善意の悪意と’’彼女’’の本音
「あ、舞華さん。どうもです」
「あれ、汐音ちゃんも来たんだ」
待ち合わせ場所のファミレスにて、俺たち二人と福村は合流した。
榊原がついてきたことに驚いたようで、福村は少し意外そうな顔をしていた。
だけどなんというか、今までは友達の友達というか、知り合いの域を出ていなかったはずの二人だが、どこか距離が近づいている気がする。知らないうちに名前呼びだし。
「二人ってそんな面識あったっけ?」
「それはあれよ、一応この前連絡先交換してちょっとだけ連絡取ってたから」
そうだったのか。まぁどっちもコミュ力高そうだし、そんなもんか。
「今更だけど、二人は時間大丈夫なのか?」
ちなみに俺は大丈夫。幸にはバイト前に連絡を入れておいた。
料理は普段俺担当だから、少し不自由させてしまっているが、まぁそこは許してもらいたい。
多分幸のことだから、怒るとか全く頭にないんだろうけども。
「私は大丈夫よ。一回家帰って、ちゃんと言ってきたから」
福村はとのこと。
「私は、できれば送ってもらいたいです!」
「ああ、それはもちろんそのつもりだけど」
遅い時間に付き合ってもらっているのだ。家までとは言わずとも、近くまで送るつもりではあった。
「ふーん」
「福村さん?」
何か睨まれた。なんだ、何が気に障ったんだ?
「や、ちゃんと福村も送っていくけど?」
「そうだけど、そうじゃないのよね。まぁ別にいいけどね?」
あれ、これまた微妙な。さっき榊原にされたような反応だ。
「何なの?この空気は?」
「あ、板倉」
何てやりとりをしてたら、板倉が来た。待ち合わせの5分前きっかりだった。
四人がけのテーブルなので、俺と榊原が隣同士で、板倉が俺の対面という形になった。
これが多分、一番話しやすいと思う。だから福村さん、さりげなく睨むのやめてもらえますか?
「えっと、その子は?」
板倉が問う。もちろん対象は榊原だ。
「バイトの後輩、榊原汐音です。ここにいる理由は、先輩が心配だっただけで、他は特にないですので、そこまで気にしないでください」
「いや、気にはなるけど、まぁ二人がいいならいいけど」
というわけで、さっそく本題に入ることにした。
したのだが、その前に口を開いたのは板倉だった。
「いきなりで悪いけど、ごめんなさい」
そう言って、板倉はいきなり頭を下げた。
「「……」」
福村と榊原は驚いた様子を見せながら、その様子を黙って見ていた。
「それは、何に対してだ?」
だから俺が問いかけた。ただ謝っているだけでないのは、その姿から容易にわかった。
「不確かなことを、広めてしまったことよ」
それに対して、俺はこう返した。
「それはさ、あくまで不確かななことだって分かったから謝ってるの?」
俺にとってのポイントはそこだった。広めた行為自体を反省しているのか、それともその内容が虚偽だったことを反省しているのか。
「そうよ」
彼女はそう言った。途端福村と榊原が何かを言おうとしたが、俺はそれを目線で制した。
まずは、板倉の話が聞きたい。
「もしあの話が本当だったなら、別に謝らないわ。その、あの時あんたがデートしてた子だって、本当に騙されてると思ったわけだし。それは、今では本当に申し訳ないことをしたと思うけど」
「「デ、デート!?」」
デート、という言葉に反応した人が2名。ちょっと、今真剣な話。
「え、知らなかったの?腕組んで名前呼びしてたけど」
「妹だから!!福村は会ったことあるだろ!だからそんなに動揺するな!」
「「シスコン?」」
「ち、違うから!」
いや、大事な妹だけどね?
「ちょっと、話戻していい?」
「ぜひそうしてくれ」
てか、余計なことを言ったのはお前だろ。
「悪意がなかったとは、言わないわよ」
一転、場がスッと冷めるのがわかった。それだけの暗い感情が、彼女の言葉にはあった。
「改めて思い返して、あんたが、その、嫌われちゃえばいいって思った。嫌な思いをすればいいって」
彼女は続ける。
「恵美が受けた痛みを受けてしまえって、これは報いだってそう思ってた。でも、あんたは悪いことをしてなかった」
板倉は続ける。続けようとしたが、言葉に詰まり先が続かない。
やがて彼女は本音を漏らすように呟いた。
「どうすればいいのかわかんないのよ、もう」
善意の悪意。ふと、そんな言葉が浮かんできた。
人を陥れたい。そういう気持ちから負の感情から生まれるのが、悪意だと思っていた。
だけど誰かを想うという、善意から生まれる悪意が存在するんだ。
紙一重だと思う。善意は向ける方向によっては悪意になるうる。
誰かを傷つけられて、それを悲しむ心は善意と呼べると思う。
そしてその想いを、傷つけた相手に悪意として向けてしまうのは、果たして異常なのだろうか。
仕返しをしてやりたいと、大小はあれど復讐心が生まれてしまうのは、おかしいことだろうか。
おかしくないと、そう思ってしまった。彼女の心を、その行動原理を理解してしまった。
もう俺に、彼女のことを一方的に責めることはできなかった。
そしてそれは、ある事実への確信へとつながった。
「じゃあなんで、まだあんなメッセージを拡散してるの?」
そう問いかけたのは、彼女の隣に座る福村だった。
その問いかけの答えは、実は俺も持っていたりする。そしてあるいは、福村もわかっているのかもしれない。
「何のこと?」
やっぱりな。そう、内心つぶやく。
「これに見覚えは?」
俺は宮島にもらった画像を、板倉に見せる。誹謗中傷やらが書かれた例のメールだ。
彼女は目を見開いて、言った。
「知らない、こんなの知らない!私じゃない!」
「み、瑞樹!落ち着いて!!」
取り乱す板倉。それを福村が落ち着かせた。
「違うの、喜多見!こんなの、私知らない!私が送ったのはこっち!」
そう言って見せてもらったメールの内容は、俺が宮島に見せてもらったものとは、だいぶ違ったものだった。
【〇〇市に、恵美をいじめた奴がいた。気をつけて】
だいぶ印象の違うものが出てきた。というか、俺の名前すら載ってない。
「これ一通?」
「ううん。返信くれた人とは、少しSNSでやり取りしたぐらい」
ということは。
「その中に瑞樹を騙ってる人がいるってこと?」
「そういうことだと思う」
「そんな」
板倉はかなり驚いている様子。まぁ、そりゃこんなの犯罪の片棒を担がされてるようなもんだからな。
「心当たりはあるか?」
「もしかしたらって、人はいるかも。でも、確証は、ないから、その」
あぁ、不確かなことは言わないべきだもんな。
「確信が持てたらでいいから、教えてくれ」
「……うん、わかった」
ともかく、一番の懸念事項が消えたな。
「まぁともかく板倉がやりすぎてないってことは分かったから、今日はとりあえずいいかな。遅くなりすぎてもしょうがないし」
そろそろ帰らないと、それこそ幸に小言を言われるかもしれないしな。
「そうね」
「……わかったわ。今日は、その、ありがとう」
塩らしく板倉がそう言った。なんだ、そんな態度も取れるんだな。
少しスッキリしたのを自覚する。やっぱり、話すと色々とわかることもあるな。
だけど、それを認めないものもいた。
それは、店を出ようと思い帰り支度を始めた時だった。
「さっきからなんなんですか、これ?もう、我慢できないんで、はっきり言わせてもらいますね?」
「え?」
口数の少なかった彼女は、こう続けた。
「気持ち悪いです、全部」
ーーーー
「先輩、気持ち悪いですよさっきから。そんなの、はっきり言って優しさなんかじゃない」
「......榊原?」
はっきり言って、俺は驚いていた。何が、どこが、という疑問よりも、こうして感情を露わにしている彼女は初めて見た。
気持ち悪い。そのこと自体は以前にも指摘されたことだった。だけど今回は以前と違い、その表情には明確な怒りが含まれていたからだ。
「板倉さん。結局のところ、あなたは誰の味方なんですか?」
その矛先が最初に向かったのは板倉だった。
「私は……私は、恵美の味方よ」
板倉ははっきりとそう言った。そしてそれは、わかっていたことだ。
「恵美はずっと泣いてたし、ずっと悩んでた。その、喜多見に酷いことをしたのはいけないことだと思うけど、その全てが嘘だったなんて私には思えない。だから……」
「そうですか」
きっと彼女は、園田から何かを感じ取っていたのだ。俺への裏切りを知ってなお、その立場を変えないということは。
別にそれでもいいと思った。俺には俺の、彼女には彼女の信じる基準があるのだから。
それに、独りになるのは辛いことだから。
「ほら、言ったそばからこれですよ」
「え?」
榊原はどこか呆れたような表情で、俺に向かってそう言った。
「今の聞いて、なんとも思わないんですか?」
「何ともって、そりゃ、板倉には板倉の事情もあるんだなって」
「あっ……」
俺がそう返したら、福村は何かに気づいたように声を上げた。
榊原はそれを気にも留めることなく、言った。
「それが気持ち悪いって言ってるんですよ!!」
「ーーーー!!」
彼女は止まらなかった。
「別にこの人が謝ったとか、この人の気持ちがどうとか、どうでもいいんですよ!!今、この人は「自分は敵だ!」って宣言したんですよ?それについてなんとも思わないんですか!?」
「それは」
「私だってわかりますよ!友達が悪いことしたって、そばにいてあげたくなることだって、理解はできますよ!!だからって、それをやられて黙ってられるほど、私は人生諦めてない!」
彼女は、続ける。
「先輩は被害者ですよ!?それで加害者がそういうスタンスをとってきて、何も無しで終わり!?そんなの、達観でも楽観視でもないですよ!?ましてや優しさなんてものじゃない!ふざけんな!そんなの、そんなのただ諦めてるだけでしょ!!」
それは何よりも深くて。
「どうせまた、園田って人にも事情があったとか、そんなこと思ってるんでしょう?そんなの関係ないですよ。どんな事情があったとしても、クズはクズです。正真正銘のクズですよ。だって、反省してないんだから」
それは何よりも熱い、まさしく激情と呼ぶにふさわしいまっすぐな言葉で。
「先輩はどうですか?悪いことをしたら反省する。当たり前のことです。そんなこともできない子供ですか?違いますよね?でもこの人たちはそうなんですよ。子供なんですよ。子供をそうやって甘やかすから調子に乗ってつけあがるんですよ」
きっと彼女にも幸のように、俺を裏切った園田の心理は理解できているのだろう。
その上で、この意見なのだ。
「どうせ学校でも、自分のことは別にいいとか、卒業したら終わりとか、本当に何も気にしていないとか、そんな馬鹿な綺麗事ばっか並べてるんじゃないんですか???」
「気にしてないんじゃなくて、気づいてないだけですよ?いいですか?先輩ちょっとズレてるんですよ。余裕なんじゃなくてただ悠長なだけです。優しいんじゃなくて無頓着なだけです」
「理解できるとか、そういう話じゃないんです。だってムカつくでしょう?こんな敵宣言までされて。反省とか無関係に、イライラしないんですか?」
「それは」
俺は、俺はどうしたいんだろうか。結局のところ、それは俺の。
「先輩の本音はどこにあるんですか?」
まるで氷水を頭からかけられたようだった。
本音という言葉に、胸が締め付けられるのを感じた。
「あの、お客様。申し訳ないのですが」
「あ……」
榊原は気づいていなかったようだ。自分がかなりの声量で話していたことを。店員に咎められて、ハッとしたような表情をしている。
「すみません。帰りますね。最後に、舞香さん」
「えっ?ーーっ!」
「あっ、榊原」
彼女は福村に何かを耳打ちした後、そのまま帰っていってしまった。
「えっと……」
3人に気まずい空気が流れる。それはきっと、彼女の言葉がそれぞれに形は違えど刺さる部分があったからだろう。
「……帰るか」
結局俺は何も言えずに、その日は解散となった。
帰り道。無言の中福村を家の近くまで送り、俺は一人夜道を歩いていた。
「どうしたいか、か」
彼女は本音と言った。その言葉の意味について考える。
別に俺は、偽りの言葉を並べていたわけではない。
本当に思ったことを、そのまま言った。だから、嘘はついていないはずだ。
だから彼女の真意はそこじゃない。
「あぁ、あれのことか」
ストンと、その本音という言葉の意味が胸に落ちてきた。
そうか。本音ってそういうことか。
あの日俺が母さんにぶつけたような、剥き出しの感情。
だけど、それができたのは母さんだったから。そして何より、幸がいてくれたからだ。
その線が途絶えないことを無意識下でわかっていたからだ。
「怖いことだよな」
それを他人に向けることに対する恐怖があった。
それをすれば切れてしまうから。掴んだ繋がりが、途絶えてしまうから。
だけど、それを彼女は求めている。
それの、それのなんと。
なんと心強いことか。
「敵わないな、やっぱ」
街灯がほんのりと夜道を照らす。俺はあえて、普段は使わない道を選んだ。近道だけど、街灯が少なく暗いからだ。
普段は少し怖いと思う道も、なんだか怖くなくて、そう思うだけで足取りはいくつか軽くなっていた。
無事、情緒ががががが。
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