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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第6章 本音
40/75

絶対

 「ねぇ、ちょっと待ちなさいよ。喜多見君?」


 放課後、正門を出て自転車に跨ったところで俺は呼び止められた。


 明らかな怒気を含んだその声の主は、福村だ。


 「私が何言いたいか、わかるよね?」


 そう言って、福村はにこりと微笑む。あぁ、これはかなり怒ってらっしゃる。


 当然心当たりもあるわけで、というかきっと怒るだろうと思っていたわけで、俺は諦めてお縄についた。

 

 「で、何か弁明はあるんでしょうね」


 隣を歩く福村はそんなことを聞いてくる。


 きっと俺が朝、誤解を解くことをしなかったことを知っているのだろう。


 「正直言うとさ、俺の立場を回復させるのってもう無理だと思うんだよね」

 「それは」


 ここで「そんなことない」って言わないあたり、その部分を楽観視していないようだ。


 「結局誤解が解けたって腫れ物扱いだよ。だったら、そこにこだわる必要なんてない」

 「でも、それって辛くない?私だったら耐えられない」


 悲しそうな顔で、彼女は続ける。


 「ずっと誤解されたままで、ずっと悪者扱いで。誰にも信じてもらえないなんて、そんなの辛くないの?少なくとも私は、そんな状況はほっときたくないな」

 「辛くないよ」


 そんな福村の言葉に、自信ありげにそう答える。嘘じゃない。強がりでもない。


 だって誰にも、ってわけじゃないから。辛くないのは、目の前の君のおかげだから。


 なんて恥ずかしくて、口には出さないけど。


 「そんなの嘘よ」


 まぁ、そう思うかもな。だから安心させるためにも、少しだけ。


 「別にずっとってわけじゃない」

 「え?」


 「俺も言われっぱなしじゃないってこと。まぁ、なんとかしてみせるからさ。だから」


 待っててくれ。


 そう言って俺は、何度目かの選択を強いる。そう言えば、相手が困ることを分かっていながら。選択肢が、一個しかないことを理解しながら。


 「ずるい」

 「あぁ、ずるいかもな」


 そう言えば、彼女は待つしかなくなる。そんな卑怯な提案だ。


 だけど本当に策はある。きっとそれは「最適解」ではないんだろうけど、きっと正解ではないし、彼女は絶対に反対するんだろうけど。


 だけど今は、それでもいいと思える自分がいる。


 だから、これはそのための布石だ。


 「あのさ、本当は後で連絡しようと思ってたんだけど、ちょうどいいから聞く。板倉の連絡先、教えてくれない?」

 

 彼女はさほど驚きはしなかった。まぁ、聞かれるかもしれない程度には思っていたのだろう。


 「会うの?」

 「うん。直接話したいこともあってね」


 なにせ、板倉については不可解なことが多いもので。


 「私も行っていい?」

 「もちろん。てか、こっちからお願いするつもりだったよ」


 二人だとなんか会話が成り立たない気がする。お互い冷静でいられないだろうから。主に向こう側だけど。


 「わかった。じゃあ私から予定取り付けようか?」

 「助かる。こっちからメールはあんまりしたくなかったから」

 

 きっと福村の言葉なら無視されない。俺だとスルーされる恐れもあるしな。


 「じゃあ、電話するね」

 「はやっ。いや、助かるけども」


 行動力の権化だな。いや、そういうところに何度も助けられてるんだけども


 少し離れて、板倉と話をする福村。少ししてこちらに寄ってきてこう聞いてきた。


 「今日大丈夫?」

 「いいのか?早ければ早いほど俺は助かるんだけど。バイト終わりでいいか?」


 「ん、それで大丈夫だって」


 そこまでは期待してなかったが、これは助かる。


 できるだけ早く確認するべきことがあったから。


 「じゃあ、また後でね」


 電話を切った福村は、俺とは違う方向、駅へと向かって歩き出す。


 俺はその背中に声をかける。


 「ありがとな」

 「ん、どういたしまして」


 夕日を受けて、そうはにかむ彼女。その表情に、一瞬影が刺したように見えたのは気のせいだっただろうか。



ーーーー


 時計の針が8時を回ったところで、今日の営業は終了となった。後片付けを済ませて、俺は店を出た。


 二人との待ち合わせ場所は、近くのファミレスだ。何度も店にお世話になるわけにもいかないから、場所を変えたのだ。


 「ちょっと待ってください、先輩!」

 「ん、どうした?何かあったか?」


 そんな俺の手を掴み、引き止めたのは榊原だ。さっき挨拶はしたんだが、どうかしたのだろうか。


 「もしかして、この後あの人と会うんですか?」

 「え、どうしてそれを?」


 予想外の言葉に、つい呆然としてしまう。隠していたわけでもないが、この後の予定は話していなかったからだ。

 

 「だってなんか、おかしかったですもん。どこか上の空っていうか、集中しきれてないっていうか」 

 「それは、そうかもしれなかったな」


 否定できなかった。確かに俺は、この後のことで頭がいっぱいだったかもしれない。


 「そうだよ。ちょっと話をな」

 「そうなんですか」


 俺が肯定すると、榊原はどこか悲しそうな、そんな表情を浮かべた。


 あ、そう言うことか。


 その原因には、すぐに辿り着くことができた。


 「勘違いすんなよ?別に榊原がいるから場所を変えたりしたわけじゃないぞ。そう何度も店を借りるわけにいかなかっただけだから」

 「え、あー、そういう、いや、そうなんですけど。それだけじゃないって言うか、んー。鈍いのか鋭いのか」


 あれ、何か微妙な反応。てっきり俺が、榊原をいるところを避けたと勘違いしたと思ったのだ、違うのか?


 「わーごめんなさい!別に困らせたいわけじゃないんです!なんというか、えーと、その」


 なんとか、と言った様子で彼女は、続く言葉を放った。


 「わ、私も行っていいですか?」


 恐る恐る、彼女はそう言った。


 「それは、えっと」


 俺は返事に困った。正直連れて行くという選択肢はなかったはずなのだが、いざ断ろうとしたら言葉が出てこなかったのだ。


 それは多分、彼女の優しさに傷をつけることだから。それはかつての自分を、否定することだから。


 彼女もまた、自分に踏み込んでくれる人の一人だ。

 特に彼女は、この一件に全くの無関係。それなのに俺を案じて、気にかけてくれる。


 踏み込ませてしまうのを愚策と思いながらも、前回彼女が話を聞くのを容認してたのは、結局その優しさに俺が甘えた結果だ。


 前を向くと決意したって、やっぱり迷ってしまう。

 

 その甘えを受け入れるか、切り捨てるか。俺の根底に根付く弱さは、未だなお健在だった。


 沈黙が流れる。いや、流れてしまう。もちろん原因は俺なんだが、それを破ったのは榊原だった。


 「ごめんなさい。さっきのやっぱ無しで」

 「あっ……」 


 最低なことに、気を使わせてしまった。断るにしても、最悪なパターンだ。


 何か繕う言葉を探したが、あいにく気の利いた言葉を言えるほど、俺の語彙力は豊富ではなかった。



 ーーーーのだが、 




 「やっぱり、絶対ついていきますので。あの3人で会話とか正直、うまくいく気がしないです。だから、だから私が助けてあげますね?」


 


 ニカッとはにかむ彼女は、俺なんかよりずっとずっと強い子だった。


 そしてまた、俺は気づく。またしても、言われて気づく。


 俺はこの言葉が欲しかったんだと。


 卑怯だと思う。相手が望む言葉を言ってくれるのを待つなんて。


 なんだかんだと言いながら、結局は踏み込んでもらいたいんだ、俺は。


 それが俺にとって、信頼の証明になるから。


 人を信じるのは、正直言ってまだ怖い。


 あの裏切られた日からずっと、俺は変わらずにいる。


 確たる証拠がないと、俺は人を信じられない。


 自分でも気持ちが悪いと思う。


 人に向けられた信頼を、信じないで拒絶するくせに、その実踏み込んでもらうことを心のどこかで望んでいる。


 信じないくせに、信じて欲しいだなんて、全くもって傲慢と言うほかないだろう。


 「そうだな。よろしく頼むよ」


 俺の言葉に、ホッとしたような表情を浮かべる榊原。


 いつのまにか、欲張りになったと思う。何もいらないと諦めていたはずなのに、今では欲しいものがたくさんだ。


 だから間違えてはいけない。


 捨てていいもの。捨ててはいけないもの。


 選んだ以上、その行動には責任が伴う。だから中途半端じゃダメだ。  



 その優しさに報いるためにも、俺は前を向こう。


 待ち受ける困難も、なんだか簡単に超えられる気がしてきた。

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 既に、自分以外にも悪い影響が出てるのに、わざとはぶらかすとか愚策とも言えるんだが。
[一言] 教室での、 「ーーもしそうだったら、なに?」 ここだけ、???という感想。 肯定も否定もしないなら分かるけど、煽る必要ありました?今後のために必要だったのかな? 策士策に溺れる…とならな…
[一言] 主人公は壊れてしまったのか。 手遅れだったのか。 案外、福村たちのおかげで人格が安定したのかも知れん。 今のところどっちとも言えないけど個人的には良い方向に向かっていると思いたい。 少なくと…
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