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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第7章 わがまま

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軌跡

 歩き慣れた道を往く。いや、歩き慣れていたはずの道か。


 程なくして、目的の場所に辿り着く。目の前には一つの墓跡。


 今は亡き、夫の墓だ。


 私はしばらく、この場所を訪れていなかった。


 後ろめたかったからだ。自分が修也にしている仕打ちを、あの人が望んでいるわけがなかったから。


 手入れは行き届いていた。幸のおかげだ。あの子は一人で、私が本来担うべき役割を果たしてくれていた。


 駅前で買った花を供える。真っ赤に輝くサルビアは、私の好きな花だ。


 膝をつき、向き合う。あの人が見たらなんて声をかけられるだろうかと、想像してみる。


 『大丈夫だよ』


 そんな想像が、どれだけ都合のいいものかと思いながらも、きっとあの人ならそう言うって確信があった。


 あの人は底抜けに優しくて、修也はとても父に似ている。


 だけど修也は子供だ。その優しさは、時に自分に不利に働いてきたことだろう。


 だから導いてあげなければいけなかった。その手を握って、私は寄り添ってあげなければいけなかった。


 そんな間違えを犯しておきながら、私はまだ親でありたいと願っている。そう願うことを、あの子たちに許されている。


 応えなければいけないし、何より私が応えたい。


 「もう、帰らないと。また来るからね」


 そろそろ修也たちが、小旅行から帰ってくる。食事の準備をして、2人を出迎えなければ。


 そして、いつかは、3人でーーーー



 「あれ、お母さん?」

 「……幸?修也?」


 「母さんも来てたんだね」



 振り返ると、幸と修也がいた。反応からして、この出会いは偶然のようだ。


 「2人も、お父さんに会いに来たのね」

 「うん。俺もしばらく、来てなかったから」


 父の墓参り。それすらも満足にさせてやれなかったことに、胸が苦しくなる。


 「久しぶり、父さん」


 修也はそう呟いて、目をつぶって手を合わせた。


 どれぐらいそうしていただろうか。ゆっくりとした時間が流れる中、幸と私は、静かに空を見守っていた。


 「掃除とかは、必要なさそうかな」


 やがて立ち上がった修也は、綺麗に掃除されているお墓を見て、そう言った。


 「ありがとうね、修也」


 口から出た言葉は、謝罪ではなく、感謝だった。


 何故かはわからない。ただ、そうするべきだと思った。


 こうして真っ直ぐにお礼を言えたのは、一体いつが最後だっただろうか?


 気づく。


 私が向き合っていなかったのは、何も修也に対してだけじゃなかった。幸にも、そして愛した人の死とも、私は向き合えていなかった。


 私の時間は、ずっと止まったままだったのだ。


 それを動かしてくれたのはーーーー


 

 「ありがとう、ありがとう、2人とも」


 

 こんな私をお母さんと呼んでくれる2人が、愛おしくてたまらない。こんなに大切なものを、手放していた自分が恨めしい。


 色々な感情が、頬を伝って流れ落ちる。


 私に何ができるだろう。こぼれ落ちたものを、掬い上げる術は残されているのだろうか?


 知りたい。私は知らない。私はまだ、修也のことを何にも知らない。


 母として、私に今更できることなんて無いのかもしれない。


 でも、だからって、諦めたくない。


 『そんな簡単に諦めんなよ!!』


 他ならぬ、目の前の息子に言われた言葉は、色褪せることなく胸に刻まれている。


 だから、情けなくても、不甲斐なくても、みっともなくても、私は母であり続けたい。


 母であることを、諦めるなんてしたくない。


 「ねぇ、修也」

 「なに、母さん」


 家族として、母として私は向き合うんだ。


 「家に、帰ろう?」


 失ってしまった時間を重ねる。


 家族という軌跡を、この4人で刻みたい。


ーーーー



 (ありがとう、か)


 以前、3人でおじいちゃんの家に行くと決めた、あの日に言われたものとは、音は同じでも込められた想いが違って聞こえた。


 いつか幸が言ったように、俺は母さんを許したくない訳じゃなかった。


 単に許せなかった。納得ができなかった。


 でもこうして母さんと向かい合って、浮かんでくるのは同情だった。


 母さんも辛かったのだ。


 まさに不幸だと思う。父さんが死んで、前途多難なんてものじゃなかっただろう。


 でも母さんは、きっとそれを認めない。同情なんて求めない。それを自分自身が認めないだろう。


 人は赦される生き物だ。決して自分では自分を赦せない。


 「俺、行きたい大学があるんだよね」

 「そうなの……じゃあ絶対行こう」


 子として、母に語りかける。


 「やり残したこと、たくさんあるんだよ。サッカーもしたい。専攻したい分野だってあるし、本当は友達もたくさん作りたい。たまには何でもなくサボったり、そしてそれを……怒られたり。バイトは続けたいな。バイト先、すごい気に入ってるんだよね。店長も、その、後輩もすごい良い子で、いろいろ助かってる」

 「そう、なのね」


 あの日、信じてもらえなくて、孤独という絶望を味わってから、生きるのに必死だった。


 楽しいと思えることもなく、その場しのぎに毎日過ごしていた。


 家族としての足跡は、あの日から刻まれていなかった。


 「ありがとな、幸」

 「こっちこそ、ありがと」


 俺たち家族を繋ぎ止めたのは、幸だ。幸がいなかったら俺たちは、ずっとずっとバラバラのままだっただろう。


 きっかけが必要だった。俺も、母さんも、心の底では、変わるきっかけを待ち望んでいた。


 だからこれは奇跡じゃない。


 「帰ろっか」


 4人で刻んだ、家族の軌跡だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう彼らは、後ろを振り返りはしても囚われはしない。 他者を娯楽代わりに迫害している腐れ外道の鬼畜野郎どもには、決してたどり着けない暖かな未来が待っているぞ。 [気になる点] だからといっ…
[一言] 更新お待ちしておりました これで一つは過去の精算が出来るのかな…出来るといいな
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