不器用なお誘い
それは俺が、学校を休み始めて三日目のことだった。
【お話ししたいことがあります。お電話よろしいでしょうか】
それは宮島加奈からのメッセージだった。格式ばったその文にどこか彼女らしさを感じながら、俺はその提案を了承する旨を返信で送った。
俺が返信を送って少しすると、宮島から電話がかかってきた。
『もしもし、宮島です。急に電話なんてごめんね?』
「いや、大丈夫だよ。それでどうしたんだ?」
彼女の声音から、ただ世間話をしようってわけじゃないのはわかる。
『あのね、この前岡島と話したの』
「!!それは、えっと」
予想外の名前が出てきて、背筋に冷や汗が伝う。
岡島太一。かつて園田をいじめ、俺をいじめたグループの主犯格。
正直、思い出したくもない名前だった。
『ごめんね。思い出したくない名前なのは、私もわかってるんだけど……』
「気にしないでくれ。それより続きが聞きたいかな」
ただ俺を不快にするために、こんなことを言うような子じゃないのは分かってる。だからこそ、俺はその続きが気になっていた。
二度と会うことなんてないであろうあいつと、一体どんな会話をしたのかが気になった。
『あのね、その会話の録音あるんだけど……いる?』
「それはーーーー」
おそらく、それは「証拠」になりうる物なのだろう。
そしてその証拠が欲しいか確認すると言うことは、中身が俺にとって胸糞悪い内容なのだろう。
そういう意味での確認だと俺は受け取った。
ただの証拠なら、きっと彼女はそんなことを聞かない。だからある程度の覚悟がある内容なのだろう。
「ぜひ、欲しいかな」
『……わかった。じゃあ後で送っておくね』
聞いておきながら、その返答が分かっていたのだろう。さして驚いた様子もなく、宮島はそう答えた。
『えっと、用はそれだけなの。わざわざごめんね?それに、勝手なことしてごめんなさい』
「いや、こちらこそありがとうな。迷惑になんか思ってないから、本当に気にしないでくれ」
『そっか、ありがとうね?じゃあ、またね』
「ああ、またな」
そうして電話は切れた。程なくして会話のデータが送られてくる。俺は早速その会話を聞いてみることにした。
「これは、相変わらずだなぁ」
何というか予想通りというか。まさに相変わらずといった岡島の姿が、その音声からは想像できた。
「にしても、思ったより何ともなかったな」
もともとあいつに改心なんて期待してなかったから、ある意味何とも思わないのは当然の事かもしれない。
まぁなんだ。ともかくこれで一つ、切り札とも呼べるカードが揃ったわけだ。安心材料が増えたことで、どこか心に余裕ができた気がする。
よっぽどのことがなければ、これを使うことはないだろうけど。
ーーーー
なんてことがあり、結局学校に通い始めた今があるわけだが。使うことはないだろうと、そう思っていたことは確かだった。だけど今はいつこのカードを切るのが、篠原たちにとって切り札たるかを考えていたりする。
宮島は果たして、俺がこうして黙っていない状況になることが分かっていたのだろうか。
まぁ学校に通い始めたと言いつつも、登校再開が金曜日だったおかげで、土曜日でありバイトもない今日一日、特にやることもなく持て余しているわけだが。
「んーおはようお兄ちゃん」
「ん、おはよう幸」
寝ぼけ眼なままの幸と、朝の挨拶を交わす。何気ない積み重ねが、今は大事なルーティンと化しているあたり、今後もこういった、小さいところを大事にしていきたいと思う。
「ねぇお兄ちゃん。今日って暇?」
ソファに腰掛けた幸は、テレビの電源をつけながらそんなことを聞いてきた。
「今日は特にやることもないかな」
やらなきゃいけないことは特にない。バイトもないので正真正銘の暇人だ。
「じゃあさ!デートしよ、デート!」
「でぇと?」
何を言い出すんだこの妹は。半ば呆れた視線を幸に向けるが、その目が合うことはなかった。
(あぁ......そういう感じか)
「そ、たまにはいいでしょ?」
「ん、それもそうだな。よし、行くか、デート」
「よし、決定!支度してくるねー」
そう言ってリビングを去っていく幸。閉まる扉から見えた横顔は、どこか安堵した様子に見えた。
(器用なんだか、不器用なんだか……)
きっと幸には、俺に対して何か悩みがあるのだろう。伝えたいことがあるのか、現状への不満なのかはわからないが、何か舞台を作ってからでないと話しづらい何かが。
単に出かけたいだけならそれでいい。幸にはいろいろ感謝している。自惚でなく、それはきっとお互い様だろうが、それは感謝しない理由にはならない。だから俺にとってもこの提案は嬉しいものだ。
「着替えるか」
幸は身内贔屓を引いても可愛い容姿をしている。多少は並んで歩いても恥ずかしくない格好でなければ。そう思うだけの兄としてのプライドは、ここ最近取り戻すことができた。
(てか、どこいくかも聞いてないな)
場違いな格好で出かけることにならないといいのだが。




