母と息子
「修也?ど、どうして!?」
俺の突然の訪問、いや帰宅か。それに驚きの表情を見せる母さん。
しかし以前とは違い、その瞳に映るのは純粋な驚き。俺に対する嫌悪感は、全くと言っていいほど感じさせないものだった。
「ちょっと、話がしたくて」
そう言って靴を脱いで、馴染み深いと言うよりはもはや懐かしいような、そんな感慨を覚えながら足を進める。
「ちょっと部屋行ってくるから。うん、30分後ぐらいでいい?」
「あ、え、うん。もちろんいいけど」
俺の提案に、なんとか返事をする母さん。
リビングを出て、自分の部屋に入る。
正直、埃をかぶっているのだろうと覚悟していた。だけどそんな心配は杞憂に終わった。
もちろん家を出るときに一通り掃除はしたけれど、それからかなり時間が経っている。それなのに部屋は埃っぽくなく、明らかに手入れがされているように見受けられる。
しかも布団が現在進行形で干してあった。ベランダに出て、干してある布団に触って気づく。まだ乾ききっていない。
つまり、これは俺がいつでも、ということだろう。
その後は特に何かをするわけでもなく、この後話すことを整理したりして時間を過ごした。
もともと急に押しかけたわけで、いきなり話というわけにもいかないから時間をあけただけだ。
「そろそろいくか」
時計を見ると、ちょうど30分になるかというところだった。
俺は幸と母さんがいるリビングへと移動した。
二人はすでに席についていた。
しばらく使われてこなかった四人がけのテーブルに、俺のを含め3つのお茶が出ていた。
それだけでどこか感じるものがある。それだけあの日々の俺への扱いが酷かったことがわかる。
見る人が見ればその程度で、なんて言われるのかもしれない。外側から見て自分の扱いがどれほどのものだったのか、あまり見つめてこなかったからわからないのだが。
「それで、今日はある相談があってさ」
席に着くなり、俺は話を切り出した。ほんの少しだけ身構える母さん。でも表情から察するに、本題が何かはわかっているのかもしれない。
「昨日さ、おじいちゃんから電話があったよ」
「そう、なの」
驚いた、というよりもやっぱり、というリアクション。まぁそりゃ予想ぐらいついたか。
「それで母さんが色々打ち明けたことも聞いた」
「……うん」
小さく蚊の泣いたような声で、母さんは返事をした。その姿はどこか、親に叱られる子の姿を連想させた。
「母さんも色々と反省して、その結果の行動だと思う。それに関しては俺も色々と思うことがあってさ」
俺の言葉を、二人は黙って聞いていた。
続ける。
「正直に言うと嬉しかったよ。母さんが一歩進もうとしてくれたことが。多分色々葛藤もあったと思うし、決して簡単なことじゃなかったと思う」
罪を告白するのは、そう容易なことじゃない。特に大人になればなるほど、その言葉の重みは増していく。
それをやってのけた母さんを、俺は素直にすごいと思った。
だけど、だけどだ。
「それでもやっぱり、俺はまだ母さんを許せない」
「それは、ううん。そうよね、修也」
明らかな落胆を見せたのは一瞬のことだった。母さんはすぐに納得のいったような表情をした。
いや、それは納得ではないか。
そう、それは諦めに近い何かだ。
その態度に、俺は無性に腹が立った。
「ーーーーふざけんな」
「……お兄ちゃん?」
異変を感じ取ったのか、今まで黙っていた幸が俺に呼びかける。
心配をかけてしまっている。だけど大丈夫。その激情とは裏腹に、どこか気が立っていることも、逆にどこか冷静でいる自分がいることも自覚している。
しかし我慢する必要はないと、俺はもう教えてもらったから。
これからは、全部本音だ。
「そんな簡単に諦めんなよ!!」
「……え?」
口をついて出たのは、そんな脈略もない言葉。
声を張り上げた俺に、二人は驚きの表情。
まぁ幸としても、この展開と発言は予想外だっただろう。
自分の発言が矛盾していることも自覚済み。それが間違えでも構わない。
きっとここが分岐点。おれにとってのターニングポイント。
だから引かない。逃げない。背を向けない。
望まれた言葉じゃなくていい。
ただ、本音をぶつけよう。




