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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第7章 わがまま

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雨と、君と

 「ところでだが、家の方には何時ごろ戻る予定なんだ?」

 「それは」


 しんみりとした空気の中、その静寂を破るようにおじいちゃんが問いかけてくる。家というのは、もちろん俺たち家族が住んでいた家だ。


 「正直さ、もうちょっと拗れる感じになるかなって思ってたんだけど、思ったよりも普通でなんともないっていうか、二人には悪いんだけどさ、最初から三人でもよかったんじゃないかって思ってたりして」

 「まぁ俺たちへの迷惑はどうでもいいんだが、そうか、それならいいんだ。好きなだけいて、好きな時に出て行きなさい」


 最初は本当に三人で暮らすのに不安が大きくて、こんな方法をとったわけなんだが。思いの外三人で暮らすのに問題がなく、なんならすぐにでも家の方には戻れる気はする。


 もちろんぎこちなさはあるし、問題の解決とは違うのだが、そう思えるだけの空気は俺たちにはあるのだ。


 「そもそも一人暮らしを続けるかも未定だし。高校の距離を考えるとその方が便利なのは間違いないし、その距離感がまだちょうどいいのかもしれないし」

 

 別に一人暮らししてるから、家族仲が悪いなんてことにはならない。高校を卒業して、できるのなら大学進学。それから一緒に過ごすでも問題はないのだ。


 「とにかくさ、ありがとねおじいちゃん。気楽にやってみるよ」

 「そうだな。お前ももう子供じゃないんだな」


 そんなことはない、なんて言葉を俺は飲み込んだ。


 まだまだ大人になんてなれやしないけど、いつまでも子供でいられはしないんだ。


 だから目指さなきゃいけない。少しでも大人に、少しでも後悔のない未来のために。


 俺はそれを願ったのだから。



ーーーー


 「今日はお客さん少ないですねー。雨降りそうですし、しょうがないかもですけど」


 午後。学校は行かない俺だが、バイトには出ていた。学生としてどうなのかと言われれば、悪いという自覚はあるけれど、店長や榊原に隠してるわけでもないし良しとしよう。


 店内はガラガラだ。この後の天気は強めの雨らしいから、それの影響もあるだろう。


 「二人とも、今のうちに休憩入っちゃってくれ」

 「はーい」

 「わかりました」


 店長の指示で、二人揃ってバッグヤードへ。椅子に対面に座って一息つく。そして榊原がこんなことを聞いてきた。


 「先輩って、成績は大丈夫なんですか?先輩通ってるとこ、結構頭いいところですよね?」

 「ああ、成績ね。一応心配ないかな。それなりに勉強はしてるし」

 

 嘘じゃない。おじいちゃんちに住まいを移してからは、遅れないように今まで以上に勉強してるし、その点は先生にも相談済みだ。出席日数さえ気にすれば問題はない。


 「そう言う榊原はどうなんだ?勉強できるのか?」

 「え、私ですか?私はまぁまぁですかね。もう本当に中の中です。特に目標もないですし、ずっとこんな感じになりそうですかなーって」


 「部活とかはやってるのか?」

 「私は帰宅部ですよー。私めちゃくちゃ運動音痴なんですよ。かと言って文化部は興味ある物なかったし。ま、今はバイトが楽しいからいいんですけどね」


 榊原は運動が苦手なのか。それはなんだか意外だな。活発なイメージだから、勝手にその類も得意だと思い込んでいた。


 「珍しいですね。先輩がそんなこと聞いてくるなんて」

 「え……あ、嫌だったか?そうだったらごめんな」


 「もーそう言うんじゃないですってば。ただ今まで、そんなこと聞いてきてくれなかったし、私としては嬉しいですよ?」

 「……それは何よりだよ」


 首を傾げながら、上目遣いにそんなことを言ってくる。俺はそんな榊原に、つい目を逸らしてしまう。


 「あ、照れた」

 「照れてない」


 「いいや、照れました」

 「……勘弁してくれ」


 俺の困った顔を見て満足したのか、榊原はそれ以上からかってくることはなかったが、心なしか口元が緩んでいる。これはしばらく擦られそうだ。

 

 休憩を終え、その後1時間ほどで雨が降ってきた。


 その後は何人かの客が入って、その日の業務は終了。榊原と一緒に店を出て、傘を差し並んで歩く。以前一回家の近くまで送った時から、榊原を送って行くようになった。


 「ねぇ先輩、先輩はこれからどうするつもりなんですか?」

 

 そう問いかけてきた榊原の視線は前。だけどその横顔から、軽い気持ちで問いかけてきたわけじゃないのが容易にわかった。


 「学校に行かないで距離を置こうっていうのもわかりますし、実際にそれである程度解決すると思います。まぁあくまで先輩の中でですけど。きっと先輩は腫れ物になって、これ以上手を出されないと思います。証拠もあるんですよね?相手がよっぽど馬鹿じゃなければ、手を引くと思います」


 榊原の言う通り、それが最初の目論みだ。他者との関わりを諦めてしまえば、今回のことは簡単に片付く。


 なぜって、白河たちは知ったからだ。あの真実が偽りで、自分達が間違っていたことに。


 だから俺が追求さえしなければそれで終わる。俺次第で無かったことにできる。


 主導権は、宮島の登場でこちらに移った。宮島が送ってくれたある録音。それがこちらの手にある以上、「証拠」もぬかりない。


 最初はそうするつもりだった。無かったことにして、高校生活を終える。人間関係をリセットして、その先を心機一転頑張っていこう、と。


 「私はそれ、すごい悔しいです」


 震えた声で、榊原は言った。俺は視線を前に移した。そうすれば全部雨のせいにできる。彼女はきっとそれを望んでいる。


 彼女は俺を困らせたいわけではないだろうから。


 「おかしいじゃないですか。被害者の先輩がなんで気を遣わなきゃいけないんですか。いいんですよ。全部ぐちゃぐちゃにしちゃって。どうせリセットするなら、全部壊しちゃえばいいじゃないですか」


 震えた声に、それでも力強さを感じる。彼女の言葉は真っ直ぐで、彼女の望みを伝えてくれる。


 自分を大事にしてほしい、と。


 実際に投げかけられた言葉を、胸中で反芻する。


 「結局先輩は我慢ばっかりです。逃げることが悪いなんて言わないし、全く思いませんよ?でも先輩のそれは諦めですよ。逃げて得るものはあっても、諦めて手に入るものなんて、たかが知れてますよ」

 

 だから、と榊原は続けた。依然お互いに視線は前方。顔も合わせず、それでもその声に篭った熱は逃さないようにして。


 「ちゃんと悲しんで、ちゃんと泣いてほしい。それで最後には、ちゃんと笑っていてほしい。諦めるのは最後にしてくださいよ?」


 それを聞いて俺は、報われた気がしたんだ。


 今までの悩みも、後悔も、悔しさも。家族以外でそれを肯定してくれる人がいることに、安堵した。


 頬を伝うそれを、決して雨のせいになんかできなかった。


 「急にごめんなさい。こんな話して」

 「それは」


 困らせちゃいましたねと言って、前方に出て振り向いた彼女は笑った。


 そして、言った。




 「先輩、好きです」


 「榊原」



 「私、先輩のことが好きなんです」


 自然に、当然のことのように、彼女は真っ直ぐに告白した。視線は確かに俺を捉え、その瞳は俺が目を逸らすことを決して許さなかった。


 意外だ、なんて思うわけではない。彼女はその好意を隠してこなかったから。


 ただ、俺が気づかない振りをしていただけだから。


 返事をしなければいけない。


 彼女の真っ直ぐな想いを、裏切ることなんかあっていいわけがない。


 「返事はまだ、保留でお願いしますね?」

 「保留?」


 「だって後輩の話で泣いちゃうようなヘタレ先輩を、好きになった覚えなんかないですもん。だから、全部解決して、頼れる先輩に戻ったら返事をください。私、待ってますから」

 「……ああ、わかったよ」


 確かに、そんな榊原の言葉に「助かった」なんて思っているうちは、彼女の想いに応えられる自信がない。


 「じゃ、私も恥ずかしいんで帰りますね!送ってくれてありがとうです!」

 「ああ……こちらこそありがとな、榊原」


 そう言って、こちらを振り返ることなく走り去っていく榊原を、雨の中一人立ち尽くし見送った。


 空を見上げる。浮き足だった心とは裏腹に、依然暗い様相を映し出す。


 だけど、不安じゃなかった。


 無条件の信頼を、俺は信用していなかった。

 

 理由が欲しかった。行動に原理を求め、理由がなければ一歩も踏み出せなかった。


 だけど知ってしまった。鮮烈に知らされた。


 理屈を超える想いが、この世には確かにあるのだと言うことを。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 加害者側が加害を辞めたとして、被害者が泣き寝入りしたら表向き被害は止むけどもそれは解決した状態かと言うとそうではないからね。 [一言] 榊原と結婚待ったナシ
[一言] ようやく恋愛要素が。
[良い点] 前回あとがきでジャンルヒューマンドラマだったかなぁからの突然のラブモード
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