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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第6章 本音

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38/65

始まり

 今暮らしている家から、電車で1時間半ほど。そこからバスで15分。私は目的地に到着した。


 私ーー喜多見多恵子(たえこ)は、今は亡き夫の実家に帰ってきていた。


 「お久しぶりです。お義母さん、お義父さん」

 「よくきたわね、多恵子さん。ささっ、上がって上がって」


 お義母さんとお義父さんは、私を気前よく迎えてくれた。


 二人にとって、私は夫が残した数少ない繋がりの一つだ。もちろん、修也と幸もその一つだ。


 最後に会ったのは確か1年と少し前だ。連絡は取っていたが、こうして顔を出すのは久しぶりだ。


 理由はある。修也が一人暮らしを始めて、私との関わりをなくしたからだ。


 それまでは毎年3人で訪れていた。そして私は、偽の母親を演じた。


 そしてそんな態度を取る私に、修也は何も言わなかった。きっと悟っていたのだろう。私の愚かな思惑に。


 二人は、私たち一家にとてもよくしてくれている。


 二人にとっての宝である息子が、生前愛した人として大事にしてくれる。


 特に金銭面ではかなり助かっている。夫の死後保険金は入ったが、私の稼ぎと合わせても二人を大学まで送り出すには足りなかった。


 二人は協力を惜しまず、お金を工面してくれた。借りたわけじゃない。出してくれたのだ。


 まるでそれが当然のことだと、そう言わんばかりに。


 居間に通されて、出されたお茶を飲む。


 しばらくは他愛もない話をした。主な話題は孫に当たる二人の話だ。


 幸と修也は元気かと。何かやりたいことは見つかったのかと。


 以前なら、問題ないとそう言っただろう。


 元気でやってるって、あなたたちの孫は何の問題なく育ってますよ、と。


 足が、膝が、手が、全身が震える。


 分かってる。今から私は裁かれる。


 今回訪れた一つの目的は、幸の進学にかかるお金の話だ。


 端的に言えば、足りない分を打診しにきた。


 そしてそれは、多分二人もわかってる。


 そしておそらく、いや確実に、二人はそのお金を出してくれるだろう。


 我が家の財政状況を、二人は理解してくれている。


 私一人では、二人を進学させることができないことを。


 二人は私を責めないだろう。それどころか女手一つでよくやっていると、褒めてすらくれるだろう。


 そういう人たちなのだ。


 夫もそうだった。超がつくほどのお人好し。そんな人柄に私は惹かれた。


 私はもう、間違えたくない。


 幸に、修也に気づかせてもらった。


 間違ったままでいるなんて、許されるはずがない。


 「お義父さん、お義母さん、話があるんです」


 私の言葉に居住まいを正す二人。


 きっとお金の話だと思っているだろう。足りない分の学費を工面してくれと、そういう提案だと思っているだろう。


 二人の表情は穏やかそのもの。その提案を全く迷惑に感じてないのだ。


 あぁ、怖い。容易に想像できる二人の反応に、心が怯える。


 嘘をつき続けた。こんなに私たちを大事に思ってくれている人を、裏切り続けた。


 逃げて、逃げて、それでも手を伸ばしてくれる人がいて、私はこうしてここにいる。いることができる。


 怖い。夫が残してくれた繋がりを、自分の手で壊してしまうのが、怖い。


 だけど、だけど何よりも。



 幸に、修也に向き合えなくなる方が怖い。



 向き合うために、私はここにいる。


 必要だからやるんじゃない。これは望みだ。


 責任なんて、そんな言葉で表してはいけない。これは私の望みなんだ。


 責任なんか無くたって、私はここにいなきゃいけない。


 「私は、今までーーーー」


 私は告白した。今まで犯した罪を、一つ残らず。


ーーーー


 おじいちゃんへ本音をぶつけた翌日、登校した俺のことを、廊下で白河が引き止めてきた。


 「おい、ちょっとこっちこい。話がある」


 いつもよりは凄んだりはしていないが、それでも威圧的なことに変わりはない。


 「え、嫌だけど」


 そんな態度でこられたら、正直会話どころじゃない。悪いけどお断りだ。


 「ま、待てよ!板倉のことで話があるんだ!」


 出てきたのはそんな言葉。なるほど、板倉ね。


 「別に興味ないよ」

 「んなっ!?興味ないってお前、そんなはずないだろ!?」


 残念だが、本当にない。


 大方板倉に色々教えてもらったのだろう。信じているかはともかく、俺と園田に何があったのかを。


 「悪いけど白河のこと信用してないから。それに話は本人に聞いたし」

 

 別に板倉を信用しているわけでもないけどな。


 「どうせ福村にいいところ見せようとか、そんなこと思ってたんでしょ?」

 「それは」


 まぁ図星だろうな。これに関してはわかっていたことだけど。


 「別に白河を直接どうこうするつもりはないよ。だから放っといてくれよ」

 「別に、そんなつもりじゃねぇよ」


 そう口では否定しているが、その表情は苦虫を噛み潰したようなものだった。大方、保険でもかけておこうと思ったのだろう。


 反省した姿を少しでも見せておけば、もしかしたら許されるかもしれないと。


 はっきり言ってどうでもいい。


 どちらにせよ手遅れだ。俺のやることは決まってる。


 「お前、何するつもりだ?」

 「別に。お前らに何かするつもりはないって」


 あくまでこれはそう。自分のためだ。

 だからお前たちにはどうしようもない。


 べつにこんなことをしても、こいつらに被害なんてないから、俺としてもこれはやり返しなんかじゃない。


 きっと榊原は不満に思うだろう。でも、やっぱり俺にとっての大切はこっちだから。


 そう確信を持って言えるのは、きっと自分の本音を確認することができたからだ。


 

ーーーー


 「ねぇ、本当にいいの?お兄ちゃん?」


 放課後、少しむすっとした表情の幸を連れて、俺は電車に揺られていた。


 「ん、もう決めたことだからな。それよりもごめんな?俺のわがままに付き合わせちゃうことになって」

 「それは別にいいけど、大変なのはお兄ちゃんの方だし」


 昨晩は色々と大変だった。まぁ端的に言うと幸が怒った。それはもう、鬼が出たかと思った。


 結局ちゃんと理由を話したら納得してくれたけど、まだ100%許してくれたわけではないと思う。


 ともかくだ。まずは話を通さないといけない。そうしないと実現可能かすらわからないのだから。


 電車に揺られること10分。駅を出て5分ほど歩く。


 今から会いにいく人に、俺がくることは伝えていない。


 だけど連絡を取る必要もないだろう。だって俺は帰ってきただけだから。


 「ただいま、()()()


 そろそろ喧嘩の続きを始めようと思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうの好き
[一言] ブクマ何回押してもないって言われた焦った… (73/44) 結構統合されてる∑(゜Д゜)
[気になる点] 最終章が・・・。 短編から長編になり、今まで他の方も指摘有る中で、あくまで恋愛物、初めの方は鬱展開ですが、やがてと言ってたので、過去の清算も込めて話が序章として続き、それの終了後に恋愛…
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