか分からないのだろう。

 仕方なく先ほど覚えた残りの単語で、ラーシャが食べたそうなものを勝手に選ぶしかない。


『肉、魚?』

『……魚』


 そうやってメニューを狭めていき、後は適当に選んでもらった。三人の注文をウエイターに伝えて、レナードと共に大きくため息をつく。


「なんとか注文できたな」

「付け焼刃でもイティア語を覚えてよかったね。何も覚えていなかったらどうなってたことかわからないよ」


 レナードはグレンよりイティア語に理解があるとはいえ、本格的に学んだわけではないので偏りが激しい。校内案内でもイティア語を使ったのは二三度で、他は全て共通語とジェスチャーや教室にあるものを見せて教えていた。食事関係となると完全にお手上げだったらしい。


「本当にありがとう、グレン。君のおかげで助かったよ」

「お前が礼を言うことではないだろ。オレだって助かったよ、レナードがいなかったら勉強進まなかっただろうし」


 秀才であるレナードは教科書に対する理解力も高い。おかげでイティア語の教科書に書かれた発音や意味を早めに理解できた。グレン一人じゃ最初から躓いていたに違いない。


「でも、グレンが提案してくれなかったら、今から学ぼうって発想が無かったし」

「お前が少しでも知っててくれたから、やろうって気になったんだよ。じゃなかったら早々に諦めてた」


 互いにそんなことを言い合っていると「フ……」と笑う声が聞こえた。


「え?」


 意外な方向から聞こえた声に二人は――ラーシャを振り向いた。今の声は完全にラーシャから響いていたはずだ。


「……」


 しかし二人がラーシャを見つめると、彼は真顔で水の入ったコップを傾けながら眺めていた。二人の話を聞いていたようには見えない。


「…………今の笑い声って、ラーシャの声だったよな?」

「僕にはそう聞こえたけど……話が分かったのかな?」

「いや、でも、コイツ共通語ほとんど理解できないんだろ?」

「そのはずだけど……」


 二人がそんな話をしているのを理解しているのかいないのか、ラーシャはマイペースにコップの水を眺めている。


「ラーシャのアホ」

「ちょと、グレン? 何を言い出してるんだよ!?」

「話が理解できてるかどうかの実験だよ。わざとわざと。バーカ、あーほ、まぬけー」

「グレン……」


 レナードが呆れたように見つめてきたが、グレンは幼い子供が言うような悪口を続けた。しかしラーシャは何一つ反応しなかった。


「やっぱり理解できてないのか?」

「グレン……言葉が分からない人に向かって、そういうこと言うのは良くないよ。例え、理由があったとしても」

「……分かってるよ。悪いラーシャ今のは全部嘘だ。そんなこと一つも思ってない。悪かった。ごめんなさい。むしろ単身で言葉も分からない外国に勉強に来る度胸に感心してる。マジで肝が据わっているというか、恐れ知らずというか、すごいと思うよ、うん」

「……それって褒めてる?」

「褒めてるよ?」


 ラーシャの態度に腹が立つこともあったが、単身で勉強をしに異国に来ようとする行動力と度胸は本気ですごいと思っていた。言葉が不自由ならなおさらだ。

 そうこうしているうちに食事が運ばれてきて、三人は目の前に集中することにした。


「じゃあ、明日の朝の、食事でまた会おう『朝食』」

「そう『朝食』寝坊するなよ」


 ラーシャは二人の言葉が分かっているのか分からないのかはっきりしない無表情のまま、『朝食』とだけ繰り返して部屋の扉を閉めた。


「はーあ、終わった~」

「無事に終わって良かったよ」


 二人で安堵のため息をつきながら、八階から階段を下りていく。


「そういえばグレンと一緒に夕飯食べたの初めてだったよね」

「あ……そういえばそうだな」

「初日は一応最初だしと思って迎えに行こうかと思ったんだけど、部屋が分からなくて……食堂でも会うことはなかったね」

「オレ、かなり遅くに行ってたからな」


 いつもは遅くまで目的の人物の周辺をいろいろと調べていたので、夕食はギリギリの時間になっていた。食堂は少し早めに開くのだが、人が集中するのはクラブなどが終わった丁度今頃の時間だ。レナードは基本的に早めにとるようにしているという。逆に朝食はグレンは早く、レナードは少し遅めだという。それでは朝食も夕食も会うことはないだろう。


「へえ、早く来てそうなのに」

「あはは…………実は早起きが苦手なんだ。でも明日は頑張って早起きするよ」

「いや、別に無理はしなくていいぞ?」


 ラーシャを連れていく程度なのだから、そんな気負う必要はないだろう。最悪二人して寝坊しても、ラーシャ一人で食堂には行けるはずだ。

 けれどレナードは「絶対に起きる」と何故か気合が入っていた。

 その後少しだけイティア語の勉強を談話室でして、それぞれ部屋に戻っていた。

 いつもより早く部屋に帰ったグレンは、いろいろあって疲れたので直ぐにベッドに横になった。


「あーつかれた。でもまた少し単語も覚えたし、これで明日の朝食でもラーシャをビビらせて…………って違うだろ、オレ!」


 すっかり明日の三人での朝食の事で頭がいっぱいになっていたが、グレンは自分のしなければならないことを思い出した。


(オレが頑張るのは、イティア語を覚えることでも、ラーシャをぎゃふんと言わせることでもない。依頼のことだろ!)


 グレンは直ぐに脱線する思考にため息をつくと、うつ伏せだった身体を捻って天井を見上げた。そして、今日起きたもっとも大きなこと――図書館での出来事を思い出すことにした。


(折角星貴族と接触できたのに……)


 今日の出会いは、グレンでは現状近づく事さえできない特別扱いされている星貴族と近寄るチャンスだった。それなのに、上手く仲良くなるどころか、悲鳴を上げられて逃げ出してしまった。


(くそー、最悪の状況になってしまった……)


 むしろ嫌な感じで接触してしまったため、今後の行動に制限がかかりそうな不安さえある。


(あの子、オレのこと覚えていないと良いけど……顔を合わせたのは少しだし、大丈夫だよな?)


 グレンは自分が人に強い印象を与えるような顔つきではないことを自覚している。女子生徒にモテそうな顔立ちのレナードや、性別不明の整い方をしたラーシャに比べれば、平凡には違いない。

 ただ、顔を見られたことは確かだ。もし今後他の方向から目的の人物に近づいたとき、近くにいる彼女から変なことを言われる可能性も捨てきれない。それで目的の人物にも警戒されてしまったら、余計面倒くさいことになる。


(あの子とは二度と会わないにようにしないといけないな。……まあでも、名前を知られなかったのが不幸中の幸いかも)


 こちらは知っていても、相手が知らなければ、下手に近づくことはないだろう。――とはいえ、もやもやとした不安は消えない。


「はぁ……」


 グレンは起き上がるとベッドに腰かけながら窓の外を見た。既に日が落ちているので、外は暗かったが、金持ち学園らしく街灯が点いていて、通りが明るく見えていた。

 気分転換をしようと窓の外を見ていたグレンの視界に、黒い綿――黒モフがいくつも入ってきた。

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