面影に見るのは
朝、カーテンから差し込む燦々とした日差しに、心地よさと煩わしさを同時に覚えながら目を覚ます。
今日は木曜日。本来なら学校に行くべき学生の身分なのだが、俺は絶賛不登校。身支度は最低限に朝食の支度を始める。支度と言ってもホットサンドを作るだけだから、大した手間はかからないのだが。
幸には牛乳を。俺と母さんはコーヒーのブラックだ。元々ブラックのような苦いものは苦手だったのだが、店長に勧められていくうちに、最近飲めるようになった。上等な物を最初に飲んだのも大きかったかもしれない。まぁコーヒーと言ってもインスタントだから、店で飲むようないいものではないけれど。
「おはよう、修也」
「ん、おはよう母さん」
食卓が彩られた頃に、母さんが起きてきた。ごく普通に挨拶を交わし、母さんは席についた。母さんも最初の頃は手伝うと言って聞かなかったのだが、俺が強情だったため今では無理に手伝おうとはしない。なんとなく俺がそうしたかったのだ。
理由はわかってる。本来はきっとこうだったからだ。
母さんが毎日仕事をして、幸は部活を頑張って、俺は家のことをする。役割は違えどきっとそんな未来はあった。
俺は探し続けたい。この家族の形を、可能性を。
「おはよー」
「おはよう」
「おはよう、幸」
少しして幸も起きてきた。そのまま寝ぼけ眼で席に着く。
「「「いただきます」」」
会話は特にない。三人とも黙々と食事をする。それが自然で、それが苦じゃないのだから。
それが普通で、特に気にすることじゃない。
(っていうのはわかってるんだけどなぁ)
わかっている。俺だけじゃなく、母さんも幸も気づいているだろう。
なんと言うか、自然なのが不自然というか。それぞれが普通を装っている。そりゃ簡単に三人のわだかまりが溶けるわけがない。他ならぬ俺が全てに納得できていないのだから。
ぎこちなさを土台に積み立てられた平常は、どうしても違和感をその風景に映し出す。
(悪いことではないけども……なんだかなぁ)
それぞれが空回りしている。そんな感じだ。まぁ全体がそもそもおかしくはあるのだが。なにせまだ許せないと公言した俺が作った状況だし。
(まぁでも、別にいっか)
焦ることはないのだ。時間はたっぷりあるし。
そこが社会という枠組みにとらわれない、家族という特殊なコミュニティのアドバンテージだ。
だから今は、ゆっくりとだ。
ーーーー
「修也、ちょっといいか」
「おじいちゃん?どうしたの?」
お昼頃、2階からおじいちゃんが降りてきて、俺に話しかけてきた。
ちなみに2階はおじいちゃんとおばあちゃんが過ごす空間となっていて、1階に俺たちが住んでいる。これはおじいちゃんからの提案だった。
「ちょっと色々話がしたくてな」
そう言っておじいちゃんは、俺の座るテーブルの対面に座った。真剣味を帯びたその表情から、おおよその展開が読めた。
「最近、どうなんだ?」
「最近、ね」
その言葉に含まれる意味を、俺は正しく読み取った。つまりは母さんとのことだろう。
「なんとも言えないかな」
正直な感想を俺は返した。関係が改善されたのは間違いないし、いい方向に向かっているのはそうなのだが、問題の解決には程遠い。だからなんとも言えない。
「そうか。まぁこればかりは焦ることじゃないか。多恵子さんにはもっと頑張ってほしいがね」
おじいちゃんはそう言って、窓の外へと視線を移した。
そして一息ついた後、こんなことを言い出した。
「俺はな、後悔してるんだよ。修二と……修也のお父さんと全然話をしてこなかったとね」
「父さんと?」
父さんとおじいちゃんが仲が悪いなんて話は聞いたことがなく、後悔の意味が俺にはわからなかった。自分よりも早く死んだ息子に対して、無念に思うのならわかるのだが。
「あいつが家を出たのが22の頃だ。大学を出て、就職したと思ったらすぐに家を出たよ」
おじいちゃんは続ける。
「別に普通の話だ。仲は親子として良好。何もおかしいことのない、普通の親子だった」
だけどな、と。おじいちゃんは思い詰めたように言葉を紡ぐ。
「それでも思うんだよ。俺はあいつに何をしてやれたかってな?家にいてもろくに会話はしなかった。母さん……おばあちゃんは修二のことをたくさん知っていた。修二とたくさん会話をしたからだ。だけどな、俺はろくに修二のことを知らなかったよ。修二が死んでから、やっとそのことに気付いたんだよ」
話を聞いて、おじいちゃんは悪くない。俺はまずそう思った。
自分の父親とそんなに腹を割って話す機会なんて、そうそう無いのではないのか?なんと言うか、父と息子なんてそんなものだろう。
それでも思うと、おじいちゃんは言った。良好な関係を築いていたおじいちゃんですら、その点を後悔している。
「だからな、多恵子さんには責任があるんだ。息子である修也がそれを望んだ以上、お前たちを悲しませない。後悔させない。そんな責任があるんだよ」
厳しい目つきでそう言うおじいちゃんの目には、それでも隠しきれない優しさが滲んでいた。
(不器用すぎるよ、おじいちゃん)
つまりは遠回しに、気負うなと言ってくれているんだろう。大人の責任を、子供の俺が無理に背負い込むなと。
(父さんは、幸せだったろうな)
そんなおじいちゃんの面影に、父さんの影を見た気がしたり
父さんとおじいちゃんはよく似ている。
だから父さんも、こんな人の元に生まれて幸せだったに違いない。
他ならぬ自身の思い出が、それを物語っていた。
続きます。
後めっちゃ今更なんだけど、ヒューマンドラマにするべきだったと後悔。今さら変えるのもどうなんでしょうかね...。




