初仕事 双剣とドブ攫いとワスプ
Day 1. 初仕事 双剣とドブ攫いとワスプ
––––結局、腹は減ったし当てもないしで、俺はここ、雑用専門ギルドの世話になることにした。
空腹は最高の調味料って言う通り、晩飯は旨かった。
何のこともない、パンとチーズ、野菜のスープだったけど。
そして、一晩経って、俺はまだ微睡みの中にいた。
「ん、ん~~……」
疲れてもいたし、まだ眠いなぁ、なんて思っていたら。
ガンガンガン!ガンガンガン!と、けたたましい音がして、
「みなさ~ん!朝ですよ~!起きてくださ~~い!」
……なんて声で、起こされた。
「あ~、もう朝かよ……ふあぁ~あ」
伸びをしながら、ようやっと身を起こすと階下から、
「早く来ないと、朝ご飯がなくなりますよ~~!」
朝飯抜きは勘弁してほしいなぁ、ということで部屋を出た。
一階のホールに出ると、少ないながらも人の姿があった。
朝からカードゲームに興じる、エルフとドワーフ。
小卓で嫋やかに茶を嗜んでいるのは、狐の獣人か。
視線を巡らせ、壁のシミか何かの影かと思ったら、そこにいたのは、忍者のような恰好をした人物。
そして最後に、長椅子に腰掛ける、昨日のおっさん。
ホールの反対側、大テーブルには、何やら見慣れた料理が湯気を立て、傍らには、先ほど鳴らすのに使ったであろう、鍋とお玉を手に、受付嬢がこちらを見て微笑んでいる。
「おはようございます、コマツカさん。よく眠れましたか?」
「あぁ、はい。お陰様で。それと、カケルでいいっすよ」
昨日の問答もあって、苦笑を浮かべながら、そう応えた。
「そうですか。それでは、カケルさん。朝食の用意ができていますので、テーブルへどうぞ」
「はい。っていうかこれ、受付さんが作ったんですか?それに、和食、じゃないんですか?これ」
見た感じだけど、テーブルに並んでいたのは、肉じゃが?とお揚げ。
だし巻き卵、と、お揚げ。みそ汁の具も……油揚げ。
何故か、全てに『お揚げ』がセットになっている。
「ワショク、というのか分りませんけど、メニューは順番に、皆さんの好みのものをお出ししているんですよ。今日のメニューは、極東風のメニューでして。リクエストされたのは……」
「あ、大体分かりました。あっちの、キツネの人、でしょ?」
お揚げと言えばキツネ。うん、間違いないだろう。
「え?よくお分かりになりましたね!その通りです!」
「まぁ、何となく?ハハハ……」
自分のことはあんまり思い出せないのに、こんなどうでもいいことはすぐに分かるって、変な感じだな。
朝食が終わると、受付嬢が声を上げる。
「はい、それでは皆さ~ん!新人さんを紹介しますよ~!こちらは、今日から一緒に働いていただく、コマツカ カケルさんです」
「……どうも」
なんと言って良い物やら、取り敢えず会釈をする、と。
「小間使い?」
例のおっさんが、すかさず揶揄うように煽ってくる。
「違っげ~し!駒塚だよ、コ・マ・ツ・カ!」「い?」
重ねての煽りに、カっ!と頭に血が昇る。
「おう、おっさん。やんのか?やろうってのか?受けて立つぞ?俺は弱えぇけどな!」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいカケルさん。バンディさんも、揶揄うのはいい加減にしてくださいね?」
受付嬢が、慌てて仲裁に入る。
「ええと、それではまず、こちらがバンディさんです。まぁ、見ての通りこういった人ですので、あまり真剣に受け取らないでくださいね」
「おい、問題児みたいな紹介やめろ」
「問題『おやじ』な……」
改めて、目の前のおっさん、バンディは、簡素な皮鎧に皮のハチマキ、腰に二本の剣を差した、無精ひげの男だ。
「次に、こちらの方が……」
「ウチは孤都や。よろしゅうな♪」
先ほど茶を嗜んでいた、狐の獣人・孤都は、柔らかな笑みを浮かべる。
手弱女、といった風情ではあるが、その服装にドキリとする。
清楚な巫女装束を、大胆に着崩したかのような着こなし、大きくはだけられた胸元からは、存在を主張して余りある見事な双丘。
秋の夕映えに輝く稲穂を思わせる、深い黄金色の艶髪の狭間から覗くのは、同じく黄金色の、ピンと立った狐耳。
惜しむらくは、その顔立ちまでもが獣寄りなところか。
とは言え、そこは思春期のオトコノコ。どうしても気になってしまう、魅惑の膨らみ。その一点に釘付けになっていると。
「クンクン……あぁ~、なんや懐かしい匂いやわぁ~。嬉しなってまう。カケルちゃん、やった?なぁ、もっと……嗅がして?」
諸手を広げ、ゆるりと抱きついてくる。
魅惑の双丘に心奪われていた少年は、赤面しつつもこれを躱せなかった。
「え?ちょ、近い近い、近いですって!待ってくだ……ムぐっ!」
遂にはその柔らかな果実に顔を抱きしめられ、呼吸すらもままならず。
「ん、ん”~!ん~~~!」パン!パン!(タップ)
「クンクン……スウゥ~~~、ハアァ~~~~……んふぅ♡」
たっぷりと吸われながらも、抱きしめられた温もりと、獣人特有の、日の当たる草原の匂い。幸いというか、毛に覆われたその肌は、匂いとともに、僅かばかりの空気をもたらしてくれた。
「……ッハァ~~~~。死ぬかと思った」
ようやく解放されたときには、最早立っていることさえも怪しい有様だった。
「ウチ、カケルちゃんのこと気に入ったわ♡また、吸わしてな?」
「……吸われた。なんか、メッチャ吸われた……」
「なに、男子として産まれたからには、それもまた一興であろう?腹上に果つるもまた、漢の本懐というものであるぞ?www」
気が付くと、忍び装束の男が隣りに立っていた。
「いや、それはちょっと……ってか、あんた誰?」
しかも、言葉の最後にwww入れてなかったか?
「おぉ、これは失礼した。我の名はライアーと申す。孤都と同じ東国の出で、草を生業とする者である」
良しなに、と言って差し出された手の、指の間からは鉤爪が……
「よろしく––––って、うお!危ねっ!」
「おっと、これはこれは。我としたことが」
白々しくも、「不注意であった」などとのたまう。
苦笑でもって応えたが、注意しておかなくては、と心に刻む。
「時に」ふと真剣な表情を浮かべて、ライアーが顔を寄せる。
(お主、カケルと言ったか。孤都のこと……如何に思う?)
ひそひそと、内緒話のように聞いてくるが、
(イカにも何も、今会ったばっかりで分かんないっすよ……もしかして、あんた、孤都さんのこと好きなんデスか?)
それならば、先の鉤爪のことも納得できる。
(お、お、お、お主!そんな好きとか、そ、そんなんじゃないんだからねっ!)
うっわ~、おっさんのツンデレとか、ないわ~。などと、かなりヒキ気味に、ライアーとの密談を終える。
「え、え~っと、次ですね、次は……」
軽く汗を垂らしながら、受付嬢が話題の転換に務める。
「あ~し、パ~ス……適当に言っといて」
若葉のような緑のショートヘア、ゆったりとした衣装を纏い、気だるげな態度の、エルフの女性だ。
「あ、あははは……あ、あちらが、エルフのディジーさんです。まぁ、ご覧の通り、と言いますかなんというか」
受付嬢が取り繕うように言うが、当のエルフは爪磨きに夢中。
「あぁ、何とな~くわかりました」
ダウナー系なのね、とか思っていると、トコトコと歩み寄る人影。
皮のベストに皮帽子、顔の下半分を覆いつくす厳つい髭。エルフと並ぶ程の有名種族、ドワーフだ。
「……俺ぁ、ジルコだぁ。まンつ、よろしぐな」
差し出された手を取り、挨拶を返すが……?
「その、ジルコさんは北方のお生まれでして。中々方言が抜けなくて、コミュニケーションの方で少々苦労されている方なんですよ」
受付嬢が、そっと耳打ちをして補足する。
「––––これで、一通りの紹介も終わりましたので、早速研修に入っていただきたいんですけど……バンディさん」
「おう」
「ええ~?いきなりこのおっさんと?」
昨日といい、今日といい、思い返すだに腹も立つ。
「ですけど、研修中は全員と一度は組んでいただきますので、こういうのは早い方が良いと思いますよ?」
「分かりました。行きますよ……」
嫌々、不承不承、といった感じではあったが、ともあれ、初仕事である。
––––そんなこんなで駆り出され。
街の真ん中辺りに、スコップ片手に歩いてきた。
「で?何すりゃいいわけ?」
「あぁん?見りゃ分かんだろ。ドブ攫いだよ」
うっわ、ガチで雑用だし。
「働かざる者、食うべからず。とっとと働け、新人」
おまけに、一緒に作業するのがこのおっさんとか。
「へぇ~いへい。やりゃあいいんでしょ?やりゃあ」
ザクッ……ベチャッ……と、渋々作業をしていると。
「【IGNAGI】!」
おっさんの身体を光が包むと、その動きが加速した。
残像を曳く程の超加速。その動きは、∞の軌道を描く。
「あ、あれはまさか!デンプシーロール!?」
往年の名ボクサーを彷彿させる(見たことないけど)華麗な動き。
何より、それほどの超高速での作業にもかかわらず、掻き出された泥は、周囲にひと雫たりとも飛沫を飛ばしていない。
「コイツが、俺考案の【八の字ドブ攫い】だ!」
右に左に、瞬く間に泥が積み上げられてゆく。
ドヤってる顔に、若干ムカついたけど、正直、素直にスゲエ。
まさか、ドブ攫いでこんなにテンション上げられるとは思わなかった。
「ほれ、ボケっとしてねぇで、お前もやるんだよ!」
「あ、お、おう!」
あんなスゴイのは無理でも、俺もやってやろうって気にはなった。
––––ザクッザクッと、俺としては一生懸命に泥を掬う。
垂れてきた汗を拭おうとして、ふと顔を上げると、何やら異音が。
BBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBB……
音がした方を見てみると、仔犬ほどもある蜂の姿があった。
「お、おっさん!蜂!でっけえ蜂が来てる!」
「あぁ、こいつぁワスプだな。なに、こんなもん……!」
作業の手も止めず、事もなげに蜂を躱してゆくと、
「––––邪魔、くせえん、だ、よ!」
もののついでとばかり、スコップで蜂を撃ち落とした!
泥の中に叩き込まれた蜂は、ヒクヒクと痙攣を繰り返すばかり。
その流れるような手際に、驚嘆を覚えていると、
「近くに巣があったら、また来るかも知れねえな……ホレ!」
腰に差した剣を、一振り放り投げて寄越す。
「次に来たら、お前もやってみな」
事もなげに言うけれど、剣なんて、今初めて持ったばかり。その、ズシリとくる重さに、冷たい汗が噴き出す思いだった。
「ムリムリムリッ!俺、戦ったことねぇもん!」
「何だぁ?お前、冒険者になりたかったんじゃねぇのか?」
だったらそれくらいやって見せろ、ということなんだろうけど、リアルでの命のやり取りを意識すると、尻込みしてしまう。
「大体、こんなもんでビビッてちゃ……お、来たぞ!」
剣を抜き放ち、指し示す方を見ると、十匹ほどのワスプの群れ。
スズメバチなんかは、威嚇のために大顎をカチカチ鳴らすというが、そいつらは、仲間を殺されて気が立っているのか、ガチン!ガチン!と、巨大な顎を打ち鳴らして近づいてくる。
ナニアレ、すっげえ怖い。あんなので齧られたらひとたまりもない。
別の意味で、俺の歯がカチカチと音を立てる。
「おい、新入り!他の奴は俺がやっとくから、まず一匹、自分でやってみろ」
そう言いながら、まるでコバエでも落とすかのように、次から次へと巨大蜂を打ち落としてゆく。
そうするうち、敵わないと思って標的を変えたのか、一匹がこちらへ。
震える手で、剣を抜き終わるか否かの刹那、急接近してくる巨大蜂。
「––––ヒィッ!」
訳も分からず、ブンブンと剣を振り回すけれど、蜂には当たらない。
「バカ!目ぇ閉じてんじゃねぇ!ちゃんと見ろ!」
そんなこと言われても––––怖い、怖い!コワイ!!
「ムリ!やっぱムリ!こんなの倒せる勇気、持ってない!たった今、気がつきましたぁ!」
情けないけど、ゲームじゃないんだ。負けたら、死んでしまう。けれど。
「バカ野郎!勇気なんて、最初から持ってる奴はいねえんだよ!
まず、動け!その後で、勇気ってのはついて来るんだよ!」
動く……動かないと、勇気は、出てこない?パニックになりながら、その言葉に引っ張られるように、両目を開ける。涙で、視界が滲む。
「––––そうだ!べそ掻いても、鼻水垂らしてたっていい、まずは、
何も考えないで、俺の言うとおりに動いてみろ!」
「言われた、通りに……」
「お前を勝たしてやる––––俺を、信じろ!」
そこからは、只ひたすらに、言われた通りに剣を振るう。
「剣は正面に。絶対に切っ先を相手から逸らすんじゃねぇぞ!」
「……剣は、正面。相手から、逸らさない!」
まだ、手は震えていたけど、やらなきゃ、やられる。
「最初のうちは、振り回したって上手くいかねぇもんだ。だから、隙を見て突きを入れろ!」
「はい!」
言われるがままに、右へ、左へ。蜂の刺突を躱し、大顎を避ける。
夢中になって動くうち、不思議と手の震えは止まっていた。
途中、これなら自力でイケるんじゃないか?と、勝手に動こうとして、危うく刺されそうになって、怒られたりもした。
やがて。
「右一歩、下がって……そこだ!」
遂にやってきた、絶好の好機!思い切り踏み込んで、剣を突きこむ!
Kyeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!
巨大蜂の、断末魔の咆哮。勢い余って、剣を突きさしたまま、地面に蜂を縫い留める。
「よぉ~し、まだ油断するなよ?蟲種は、しつこいからな」
言われた通り、慎重に腹を踏みつけて、抜いた剣で頭を落とす。
生命の残滓で、蠢いていた脚が、次第に力なく動きを止める。
すっかり沈黙して、魂の抜けたソレを確認して、吐息をひとつ。
「か……勝ったの、か?」
未だ実感の湧かない、命を屠った感触。
「あぁ、よくやった。お前の、勝ちだ」
ポン、と頭に置かれる、ゴツイ手の感じ。見上げてみると、傍らに立ったおっさん、バンディが満面の笑みを浮かべている。
「やっ、た……やった?……お、おおぉああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
スゲエ!スゲエよ!俺、勝ったんだ!
心の奥からこみ上げてくる達成感に、もう、もう、何が何だか!
「こいつぁ、間違いなくお前さんの成果だ。誇っていいぞ」
差し出された手拭いで顔を拭って、喜びを爆発させる。
「おっさん!いや、バンディさん!俺、自分でなんかやり切ったの、
初めてかもしんねえ……スッゲエ嬉しいよ!」
「そうか。そりゃ何よりだ。それと、俺のことはバンディ、でいいぞ」
ニカッ、と男前な笑みを浮かべるバンディ。なんていうか、仲間って感じで、それもまた嬉しかった。
「じゃあ、ドブ攫いも大体終わってるし、帰るか?カケル」
「……!おう!」
ギルドに戻って、報告を済ませる。
ワスプに遭遇して、俺も戦ったという知らせを受けて、心配したような顔で、孤都さんがスッ飛んできたりして。
そんなこんなで、みんなでワイワイと晩飯を食べていると、あぁ、なんかいいなぁって、こんな賑やかに皆で食べる飯って、こんなに美味いんだなぁって、そう思えた。




