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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第7章 わがまま

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温泉のせい

お待たせしました...!

 「それで、どこにいくつもりだ?」

 「うーん。とりあえず遠くかな?」


 遠くに行く。そんな幸の言葉から始まったデートだったが、まさか言葉通りの意味だとは思っていなかった。


 時刻は10時を少し回ったところ。俺は幸と電車に揺られながら、目的地の知らない旅をしていた。


 「今日はどこ行こうかねぇ」

 「どこ行こうかってお前なぁ」


 行き当たりばったり感を出しているが、実はそんなことがないのに俺は気づいていた。ただふらつくのを目的としているにしては、足取りが確かすぎるし迷いがない。てか、俺の提案は全部却下されてるし、確かな目的地が幸の中にはあるのだろう。


 「ふふっ、楽しいね?」

 「さいですか」


 幸の方もバレてることは百も承知だろう。その上でこの演技をしているということは、本当にただ純粋にこのやりとりが楽しいのだろう。


 ここは幸の思惑に乗るとしよう。悪いことには絶対ならないだろうし。


 それにこんなお出かけにワクワクしないわけがないし。


ーーーー


 「わぁ!!こんなところに素敵な旅館が!?」

 「無理があるんだよなぁ」


 電車に揺られること、なんと2時間である。それもめったに乗るようなことのない、特急号みたいなもの挟んだ上で、だ。明らかに計画的な移動であり、こんな大根芝居に騙されるわけはなかった。


 「決めた!今日はここに泊まろう!」

 「こんな素敵な場所に泊まるお金ないですけど?」

 

 それは見てわかるお高い旅館だった。そもそもこんな所に来るなんて思ってなかったから、お財布の中は対して潤っていないのだ。それにここは観光地でもあるよだった。だって電車降りたら海だもん。夏休みでもないのに、出店とかいっぱいだったし。どう考えても思いつきで来るようなところではないのだが?


 「大丈夫!きっと哀れな庶民に恵んでくれる良い人がいるから!」

 「いるわけないだろ。あっ、ちょ、幸!?」


 俺の諸々の心配はどこ吹く風と、幸は俺の手を引いて旅館の中へと入っていく。


 「さっちゃーん!待ってたよ〜」

 「お待たせ沙織さおり!今日はありがとね〜」


 そんな俺たちを出迎えたのは、どこか見覚えのあるような少女で……。


 「沙織って、もしかして山城さん?」

 「覚えていてくれたんですねー!そうです!山城沙織です!」


 ビシッと敬礼を見せて微笑む彼女は、最後に見た記憶よりもかなり大人びているように感じた。


 幸のことをさっちゃんと呼ぶ彼女は、幸の幼稚園からの友達だ。まだ小学生の頃だが、何度か幸と彼女と3人で遊んだことがあった。


 まぁそれ以降はお察しである。何度か家に遊びにきていたみたいだけど、俺は部屋から出てこなかったしな。


 「どうして山城さんがここに?」

 「昔みたいに沙織でいいですよ!経緯はさっちゃんに聞いてね!とりあえずここじゃなくて、お部屋案内しますね!」


 フランクな彼女の言動に、確かな気遣いが含まれているのに気づく。もしかして彼女は。


 「私ね、さっちゃんから事情は色々聞いてるの。相談役というか、とりあえずそんな感じね?」

 「それはなんというか……ありがとう」


 落ち着きを感じさせる木造の廊下を歩きながら、沙織は耳打ちしてそんなことを言ってきた。どうやら我が家の事情を色々と知っているようだ。


 「まぁともかく、お兄さんが元気そうでよかったよ」

 「二人でなんの話?一応私も放置しないで欲しいんですけど!!」


 頬を膨らませた幸に俺たち二人は笑った。何というか昔を思い出す。こうして3人で遊んだのが本当に懐かしい。


 「お部屋はここね?それじゃ、ごゆっくり〜」

 「また後でね、沙織」


 俺たちを部屋に案内した沙織は、簡単な説明をした後下がってしまった。俺としてはもっと状況を説明してほしかったのだが。


 「で、どういうことなんだ?というか、一泊するなんて聞いてないぞ」

 「えっとね〜。とりあえずここがどこかって話からなんだけど」


 曰く、ここは沙織の叔父さんに当たる人が、今夏オープンさせる旅館らしい。いわゆるプレオープンというやつだ。


 「それでね、本当はこの部屋も泊まる人がいたんだけど、その人が一昨日から体調崩しちゃったみたいで」


 そしてこの部屋が空くというのが確定したのが今朝らしい。昨日の夜の時点で幸はその話を知っていて、もし部屋が空いたらと誘われていたらしい。


 「若い人向けの宿泊プランみたいなのもあって、感想とかいろいろ聞かせて欲しいんだってー」

 

 なるほど。幸と沙織は今も仲が良くて、今回白羽の矢に立ったのはわかった。だけどなぁ。


 「昨日のうちに言ってくれよ。てか、明日の予定とかどうするつもりで」

 「バイトもないでしょ?この土日お兄ちゃんが暇なのは、ちゃんと汐音ちゃんに聞いてたもん」


 汐音って、もしかしなくても榊原だよな?いつのまにか連絡先を?てか、二人がこれまで会ったことって無かったはずだが?


  「それにお兄ちゃん、最近は用事あったら事前に教えてくれるじゃん。今回は急なことだったし、許して?ね?」


 別に怒ってるわけじゃないからいいけどね?


 それにテーブルの上に置かれた案内の、海が見える露天風呂にはかなり心惹かれる。せっかくの機会なのだ。楽しまなければ損である。


 あ、でも。


 「俺、下着とか持ってきてないんだけど」

 「もちろんご用意しております」


 すっと、リュックから俺の下着を取り出す妹。


 さすがでございます。



ーーーー


 流石に事が急すぎたかと思ったりもしたけど、お兄ちゃんはこんぐらい強引じゃなきゃ、色々勘繰っちゃうことを私は知っている。沙織の誘いが急だったのは事実だけど、どうせならサプライズしてやろうと思ったのだ。


 さすがは観光地といったところか。お昼時ともなると大通りには沢山の人混みがあった。

 

 私はお兄ちゃんを連れて、海沿いに並ぶ様々な土産屋を眺めながら歩いていた。


 「えいっ」


 人が沢山いるのだ。はぐれたら大変である。私は手を繋ぐ……のは少し気恥ずかしかったので、お兄ちゃんの腕を取って抱き抱える。こっちの方が恥ずかしいことしてる気もするが、もう気にしない、今更だ。


 「あのー幸さん?」


 お兄ちゃんは困ったような顔をして、意図を探るようにこちらを顔を覗き込んでくる。そんな顔されると、もっと意地悪してやりたくなる。


 「なに?」


 何にもわかってないふりをして、私はとぼけて見せた。もちろんそんなことはお兄ちゃんには筒抜けだろうが、そんな私の態度に諦めたのか、「なんでもないよ」と私のわがままを受け入れた。


 そう、これはわがままだ。私に許された独占だ。


 「楽しいね、なんか」

 「そうだな、なんかな」


 別にまだ何にもしてないけど、それでも楽しいと思えるのだ。きっとこれからもっと、それは楽しい時間が待っているに違いない。


 私たちはぶらぶらと、海を眺めたりしながらゆっくり歩いた。途中昼食を挟み、ひとまず満足したところで、私たちは宿に戻ってきた。


 出迎えてくれた沙織ちゃんに夕食の時間を伝え、それまでは温泉で疲れを癒そうということになった。


 お兄ちゃんと別れ、私は一人浴場へと向かう。途中で待ち合わせていた沙織と合流して、二人で入浴した。


 「さっちゃん、今日はどうだった?」

 「おかげ様で、すごい楽しかったよ」


 露天風呂で海を眺めながら、私は沙織の質問に答える。今日したことを話しながら、心地よい風に癒される。


 だけど私の心は、どこかでそれに反発しているようで。


 「さっちゃん、何か不安なことでもあるの?」


 ドキリと、沙織の問いかけに私は驚いた。


 「そう見える?」

 「うん。見えるよ。なんというか、焦ってる感じ?」


 沙織が一体、何を思ってそんなことを言ってるのかはわからない。表情?仕草?それとも勘?いずれにせよ、付き合いの長い沙織が言うのだ。どこか私は普段と違うのだろう。


 そして私には自覚があった。彼女の言う通り、私は焦っているのだ。


 「なんかさ、お兄ちゃんはもう大人なんだなぁって」


 私がお兄ちゃんの立場だったとしたら、私は私のことを許せただろうか。


 多分、無理だと思う。身内だからって、あれだけのことをした妹を私は多分許せない。


 実際にその立場になることはないから、これはたらればだ。もしかしたら私にだってお兄ちゃんみたいに、寛大な心を持ってして許せてしまうのかもしれない。


 「お兄ちゃんはさ、いつか家を出てっちゃうんだよね」

 

 それは家庭環境に関係なく、いつかは自立するという意味で、避けようのない別れを意味していた。


 「何かさ、そう考えると寂しいというか、何より私には時間がないんだなって思ったの」


 また()()で家族に。私の願いはひどくわがままなのだ。


 もしお兄ちゃんが大学に通うのに、一人暮らしを選んだら?何もおかしいことじゃない。今までだって出来ていたのだ。お兄ちゃんにとってそれは、現実的な一つの選択肢だ。


 私のわがままで、お兄ちゃんの選択肢を潰してはいけない。それは絶対的に侵してはならない領域だ。


 今までの兄にとって一人暮らしとは、迫られた選択であった。だけどこれからは違う。未来のために進んで選ぶことになるのだ。


 「さっちゃんはできた妹だねぇ」

 「そんなことないよ。お兄ちゃんに迷惑かけてばっかり」


 本当に、優しい兄なのだ。だから甘えることを許されているのだ。すごいのは私じゃない。すごいのは、私にそうさせてくれるお兄ちゃんなのだ。


 「お兄ちゃんのこと、大好きなんだね」

 「うん。そんなの当たり前じゃん」


 だってお兄ちゃんだから。お兄ちゃんでいてくれたのだから。


 「うちなんて、兄貴となんか全然仲良くないよ?」

 「そうなの?」


 「そうだよ!家にいても邪魔だし変に構ってきてなんかキモいし、私なんていつも、早く就職して家出ないかなーって思ってるよ」

 

 でもね、と沙織は続ける。


 「でもさ、兄妹なんだよね。言葉じゃ表せないけど、そこにはやっぱり、特別な何かがあるんだよね」

 

 仲良くなくたって兄妹。何か、すごくいい感じだ。


 「仲良くないうちだって、なんだかんだ家族できてるんだよ。だからさっちゃんは大丈夫。あんないいお兄ちゃんなんだから、ね?」

 「……うん。きっとそうだよね!」


 「そうだよ。だからそんなに気を張らないでさ。たまには目一杯甘えてみたら?わがまま言ってさ、ちょっと困らせるぐらいがちょうどいいって思うけどな」

 「うん。ありがとね、沙織」

 

 どういたしまして。そう言って沙織は湯から上がる。自分の兄のことを言ったからなのか、その耳が少し朱色に染まっているように見えたが、この素敵な温泉のせいということにしておこう。


 きっと私だって、沙織とおんなじだろうから。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最初から、旅館につくまでの部分が、繰り返しています。
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