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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第6章 本音
42/75

喜多見修也

 「ただいま」 

 

 普段よりも幾分遅い時間での帰宅。幸からの小言が待っていると思うと少し憂鬱だが、それはまぁ許してくれると信じるとしよう。


 「ん、幸?」


 いつもはある出迎えがない。別に毎回わざわざしなくてもいいのだが、それでも普段と違うとやはり違和感を感じてしまう。


 「あぁ、電話中か」


 リビングに顔を出すと、幸が誰かと電話をしていた。なるほど、邪魔をしないようにしなければ。俺は物音を立てないようにして、疲れを流すべくお風呂場へと向かった。


ーーーー


 「あ、今お兄ちゃんに替わるね」


 そんなことを言って幸は、シャワーを浴び終えてリビングに戻ってきた俺に、自分の携帯を差し出してきた。


 「え?誰?俺?」

 「その、おじいちゃんから。えっと、とりあえず用件は話せばわかると思う」


 そう言う幸の顔は、どこか浮かないものだった。まるでこれから、嫌なことが起きるのがわかっているかのような、そんな表情をした。


 少し気を引き締めて、電話を代わる。いや、別に怖かったりは全然しないんだけど、一応だ。


 『もしもし?修也だけど』

 『おお修也、久しぶりだな。……元気か?』


 確かに久しぶりかもしれない。最近はあまり連絡を取ってなかったからな。最後にあったのはいつだったっけ?


 『うん。元気だよ』

 

 まぁ色々ゴタゴタはしてるが、健康だし元気だ。


 『そうか。なら、いいんだが』


 なんて風にかえしてくる。おじいちゃんの言葉はどこか含みがあるように感じられたが、気のせいだろうか。


 『それでどうしたの?用がなきゃダメってことは勿論ないけど、なんかあった?』

 『あぁ、そのことなんだが』


 おじいちゃんの声が一段低くなり、俺は自然と身構えてしまった。


 そして先程気のせいと思っていたことは、見事に的中してしまった。



 『幸と一緒に、うちで暮らさないか?』


ーーーー


 『なんで、そんなこと』


 と思った俺の脳裏で、一つの可能性が浮かんだ。


 もしかしてと思い、幸の方を一瞥する。


 「ううん。私は言ってないよ、お母さんのこと」


 その視線の意図を素早く汲み取り、幸はそう答える。なるほど、となれば。


 『一応どうしてか聞いていいかな?』

 

 半ば分かりきった理由を、俺は問いかけた。


 『今日、多恵子さんがうちに来た』


 やっぱりそうか。それで母さんはきっと、全てを打ち明けたんだろう。


 『聞いたよ。今までどんな仕打ちを修也が受けてきたのかを。そして、今どんな仕打ちを受けているのかもね』


 俺はその言葉に、引っ掛かりを覚えた。


 『今って?母さんはなんて言ってたの?』


 過去のことはともかく、今はそんな態度を取られていない。まぁうまくいっていないのは間違いないけど。


 『今なお修也をひとりにして、幸ちゃんにも距離を置かれた。そんなふうに言っていたが?』

 『それは……』


 違うと思う。だけど思うだけで、言葉にはならなかった。


 別に一人じゃない。今は俺がそうしているだけ。幸だって母さんと距離を空けているわけではない。俺に寄り添ってくれているだけ。多分この部分はおじいちゃんの誇張だ。


 だから違う。だけどやはり言葉にはならなかった。


 代わりに浮かんだのは、こんな言葉。


 「本音、か」


 誰にも聞こえない、小さな呟き。だけど、俺の心には深く深く突き刺さっていた。




 後先考えるのは、ひとまず置いておこう。何かあったら、まぁ幸がなんとかしてくれるだろう。



 なんとも情けないが、これが今の精一杯だ。



 『そうなんだよ、ひどいんだよ』

 「……お兄ちゃん?」



 会話の内容がある程度予測できてるのか、俺の言葉に幸が驚いた表情を見せる。


 だけど俺の表情を確認した後、どこか安堵したかのような顔をしたのは、きっと気のせいじゃない。


 それだけで、この選択が間違えでもなんでもいいと思えた。


 吐き出す言葉は、止まらなかった。


 『俺さ、ずっと寂しかったんだよ』


 口から出る言葉は、選んだものではなかった。それはせき止められていたものが、一つ一つ溢れてきたかのようだった。


 『中学、最後までちゃんと通えなかったこと、すごい後悔してる。何か違う道があったんじゃないかって思う。周りが怖くて引きこもってしまったこともすっごい未練なんだ』


 俺が1年間の引きこもりを経て、高校入学が叶ったのはこの未練があったからかもしれない。


 今度こそは、その思いがあったから勉強も頑張れた。


 だけどやっぱり、1番の理由は。


 『独りで生きていかなきゃって、ずっと思ってた』

 「お兄ちゃん」


 頼れる人がいなかった。友達も失い、家族にも信頼されず、母さんへの発覚を恐れておじいちゃんにも頼らなかった。


 『友達もいなくて、信じてくれる人も信じられる人もいなくて、なんというか真っ暗だったよ』


 これはただの愚痴だ。別に苦しみをわかって欲しくて言ってるわけじゃない。


 ただ人にぶつけているだけ。だけどきっと、無意味じゃない。


 あの日母さんにぶつけた言葉が、何も意味のないことだったとは思えない。いや、意味のある言葉だったと、今なら思える。


 相手を想うだけが、正しいことじゃないと教えてもらった。


 『いっぱい辛いことがあった。高校生活だってうまくいかないことばっかで、今だって問題が山積みで大変なのに、それでも、それでもやっぱり……!』

 

 根底は変わらない。俺の根っこにあるのは、この一つの事実だ。


 『母さんに信じてもらえなかったのが、俺にとって一番辛かった』


 気づけば俺は泣いていた。その声は、絞り出すように発せられていた。


 学校のことなんて、それこそ園田に裏切られたことだって小さなことだ。


 何よりも家族に信じてもらえなかったのが辛かった。 


 『どうしてだよ!俺だって辛かったよ!父さんが死んで、それでも頑張らなきゃって思ったんだよ!それなのに、ずっと幸のことばっかりだ!』


 一度溢れたものは、簡単には止まらない。


 『本当はサッカーを続けていたかった。ゲームだってしたかった。漫画だって読みたかった。遊びにだって連れて行って欲しかった!でも、全部それは俺じゃない!全部幸のものだった!』

 「お兄ちゃん……」


 泣いている俺の、そんな姿を見てか幸まで泣いてしまっていた。近くに寄ってやると、抱きつく形で無言で俺の胸に頭を押し付けてくる。


 その頭を優しく撫でてやる。別に幸を責めているわけじゃないことは、幸もちゃんとわかっている。


 それでもきっと幸は、自分にも責任があると感じているのだろう。


 『だったら、やっぱり一緒に暮らさないか?修也は大学、幸は高校とこれからも大事な時期じゃないか』


 確かにおじいちゃんの言う通りだ。特に幸は高校受験を控えている。家族問題はないに越したことはない。

 

 だけど、俺の答えは決まってる。


 これは幸の、いや、ここまできて他に理由を求めるのはやめよう。


 これは俺がしたいことだ。ちゃんと本音で話そう。


 『ごめん。それはできないや』

 『どうしてだ?』


 そりゃ、疑問に思うだろう。


 ここまで不満を、苦しみをぶつけたんだ。そこからの解放を望むと思ったのだろう。


 『変わりたいから』

 『変わりたいから?』


 そうだ。俺は変えたいんだ。今のこの家族関係を。


 そしてそう思ってるのは、俺と幸だけじゃない。


 そうだ。それだけで十分じゃないか。


 『今さ、母さんと喧嘩中なんだよ』


 ぎゅっと、幸が背中にまわしている腕に力が入る。


 でもそれは緊張からくるものではなく、どこか安堵からくるものだと俺にはわかった。


 『ちゃんと母さんは俺と向き合ってる。そりゃ方法は色々問題があるのかもしれないけど、それでも俺は向き合ってると思えてる。だから、それから逃げたくない。だから俺と幸の二人でお世話になる気はないです。ごめんなさい』


 幸の考えは実際に聞いてはいないけど、きっと同じだろう。胸に感じる暖かさを答えとさせてもらおう。


 『そうか。わかった。でも何かあったらすぐに言いなさい。いいか?』

 『うん。ありがとう。あー、早速なんだけどいい?まだ俺の中で考えてるだけで、色々問題ばっかなことなんだけど』


 『当たり前だ。なんだ?』

 『あー、メールする。幸にも相談してからがいいから』

 

 流石に俺の一存で決められることじゃないからな。


 『わかった。じゃあ、またな』

 『ん、ありがとね。お休みなさい』


 そうしておじいちゃんとの通話が終わった。


 「幸?落ち着いたか?」

 「もうちょっと」


 やはり泣き顔を見られるのは少し恥ずかしいのか、幸は俺を離さずそのままだった。まぁお兄ちゃんとしては、甘えられるのは悪くないしな。


 「ん、もうだいじょぶ。で、話って?」

 「あぁ、そのことなんだけどな」


 そうして俺はゆっくりと話し始めた。


 これから俺はきっと、幸を驚かせることになるだろう。


 願わくば、反対されないことを願うばかりだ。

ということで、ここまでが6章ということで。章題は「本音」で。

修也の方向性が大体決まった章となりました。

本格的にあの子も参戦ですね。作者の精神安定剤。

章分けしてる理由は、作者が書きやすいからです。基準はまぁ色々です。


ということでこれからもどうぞよろしくです。

評価等々よろしくです!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 祖父が孫のことを君と言う ちょっと違和感
[一言] 本当言うと祖父母の提案に乗るべきだが。 母のしてきた事考えたら。 それだと、現在の環境からは逃げになるが、汚名返上も何なら園田一味に内容証明ブラフでも送付してやるのも手だが。
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] またぼちぼち頑張ってくだしぃ。 待ってますよん。
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