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雑用専門ギルド「猫の手」へようこそ!  作者: 子寅(ねとら)
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|状況説明《チュートリアル》……今さら⁉

   Day.7 状況説明(チュートリアル)……今さら⁉


 ––––眠気を誘うような午後の日差しが穏やかに街を照らす頃。

 一仕事を終えたカケル達がギルド舎に戻り、ひと息を––––

 ––––ちょっと失礼♪

 ……何か?

 ––––いえ、今回は(わたくし)が取り仕切らせていただこうかと。

 何を勝手な!––––っ!離せ!この物語のナレーターは私だぞ!私は、私は……女神なんて、大っ嫌いだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼

 ––––えいっ!フェイドアウト♪……というわけで皆様、またのおめもじ大変嬉しゅうございます。パンジョ村以来の(わたくし)です♡

 さて、カケル少年たちがギルドホールで一仕事を終えてのティータイムを楽しんでいたころ––––

「……え~っと、『雑用専門ギルド 猫の手』……あぁ、あったあった。ここね!……ほら、あんたも行くわよ!」

「むー。んむーむむー♡」

 ギルド舎の前には、頭からすっぽりと外套を被せられ、口を塞がれているのかくぐもった不明瞭な声を上げる、小柄な人物を引き連れた少女がギルドの看板を見上げ、不敵な笑みを(たた)えてその一歩を踏み出そうとしているのでございました。


「…………ん?」

「?カケル君、どうかしたの?」

 ギルドホールでお茶を飲んでひと息ついていた俺は、ふと違和感を覚えた。

「んー……なんて言っていいのか分からないんだけど、こう、空気っていうか、雰囲気が変わった?ような気がして……」

 なんとも説明しづらいけど、奏者(プレイヤー)語り手(テラー)?が代わったような、そんな感じだ。

「空気?……ってどういう––––」

 要領を得ない俺の説明に、ナオヤ君がそう言いかけた時。


「こぉんにぃっちはーーーっ‼」


「っ!ニシキゴイ⁉」

 バァン‼というけたたましい音とともに、勢いよく正面扉を押し開けて、満面に笑みを浮かべた女の人が入ってきた。

「ねぇ、ここ、『雑用専門ギルド』ってのでいいんでしょ?いやぁ~、私ってば間違って最初に冒険者ギルドの方に行っちゃってさぁ。まいったまいった!」

 入ってくるなり、馴れ馴れしいまでのハイテンションでお(しゃべ)りを始めたその人は、燃え立つような朱色の短髪(ショートヘア)に、同じく赤みの強い好奇心の塊のような大きな瞳。頭には、額と頬を覆う翼の意匠を施された面当て(フェイスガード)をして、同じデザインの胴鎧を纏って、片手を腰に当てながら立っていた。

「えっと、確かにここが『雑用専門ギルド』だけど……依頼かなんかっすか?」

「そうじゃなくって、ここにナオヤってのとカケルってのが居るって聞いてきたんだけど––––っと、そう言えば私、まだ名乗ってなかったわね。……んんっ、私の名前はルビィ=ルル!パドキの街にその名も高き美少女剣士とは私のことよ‼」

 どうやらとことんマイペースな俺様タイプらしいその人は、小さく咳払いをすると、ドドン!と薄い胸を張って、ルビィ––––パンジョ村(どこか)で聞いたような?––––と名乗った。

「––––ちょっと。誰の胸が薄くてペッタンコでちっぱいだって?あ゛ぁん?」

「そこまで言ってないけどとりあえずサーセン!」

 なぜか心の声にカラまれたんだけど⁉

 どこか納得しきれないものを覚えつつ、とりあえず素直に謝っておく。だってこの人、初対面だけど『何をしでかすか分からない怖さ』みたいな感じ、するし。

 ヘタレと呼ばれようが知ったこっちゃない。プライドだけじゃ、生き残れないのだ!

「で?カケルってのはどこ?いるんでしょ?」

「へ?あぁ、カケルは俺、ですけど––––」

「あぁ、あんたがそうなのね。ねぇ、シャトーが言ってたけど、あんた野生のオークを調教(テイム)したんだって?私にも見せてよ」

 感情も話題もコロコロとよく変わる人だなぁ。って、シャトー?なんでここでシャトーさんの名前が出て––––あ。

 不意に、あの時の何気ないひと言が、頭をよぎった。


 ––––もうっ!こんな危ない飛ばし方をするのは、ルビィね!


「あぁ!もしかしてあの時、シャトーさんに(ピジョン)ぶつけてきたのって––––」

「そう。私よ」

 悪びれるどころかむしろ誇らしげに、ドヤ!とばかりに言い放った。


『––––ルビィ。そろそろ本題に入ってくださいますか?』


 その時、どこからともなく女の人の声が聞こえてきた。

「え、もう?私、まだ調教(テイム)されたオークっての見てないんだけど」

『それは後からでもよろしいでしょう。あの子も待たされて(つら)いでしょうし』

「はぁ~い」

「––––て、ちょっと待った!今の声っていったい……?」

「え?神様だけど?」

「…………マジで?」

 今、サラッと言ったけど、ずいぶんフレンドリー過ぎねえ?いやまあ、こっちにも一柱(ひとり)いるけど。

「それじゃあ、ちょっと待ってて。もう一人連れてくるから」

 そう言うと、ルビィは(さん付けとかいらないって)扉の向こうに消えた。


 ––––さて、扉の外へ赴いたルビィは、一人の人物を伴って直ぐに戻ってきたのでございますが、その人物というのが––––

 頭からすっぽりと外套を被せられ、具合でも悪いのかプルプルと小刻みに震える、小柄な人物でございました。

「ほら、早くこっちに来なさいよエリュシア」

「んふー♡んふー♡……むー、んむーむむー♡」

 ルビィがその手にした綱を引いて声を掛けると、エリュシアと呼ばれた人物は、熱っぽくもくぐもった声を上げ、震える足を一歩、また一歩と運び、カケル少年たちの前へとやってきたのでございます。

「お待たせー♪じゃあ説明を––––」

「いや、その人震えてるけど大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫♪それも併せて説明してあげるから」

 カケル少年が心配そうに尋ねるのも意に介さず、ケラケラと笑うルビィ。

「それでね、この神様があんたたちに話があるらしいんだけど、なんか『人前に姿を現すことは、極力避けたいのです』とか言っちゃってさぁ。それで、このエリュシアの身体を借りたいって言ってきたってわけなのよ」

 朗らかに愉し気に、ルビィはポンポンと外套に包まれたエリュシアの肩を叩きながら説明を始めるのでございました。

「それは分かったけど、その、エリュシア、さん?はなんで震えてんだっての」

「まーまー。今教えてあげるから。それでね、神様がこの子の身体を使うには、この子が高度な高揚(トランス)状態になってないといけないらしくて。それで––––」

 カケル少年の疑念を、掌を向けて鷹揚に押しとどめ、説明を続けたルビィはおもむろにエリュシアを覆っていた外套を取り払います。

 その外套の下より現れたのは、橙色よりもなお深い、頭の両脇で結わえられた琥珀色の頭髪。翠玉(エメラルド)のような瞳は熱っぽく蕩けるように潤み、猿ぐつわを噛まされながらも零れ落ちる、甘く切ない吐息。

 薄桃色のロープの上からフード付きのケープを纏った身体は、後ろ手に縛られているためか、小振りな西瓜程もある双丘がドン!と強調され、モジモジと太股を擦り合わせながら膝を震わせる様は、もはや立っているのもやっとという有様でございました。

「––––で、媚薬飲ませて連れてきちゃった♪」

「鬼かあんたはっ‼‼」

「––––?お呼びでしょうか?」

「いや、アースラさんのことじゃなくて!」

 さらりと鬼畜発言をするルビィに厳しくツッコミを入れ、『鬼』という単語に敏感に反応するアースラに訂正を入れて。

「ツッコミきれねぇ……」と、痛切に感じるカケル少年でございました。www

 そして、猿ぐつわと自身を縛る縄を外されたエリュシアは、ノロノロとした仕草で視線を巡らせ、やがてルビィに向かって、「お姉さまぁ♡」と口を開いたのでございました。


 ––––なんか、エリュシアさんが喋り始めた。

 その声は、ハチミツを煮詰めたかのように甘ったるく、鼻にかかった感じだ。

「…………ちん…………」

 何を言い出すのかと思っていると––––

「おちん…………」

 おいおい、何を口走るつもりだよ⁉

「っ!おちんせいざい(鎮静剤)を!くださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ♡♡」

「––––って、なんだそりゃ⁉」

 てっきり○○(ピー)なことでも言うのかと思って、止めに入ろうとしていた俺は盛大にずっこけた!

「あら、なに?なんか変なことでも期待してた?––––言っとくけど、この子は私達の妹分みたいなもんだから、手ぇ出したらただじゃおかないからね!」

「期待してねぇし!手ぇ出さねえし!そもそも妹分に媚薬なんか飲ませてんじゃねぇよ!」

 見ろよ!ナオヤ君なんて、色々アレなことになってるエリュシアさんのこと見て、真っ赤になって無言で前屈みになっちゃってるだろ!

「と、そんなことより話を進めるわよ」

「スルー⁉」

「あんたも案外細かい男ね。ちょっとシャクが押してきてるんだから、巻いてかなきゃなんないの!––––エリュシア。ヤりなさい」

「はい♡お姉さま♡––––【発情加速(ブーストヒート)】!…………ひあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ♡♡♡」

 謎のメタ(?)発言をしたルビィの指示で、エリュシアさんが呪文を唱えると、がくがくと全身を震わせて崩れ落ちてしまった。さらに––––

『んおっほおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ♡♡♡』

 ……表から、年中発情期の黒馬の悶える叫び声が聞こえてくる。

「ルビィ。念のため聞いとくけど…………今何やった?」

「––––え?何って、魔法で発情状態を加速させただけだけど?」

「血も涙もねぇのかお前はっ‼」

失礼(しっつれい)ねぇ。それより、ホラ、そろそろ来るわよ」

 俺の抗議の声を受け流し、指差すルビィの示す先で、変化は起こった。


「––––全くもう。これではやりすぎですよ、ルビィ」

 へたり込んで、放心状態だったエリュシアがすっくと立ち上がる。––––これよりは、憎き女神めが舞台へと降りて行った為、元通りの私が天の声を務めさせていただく。

 さて、立ち上がったエリュシアは、先程までの媚薬の影響があったとは思えぬほどにしっかりとした口調、立ち姿を披露していた。まるで別人のように。

 その容貌は変わらぬものの、内より滲み出る(オーラ)のようなものや、風格といったものの違いが感じ取られるようであった。

「さて––––あ、どなたか鎮静剤を一口頂けませんでしょうか?……ありがとう存じます。––––改めまして、転生者トガセ ナオヤ。この世界を(つかさど)る者として––––あ、私にもお茶を頂けますでしょうか?いえ、そこのお茶請けがおいしそうだったもので♪––––ええと、そうそう、この世界を司る者として歓迎いたします」

 とは言え、所詮はこんなものなのかもしれない。女神だし。

「あんたは近所のおばちゃんか!」と、堪り兼ねたカケルがツッコミを入れると、エリュシア––––もとい、女神は不意に眼を細め、問い詰める様な視線をカケルに送った。

「そう言えば気になっていたのですが、何故貴方はここに居るのでしょうか、コマツカ カケル?元来、転生者にせよ転移者にせよ、私達【世界の管理神】の許諾なしには界を渡ることは出来ないはずですが」

 と、言われたところでカケルにしてみれば––––

「そんなん言われても、俺だって何でここにいるのか分からないんすけど」である。

「そうですか。それでは、【転サポ】に確認をしてみますので、少々お待ちなさい」

「––––は?」

 【転サポ】とは––––異世界転生サポートセンターの略であり、各世界の神々のオーダーに応じて、条件に合った人材をブッコロ––––もとい、転生させる機関である。

「なるほど––––て、今俺、何に相槌打った?」

 気にしたら負け、である。そして女神は––––

「––––、––––!……⁉––––––––‼」

 何やら小声でやり取りを交わし、やがて引きつった笑みを浮かべる。

「さ、さて。転生者であるお二人には、贈り物が––––」

「ちょい待ち。なんで俺がここに居るのかの説明は⁉」

「––––ちょっと何をおっしゃっているのか分かりませんね。取り敢えず【召喚(コール)】!」

 カケルの抗議の声を、すっとぼけてやり過ごす事にした女神は、何者かを召喚した。


「毎度ーーーっ!バステトメガミの宅配便でぇすニャーーー‼」


 ––––頭の上(、、、)からそんな声がして、頭上を見上げる。と、なんだか丸っこいものが降ってきて––––「ぶぎゅっ‼」––––俺の顔面に着地しやがった!

「ご用命とあらばいつでも参上!どこでもお届け!バステトメガミの宅配便!次元の狭間も乗り越えて、ニコニコ笑顔でお届け物ですにゃ☆」

「い・い・か・げ・ん……どけぇっ‼いつまで人の上に乗ってるつもりだ‼」

 人の顔面の上で口上を述べるそいつを、両手で引っぺがして放り投げた。

 すると、「にゃんくるりん☆」と言って、にゃんこ空中三回転を華麗に決めたそいつは、体操の選手のように見事に着地、ポーズまでとっている。ってかキラッ☆とかウゼエ。

「ややっ!これはこれは、どうりで普段よりよく周りが見えると思ったら。大変失礼いたしましたにゃ」

 ペコリ、と頭を下げる宅配業者。見ると、宅配便らしく縦縞の制服を身に着けて小さなキャップを被り、その脇からケモノの耳をぴょこっと出した、三頭身くらいのネコ耳っ娘だった。

「それでは改めまして。トガセ ナオヤ様とコマツカ カケル様にお届け物ですにゃ」

 そう言って手渡されたのは、なんだかスマホでも入っていそうなサイズの小箱。

 箱の表面には『タカネットジャパタ 神通販』と書かれていた。って、おい!

「そちらは、(わたくし)からお二方への贈り物です。この世界での活動に、きっとお役に立つかと存じますが」

 女神(?)に促されるままに箱を開けてみると、中に入っていたのはマジでスマホだった。

「……え~っと……???カケル君。これ、何だか分かる?」

「––––あぁ、そっか。ナオヤ君の時代にはコレ(、、)、ないもんな」

 およそ三十年以上のジェネレーションギャップがあるナオヤ君には、スマホ––––スマートフォンなんてものは知らなくて当然のことだ。

「あ、初期設定はタカネットの方で済ませてありますので、すぐにお使いいただけますにゃ」

 宅配猫がそう言うので、実演しながらナオヤ君に説明する。実際、初期設定とか面倒くさいので、あらかじめやってあるならありがたい。

 これが電源ボタンで、まずは長押しして––––と説明しつつ、なんとなく機種名とかを確かめて見ると、裏面にはどこかで見たような葉っぱのマークと『Fig』の文字。

 で、機種名は『My Phone 7s’』。

「念のため聞いときたいんすけど、神さま?……これ、最新型?」

「………………………………7s’は、Fig(イチジク)の中でも名機の呼び声が高く……」

「ちなみに最新型は14Proですにゃ」と告げ口(チクリ)猫。

「やっぱ型落ち、ね」

「––––でもでも!まだサービスは終わってませんし、使い勝手も良い品ですから!」

 まぁ、イイんだけどね。剣と魔法の(こんな)世界でスマホ使えると思ってなかったし。


「––––で、俺たちに用ってこれだけじゃないっすよね?」

 わざわざ人の体借りてまでやってきて、プレゼントです、だけなわけない。どうせ何かやれ、とか言い出すんだろうし。

「(ずずっ)––––え?あぁ、そうですね。(パリポリ)まずは貴方達を呼んだ理由を––––あ、これ美味しいですね。もう少し頂いてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、もちろんです。普通のオランドライスクラッカー(せんべい)ですけど、こんなに喜んで頂けるなら、よろこんで」

 お茶をすすりながら、茶菓子のおかわりを要求する女神。受付さんも、そんな普通に相手しなくてもいいのに。

「さて、と……この世界に脅威が迫っています!」

「いきなり過ぎるし!せんべい置けし!喰いカス噴き出してんじゃねぇし‼」

 おもむろに立ち上がった女神は、ズビシ!とこちらを指差して声を張り上げた。けど、口の中に残ったせんべいをボロボロこぼして、非常に行儀が悪い!

「あら、これは失礼。(もぐもぐごっくん)––––では、改めまして。現在、この世界に愚者の王(ストゥルトゥス)––––貴方達に解りやすく申しますと、魔王のような存在が出現する兆候が現れているのです。そこで(わたくし)は、これに対抗する者として貴方を召喚することにしたのです、トガセ ナオヤ」

「え……僕、ですか?」

「……で、俺は?」

「もちろん調べさせていただきました。その結果、此度の災禍の発端の一部に、貴方が関わっていることが判明したのです」

「は?なんで俺がその、ストツ––––じゃない、なんとか言うのに関係あるって?」

 大体、そんな名前自体初めて聞くようなのに、俺が関わってるわけがないだろうに。

「それを説明するために、まずはそのスマートフォンの、【ステイタス】のアプリを開いて御覧なさい」

 言われて、起動したばかりのスマホ画面に目を落とす。と、さすがにこんな世界で支給されるだけあって、【ステイタス】とか【スキル】といったアプリがインストールされていた。

「開いたなら、罪業(カルマ)値の項目を確認するのです」

 はいはい、と……罪業値、罪業値……あ、あった。数値は、-50、000、000、000、000、000。……え?ちょっと待て、いちじゅうひゃく……

「マ、マイナス五京⁉」

「その通りです。貴方の罪状は『世界に対する呪詛』。故に、貴方にも神探題(クエスト)を科します」

「ちょ、ちょい待ち!それって、『こんな世界、壊れちまえ』とか思うこと自体が罪ってこと?そんなの誰だって––––」

「確かに、誰しもそう思う事はあるでしょう。ですが、それが『己の生命を供儀に』為されたことであれば話は変わってきます。それ(、、)単体では力を持たずとも、似たような想念を巻き込んで、ゆっくりと世界を蝕んでゆくのです。聞いたことはござまいせんか?次から次へと引き寄せられるように自殺者の絶えない場所や、それまで穏やかであった個人や集団が、ある時を境に獣性を露にしてしまう、ということを」

 そりゃあ、確かに自殺の名所やら普段は大人しい人なのに、っていうのは聞いたことがあるけど……いやいや、それより今、すっげぇ聞き捨てならないワードが無かったか?

「……あの。『己の生命』って、やっぱ俺……死んだ、とか?」

「今はまだ、端境(はざかい)である、とだけ申しておきましょう」

 恐る恐る聞いてみたけど、はぐらかされた、ということなんだろうか。

「さて、話を戻しましょうか。此度の災禍の発端。それが貴方にもあるということは既にお話しましたが––––貴方は現在、記憶の一部が欠落していることは分かっていますか?」

「––––あぁ、そう言えば爺さんもそんなこと言ってたっけな」

「お爺さん、ですか?」

 訝しげに小首をかしげる女神に、そう、と首肯を返して、腰に差していた小剣を抜くと、爺さん––––オモイカネノカミを呼び出した。

『久しいの、【名無し】。とは言え、ここ(、、)のお主とは初対面、じゃったかの?』

「これはこれは、八意思兼(ヤゴコロオモイカネ)様でございましたか。––––えぇ。この(わたくし)はお初にお目にかかりますが、その節は私達(、、)がお世話になりました」

 ––––「ここ」の?私「達」?

「えっと……どういうこと?」

 意味が分からないよ⁉と問いかけると––––

『こ奴は、数多(あまた)ある世界の管理を司る神での。それぞれの世界に一柱、同一存在の神が配されておる。それぞれが個々の人格を持っておるが、総じてより上位の神の意思に連なる––––言わば、群体のようなものじゃな』

 その例えが正しいのかどうかはともかく。

「つまり、色んな世界に似たような神様がいて、別々の人格だけど情報っていうか、記憶がリンクしている、って感じか?」

『まぁ、概ねそんなところじゃの』

「あの~。(わたくし)のことよりも、話を先に進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「『どうぞどうぞ』」

 俺と爺さんが促すと、一瞬『ボケた方がいいのかしら』みたいな顔をして、女神は話し始めた。


「……それでは。コマツカ カケル––––貴方はこの世界に渡る際に、ある一部の記憶が切り離されました。それは、貴方にとっての悪夢の記憶です。本来であればそれらの記憶は、貴方がこれまでの(しがらみ)とは無縁でいられるこの地にて、貴方の成長に合わせて訪れる試練として現れるように設定されている、はずでした」

「––––はず?それに、設定って一体誰が……?」

「––––貴方をこの地へ導き、今回の事態を招いた者。それは貴方に最も近しく、また、貴方を心根より愛しく想っている存在です。その者が貴方を(うしな)うまいとして願った一念が、偶然にも転生管理システムに影響を及ぼし、貴方をこの地へと(いざな)ったのです」

 ––––俺に、近しくて、愛しく思っている?誰だろう。そんなことを考えていると––––

「失礼ながら、今のお話に訂正がございますにゃ」と言って、宅配猫が割り込んできた。

「あぁ、まだいたんだ。––––で、訂正って?えぇと……」

「私の名前ですかにゃ?宅配猫でもなんでも、好きにお呼びいただいて結構ですにゃ。私達には個別の名前はございませんので」

 そう言って、にっこりと笑みを浮かべる宅配猫。

「それじゃあ宅配猫で」

「はいですにゃ☆それでは話を続けさせていただきますと––––こちらの女神さまは『偶然』とおっしゃいますが、うちのボスから『事実をお見せするニャ♪』ということで、そちらのスマホに動画が送られてきているハズですにゃ☆」

「っ!お待ちなさい!……そ、それってまさか––––」

 なんだか途端に女神が狼狽(うろた)えだした。

「あ、女神さまにもボスから伝言を預かっておりますにゃ☆え~と……『人前に出なくていいからって、いっつもいっつもぐうたらし過ぎニャ!たまにはその生活態度(はじ)を晒して反省するニャ‼』……だそうですにゃ☆」

「うわあぁぁぁぁぁん!バステトちゃんのバカぁ~!いじわるぅ~~~!」

 地団駄踏みながら泣き出す女神。そこへすかさず「え?なになに?なんか面白いこと?」と、目を輝かせながらルビイがやってきた。

 こいつ。ついさっきまで吞気にお茶したり、ホールの端で両足を投げだして『ぬいぐるみ座り』で眠っているタローや、そのお腹をクッション替わりにして昼寝してるディジーとスネグーラチカを眺めて、『かわいー♪』なんて言ってたくせに、中々目ざといヤツ。

「––––はっ!ルビィ!スマホ、そのスマホを取り上げるのです!データを、データを消さないとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ‼」

「スマホ?データ?……何のこと?」

「あ、スマホってこの道具のことな。そんで、これにそこの女神様の友達がブチ切れるくらいのだらしない私生活が、動画で送られて来てるんだってよ」

 簡単に俺が説明すると、ルビィは、それはそれはイイ(わるい)笑顔でニヤァ……と口角を上げ、慌てて駆け寄ってくる女神を後ろから羽交い絞めにした。

「その、ドウガ?っていうのが何かは解らないけど、面白そうじゃない!私も交ぜなさい!」

 うん。絶対悪ノリしてくると思ったよ、このルビィ(おんな)

 ––––というわけで、俺とナオヤ君、それからルビィの三人で(いつの間にか受付さんも)動画鑑賞会をすることになった。

「やぁめぇてぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぇええ‼」

 ……どっかの爺ちゃん弁護士みたいな女神の叫び声はスルーして。


 動画再生。あ、ポチッとな。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼見ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼」


 …………………………………………


『おはようございますニャ(ひそひそ)』

 動画は、どこかのアパートの廊下みたいなところから始まった。

 多分、この寝起きドッキリみたいにひそひそと喋っているのがバステト女神なんだろう。

『今日は、百年の休眠から目覚める無銘女神ちゃんのお部屋にお邪魔したいと思いますニャ(やっぱりひそひそ)』

 そぉ~っと開かれた扉の向こうは……西日差す四畳半の部屋。

 そこかしこには一升瓶が乱立して、食べ終わった店屋物らしき丼がタワーを築く。

『ん……うぅん……』

 部屋の奥、万年床と思われるせんべい布団の中から声がして、やがて、もぞもぞと布団から這い出して来る一人の人物。

 姿を現したのは、美しい金髪……で(おそらく美人であろう)顔の半ばまでを隠し、黄金比とも言えるような豊かなバストに引き締まったウエスト……なんだけど、その肢体に纏うのはよれよれのタンクトップにパンツ一丁(パンイチ)……

 ハッキリ言って、素材の良さをここまで台無しにできるか?というくらいの残念美女だ。

 俺が半ば呆れ気味に、女神を羽交い絞めにしたルビィはケラケラと笑いながら動画を見て––––ナオヤ君は、またも顔を真っ赤にして腰が引けて……って、これ(・・)でもイけるの?

「いや、だって、女の人には違いないし。ちょっと、刺激が……」と言ってモジモジしているナオヤ君。純情過ぎねえ?

「らめぇぇぇ……見ちゃらめなのぉぉぉ……」

 捕まったまま、涙目で弱々しく訴える女神をよそに動画は続く。

『あ~よく寝た。さてと、おいもおいも~♪』と言いながら一升瓶をガチャガチャ探る女神。貼り付けられているラベルには〈すこいも〉の文字。

「って、焼酎かよ!」

 しばらくして、どの瓶も空だったのか『あれぇ~?どれも空?……しょうがないなぁ』なんて言いながら、女神はちゃぶ台の上に置いてあるノートPCを起動した。

『ゾンアマ、ゾンアマ……っと。ではでは。〈すこいも〉ニ十本、発注~♪』

 どこかで聞いたような通販サイトを開いて、お気に入りらしい焼酎を発注する女神。って、ニ十本⁉一升瓶で?

『––––あ、そうだ。しばらく転生者も入れてなかったから、こっちも注文しちゃお~っと。え~っと……やっぱり少年よねぇ~♪タイプは……今回はランダムで。ああぁ~♪どんな子が来るか楽しみぃ~♪』……カチカチッ。

「……っておい、ちょっと待て」

 今イッコ、見過ごせないところが無かったか?

「ふぇ?……傷心の私に、まだ何か?」

「いや、まず……あんたは昭和のビンボー大学生かっ‼今どきマンガでも見ねえぞ、あんな汚部屋‼ちったぁ片付けろよ‼それと、俺のこと呼んでねぇっつったけど、発注ボタンきっちりダブルクリックしてんじゃねぇか!」

「ふえぇ~ん!そんなにポンポン怒らないでぇ!バステトちゃんにも怒られたばっかりなのにぃ~……」

 ついに泣き出してしまった女神は、こっちが()なのか、まるで小さな子供のように訴えてきた。

 今いち話についてこれないナオヤ君は「……え?神様?これが?」とフリーズ。ルビィに至っては、『いいイジリネタ見つけたぜぇ!』みたいな、意地の悪い笑みを浮かべている。

 ––––と、画面を見るとまだ動画は続いているみたいだ。

 撮影しているバステト女神も怒り心頭にキているのか、段々と画面がブレ始める。

『さぁ~て、それじゃあお酒が届くまでもうひと眠––––』

『寝てんじゃないニャァァァッ‼あんたって子はっ!ニャんで休眠前に片付けてあげたっていうのに、百年ぽっちの休眠でここまで散らかせるニャッ‼』

『ふぇっ⁉バステトちゃん?……い、いや、これは違うのよ?ほ、ほら。クマさんだって冬眠の前には巣穴に食べ物を貯めるって言うし……』

『––––問答無用ニャ!……さぁ、ゴミを捨てるニャ部屋を片付けるニャ布団を干すニャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ‼』

 …………お()んかと。あ、そう言えばバステト女神って、母性とか良妻賢母みたいな属性があるんだっけか。


「……え~と。追加でスキルをサービスしますので、どうか他言無用でお願いできませんでしょうか」

 動画鑑賞会が終わり、ガックリと肩を落とした女神は、崩れ落ちるように土下座をしながら、そんなことを言ってきた。

「まぁ、貰えるもんなら貰っとくけど。ナオヤ君も、それでいい?」

「……あ、うん。でも、なんだか弱みにつけ込むみたいで悪い気もするなぁ」

 いや、大丈夫じゃね?あっちからくれるって言ってるんだし。そもそも、呼ばれた理由が『そう言えばしばらくやってなかったゲームがあったから、やっちゃお~』みたいなノリだぜ?

 ナオヤ君とそんな話をしていると、「ねぇ、私には?」と割り込んでくる奴がいる。言うまでもなくルビィだ。

「––––!あ、貴女には、既に【絶対純潔カスティダ・アブソリュータ】があるじゃないですか!」

「ふぅ~ん、あっそう。そういうこと言っちゃうんだ~……忘れてるかもしれないけど、こういう時の私の口は……軽いわよ?」

 にっこりと笑顔を浮かべ、女神に言い寄るルビィ。うっわ、こんなゲスい笑み、初めて見た。

「~~~~~~っ!わかりました!分かりましたから!あぁ、もう……このままでは今月のおこずかいが……」

 女神がぶつくさと言っていると、「––––!かしこまりましたにゃ!それでは皆さま、少々席を外させていただきますにゃ☆」と、宅配猫はビシッ!と一礼をして、何もない空間に穴のようなものを穿つともぞもぞとそこに入り込んでゆく。

「別に、誰もいてくれって言ってなかったと思うけどな。––––そういやルビィ。さっき言ってたカステラなんちゃらってなんだ?」

「【絶対純潔カスティダ・アブソリュータ】よ。う~んと……なんか、別の世界の元・大天使長だったってヒトが私にくれた、加護みたいな能力(スキル)みたいなものなんだけど……」

 何かを考え込むような仕草をしたルビィは、「まぁ、見ればわかるわよね」と言って集中するように瞼を閉じる。

 次の瞬間、彼女の纏っていた胴鎧や面当てが、まるで広げた翼を折り畳むように収納されてゆき、真っ赤な…………その、露出キワッキワのビキニアーマー姿になっていた。

「……とまあ、こんな感じで私の装備ってば、今言った能力(スキル)でできてるんだけど……って何、どうしたの?」

「いや、ルビィ(おまえ)のその格好見て、ナオヤ君がちょっと、な」

「ご、ゴベン(ごめん)、カケル君……」

 いきなり露出度の上がったルビィの格好に()てられて、ナオヤ君が鼻血を出してしまった。

 俺は、鼻に紙を詰めて上を向いているナオヤ君の首の後ろを、軽くトントンと叩きながらルビィに答える。

「はっはぁ~ん。あんた、今エロいこと考えたでしょ」

 獲物を見つけた!とでも言わんばかりにニタニタと笑みを浮かべたルビィが、ナオヤ君にカラみ始める。「––––っていうか、お前のせいだろうがっ!」「––––なによっ!」

 少しのにらみ合いの後、意外にも先に折れたのはルビィの方だった。

「……まぁいいわ。この格好がそういう(、、、、)目で見られやすいって自覚もあるしね。それより––––」

 くるりと後ろを向いて、自分の背中を指差すルビィ。そこには、三対、六枚の小さな翼が生えていた。

「これこれ。これがさっき言ってた【絶対純潔カスティダ・アブソリュータ】の本体?っていうか。それで、この翼には【浄化(プリフィケーション)】の能力が宿ってるってわけ」

 ルビィが言うには、その【浄化】の能力を使うとダンジョンのトラップだろうがモンスターだろうが、範囲内の『悪意あるもの』を一瞬で消し去ることができるんだとか。

「へえ~。ってか、何気にスゴクね?その能力。なんか、主人公っぽいっていうか」

「当ったり前でしょ?私の人生の主人公は私しかいないんだから!……って言っても、この能力は一日に三回しか使えないから、それほど便利ってわけでもないんだけどね」

 胸を張って言い切ったルビィはその後、ほんの少し自嘲気味に万能の力ではない、と言った。––––何かあったんかな?それにしても、『自分の人生の主人公は自分だけ』って、よく聞く言葉だけど、実際にここまで言い切るってのも中々ないよな。

「……あの~、もしもし?お話の区切りがついたのなら、こちらの話も聞いていただけますかね?」

 と、様子を見ていた女神が遠慮がちに声を上げる。

「あ、忘れてた。ナオヤ君、どこまで聞いたんだっけか?」

「え?なんか、追加でスキル?をくれるとかだったと思うけど……」

「あぁ、そうそう。それな」

「それはもちろん差し上げますけど……それはちょっと置いておきまして、先に【神探題(クエスト)】のお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、はいはい。……で?俺の記憶がどうとか言ってたのは?」

「––––覚えていていただけたようで何よりです。そう、貴方の切り離された記憶––––(つら)かったり苦しかったり、あるいは恨みに思ったりと言った『負の記憶』は、本来であれば貴方がこの世界で培った経験に合わせて、『乗り越えられる壁』として現れるように設定されていました。ところが、この設定に目を付けた何者かがハッキングを行い、一部の魔物に【強化スキル】として与えてしまったようなのです」

「––––……つまり?」

 正直嫌な予感しかしなかったけど、一応聞いてみる。

「簡単に申しますと、イージーモードでスタートしたはずなのに、ナイトメアモードの敵が出てくる、といった感じ––––と言えばご理解いただけますでしょうか」

「なにそのくそゲー‼⁉」

「ですから、こうして私がフォローに来ているんですよぅ!」

 涙目になりながら、身体の前で握った拳をブンブンと振って訴える女神。伴って、身体を貸しているエリュシアさんの胸が……いや、言うまい。

 とにかく(ブルンブルン)、その『何者か』のせいで(たゆんたゆん)、俺のこの世界でのタスクが––––おー、揺れる揺れる。

「––––って、いつまでやってんだよっ‼」

「はい?––––あぁ、失礼しました。ついツッコミ待ちを。つまり、貴方にしていただきたい神探題(クエスト)というのは、それらの魔物を討伐して、ご自身の『負の記憶』を取り戻していただく、ということです」

「やっぱりそんな感じか……」

「ですが、今回に限り強制はしません」

「……………………は?」

 なんか、今までの話の流れは何だったんだ?と言いたくなるようなことを言ってきた。

「ですから、強制はしない、と申しました。神探題(クエスト)に従い、自らの『負の記憶』と対峙するもよし。『辛いのも怖いのも嫌だよぅ』と逃げ出して、誰かが(、、、)全てを解決してくれるのを、ただヘラヘラとぬるま湯のような日常の中で待つもよし。どちらを選ぼうとも、その選択を私は許可しましょう」

 にっこりと慈愛顔で(のたま)う女神だけど、ようするに––––

「ちょっと待て。それってつまり、自分のケツを、見も知らない誰かが拭いてくれるのを、黙って待ってろってことか?…………煽ってんのか?煽ってるよなぁ⁉俺のこと‼」

「いえいえそんな、とんでもないwww。私はただ、選択肢を提示しただけでございますよ♪それに……貴方が『負の記憶』と向き合って、魔物を討伐し、それらを乗り越えて記憶を取り戻さなくてはならないのは貴方自身のことであって、この世界としては、それらの魔物を討伐するのは別に貴方でなくとも構わない、というだけのことです」

 殴りかからんばかりの勢いで喰ってかかった俺に、女神はさもないことのように言う。

 ……なんだか、『お前はどうでもいい』と言われたようで、カチンときた!

「……………………爺さん」

「おう、なんじゃ?」

「さっきの動画、この女神の一番見られたくない相手に送ることってできるか?」

「なんじゃ造作もない。どれ、今やってやろ––––」

「––––っ!あっあっ!待って待って!それだけはご勘弁を~~~~~~~~~~~~っ!」

 爺さんがスマホの操作をしようとしたら、ダバダバと涙を流しながら女神が縋りついてきた。

 うん。この女神の扱いがちょっと分かってきた。

「あんた、動画のことすっかり忘れてたろ?」

「だってだって!まさかそんな使い方をされるなんて思ってもみませんよ!」

 世間知らずか⁉……って、引きこもってるみたいだから、そうなの、か?とにかく––––

「弱点さらした直後に調子こいたら、こーなって当然だろ。それより、さっさと話を進めてくれよ」

「うぅぅ……絶対に公開しないでくださいね?お願いですよ?……それでは。貴方の『負の記憶』を基にして強化された魔物は、誰が倒してもその記憶が貴方に還元されます。ただし、貴方が倒さずに還元された記憶というのは、言ってみれば『せっかく引き剝がしたウイルスを、ワクチンの投与なしで再び摂取する』ようなものです。つまり……許容量を超える『負の記憶』が見知らぬ誰かによって還元されたならば、貴方はその記憶の重みに押しつぶされてしまうことでしょう。……これは、老婆心からの忠告ですが、恐らく最後に現れるであろう愚者の王(ストゥルトゥス)。これの討伐だけはご自身でされることをお勧めします。何故ならば、それはタナトス––––貴方自身の『死の衝動』。それと、全ての破壊を望んだ記憶の総体に他ならないのですから」

 気を取り直した女神が、今度は真面目に説明をする。けど––––

「それって、ストゥルトゥス、だっけ?そいつだけを倒すにはレベリングしないと無理じゃね?結局、他のヤツも自分で倒せって言ってるようなものじゃん」

「結果的にはそうなります。ですが、この神探題(クエスト)に関しては強制したりといったことではなく、貴方自身が決断しなくてはならないことなのです。……例えそれが、怒りからくるものであっても」

「––––つまりさっきのは、面白半分で俺を煽った訳じゃなくて、俺を発奮させるためにわざととった態度だって言いたいわけだ」

「っ!そうですそうです!その通りですとも!ですから……さっきの動画、公開しないでくださいね?ね?」

 俺の言葉を聞いて、取ってつけたように肯定する女神。……まぁいいけど。

「それはあんたの態度次第だな。あと神探題(クエスト)だけど、わざわざ煽らなくても……やるよ?出来るかどうかはわからんけど」

「あ、引き受けてはくださるんですね。良かったですー」

「そりゃあ、俺の『負の記憶』とやらが原因の一部とか言われたらな。それで何もしないとか、そんな格好悪いヤツになりたくないし」

「格好、ですか?……貴方は、随分とそこにこだわるのですね」

「言っとくけど、着飾ったりとか、そういう意味じゃねぇからな?」

 あくまで生きざまっていうか、そういう話であって。

 男女平等とか、『男らしさよりも自分らしさ』みたいなことを言われて久しいけど、人としてのカッコ良さっていうか、優しくてタフネス溢れるみたいな、そういういい意味での男らしさに憧れて、少しでも近づこうとするのはアリなんじゃないかと。

「––––あぁ、まぁ大体分かりました。さて、それではそろそろダウンロードの準備も整ったようですので、スキルの付与をいたしましょうか」


 ––––––––––––


「まずは、デバイスのホーム画面から【スキル】のアイコンをタップして開いてください」

 女神の指示に従って、スマホを操作する。ナオヤ君はそもそもの用語自体が分からなくて固まっていたので、説明がてら一緒に操作して【スキル】のページを開く。

「––––で、ここをポンッと押すと画面に––––て、多っ!」

 ナオヤ君のスマホの、【スキル】のページを開くと、そこには既にニ十個ほどのスキル名が表示されていた。

 そう言えば、転生する時に担当の女神?から、適当に色々付けられたんだったっけ。

 よくよく見ると、表示されているスキルも【剣技:Lv.1】とか、【全属性魔法:習得可(、、、)】とか。良さげだけどレベル的には全部が初期値だった。

 まぁ、最初の実戦で失敗して引きこもっちゃったわけだし、仕方ないっちゃ仕方ないか。

「それじゃあ俺のは、っと………………………………は?」

 ちょっと期待して自分の【スキル】ページを開く。と、そこに表示されていたのは、たったの二つだけ。

 まずは、【身体強化:Lv.2】。これはあれだな。バンディのを見よう見まねでできるようになったヤツだ。

 問題はもう一つの方。スキル名は……【千成茄子(センナリナスビ)】?

「って、なんだよこれ⁉」

「あら。どうされました?」

 俺が上げた頓狂な声に、女神がどれどれと覗き込んでくる。

「––––あぁ、これは中々良いスキルをひきましたね」

「マジで⁉これが?」

 女神の言葉に、疑いと驚きの声を上げる。と、女神は続けて説明を始めた。

「言うなればこれは、【完全習得能力】なのです。魔法であれ技能であれ、それが『習得して身につける』ものであれば、必ず習得することができます。つまり、努力が絶対に実る能力というわけですね」

「それは分ったけど、なんで千成茄子(こんな)ネーミングよ?」

「それはですね……昔から『年寄りの言葉とナスビの花に千に一つの無駄は無し』と申しまして」

 いや、そりゃあ言うかもしれないけど。けど、さぁ……

「う~ん。内容はいいんだけどなぁ……名前がなぁー……」

「––––お気に召さないようでしたら、変更いたしましょうか?」

 スキル名に納得できない俺が唸っていると、女神が事もなげに言ってきた。

「え、できんの⁉」

「名称変更だけでしたら。例えば––––パーフェクト・ラー……」

「いや、今のままでいいっス……」

 ダメだ。この女神のネーミングセンスはイケナイ。欠片も信用できない。

 諦めた俺は、そのままのスキル名を受け入れることにした。


「––––それでは、追加のスキルを付与します。まずはトガセ ナオヤ」

「は、はい」

「貴方に贈るのは【討龍ノ勇(シグルド)】。貴方が困難に直面したときに、これに立ち向かう勇気を与えてくれるでしょう」

「はい」

 そんなこんなで、追加のスキル付与が始まった。ただ、付与されるのは一般的にイメージされるような『技能』的なものではなく、過去の英雄の『特性』みたいなものらしい。

 今、ナオヤ君が受け取ったのは、神話に語られる『龍殺し』の勇気。なんで例の英雄の『不死性』じゃないのかは知らないけど。

「次に、コマツカ カケル」

「あ、はい」

「貴方にはこちら、【奮闘ノ獅子吼(クー・フー・リン)】を。戦いに赴くにあたっての全能力向上効果があります」

「マジで⁉」

「……とは言え、初期値では0.3%の上昇値ですけれど」

「マジか……」

 ゲームならまだしも、実際に自分で戦うことになったときの0.3%のステータスアップ……

 それは果たして役に立つのか?と考え込んでいると、女神は続けて言う。

「––––また、この能力は貴方の感情に大きく影響を受けます。具体的には、戦う相手への憤りや、誰かを護りたいという強い思い。これらの感情が強ければ強いほど、能力の上昇値は跳ね上がることでしょう」

 そう言って、女神は話を締めくくった。そして––––

「まいどーーーーーーっ!」

 どこかへ行っていた宅配猫が戻ってきた。


「お待たせいたしましたニャ!ルビィ=ルル様にお届け物ですニャ。それと、トガセ ナオヤ様にも追加でお届け物を承っておりますニャ☆」

「あ、やっと来たわね。さぁ~って、何が貰えるのかなぁ~♪」

「え?ぼ、僕にも?」

 ルビィが受け取った荷物は二つ。

「––––?なにこれ、指輪?」

「ええ。それが(わたくし)からの贈り物です。それを身に着けると、貴女の筋力は三倍に跳ねあがります」

「ウソマジ⁉」

「それでようやく、普通の同年代の女性と同程度ですけれど」

「ううん、それでも今よりずっとマシよ!ありがたく貰っておくわ!」

 ずいぶんとゴキゲンな様子のルビィ。聞けばこいつ、剣士のクセに筋力が無さ過ぎて普通の剣すら持てないらしい。そして、もう一つの荷物は……

「……あ、これ、さっきの『すまほ』とか言うヤツじゃない?」

 そう。ルビィが取り出したのは、黒地に赤のラインが入ったスマホ。さり気なく確認してみると、型式は14Pro––––最新型だった。

「あら。(わたくし)は発注していないはずだけれど。どなたからかしら?」

「ちょっと待って。なんかメモが入ってる。え~っと『名も無き女神には負けられぬ––––ルシフェルより』だって」

「ちょっと待て、今なんつった?」

 なんか聞き覚えのあるような名前を言ってなかったか?と思わず口を挟む。

「なに?あんた、ルシ様知ってんの?」

「ああ、そうそう。そう言えばお二方のいらした世界の御方ですものね」

 思わず投げかけた言葉に、意外そうにルビィが問い返し、女神は納得したように肯定をする。

 なんでも、ルビィに権能(スキル)を与えたのがかの悪魔王なんだそうで。

 まったく。世界を超えてまでそんなことするなんて、お節介な悪魔王サマもいたもんだ。


 ––––一方、ナオヤ君に届いた荷物はというと。

「……あ、これ、剣ですか?」

「少し遅くなってしまいましたが、それは正規のルートでこの世界に転生する方にお贈りする(つるぎ)です。が、そのままでは銘もなく、形もなしておりません。他の方たちには細長いモヤのように見えていることでしょう」

 女神の言葉に、ホントに?とこちらを窺うナオヤ君。

 確かに、俺の眼には『モヤモヤした何か』にしか見えない、と頷いておく。

「さぁ、手に取りなさい、トガセ ナオヤ。貴方が手にしたとき、その剣は完成し、貴方だけの(かたち)を持った無二の武具となるのです」

 さっきまでのどこか抜けた雰囲気が無かったもののように、女神は高らかに告げた。

 女神に促されたナオヤ君は、ごくりと唾をのみ、意を決したように箱の中に手を入れ、ソレ(、、)を掴み上げた。

「これが––––」

 姿を現したのは、刃渡り九十センチくらいのシンプルなロングソード。

 自分だけの武器、と聞いてどこか期待を滲ませるナオヤ君は、その剣を自分の眼前に立てる。

 すると、ピシリ、という音とともに剣身に亀裂が走り––––

「え?え?……ええぇっ⁉」

 ナオヤ君の手の中の剣は、鍔元十センチ程の刃を残し、その大部分の剣身を縦横に走った亀裂によって四分割……つまり、四つに割れてしまったのだ。

「––––っ‼……………………⁉」

「…………………………………………(スッ)」

 突然のことにパニくったナオヤ君が、どういうことか?と女神の方を向く。と––––

 割れて地面に落ちた刃を見ていた女神は、スッと目をそらしながら口を開いた。

「……ソレガ アナタノ ヤイバノカタチデス マチガイアリマセン ダイジョーブダイジョーブ!」

 実に疑わし気な棒読みで、あげくに親指まで立てて見せる女神。

 ここはひとつ、ナオヤ君の代わりに釘を刺しておこう。

「ホントだろうな?もしも不良品とかだったら……」

「っっっ‼ほ、本当です!本当ですから‼だから、動画の拡散だけは!」

 スマホの画面を示しながら言う俺に、マッハで泣きついてくる女神。

「––––ってことだから、たぶん大丈夫だと思うよ、ナオヤ君」

「あ、うん。……でも、いいのかなぁ。神さま相手に……」

「ご心配なく。最近の転生者はスレた方も多いですから、これくらいはよくあることです。はぁ……では、武器の容も定まったようですので、デバイスの画面をご覧ください」

 ちょっとくたびれた様子の女神の指示に従って、ナオヤ君のデバイス––––スマホの画面を一緒に見てみる。すると、チカチカと点滅するアイコンが。

 そこに書かれていたのは………………………………神、ガチャ?

(かたち)を成したとはいえ、今のその武器はただの器でしかありません。なので、これから協力していただく神、あるいは精霊を、そのガチャでドロップしていただきます。––––初回ということで、今なら無料で五連ガチャが引けます!ので、さぁ!ポチっと!」

「ゲームかっ⁉」

「あ、ちなみに二回目以降は有償限定となりますので」

 こちらのツッコミを見事にスルーした女神が、シレっとそんなことを言う。

 そして、そんな俺たちのやり取りをオロオロと見ていたナオヤ君がひと言。

「あの、ガチャってなんですか?」

 そう。ソシャゲもネトゲもほぼ存在していない時代から来た彼にとって、ガチャと言ったら駄菓子屋さんとかの店頭で小銭を入れてガチャガチャっとやるアレ(、、)のこと。

 まだよく分かっていないスマホ(どうぐ)を渡されて、それでガチャれと言われてもピンとこなかったのかもしれない。

 女神と二人がかりで説明すること数分。ナオヤ君の初ガチャは––––


 ––––♪~♪~~~

「あ、なんか始まった」

 ––––♬♬~♪~~~

「おっ、レインボー!」

「ヒキが強いですねぇ。SSR確定ですよ」

 脇からのぞき込む俺や女神とは裏腹に、未だによく理解できていないナオヤ君は、ポカーンとした様子で画面を見ている。

 そして、ポポポポポーン!と画面に排出された宝玉(?)。

 続いて表示されたガチャの結果は––––


 SR:テスカトリポカ

 SR:グクマツ

 SR:トラロック

 SR:チャルチウトリクエ

 SSR:ケツァルコアトル


 ––––以上の五体。いや、五柱か?なんだか、名前違いでダブってるのもいる気がするけど、レア度の違いというヤツだろうか。

「……そう言えば昔、『グクマツ君』っていうアニメがあったなぁ」

 いまだに理解が追い付いていないナオヤ君が、表示された名前を見てポツリと言った。

 それ、二十年後の姿を描いた『グクマツさん』も人気のヤツだよ。

 そんなナオヤ君の様子を気にかけるでもなく、「では、無事に召喚も成功したようですね。召喚された神々の武器への融合(プラグイン)は、一両日中には完了する予定ですので、使い方については彼らに直接うかがってくださいね」と女神は(のたま)った。

 ナオヤ君は「……は、はい???」と、まだ状況を飲み込めていないようだったけど、取り敢えずこれで、やるべきこととそのための準備はできた、と思う。

「––––それではこれにて状況説明(チュートリアル)は終了となります。何か分からないことがありましたら、デバイスの連絡先に私の番号も登録してありますので、遠慮なくお問い合わせください」

 試しに連絡先を確認してみると、そこにあった表示は『無銘女神タソ♡』。

 ……………………自分で付けるか?そういうの。

「さて、用事も済みましたので、私はこれで失礼させていただきますね。ルビィ––––」

 ––––スパーン!

「痛いっ!何をするんですか、いきなり!」

 多分、エリュシアさんの中から出て行こうとした女神の顔面を襲ったのは、どこから取り出したのか、白金色に輝くハリセン。

「あ、ごめん。てっきり自力で出られないから叩き出してほしいのかと思った」

 右手にハリセンを握ったルビィは、欠片も悪いとは思っていないように舌を出して、カラカラと笑いながら女神に言った。

「もうっ!と、とにかく、私はこれで失礼します。––––トガセ ナオヤ。コマツカ カケル。貴方達が無事に目標を達成できるよう、見守っておりますよ。あと、動画の件はくれぐれも内密に。本当にお願いしますね」

 縋るように懇願してくる女神の姿を見て、あの動画はしっかり保存しておこうと心に決めた。

 ちなみに、神探題(クエスト)をこなさないでスルーしていたらどうなっていたのか、と聞いたら『––––死後、八熱大地獄一万年フルコースの旅ご招待、ですねw』と言われた。

 しかも、トータルで一万年じゃなくて、八つある地獄をそれぞれ一万年、じっくりタップリ時間をかけてのフルコース。…………冗談じゃねえ。

 できるかどうかはともかく、やるしかないと覚悟を決めた俺だった。


ご覧いただいておりますみなさま、ごきげんよう。子寅でございます。

嗚呼、ようやく次へ進める。我ながら超・遅筆なのは承知の上ですが……

ちなみに当作品の世界には、他にも物語がございます。

せっかく世界を構築したのに、そこに一つしか物語がないのはどうなのか?

ということで、同時進行中のETDからも人物を引っ張ってきていたりもします。

それぞれ単独でお楽しみいただけるとは思いますが、読み比べてみても面白いものを心掛けて執筆しております。素人が何をかいわんやですが。

今後も更新スピードは遅いとは思いますが、気長にお待ちいただければと。

では、次回「ルビィ=ルルという女」次々回「迷子の迷子の……」を予定しておりますので、是非ともお楽しみに。ご覧いただいております皆様、本当にありがとうございます。

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