私の好きな人
墓参りしてたり、すれ違いしていたり、その裏で起こったもう一幕。
そこに足を運んだのは気まぐれだった。そこに彼がいないのは知っていたし、仮にいたとしても、私から彼に言えることなんてないのはわかっていた。
それでもそこに向かったのは、きっと確かめたかったからだ。私は納得したかったのだろう。
自分の想いが間違いではなかったことを。
「今日、先輩はいませんけど?」
「知ってるよ、榊原さん」
あるいは、ただ彼女と会話がしてみたかったのだろう。
きっと彼のことを想っていて、きっと彼が信頼を預けている相手と。
ーーーー
18時ごろ、今日はもう上がる時間だという彼女と席に着く。急に訪ねてしまった申し訳なさもあったが、学校が違う以上、他に方法もなかったと半ば開き直る。
「私たちの関係ってなんか不思議ですよね、福村先輩」
「そうだね。初対面があれだったし」
そう言って、少しおかしくなって笑う。その時はまだ自分の気持ちに自覚なんてなかったけれど、彼女もまたあの出会いが、なんだか物語じみていたと感じているのだろう。
きっと、私以上に。
「実際、知り合いの知り合いって感じですもんね」
「そうね。思い返すと重い場面ばっかりで、気が滅入っちゃうけど」
彼女と私が一緒にいる場面はほとんどが問題が起きていて、その度に彼女が彼を支える場面を見てきた。
「それで、用件はやっぱり先輩の件ですよね?」
「うん。相談するなら、やっぱりあなたかなって」
正直、それは彼女と話す口実でしかないが、本心でそう思っていることも事実だった。
「喜多見、どうするつもりなんだろうって」
「それはーーーー」
恵美にまつわる諸問題。彼は何を選択して、どういった結末を迎えるのか。
「まぁ、これはぶっちゃけ私の予想でしかないんですけど」
「うん、それでも聞いてみたいかな」
彼のことを、彼女はよく理解している。だから彼女が出す予想は、ただの推測であると切り捨てるべきではない。
だけど続いた言葉に、私は大きく困惑した。
「結局、先輩はどうもしないんじゃないですか?きっと色々、どうでもいいって思ってるでしょうし」
「どうでも、いい?」
どうでもいいなんて、そんなわけ。
そう言おうとして、やめた。そう断言するには、あまりにも心当たりが多すぎたから。
「結局先輩は、ぶっちゃけ園田って人というか、他人に興味がないんですよ」
「興味が、ない?」
「そうですね、だから園田って人物を恨むこともしないんですよ。だってその人の人生に、興味がないから」
「で、でも、恵美は喜多見にとって因縁があるっていうか、喜多見を傷つけた原因の一人っていうか……。
少なくとも、嫌な思い出の人物ではあるはずで、そんな人間に対して興味がないなんてことがありえるだろうか。
「一応言っておきますけど、その点において先輩は変わってますからね?少なくとも私は変だと思ってますよ!」
そう付け足して、彼女は続けた。
「結局いじめられていたことも、園田って人に裏切られたことも、先輩の心を傷つけていないってことですよ」
傷つけられなかったが正しいかもですけど、と彼女は補足した。
一見めちゃくちゃ言っているように聞こえるが、私にはその言葉を受け入れることができてしまった。
「先輩は不登校になったって言ってましたけど、結局全部、家族が信じてくれなかったからだったと思うんですよね」
他人に興味がないっていうのは、そういうことか。彼の心を折ったのは、どこまでいっても結局、家族との不和、それだけだった。
逆に言えば家族さえ信じてくれれば、彼にとってはそれで十分だったと。
「先輩も、そのことには気づいてると思います。まぁともかく、だから先輩は園田って人に積極的に行動を起こそうとしない。だって心底どうでもいいから。一貫して先輩にとって、その人は他人なんです」
私はそれが健全だとは思わないですけど、と彼女は愚痴るように呟く。
「そのうえ先輩は底抜けに優しいですから。どこまでも悪意に敏感なのに、自分の痛みにある方向において鈍感なんです。欠如しているとも言えます。最近はだいぶ改善しているように思えますけど」
それを促したのはきっと彼女だろうに、そのことに彼女は一切触れない。彼女もまた、彼に似ていると思った。口には出さないけれど。
「学校行かないって言いだしたり、急に学校行ったりしてるのは、どこまでも考えが『家の事情』に偏ってる証拠だと思います。学校のことなんてまるで重要視していない」
だからこそ、と彼女は続ける。
「先輩にとって現状維持が最善手だったわけですね。私にはぜんっぜん理解できませんけどね!!」
「榊原さん……」
彼女が言っていることはきっと合っている。それは私が漠然と捉えていた喜多見修也という人物に完全に合致した。
だけどそれでは、納得できないことだってある。
「でもそれだと、どうして喜多見はその、私のことなんかを……気遣ってくれるの?」
私が置かれた現状を、そのままにはできないと言ってくれた。私が欲しかった言葉を、彼は私に与えてくれた。
でも私だって、学校という枠組みの一員だ。彼にとってどうでもいいエトセトラの一部ではないか。
「それにどうでもいいなら、今は証拠がある以上すぐに公表しちゃえばいい。そうすればきっと彼は、少なくとも恵美との因縁は断ち切れるじゃない」
きっと彼は腫物扱いされるだろう。だけどそれを、きっと彼は気にしない。それどころか清々した表情すら浮かべそうだ。
「それ本気で言ってます、福村先輩?」
「え、う、うん」
なんか正面の彼女から圧を感じて、言い淀んでしまう。
「そんなの、もう『他人』じゃないからに決まってるじゃないですか」
「ーーっ!!」
「学校とか関係なく、一人の人間としてそれだけの存在って話で、それ以上になんか理由が必要ですか?」
「それは」
「私はお二人の関係がどんなものかなんて知らないですけど、きっと難しい話じゃないですよ。学校とか環境とか関係なく、ただ友人を気遣っているだけだと思いますけど?」
「それは、うん。それで、いいんだよね。うん!そうだ、それだけのことなんだ」
その事実だけで、十分だった。それと同時に、こんなことを疑問として問うてしまったことに自己嫌悪する。きっと私は今、彼女を利用してしまった。
二つめの疑問だって、本当はもう答えが出てる。
「私のせい、なんだよね」
「それは」
喜多見が早々に過去の清算を行わないのは、きっと私がいるからだ。
彼は彼自身の行動によって、恵美の友人であった私が巻き込まれるのを危惧している。
その可能性は、高い。私は関わってしまっているから。恵美との仲たがいもそうだが、クラスメイトも感づいている。この問題において私が、何かの火種になりかねないことを。
「ま、そんなのは結果論だと思いますけどね」
「結果論?」
「はい。私からしたらそう思えるような味方がいたほうが、そんなのどう考えたっていいに決まってるじゃないですか」
「それは……」
「足枷なんかじゃないんですよ。味方はどこまでいっても、支えに決まっているんですよ。じゃあ何ですか?今更先輩のことほっとくとかできますか?」
「できない」
「ですよね?結果今は状況だけ見れば足を引っ張ているように見えるかもですけど、気遣ってあげたいと思うような相手が、いなかったほうが良いなんてことないんですよ」
裏切らない限り。そう彼女は含みを持たせて呟いた。それはもしかしなくても誰かを指しての言葉だっただろう。
「ありがた迷惑は、悪じゃないんですよ。それが間違っているだけで、間違え自体は悪じゃない。反省は必要ですけどね?だから先輩の心配することは、きっと修也先輩は何とも思ってないですよ」
きっとそうなんだろうと思う。そしてそれを理解していて、その確認を彼女でしてしまった。
本当に、浅ましい。そしてそう思うほど、彼女のことが眩しく見えた。
だけどだからこそ、自分を納得させられる。
私がしていたのは、恋なんかじゃなかった。
それを恋だなんて、彼女の前で呼びたくなかった。
「私ね、喜多見のことが心配だったの。その、こんなことあなたにいうのは変だけど、昔自殺しちゃった子を助けられたんじゃないかって、ずっとそう思っていて」
その後悔を、喜多見で清算しようとした。私はどこまでも、私のために彼を想った。
「だから、あなたみたいな優しい子が、喜多見のそばにいてくれて良かった」
それは本心だ。私の薄暗い動機に気づかせてくれたのは彼女だったから。
「それは、ありがとうございます」
彼女はどこか照れた様子で、お礼の言葉を告げた。
でも彼女は、私のことを許さなかった。私の隠した本心を、見逃してはくれなかった。
「だから喜多見君は譲りますって、そういうことですか?」
「ーーーーっ」
「そんなの結構です。だって、先輩が好きなのは私なので」
傲慢にも思えるその言葉に、それでも否定の言葉は出てこない。
きっとそうだと思うし、だからこそ私は。
「私、先輩のこと大好きなので、当然譲る気なんてないですよ?絶対私のものにして見せますから」
だけど、と彼女は続ける。
「譲ってもらうし、諦めてもらいますけど、その理由は『榊原汐音』にしてくださいね?その、私なんかっていう態度、やめてもらっていいですか?」
「そんなこと……」
そんなこと、思ってなんか。
「思ってるでしょ、先輩。修也先輩のことを利用しちゃったとか、そんな理由で自己嫌悪して、相応しくなんかないって思いこんで、諦める理由ばっかり探してませんか?」
「それは……」
そんなの、わかんない。
「それじゃ、だめですよ。そんなの私は認めない。だって先輩、修也先輩のこと好きでしょう?そんなのめんどくさいから、好きだから好きでいいんですよ」
彼女は続ける。
「利用したとか、相応しくないとか、そんなの相手が決めることでしょ?修也先輩に対して、こそこそ何かを企てましたか?そうじゃないのに、相手の気持ちに区切りをつけるなんて、私は正しいと思わないですよ。そんなの私は許さない。私の好きな人は、私が隣にいたい人は、そんな浅い人間じゃない!!」
「ーーっ」
「先輩が諦めていいのは、修也先輩にはっきりと嫌われたときか、告白して振られたときか、修也先輩が私を選んだときだけです」
「それ以外はダメです。ちゃんと私に負けてください。負けて、それでやっと諦めてください」
これは、私のための言葉じゃない。これは彼女の納得のためなんだ。
私は私の尺度で彼を測って、それを彼女は気に入らなかった。それ故の、彼女の怒りだった。
敵わないなぁて、そう思う。だけどもう、胸の内に灯った小さな小さな、それでも確かな火種を、私は無視することなんかできなかった。
「絶対に」
「はい」
「後悔させるから」
「ええ、望むところです。考えるまでもなく返り討ちですけど」
この自信に満ち溢れた表情をめちゃくちゃにしてやりたいと思った。そんな自分の心情が少しおかしくて、私は不敵に笑顔を浮かべる。
尊敬と敵意。あぁ、これがライバルというものか。なんて、まるで物語の主人公のようなことを思って、不思議とそんな感情に嫌気はなかった。
悪意と敵意は別物で、きっと私は本気になれる。
その日私は、初恋をした。
その結末はわかっているけれど、それでもこの衝動はまぎれもない本音だった。
絶対彼女に、負けたくない。




